城戸秀宗は近界民である   作:dedede6

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恥ずかしい。


3、諏訪隊

「はぁ!? ざっけんなクソゲーじゃねーか! おとなしく単位落としとけよ!」

 

 太刀川慶の欠席を知らされた諏訪洸太郎はがなり立てた。

 

「そういうこともある、たまには三麻もいいだろう」

 

 東春秋はやれやれといった表情を見せながら、箱から麻雀牌を取り出した。角張った牌の手触り、じゃらじゃらという卓を叩く音、雀が泣くようと例えられる、牌と牌がぶつかり合う音が嫌いな雀士など存在しない。

 

 太刀川の単位が危険水域であることは周知の事実だが、動きまでとれなくなるのは珍しい。これまでどれだけ単位を落としても遊びだけは欠かさなかった太刀川が欠席するのだから、本当に危機が迫っているのだろう。

 

 諏訪洸太郎、東春秋、太刀川慶、冬島慎次を初めとした年長者組が夜な夜な諏訪隊作戦室に集まるのは、麻雀卓を囲むためだ。

 レギュラーの4人を中心に、小佐野瑠衣や他の年長者が度々集められる。

 

 今日のメンツは、諏訪、東、太刀川、そしてゲストに迅悠一。

 太刀川が欠席となると、3人しか集まらない。

 4人打ちではなく3人打ちになる。

 

「三麻のほうが派手な上がりが多いから、ひょっとすると諏訪はそちらも好きだと思っていたが。それに三麻のほうが実力が出る」

 

 麻雀は、いわゆる不完全情報ゲームである。

 プレイヤーには自分の今後の方針や相手の手の内が見えず、伏せられた部分は想像で補う。

 コントロール出来ない範囲が広ければ広いほど運の要素が高まり、狭いほど実力の要素が高まる。

 将棋やチェスといった、全プレイヤーが同じ情報を共有して進める完全情報ゲームとは遊戯の質が全く異なるのだ。

 三人麻雀は、プレイヤーが1人減ること、使用する牌の数が減ることから、4人麻雀よりも情報が伏せられた範囲が狭いため、実力が出やすくなると言われていた。

 

「麻雀の本質はギャンブルだ! ギャンブルのギャンブルたる所以は逆転・・! 実力者が順当に有利になるようなルールはお呼びじゃねーのよ」

 

 ギャンブルには一家言ある諏訪はそう力説するが、流石に太刀川にこい、とは言えない。

 東の言うように3人打ちをするなら、使用する牌を抜かなければならないし、4人打ちをするならば誰か探さなければならない。

 諏訪は、作戦室の壁にかけられた時計をみやった。いつだったか、殺風景さを解消しようとした諏訪隊笹森日佐人が購入してくれた、少し派手な色の時計。

 今の時刻は午後8時。解散が深夜になるか明け方になるかはわからないが、今から予定が空いている人間を探すには、少々厳しい時間帯だ。

 

 諏訪はスマホを操作しながら諦め悪く、「麻雀打てそうなやつ」の電話帳をスクロールさせる。

 

 北添、嵐山、来馬。打てそうだが、真面目だ。この時間からは厳しい。

 生駒、木崎。しっくりこない。

 風間。怒られそう。

 唐沢、根付。おっさんはだいたい麻雀打てるはず。

 林藤は絶対打てる。賭けても良い。ただ玉狛支部は少し遠い。

 ・・・・一周回ってここはむしろ太刀川なのでは?

 

「大丈夫だ、諏訪さん」

 

 ゲストである迅悠一。黙って諏訪の様子を見守っていたが、様子を見計らったかのようにニヒルに笑いながら言う。

 

「4人目はすぐに見つかる。おれのサイドエフェクトがそう言っている」

 

 

 

 

 諏訪隊作戦室に拉致された城戸秀宗は、自身の現状にいささか混乱していた。

 日課であるラボでの仕事をこなし、夕食をどこで済ませようか、と考えながら本部の通路を歩き出したのはほんの数分前である。

 それが今では、強面の先輩達に囲まれて鉄火場に身を晒している。

 

「ロン、一気通貫ドラ1。2000は2600」

 

 パタリと倒れた秀宗の手牌を、他の3人が確認する。

 

「へえ、打てるじゃねえか。疑うわけじゃなかったが、これなら心配なさそうだ」

 

