城戸秀宗は近界民である   作:dedede6

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2、那須隊

 一撃の破壊力が優れていることから、“両手持ち”の弧月は攻撃力に優れていると思われがちである。

 熊谷友子がトリガーセットに弧月を選んだのも、攻撃力を求めたからだ。

 中距離戦で圧倒的な制圧力を持つ那須玲を擁する那須隊が今後B級の中位以上を狙っていくためにどうすればよいのか、考えた末の選択だった。

 

「どこからでも来なさい・・!」

 

 その選択は、その意図とは裏腹に、熊谷の防御力を画期的に高めていた。

 弧月を取り回しやすいようにカスタマイズした熊谷は、両手で握りやすいように柄を長めに設定し、何もついていなかった鍔の部分には、十字型の鍔を装着した。

 他者が使うものと全長は変わらないため、柄を長くした分、刃長部分を短く設定してある。

 熊谷は長身で、弧月を振り回すのに適した腕の長さを持っていたが、試行錯誤の結果、自分に適した長さは初期設定よりも少し短めと結論づけていた。

 

 弧月は、日本刀をモデルに設計された攻撃力と耐久力に優れたトリガーである。

 日本刀の分類上正式に規定があるわけではないが、一般的に刃長60センチ以上のものを太刀と呼称する。熊谷の弧月の刃長は60センチギリギリ、性質上小太刀や大脇差に近いものであった。

 

 では、小太刀の性質とは何か。

 

「そこ・・・!」

 

 それは防御力。小回りの利く小太刀を両手で扱うことで操作性を高めた状態は、正面の攻撃を捌く能力は随一である。

頭、脇、胸、あるいは足元。対戦相手である城戸秀宗のスコーピオンは、縦横無尽に熊谷に襲いかかる。その都度一つ一つ丁寧に捌いていく。

 秀宗の戦闘は素早くトリッキーだが、軽い。重心を中心に円運動させるように展開された熊谷の弧月の前に攻撃を弾かれ続けていた。

 秀宗の攻撃は熊谷に通っていない。では、戦線が膠着している理由は。

 

 ふっと息を吐いて反撃に転じる熊谷。

 通常の攻撃速度では通らないと判断し、防御行動の反動を利用して片手を離し、溜めなしの速度重視で刃を走らせる。

 

「ほんっとに、ちょっと速すぎない?」

 

 当たらない。

 秀宗の胴を狙って返した刃が到達する時、すでに秀宗は間合いから外れている。

 

「こっちとしては、速さが取り柄なので」

 

 お互いが決定打を欠いたままの状態では、勝負は決まらない。

 チーム戦であれば、膠着状態は熊谷の勝利だ。那須隊のメイン火力は那須で、それは精密射撃だ。無視できない力強さを持ったバイパーの弾幕を中距離から集中させることが出来る那須隊の連携は、相手に膠着状態を許さない。

 今回は個人戦なので援護はない。

 そして、熊谷自身、援護は望んでいなかった。攻撃力を求めてトリガーセットをいじったことは、彼女なりの決意だ。

 個人戦でも相手を緊急脱出に追い込む能力身につけること。

 最近彼女自身に課したテーマでもある。

 

「ちょっとは疲れなさい、馬鹿」

 

 互角の攻防とはいえ、お互いの斬撃が体を捉えることもある。流失したトリオンは身体能力を奪い、疲れのように動きを鈍くする。

 その意味で言えば、不利なのは身長の低い秀宗だった。

 多角的に攻撃をするために飛び跳ね、しゃがみ、障害物を利用する。手数の多い攻撃。また、防御のたびに自分よりも間合いの大きな熊谷の攻撃から身を逸らす。

 だというのに、一向に動きが鈍らないのはどうしたことか。熊谷は知るよしもないが、戦闘継続能力は護衛の必須技能だ。

 

「熊ちゃんさん、こそ練してますよね、攻撃が前より鋭い気がします」

「全っ然そんな気しないんだけど」

「いや、さっきから大分いっぱいいっぱいですよ」

「なら、一回くらい当たってみなさい・・!」

 

 何度目かになる、正面の突き。

 それを上体を逸らして回避した秀宗は、そのままバク転の要領で間合いから外れる。

 離れ際、右足、左足の順に足から生やしたスコーピオンを熊谷の突き手に引っ掛けようとするが、今度は熊谷が十字鍔を利用して防ぐ。

 

