孫悟飯は実力至上主義の教室へ。 作:PPキャンディ
あれから数日、特に進展は無かった。
佐倉はオレたちをあからさまに避けるようになった。堀北や櫛田は何度も話しかけようとしたが、休み時間や放課後になって佐倉の席を見ると煙のように消えていた。もしかしたら授業終わる前にコッソリ抜け出しているのかもしれない。クラスポイントが心配だ。オレですら抜け出すところを気づかせないなんて佐倉の影の薄さは熟練の域に達しているな。もしかしてこれが噂に聞くニホンのニンジャというやつなのだろうか。
そして明日から週末という金曜の夜、オレの端末に櫛田から着信があった。もちろんホワイトルームで鍛え上げた瞬発力を全力で駆使して1コール終わる前に出た。
「あいかわらず綾小路くんは電話に出るのが早いね」
「櫛田からの電話なら誰でもそうだと思うが」
「あはは、それほどでもないよ。ところで今って出てこれ「もちろんだ、どこにでもいく」あはは…ありがとう。それじゃ今から1階のロビーに来て」
オレは櫛田からの誘いに食いかけのポテチを放り投げ、すぐさま出かける準備をする。こういうのは始めが肝心だろう。この前買った新品の星条旗柄ブーメランパンツ(須藤監修。普段はブリーフだ)を履き、同じく買った英字プリントされたカジュアルなイケてる服(池監修)を着込む。もちろん薔薇の香りのオーデコロン(山内監修)も忘れてはならない。
「あとは…ゴクリッ…こういうのは男の責任ってやつらしいからな」
オレは机の引き出しから『薄いゴム製品』の詰まったお徳用箱を取り出す。
「朝まで12時間か…2ダースもあれば十分だな」
箱ごとズボンのポケットにねじ込んで、これで櫛田に会う準備は完了した。ここまでわずか30秒。スッパマンもビックリな速さで準備を整えた。
「よし、完璧だ。これでオレも卒業か。須藤、池、山内。悪いがお先に失礼するぞ」
オレは端末から『ロッキーのテーマ』を流しながら櫛田に会うべくロビーへと足を運んだ。
▽
「えっと…………綾小路くん…何か盛大な勘違いしてる?」
櫛田が困った顔をしている。何故だ?
BGMでリズムを取りながらコロンビアのポーズをしてロビーに現れたオレを見て、櫛田は開口一番そう言った。
「あのね、私、佐倉さんの事を色んな人に聞いてみたんだけど。どうやら彼女、放課後や休みの日にはずっと寮にいないで出歩いてるらしいの」
そういえば佐倉は写真が趣味とか言っていたな。色々な場所の写真を持っていた。
「それで、明日なんだけど、佐倉さんが出かける前に捕まえて無理やりついていって仲良くなろうって考えてるんだ」
「ほう、それで?」
いまいち、話がよく見えないな。
「それで何時頃ここを出てるか管理人さんに聞いてみようと思って。寮前の監視カメラとかチェックしたいし。ただ、管理人さんに1人で会うのはちょっと…だから綾小路くんにもきてほしいんだ」
「聞くのはともかく、そんな個人情報なんて教えてくれるのか?監視カメラの映像も普通は見せてくれないと思うが」
「そこは大丈夫。管理人さんは普通のニンゲンだったし。私、秘密を聞き出すのは得意なんだ」
櫛田は少し怖い笑みを見せる。
「あと綾小路くんには私が管理人さんと話している間、誰も管理人室に入れないようにしておいてくれないかな?」
「いや、それって犯罪とかじゃないだろうな?もしそうだったら「おっぱい、また揉みたくない?」全力を尽くす所存です」
▽
柔らかかった。オレはとても幸せ者だ。
オレは先程の感触を反芻しながら管理人のドアを外から開けられないように寄りかかっている。
「櫛田さん、それで相談というのはなんでしょう?」
頭の毛が薄い小太りな中年の管理人は脂ぎった顔に気持ち悪い笑みを浮かべている。そんな男が櫛田と一緒にいるのはどことなく犯罪臭がするな。確かにこれは1人で来るのは嫌だろう。
「えっと、管理人さん、わたしの目、見てもらえます」
「はい?………何でも聞いて下さい、ご主人さま」
「あはっ。良い子だね」
オレに背を向けている櫛田から禍々しい雰囲気が漂ってくる。これは屋上で会った時の櫛田よりも酷い。ホワイトルームの座学で聞いていたがこれが魔族の瘴気なのか?つまりダーク櫛田の本領発揮ということか。
「それじゃ、佐倉愛里さんが毎週土曜何時頃に出ていくか分かる?」
「明け方頃です。毎週ほぼ同じ頃合いです。正確な時間はカメラの映像を見れば分かります」
「それじゃ見せてくれる?」
