---試合終了
最終スコア 3対2対1 諏訪隊の勝利です
最後まで残った諏訪洸太郎の執拗な索敵を掻い潜り、諏訪隊の生存点獲得を阻止して試合は終了した。
那須隊が全員緊急脱出した後は打ち合いに応じなかったため、諏訪にとってはフラストレーションがたまる試合だったのだろう、勝利したというのに憮然とした顔で喜び半分といった様子だ。
いやいや、戦闘スタイルが違いすぎますから仕方ないですって。ダブルショットガンと打ち合いが出来るようになってません。
少年は心の中で諏訪にわびながら、仮想空間から現実へ意識が飛ぶのを待った。
一瞬の浮遊感の直後、見慣れた天井が視界に現れる。
ボーダーの不思議システム(少年命名)はすごく便利だ。故郷にこのシステムがあればと何度思っただろう。
少年、秀宗はベッドから起き上がりながら、頭を左右に振る。少しふらついた意識をしっかりと戻す癖のようなものだ。
先程まで戦闘を行っていた『市街地A』ではなく、見慣れた部屋が視界に広がっている。
各隊に配備された隊室は本来であれば隊員4人、オペレーター1人の合計5人で使用する部屋であるため、それ相応の広さがある。ただしそれは上限であって、少ない人数であれば自由に人数が決められる。今、この部屋の中には2人しかいない。
「わりと戦えたほうだったな」
先程まで忙しなくキーボードを叩いていたオペレーターの男性、寺島雷蔵は、戦闘空間から復帰した秀宗に淡々と告げる。
チームがROUNDで稼いだ点数、1点は実のところ今シーズン最小だ。それにも関わらず寺島に気にした素振りが無いのは、彼にとって勝敗が全く重要でないことを示している。
「何回か、もう少し点を取れるかもしれない場面があったんですが」
ベッドから移動してオペーレーションモニターを覗き込む秀宗は小柄で、170cmある寺島からすると拳一つほど背が低い。身長の割に大柄な寺島の隣に立つとなお小柄に見えるかもしれない。
座っている寺島に背中にくっつくように後ろに立つが、少年にはモニターに映った数字が何を差しているのか、半分程は理解出来ていない。
それもそのはず、モニターに表示される数字は他の隊が利用しているものとは全く異なっていた。
寺島が重点的に集めているのは、隊員たちの動きよりも、トリガーの性能であった。
「どうかな、諏訪隊も那須隊も常にガード準備は出来ていたように見えたし、案外チャンスじゃなくて誘いだったかもな」
開幕早々に諏訪隊笹森日佐人を撃破した後、諏訪隊と那須隊の戦闘に介入することが出来ないまま試合終了を迎えた。ここ最近の負けパターンと全く同じ展開だ。
笹森を落としたのも初期転送位置が幸運だったことが大きいと少年は思っていたし、敗戦についても、負けるべくして負けたと思っている。
少年、城戸秀宗がここまでB級ランク戦を戦ってきた武器は“隠密”と“奇襲”である。
姿を隠して間合いを図り、隙を見てひと呼吸で緊急脱出に追い込む、後はその繰り返しだ。
この戦法の優位性が崩れたのは今から2年前、隠密トリガー「カメレオン」が流行してからである。誰もが隠密の優位性を学び、対策が出来るようになり、少年の技術は急速に陳腐化していった。
それまでB級上位に位置していた秀宗の順位は下がり続け、最近はB級中位と下位を彷徨っている。
「あちゃ、そうでしたか」
それはかっこ悪いですね、と続ける。
自分では好機を伺っていたつもりなのに、逆に誘われていたのかもしれない。それに気がついていなかったのだからまぬけだ。
もし攻撃に移っていたら、手痛い反撃を食らっていただろう。
「カメレオンの開発はラボもかなり苦労したし、それだけに完成度も高い。それでも学習すればB級なら対策もするだろう」
戦闘員達が“奇襲慣れ”していったことは秀宗にとってはかなり逆風と言えた。
今までなら通っていた攻撃が防がれる、隠れていた場所は警戒される。絶好のタイミングで放った攻撃が致命傷に至らないこともある。
うーん、と腕組みをして困ったように見せる秀宗に、寺島が言う。
「ま、そろそろ対策の対策が必要なんじゃないか。一人部隊にも限界があるし、俺は最低限以上のオペレーションなんて出来ないしな」
「それなんですけど、まだ他のトリガーを使う許可が出てないんですよね。寺島さんからも父を説得してくれませんか、色々使ってみたいトリガーはあるんですけど」
「俺が? あの人を? いやだね、おっかない」
ですよね。と少年が呟く。もともと、それで許可が出るとも思っていない。
「許可がでたら、俺の開発したトリガーを使ってくれよ。メテオラもレイガストも新しいトリガーでまだまだデータが足りないんだ。逆に弧月は使ってくれるなよ。あれはもう皆使ってるから」
「少年心にはかなりかっこいいんですけどね、弧月。そう思いませんか」