 そろそろくるか。

 

 一通りお互いの手札は切った。

 ただし、秀宗の最大の特徴は身のこなしでも、スタミナでもない。

 

 その瞬間、秀宗の姿が“ぶれた”

 

 相変わらずどうなってるのよ、これ。

 熊谷としても、何度も練習で見せてもらっているが、見破れたことは一度もない。

 二度目からは、何が来るかわかっていて身構えているのに。

 目を離したつもりはない、意識を切ったつもりもない。それでもいつの間にか視界から秀宗の姿が消えていた。大掛かりなマジックでも仕掛けられているようだ。

 

 いつもなら、360度に上下を含めた全方位を警戒して、それでも一撃で沈められる。

 まさに“奇襲”だ。

 それでも――。

 

 カメレオンが流行している今の環境では、上位を狙うために姿を消した相手対策は必須だ。

 那須隊も、あの手この手で対策は協議しているが、未だに有効な対策は持ち得ていなかった。

 シューターや、スナイパーならばともかく、絶対に身に着けなくては行けないのが、アタッカーで近接戦闘担当の熊谷であった。

 チームメイトの日浦茜にカメレオンをセットして貰って何度となく練習を重ねた。それでも感覚がつかめず、ツテを頼って上級者を紹介してもらい、指導まで受けている。

 紹介された相手が年下の男の子だということに思うところはあったけれど、最高の相手を紹介してもらえたと思っている。

 なにせ、この指導相手はカメレオン流行前からの隠密奇襲を使っていた専門家だ。

 そんな相手にここまで練習に付き合ってもらっているのだ。前ROUNDでは使う機会が無かったが、もう克服したことはみせないと。

 

 熊谷は両手持ちを解いて左手だけに弧月を持ち変えた。弧月の稼働部分を広くする工夫だ。

 左半身からの襲撃には弧月で、右半身からの襲撃にはシールドで対応する構え。

 神経を集中させるように息を吐き慌ただしく目線を振り回すと―――。

 

「そこっ!」

 

 いつの間には中空から出現し、人間の弱点、視界の限界値、後頭部上部から襲撃した秀宗のスコーピオンを、展開させたシールドで防ぎきった。

 

「おみごと」

 

 秀宗が差し出したスコーピオンの切っ先は、数日前までなら確実に熊谷に頭蓋を貫通したはずだったのだ。

 しかし今、攻撃は紙一重でシールドに阻まれている。

 素晴らしい成長速度、防御センス、秀宗が素直に称賛の言葉を贈ると――。

 

「まだよ」

 

 秀宗とシールドの間に、拳大の光球が出現していた。

 

「―――っ!」

 

 声にならない悲鳴。その直後、いつの間にか弧月を消した熊谷が、『メテオラ』と小さく呟いた。

 

 

 

 

「参りました。本当に」

 

 ブースから出た2人に那須と日浦が合流し、4人でテーブルを囲む。

 10本勝負の結果は2対8。

 熊谷のカメレオン対策は上々の結果と言ってよかった。

 両手をあげて降参のポーズをし、後頭部をかいてまいったな、と呟く。

 

「あれ、那須さんが教えたんですか」

 

 至近距離で何度もメテオラを炸裂された秀宗は、わざとらしく不満げに那須に水を向けた。

 

「ちがうわ、くまちゃんが頑張ったのよ」

「攻撃を防いだあと、そこでメテオラを使っただけだもの。玲のように軌道を計算したわけじゃないし。でも、そうね」

 

 玲の戦い方をイメージしたら、うまく体が動いてくれた気がする。だから半分は玲のおかげかもね。

 

「はいはい、私の協力も忘れちゃ嫌ですよ!」

「茜もありがとう、もう半分はあなたのおかげよ」

 

 見つめ合って微笑む那須と熊谷と、元気よくじゃれて頭を撫でられている日浦。

 仲のよさを見せつけられているようである。

 那須対はボーダーでも数少ないガールズチームで、部隊全員が女子で構成されている。年下の日浦がムードメーカーの役割を果たして、公私に渡って仲が良い。

 

