城戸秀宗は近界民である   作:dedede6

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10、冬島隊

 ボーダー隊員にとってのスナイパーと言えば、その本分は敵を撃破することにある。

 ランク戦の構造上、B級以下のランク戦でスナイパーに求められる能力とは、敵チームから隠れるための隠密性、相手へ攻撃を叩き込む正確性、距離適正。

 あるいは、その射線で動きを制限することや、弾そのものに属性を備えて敵に不利を強いることなどを中心としたサポート能力。

 人によっては、接近された時に備えての反撃や近接能力を備えることもある。

 

 しかし、こと近界遠征においてそんなものは玩具だ。

 スナイパーに任せられる仕事とは、所属する軍団の今後を決定づける偵察能力、周辺を見渡す監視能力、敵の接近に初撃を与える破壊能力。

 文字通り命綱を握るのがスナイパーというポジションである。

 

『雷を避けながら敵を狙撃するゲームか、いいね』

『撃っちゃだめって言ったじゃないか』

『わかってるよ真木ちゃん、冗談だ』

 

 東春秋がスナイパーとして一線から退き、ボーダー隊員の指導に重きを置いてから不動のスナイパーランキング1位の座に座るのが、当真勇である。

 

 当真は、冬島隊オペレーターの真木理佐と談笑しながらも、降りしきる豪雨で視界を塞がれないよう、左手で目の上にひさしを作った。

 その全身には現在進行系で大粒の雨が叩きつけられていた。身体をすっぽりと覆う漆黒のバッグワームが、雨具の役割を果たしている。

 トリオンで作り上げられたバッグワームには種々の機能を付与することができる。当真は出発前の調整として、雨対策と防寒機能、そして耐電性を選んだ。

 

 一瞬、大地が急激に明るくなる。

 当真はその予兆を感じ取った直後に片目を閉じる。昼間のような明るさと、轟音。

 直視をすれば視界がぼやけてしまいそうな光量が通り過ぎるのを待って、開いた目と閉じた目をスイッチする。

 

『大自然の前に俺ら人間は無力だ。自然の偉大さを実感する』

『そうだな。ただ、ここまで激しいと風情もクソもない』

『真木ちゃんも外にでない? 光も音はそこからでもわかるだろうが、一番やばいのは雨だ。肩と背中が痛くなってきた』

『断る。キリキリ働きなさい』

 

 玄界の遠征艇がメノエイデスに秘密裏に着陸を果たしたのは、わずか1時間前。

 暗闇と轟雷と雨雲で周囲の景色を観察することもままならない状態で、情報収集を選択したことはごく自然と成り行きであり、今回の遠征艇のメンバーでその役目を求められているのが、冬島隊各員である。

 

 冬島隊のスナイパー、当真は、この遠征に当たって急遽コンビを組むことになった少年の方角に視線をやった。

 進行方向に向かって約200m。

 黒い闇と降り注ぐ滝のような雨の中、先行しているのは小さい影。

 

『よお、見えてるか?』

『はい。しかしこれ以上は少し辛いですね』

『これで見えてれば上等だ、俺らの距離はこれを保つぞ』

 

 頭に注がれた雨水が額を伝って当真の眼球に流れるが、当真はそれを気にしていないかの様に少年を見続ける。

 右脇に抱えたイーグレットを、雨ざらしになるのも構わず地面と平行のポジションに維持しつづける。テンションも切らさない。

 雨はイーグレットの持ち手にも容赦なく浴びせられるが、そんなものにも構わない。

 先行する城戸秀宗と、それに続く当真勇。

 危機が最初に訪れるのは当然先行しているものである。

 

 

 ポジション、『スポッター』。

 『観測手』と漢字を当てるその役割は、スナイパーの目標を定める視界の補助や護衛、先導、助言、あるいは、撤退時の殿。

 スナイパーの目となり鼻となり、手足となることがその仕事だった。

 

 

 

 

 

 時を遡ること1時間。

 玄界の穏やかな気候しか知らない遠征部隊は、到着した近界の自然環境に当惑していた。

 

 雷の星、メノエイデス。

 

 本部長忍田から聞かされた情報はあった。

 しかし、実際にこの荒れ狂った雨と雷を体感してみると、知識が所詮知識に過ぎなかったと思い知らされる。

 

 遠征艇からのソナーを頼りに少し高台となった地面に遠征艇をつけると、リーダーである風間蒼也は各隊の隊長のみが作戦室に集まるよう要請した。

 風間が隊長のみに出席者を制限したのは、狭い船内の作戦室には、風間隊、太刀川隊、冬島隊の3チーム全員が揃うほどのスペースはないからである。

 トリオンの関係上やむを得ないとわかってはいても、手足を思う存分伸ばせないという閉塞感は、長期間であればあるほど乗組員たちにストレスとダメージを与えることに間違いはない。

 

 なお、この場に集まることが出来ないその他の隊員には通信をオープンにし、情報の共有のみを許可をしている。

 

 

 

 風間隊隊長、風間蒼也。

 太刀川隊隊長、太刀川慶。

 冬島隊隊長、冬島慎次。

 