「はい、もちろんです。ご主人さま」
管理人は櫛田に深くお辞儀をして、パソコンを操作すると、先週土曜日の映像を流す。
その動画には、朝5時に寮を出る佐倉の姿が映っていた。その前の週、そしてその前も同じ時間だ。佐倉は随分と几帳面なんだな。
「ありがとう。では私達は出ていくから、そうしたら今日の寮の監視カメラデータは全部破棄して後は寝ていなさい。そして起きたら私達に会ったことは全部忘れるの。いいね?」
「仰せのままに」
そしてオレたちが出ていくまで管理人は跪いて見送っていた。
▽
「あんなこと、出来るんだな。催眠術ってやつか。誰にでも出来るのか?」
オレは元に戻った櫛田に先程のことについて聞いた。
「んー、誰にでもってわけじゃないかな。女の子には効きにくいし、私より強い人には効かないの。それに人によっては抵抗されることもあるからね。あと、私の場合は夜にしかできないし、溜め込んだ力も消費するから奥の手ってやつかな」
これは二人だけの秘密ね、って櫛田は天使の笑みで言ってきた。
(“二人だけの秘密”…なんて甘美な響きだ。この事は墓の中まで持っていこう)
どうやらそれが櫛田の半魔族としての力らしい。どうも太陽が出ていると弱ってしまい魔族の力が使えないそうだ。だが、この学校は負の感情が渦巻いているから外よりは力が使いやすくて良いって可愛く笑いながら教えてくれた。“二人だけの秘密”がどんどん増えてオレは嬉しい。もちろん誰にも言わないさ。そうそう、オレの秘密も教えておこう。櫛田は"秘密を共有する大事な友人"だからな。実はな。オレはこの学校に来るまで特殊な」…いや、オレは何を言っている?ホワイトルームの事など教えられないだろう。
「チッ…まだか…」
櫛田が何か言ったようだがよく聞こえなかった。
どうも頭がぼーっとしているな。風邪でもひいたか?
「それじゃ明日なんだけど、佐倉さんと一緒にお出かけしようと思うんだ。綾小路くんも一緒に来てくれる?」
「もちろんだ」
櫛田のエンジェルスマイルにオレは即答していた。
堀北が明日勉強会をするから須藤達と一緒に部屋にくるって言っていた気がしたが、そんな事実はオレの中から完全に消え去った。奴らにはお詫びに食いかけのポテチでも置いておけばいいだろう。
「あと、その趣味の悪い格好。一緒にいると恥ずかしいからやめてね。あと匂いも…それはほんと無いよ」
「大丈夫だ。この服は今からゴミに出すところなんだ。匂い?さっき山内が頭からオーデコロンをぶちまけていたからその匂いが移ったのかもな。帰ったら大根おろしで体を洗っておくから匂いなんて全部消えるさ」
オレはすぐさま来ていた服を脱いでロビーのゴミ箱に叩き込む。山内は後で殴る。
「そう、なら良かった。あとブーメランパンツってホモっぽいよ…」
「大丈夫だ。これもゴフッ!」
脱ごうとしたら櫛田にぶん殴られて吹っ飛ばされた。良い右持ってるじゃないか、世界狙うかい?
「それじゃ、綾小路くん、また明日ね。私は4時半に来るから、1時から正座して待っててね」
「も…もちろんだ」
オレはゴミ箱に頭を突っ込んだまま、走り去る櫛田にサムズアップして答えるのだった。
■生徒データベース■
櫛田桔梗
1年D組
学籍番号:S01T004721
学力:B
知性:B-
判断力:C+
身体能力:A
協調性:A
面接官からのコメント:学力、身体能力共にBクラス相当の能力を持ち合わせており、卒業校からの報告における心証評価も極めて高い。本年度における面接試験では満点を記憶するなど、一見した限りでは問題ない優秀な生徒である。他にも提出された資料から、非常に優れたコミュニケーション能力を持ち合わせており、上級生下級生にかかわらず広い交友関係を持ち、人気者だったことが分かる。ただし、小学校の一時期、種族的な問題から長期入院している記録がある。また別途資料に記載されている通り、中学3年時に、彼女が在籍していたクラスで疑心暗鬼による暴力事件が多発して学級崩壊を起こしている。彼女が関係するかは証拠がないため不明であるが、その点を憂慮してDクラスへの配属とする。
担任メモ:現段階では何も問題なく、クラスの中心として日々学校生活を楽しんでいます。
短いですが、ふとネタが浮かんできたので書きました。
綾小路くん、後少しで洗脳されるところでした。危機一髪です。
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