「城戸くんも、ありがとう。付き合って貰って」

「いえいえ、別に大したことはしてません。自分の訓練にもなってますし。メテオラ何回も食らうのは予想外でしたけど」

「わかるよ、城戸君、あれは怖い。わかってても怖いよね」

 

 あはは、と笑う秀宗に、練習で何度も体験した日浦が同調する。

 熊谷の訓練で一番の被害者は日浦かもしれない。

 

 カメレオンが流行して以来、親友の熊谷がその対策に悩んでいることを一番心に病んでいたのは那須だった。

 シューターでトリオン量の多い那須は、自らの周辺にバイパーをランダムで展開するだけでカメレオン対策になる。

 カメレオンを起動している間は他のトリガーを起動できないからである。

 無防備に攻撃を喰らえば一発効果の低いバイパーでも大きなダメージになるし、何よりも存在がすぐにバレてしまう。

 あっさりとカメレオン対策をした那須に、普段から力になりたいと考えていた熊谷はますます焦り、練習に練習を重ねていた。

 

「玲が男の子連れて来た時はびっくりしたけど、本当来てくれて助かっちゃった。色々気も使ってもらって」

「自分も弧月相手の経験積ませてもらってますから、それはお互い様です。ボーダーの人って、年齢とかランクとか関係なく仲いいですよね。今回は自分の得意分野ですから。力になれることならなんでも言ってください」

 

 秀宗がボーダーにいて一番居心地がいいと思っているのは、隊員たちの警戒心の薄さである。

 例外はあるが、若年層の隊員たちはおおむね温厚で、技術を教えることにさほど頓着しない。その独特の緩さは、最前線で張り詰めて、警戒心いっぱいの環境よりも過ごしやすい。

 

「でも、よかったんですか。あのメテオラ見せちゃって。カメレオン対策にもなりますけど、ランク戦でも決め手になる破壊力あると思いますけど」

 

 今4人がいる場所は那須隊の作戦室でも、城戸隊の作戦室でもない。

 ボーダー隊員全員が使える大型ブースの前だ。

 比較的空いている午前中であることもあって、城戸秀宗vs熊谷友子のB級同士のカードは、今いる隊員の中ではトップクラスのランカー同士の練習で、相応に注目されていた。

 当然隊員同士の噂話の口の端にのぼるし、新戦法やその対策に関する情報は足が速い。次のシーズンで那須隊がメテオラを使っても、初見の効果は期待できないだろう。

 

 隠しておいても良かったのでは、と問う秀宗に対して、熊谷と那須は顔を見合わせた後、頬を緩ませて笑う。

 

「それ、君が言う?」

「ほんとね」

 

 那須隊のオペレーター、志岐小夜子は究極のインドア派で有名だったが、異性嫌いでもあった。

 最初那須隊の作戦室を利用することを提案された秀宗が、それであればと大型ブースを逆提案したのだ。

 奇襲に備えて最も重要なことは対策であって、奇襲するのに最も重要なことは、対策されないことだ。手品は何度も見せるものではない。

 公開の場で練習することで損をするのは、どう考えても奇襲する側であった。

 熊谷がメテオラとシールドの連携を披露したのは、秀宗に対するお礼の意味も込めていた。

 

「それにしても、城戸くんが喋りやすい人でよかった。あの城戸司令と親子なんて想像できないくらい!」

「そうですか? あれで結構話し好きだと思いますよ」

「うそー、仕事中の司令からは想像もつかない。ちょっと見てみたいかも」

「多分、好きなことはよく喋るってやつです。昔の映画とか大好きですし、そのあたり詳しい人だと話が弾むかもしれません」

 

 昔の映画はちょっとわかんないなー、と笑う日浦。

 僕も全然わかりません、と応じる秀宗。

 

 ボーダーは今日も平和だった。

 

 

 

 

 ボーダー基地の一角、宿舎区画。

 一室を自室として与えられた秀宗は、帰宅して、扉が完全に閉まったことを確認すると、一つため息をついた。

 2DKの物件はひとり暮らしには少し広い。

 買ってきた食材を冷蔵庫に入れて、ダイニングからつながる秀宗の指定席につながる部屋の電灯を灯し、コーヒーを淹れるべくお湯を沸かす。

 コーヒーであることにこだわりはなく、紅茶も飲むし、緑茶も飲む。

 本日午前、那須に貰ったのが紅茶であったから、今日はコーヒーにしようと最初から決めていた。

 とはいえ、今日は心までオフにするわけにもいかない。

 