「少年心でかっこいいのは認めるけど、俺ももう少年って年齢じゃないからなあ。使用者が多くてデータも多いから、エンジニア心には全然魅力的じゃないんだよ」
皆が使っているものはつまらない、というのは、立派に少年心だと思うけれど。
くすくすと秀宗は笑う。
「許可が出たのなら、俺のオススメは断然メテオラだね。隠密で現れて、突然爆発する。俺なら笑う」
「笑ってどうするんですか。びっくりしますけど、ポイントになりませんね、それ」
「1点はとれるさ、あとラボは絶対盛り上がる。賭けてもいい」
寺島が突拍子のないことを言って、秀宗が笑う。
チームのいつもの光景だった。
※
―― 5年前、ボーダー作戦室 ――
「では、少年のほうは私が預かろう」
顔の左半分、前額部から頬、顎まで通る大きな傷跡を持った男。
城戸正宗がそう発言したことは、会議の出席者にとって予想外のことだった。
誰もが城戸の真意を図るように探りの目線を送り、空気が張り詰めるのを感じている。
ボーダー作戦室。
半年後に完成するボーダー本部に設置される作戦室ほど立派ではないが、揃っているメンバーは同じだ。
本部司令・最高司令官 城戸政宗。
本部長 忍田真史。
玉狛支部長 林藤匠。
営業部長 唐沢克己。
開発室長 鬼怒田本吉。
メディア対策室長 根付栄蔵。
つい先日、創設メンバーを半数を失い急遽編成されたため、全員がまだ役職名にしっくりきていない部分がある。
何より、人数に対して広く感じる作戦室を、全員が寒々しく感じていた。
その寂しい空気をさらに張り詰めさせたのが城戸の発言だ。
城戸の役職は本部司令・最高司令官。文字通り組織のトップである。
しかし、トップの意図がイコール決定事項になるかといえばそうではない。
界境防衛組織、ボーダーは思想も信条も異なる人間の集合体であり、人類の設立した組織であることの類にもれず、目的こそ同一であれ、手段を異とする派閥が数種類存在している。
複数派閥を内包する組織の意思決定には調整が必要であり、トップの一存で方針が決定するわけではない。
そして今回の議題は、“本部長”忍田真史と、“玉狛支部長"林藤匠の間で内々に筋道が立っている、はずであった。
「何を言っている」
発言を遮られた忍田が言う。
自分よりも9歳年上の城戸にも臆することはない。
本部長の身でありながら現役でもある忍田は、派閥のトップであると同時に個人最高戦力でもある。
「アリステラの遺児についての話だったはずだが」
城戸は、左の人差し指と中指の二本をこめかみに当てるようにしながら、忍田を睨めつける。
アリステラの遺児。ボーダー半壊の戦力を出しながらも救うことが出来なかった同盟国、アリステラの王族達についてが今回の議題であった。
保護した王族を丁重に扱うのか、粗略に扱うのか。母トリガーは。冠トリガーは。あるいは、誰が責任を持つのか。
選ぼうとすら思わなかった選択肢であったが、託された王家の志を曲解し、母トリガーを『神』にすることすら考慮されるべき択であったのだ。
今後の方針にも左右する、重大な議題であり、忍田が主導となって進めていた。
「今、アリステラ王家の遺児については私が責任を持つと説明した。王女は私が、王子は林藤支部長が預かることはここにいる全員が納得したはずです」
「もちろん、それには異論ないよ」
「なら――」
「勘違いしてもらっては困る。私が言った“少年”は王子で無い。いただろう、護衛の少年が。彼の身柄を私が預かろうというのだ」
同盟国であるアリステラが滅び、援軍として共に戦ったボーダーを頼ってアリステラ王家が王族2名を亡命させたのはつい先日のことだ。
王女、王子、護衛の成人男性、そして護衛の“少年”の4名。
ざわり、と。作戦室が安堵と緊張に包まれる。城戸も、議題を根底から混ぜ返す気はなさそうだ。
「あの少年は、王女の護衛では?」
疑問を挟んだのは営業部長の唐沢だった。唐沢は城戸や忍田の派閥争いに表立って協力することは無いが、議事を進行するために質問をすることが度々あった。
「必要ないだろう、アリステラを攻撃した近界民は我々の世界の軌道からは外れている。同盟国で、しかも本部内で受け入れるのだ。危害を加える敵から守ることを私も約束しよう」
すでに、4人のうち3人についての処遇は決定している。
11歳でマザートリガーを扱う王女を【忍田瑠花】として忍田本部長が預かり、生まれたばかりの王子を【林藤陽太郎】として林藤支部長が玉狛支部で預かる。
それぞれの護衛としてついてきた2人のうち、成人男性を【ミカエル・クローニン】として玉狛支部に所属させ、【林藤陽太郎】のそばに置こうということである。
残った護衛の少年については、【忍田瑠花】のそばに置こうと忍田は考えていた。
なにせ外国どころか外世界である。気心知れた仲間は一緒にいさせたほうが良いだろう。