 3人が集まったのを確認して、リーダーを務める風間は話を切り出した。

 

「事前の情報が正しければ、ここはメノエイデスの本拠地から10kmほど離れた地点のはずだ」

「なーんも見えないけどね」

「ま、相手さんからも見えないのはいいことだ」

 

 風間が“はず”と言い、太刀川が“わからん”と返したとおり、遠征艇からの周囲の視界は非常に悪かった。

 もし遠征艇の構築材がトリオンでなく、玄界で使用するような金属などで作られていた場合、雨と船体がぶつかる音が絶え間なく船内に響いていただろう。

 

「ここを拠点と定め、メノエイデスの本拠に接近することとする。危険が迫った場合でも、ここなら軌道上脱出にも有利だ」

 

 風間はそう前置きすると、改めて作戦行動の内容を確認をする。

 出発前に説明された内容の繰り返しとなってしまうが、ゆっくりと全員で揃う時間がこれ以降あるとも限らない。

 意志共有は絶対に必要な工程であった。

 

 今回の遠征の第一目標は、未知のトリガーの獲得。

 トリガー技術をそのまま取り込むことが出来るトリガーが入手できればベスト。それでなくとも、進歩の助けになる何らかのトリガーを玄界に持ち帰ること。

 出発前の作戦説明で忍田本部長は、やり方はリーダーである風間に一任すると発言していた。

 近界民と接触するのか、しないのか。接触するとして、友好的に行うか、敵対的に行うか。その重大な決断をする重責が風間の背には乗っている。

 

「で、どうするよ風間さん」

 

 遠征チーム全員の疑問を代弁して、太刀川が問う。

 風間の方針次第では、近界と戦闘行動になるのだからそれも当然であるが、太刀川隊の唯我尊などは、出発してからその作戦方針を気にしてナーバスな毎日を過ごしていた。

 

「まずは情報収集を行う。何をするにしても、情勢がわからなければ話は始まらない。メノエイデスが我々に友好的な星なのかどうかは勿論、文明の発展具合でも話は変わるだろう」

 

 もし文明が発展著しいのであれば、そもそも戦闘を前提とした選択肢など最初から無いに等しい。

 逆に言えば、文明が発展しておらず、あるいは戦闘的なレベルが低いようであれば、目標を達成することだけを優先して極端な選択肢も取ることができる。

 

 風間はそう言いつつ、風間隊や秀宗が得意とするステルス戦術を利用しての、窃盗によるトリガー奪取が最も現実的な手段になるかもしれないと考えていた。

 玄界の知識では今後の両世界の接触軌道がわからない以上、後に禍根を残すようなことは避けたい。接触なしで目標を達成できるのならばそれが一番無難。

 だがそれも、ステルスが通用した場合の話だ。

 

「予定通り、これから冬島隊には周辺探索を任せる。他のものは最低限の人員を残してトリオン回復を兼ねて休息だ。冬島隊が戻るまでは外出も許可しない」

「周辺探索は構わないが、方角はどうする。その情報まであるのか?」

「近界に東西南北という概念は無いらしいが、便宜上我々の言葉に当てはめて言うならば、ここから北北西から北の方角が探索範囲だ。手が足りないのでその1方向に絞る」

「了解、その方向に10km進んで何も発見出来ない場合は?」

「メノエイデスの本拠の位置情報が間違っていた場合、そもそも我々の持っている情報が役に立たない可能性がある。どんな危険があるかわからないため、滞在予定を短縮してでも早期に切り上げる」

 

 その時は遠征メンバー全員フル稼働で情報収集させることになるから、聞いているメンバーはその方針になった時のためにも絶対に休息はとるように。

 風間は、通信を聞いているメンバー全体を意識してそう発言した。

 

「唯我、聞いてたか? 寝られ無いとキツイぞ。緊張して寝られてないの全員が知ってるぞ」

 

 隊長以外に発言権がないことを良いことに唯我をからかう太刀川をよそに、冬島は確認するように言う。

 

「その場合、成果が無い可能性もあるが?」

「構わない。全員の生還が最優先だ。責任は俺がとる」

 

 風間は、再び全員への発言と意識して、断言するように言った。

 

 今回、遠征メンバーに通達された第一目標はチーム全員の生還ではなかった。

 それが何を意味するか。

 つまり、隊員が欠けたとしても何らかの成果を持ち帰れということ。

 第一目標を確認した誰もがその意味に気が付き、あるいは気が付かないようにしつつも、意識せずにはいられなかった、そこはかとない不安。

 風間の狙いは、その恐怖を払拭することだった。

 

 

 

 この厳しい目標設定には、産まれて間もないボーダー本部の懐事情が関係している。

 

 そもそも技術後進国である玄界では、遠征艇そのものですら一点物の超貴重物資である。近界の技術を元にようやっと作り上げた船が破壊でもされようものならそのダメージは計り知れず、開発や研究に回すトリオンと人手を再び遠征艇の建造に回さなくてはならない。