 月に1度の定時連絡。

 報告は文書で上げているが、この機会ばかりは口頭での連絡が必須となっていた。

 約束の時間に余裕を持って帰宅した秀宗は、テレビもつけず、音楽もかけず、部屋を無音に保ったまま時間を待つ。

 毎月の1日、きっかり21時。それまで気は張ったまま。

 壁にもたれ掛かり、コーヒーでちびちびと唇を湿らせていると、呼び出し音が鳴る。1コールも待たせずに電話を取る。

 

『進捗はどうだ』

 

 電話口から聞こえる、低く渋い声。

 本部司令・最高司令官、城戸正宗が通話の相手であった。

 

「こんばんは、元気ですか」

 

 秀宗は挨拶した。

 

『ああ、息災だ。そちらはどうだ』

「元気ですよ。生活に支障はありません」

『そうか、なによりだ』

 

 城戸の機嫌は声だけではわからない。直接顔を見て話せば、少しだけ分かるようになってきたけれど。

 秀宗は自分の人物眼に自信を持っているわけではないが、5年も顔を突き合わせていれば、少しはわかる。日浦に言った、本当は話し好きだろうというのも、多分正解だと思っている。

 

「進捗ですが、もうB級中位以上の隊員が平常の精神状態を保っている場面であれば、カメレオンが無条件で通ることはないでしょう」

『そうか、予想よりも早かったな。ランク戦のポイントが止まっているようだ』

「そうですね、落とすなら一工夫必要です」

 

 今ラウンドの城戸のオーダーは、一撃での戦闘離脱対策。

 ボーダー隊員たちが、不意打ちへの対策を身につけること。

 玄界のボーダー隊員達は、アリステラの少年兵達と比較すると、圧倒的に戦闘不能を恐れない。

 ベイルアウト機能開発がもたらした最大にして最高の、圧倒的な功績である。

 

 戦場を指揮する指揮官にとって、現場隊員達に求めたい能力が2つある。

 1つは、いたずらに戦力を損失しないこと。

 そしてもう1つが、死を恐れない優秀な兵隊であること。時には、自分の死を計算した、冷静な判断能力を持った駒のような兵隊。

 

『いくらベイルアウト機能があると言っても、復帰までに時間がかかる。奇襲で何人も落とされているようでは短期間の戦力保全もままならない』

「ボーダー隊員は優秀ですが、ランク戦はやはり実戦ではありませんから」

 

 ランク戦は、死なない。

 不意を突かれた一撃で緊急脱出したとしても、仲間に謝ってサポートに回ればいい。

 自分の死を計算出来る反面、死への忌避感は薄い。

 

「と言っても、時間を置けば復帰できるのは相手からすればやはり脅威です。本部の近くならばタイムロスも短い」

『そうだな』

 

 秀宗は本部防衛には現時点でも十分活用できると言い、城戸正宗はそれに応じる。

 白々しい会話だ。

 城戸正宗が秀宗に注文した、ボーダー達の奇襲対応能力を育てろ、といった指示は明らかに“その先”を考えてのことであった。

 つまり、本部から離れた戦場の想定だ。

 

『カメレオン対策の練習を公開でやったのはいい判断だった。記録に残る』

「偶然、自然な流れでそうなりましたので、自分の手柄ではないかもしれません」

『素直に褒めさせろ』

「ありがとうございます」

 

 通常の定時連絡通り。15分ほどですべての連絡が終わった。

 

 

『次のオーダーは、また忍田本部長を通じて出すことにする』

「ありがとうございます」

 

 緊急時を除き、城戸正宗からのオーダーは忍田本部長を通じて出される。

 そこには【忍田瑠花】は必ず同席することになる。

 これが【城戸秀宗】に対する報酬であり、誠意であり、次のオーダーに対する餌でもあった。

 

 秀宗は知らないが、忍田真史に、心のなかの共犯意識を再確認させる儀式にもなっている。

 

『それ以外で、不足はないか。なんでも言っていい』

「ありがとうございます、でも、大丈夫です。皆さんには良くしてもらって、感謝してます」

『そうか・・・』

 

 

 

 21時18分。

 手に持ったコーヒーは半分以上残ったままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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