11歳の少女と10歳の少年だ。少し過ごしただけの忍田でもわかるくらい、この2人の間に強い信頼関係があることは疑いようがなかった。
「それとも、私のことが信頼できないかな。忍田本部長」
忍田は、自身の考えた2人ずつ本部と玉狛で預かる案はいいものだと思っていたし、そのままこの提案は受け入れられるものだと考えていた。
横槍が入るとしてもどこかで条件を見直す程度であろうと。
なぜなら、最も影響力を持つ城戸は、アリステラでの戦闘に破れて半数の仲間たちを失って以来、近界民に対して攻撃的になることがあったからだ。
それ故、仲間の命を奪う遠因となったアリステラに隔意を持っていると思っていたし、正直な話、忍田にもその気持が全くないとは言えなかった。
仲間たちを失った気持ちをすぐに整理した林藤を除き、全員が同じような気持ちを誤魔化しながら日々を過ごしていた。
だから、城戸が少年を引き取る、近界民を自分のそばに置くという城戸の提案は、忍田だけでなく全員の虚をついたものだ。
「城戸さんのことは信頼していますが、王女はまだ11歳で、護衛の少年も10歳。子供のことを考えるなら一緒にいさせたほうがいいでしょう。玉狛支部で王子と護衛は一緒です。本部でも王女と護衛は一緒にいたほうがいい」
「これは、不思議なことを言う。子供のことを考えるなら王女も玉狛に一緒にいたほうが良いではないか」
城戸はうそぶいた。
不可能である。
迅悠一のサイド・エフェクトによってもたらされた情報は、王女と母トリガーを、ボーダーの発展に利用しなければ未来が暗いことを“濃厚”にさせていた。
もちろん未来が外れることはあるとはいえ、目の前に未来を提示されてそれを考えないことは人間には不可能である。ボーダーは、アリステラ王女のもつ母トリガーを利用する。既に決定事項だ。
王女を忍田の手元に置くことは、人道的であるとか、子供のためにとか、そういった理屈に関わらず動かすことは絶対に出来ない。
それは全員が口に出さないまでも共通認識であったし、なるべくなら口に出したくもないことであった。
今後ボーダーを発展させていくために、倫理観や道徳観よりも自己の利益を優先するのだ。
最高司令官である城戸が口に出したことは、禁句であると全員が思っていた。
忍田の眉間のシワが深くなる。
トリガーを使用して戦闘する前でも、これほど怒気を放つことはない。
「何を言っている」
もう一度忍田が言った。これは確認ではない、質問だ。“お前は何を言っているんだ”
刹那の後、城戸が返答する。
「我々は王女を利用するのだ。滅んだ同盟国の、我々を頼って亡命した少女を。あえて口に出して言おう。大変なことだ。しかし忍田くん、私は、近界民達にしっぺ返しを食らわせるまでは何でも利用しようと思っている。どう取り繕ったところで我々の選択肢はそういうことだ」
“お前も同じだろ”
忍田はそう言われた気がした。
「私は護衛の少年と戦場が同じだった。あの若さで王女の護衛になっているだけはある。聞けば血筋は寒門の出たと言うが、逆に言えばそれでも護衛に選ばれるほど技術が卓越しているということだ。アリステラでは神童なんて呼ばれていたそうじゃないか」
城戸が少年と戦場を共にしたのはそう長い時間ではない。
それでも、その“隠密”と“奇襲”は素晴らしいと断言できる。
「欲しい。もはや脅威は対岸の火事ではない。ボーダーが戦火に巻き込まれる前に、アリステラの技術を我々のものとしたい」
母トリガーを取り込むことも、技術を取り込むことも同じだ。この理屈に忍田は反論の術を持たない。
なにせ忍田自身が自分のしていることの悪辣さに罪悪感を持っているのだ。黙っている忍田と、はっきり口に出した城戸に違いはない。露悪的な城戸よりも、あるいは黙っているほうが卑怯だろうか。
わかっているが、耳障りの悪いことは口にするなと言うのか。馬鹿な。
忍田は考えを巡らせたあと怒気を収め、どっかりと改めて座り直した。出席者全員がばつが悪そうにしているところをみると、多少なりとも同じ意見を共有していることだろう。
半年から1年後、今度アリステラではなく、ボーダーが他の近界民と接触可能な機動に入る。それが友好的な相手なのか、好戦的な相手なのかすらわかってない、戦力の増強は急務であった。
「・・・会議が終わったら、本人たちの了承を得ましょう。」
忍田は圧し殺した声で絞り出した。気持ちの整理をする上で最後の手順だけは取りたかった。
彼女たちは亡命者で、後ろ盾が無いのだ。足元を見るような真似は避けたい。
自分と城戸は同じかもしれないが、それでも。
「心配ない、すでに快諾したよ。忍田くんであれば信頼できると言っていた。もう少し難航すると思っていたが。いや、君が信頼関係を築いてくれたおかげだな。共犯者が君であることは非常に心強い」
数日後、アリステラの護衛だった少年は、【城戸秀宗】としてボーダーに入隊した。