 遠征艇を飛ばすトリオンしかり、この航海のために集めた情報コスト及び人的コストしかり。全てが無為に帰するのでは、到底収支が合わないのだ。

 更に重ねるならば、遠征のためにボーダーの精鋭部隊を防衛任務から十人前後、長期間捻出したことは本部の防衛力の弱体化も意味する。

 

 上層部からすれば、それだけの負担をしいて成果無しということは考えたくないこと。

 それ故に、第一目標の設定から全員の生還という5文字は外されていた。

 

「まあしかし、この外の探索じゃいくら冬島さんたちでも時間がかかるだろ、多少疲労を無視しても、全員で複数方向を探ったほうがいいんじゃないか?」

「心配ない。そのために案内役を連れてきている」

 

 

 

 

 

 

『案内役というと、城戸司令に連れられて外界に来たことがあるのかな?』

『・・・』

『それとも単独で? ああ、随分歩き慣れてるようだね、まるでこの雨と雷を知ってたみたいだ』

『・・・』

 

 秀宗と当真のオペレートをこなしながら、真木が質問した。

 遠征艇の司令室は3人のオペレーターの席が感覚狭く設置されているが、現在それを使用する太刀川隊国近柚宇と風間隊三上歌歩は休息と言う名の睡眠に入っている。

 3人分のスペースがあれば、贅沢な使用にも不都合はない。

 

『・・・冗談だ。全く、まさか君の正体が人型近界民とはね』

 

 真木は独り言のように呟いた。

 責めるような口調ではなく、どこか呆れたような雰囲気。

 風間の案内役という発言に、当真ですら音を上げそうになる厳しい自然への“まるで経験したことがあるかのような”反応、不自然な遠征隊への参加、隊長の冬島が最も危険なスポッターに秀宗を宛てた意味。思えば、似ても似つかない親子の面影。

 これだけの材料が揃えば、少し気の利くものならばその答えにたどり着く。

 しかし、近界への攻勢を謳っている派閥の長の息子がまさかの近界民では、驚きたくもなると言うものだ。

 

『すいません、自分で言うつもりだったんですが。風間さんに気を遣っていただいて』

『知らなかったのは私だけか?』

『このメンバーだと、知っている人は少ないです』

『ふぅん、風間さんと、隊長もか?』

『はい。ラボ関係の方は多いですね、開発もあるので』

 

『まあ、そのへんにしてやりなよ』

 

 問答を、当真が遮る。

 

『俺も驚いたが、ボーダーには近界民に色々思ってるやつも多いからな。黙ってたほうが平和ってことじゃねーの? あんまり本人に怒っちゃかわいそうだ』

『怒るだなんて。私が? まさか』

 

 さも心外だと言いたげな声色で真木は続ける。

 

『わざわざ風間さんがあんな言い方をしたってことは、城戸くんの言う通り、この情報を出した責任は自分が負うという気遣いだろう。今怒りをぶつけるなんてことをしたら、何も知らなかった馬鹿から、気遣いにも気づけない馬鹿に成り下がるじゃないか』

『・・・なるほど?』

『私は単に、そんな情報の伝え方まで現地に任せるなんて雑なやりかたにムカついただけ。・・・雷、来るよ』

 

 まばゆい光と、轟音。

 

 現在の地点は遠征艇の到着した丘から2km。

 平地を行軍している時とは考えられないほど遅い速度であったが、この環境下ではこれ以上は望めない。

 むしろ、2人でこの距離を稼いでいるのが驚異的と言える。

 

 2人1組で行動するスナイパーとスポッターの組み合わせでは、先導するスポッターがいくら速度を上げても意味はなく、スナイパーがスポッターの周辺をフォローできる範囲で安全確保しながら進むのが鉄則だ。

 そんな条件下であって、メノエイデス現地に住む者たちと大差ない現在の進行速度を維持している要因は当真にあった。

 雨で視界が大きく制限されるというスナイパーにとって最悪の条件下であったとしても、スポッターである秀宗をフォローできるという自信が当真にあるからこそ出来ることである。

 

『雑、ですか』

『そう。まあ、今は任務に集中しよう。そろそろ危険区域に入る』

 

 真木は、そんなデリケートな情報の取り扱いを子供に押し付けたこと以外にも1つ、城戸正宗に腹を立てていることがある。

 

 今回の遠征メンバーは、ボーダー全体には非公開となっている。

 なので、B級やC級隊員などには、箝口令を敷けば情報が漏れないのかもしれない。

 しかし、遠征から帰投したメンバーからの話や、防衛任務スケジュールなどの情報があれば、A級メンバーであるならば誰が参加したかなどはわかるのだ。

 

 A級トップ3位までのチームが参加することに異論があるものはいない。

 しかし、ランクの高いメンバーたちを飛び越えて突然参加することとなった最高権力者の息子に対して、他者が何を思うのか想像出来ないものだろうか。

 近界を案内できるなんていう超弩級の特殊技能を知らなければ、納得いかないものも出てくるだろう。

 近界遠征を目指しているものならば、特に。

 

 

『此処から先、トリオンでの攻撃は厳禁』

『『了解』』

 

 

 真木の脳裏には、何人かの名前が浮かんだ。

 変に荒れ無ければいいけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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