 東が打った萬子の9を捉えて秀宗があがると、心底嬉しそうに諏訪が笑った。

 確かこいつは寄宿舎住まいでひとり暮らし。いつでも呼びだせる。

 城戸司令の息子だけに硬いやつかと思っていたが、隊を組まずに1人でランク戦に挑むようなアウトローだ。そりゃあ麻雀くらい打てないとな。

 

「城戸は麻雀よく打つのか」

「昔、知り合いのおじさんにルールだけ教わったことがあって。皆さんはよく打つんですか」

 

 秀宗と直接面識があるのは迅1人で、東と諏訪はそれぞれ戦闘スタイルは知っていても、ほとんど初対面のようなものだ。

 旧ボーダー隊員の迅とは色々と交流があったが、それも今では疎遠になっている。

 連れてきた張本人で交流のありそうな迅はともかく、5歳以上年の離れた先輩たちに囲まれるのは辛いだろうと、東が話題を振っていた。

 

「ぼちぼちな、俺と諏訪は、たまに集まって牌を摘む程度だよ」

 

 上級者の常套句だなあ、と秀宗は思う。

 

「迅さんは?」

「おれはほんと、たまーにだな。実力派エリートは忙しいのだよ」

 

 言葉の通り、明らかに他の2人に比べて手付きの覚束ない様子だった迅は、自分の手の内でパズルをするように麻雀を楽しんでいるようだった。

 

「秀宗とも、中々話す機会がないからな。つい誘っちまった。迷惑だったかな」

「まさか。遊びに誘ってもらえるのは大歓迎ですよ。2人とも知り合えて嬉しいです」

「城戸ぉ、腹減ったら、冷蔵庫の中におサノのチョコあるからな。付き合わせた礼だ。食っていいぞ」

 

 俺が許す。根拠なく自信満々に諏訪は笑った。

 

「もしかしなくてもそれ、明日僕だけが怒られるやつですね」

「チョコはともかく、勝負の途中で飯でも食いに行くか。そのくらいなら俺が出そう」

 

 自分の手番をこなしながらの雑談。勝負の中でのコミュニケーションも麻雀の醍醐味だ。

 

「ひとり暮らし、ちゃんと食ってるか?」

「もう歴も長いですから、それなりには。そちらはどうです」

「玉狛支部は当番制だから、食事のバリエーションなら誇れるものがあるぞ、全員健康体だ」

「へえ、迅さんも作るんですね」

「お前もたまには遊びにこい、喜ぶぞ」

「ありがとうございます。急に遊びに行くのもいい顔されないでしょうから、折を見て」

 

 1人暮らしの大学生と、故郷から電話する母親みたいな会話だな、と東は思った。

 そもそも、迅とこの少年は、玉狛支部に招待されるほどの仲の良さだったのか。東は事情通とは言えないまでも、知り合いは多い。アンテナは長いほうだ。

 2人が懇意にしているのを知らなくとも、話したことをほとんど見たことがないのは不自然に思える。

 

 ・・・不自然で言うなら、数えるほどしか麻雀にこない迅が今日参加したことも、太刀川が急遽欠席したことも、都合よく4人目が見つかったことも。

 考えすぎかな。悪い癖だ。

 東は飛躍した思いつきを、思考の隅に追いやった。

 

 1回戦、トップは諏訪、2位に東、3位に迅、4位秀宗で終局した。

 

 

 

 

 

 

 

「よせ、諏訪! 迅は未来が読めるんだ」

 

 無論、サイドエフェクトは発動していない。実力派エリートは遊びで“ずる”をするためにそんなものは使わないし、他の全員がそれをわかっている。

 

「止めるんじゃねえ、俺たちがやり取りしてるのは実はポイントじゃねえんだ、プライドを賭けてるんだよ!」

 

「ロン。18,000点です、諏訪さん」

 

 

 

 

「城戸、それだ。大当たりだぜ」

「おっと、俺の頭ハネだな」

「なにぃ!」

 

 

 

「大丈夫です、東さん。振り込んでも迅さんの責任払い。点棒を支払うのは迅さんです!」

「お前、性格変わってないか!」

 

 

 

 

 夕食休憩を挟んで、8回戦。

 トータル点数で諏訪、東、迅の3人がプラスで競り合い、秀宗が1人でマイナスを抱える展開だった。

 もう夜も深い。

 疲れて来た4人の間にしばらく会話はなく、牌の音とカチカチという秒針の音だけが作戦室に響いていた。

 

 この8回戦で終了というのは既に全員が合意している。

 そして8回戦は大接戦。

 全員の持ち点がほぼ同じで、泣いても笑ってもこの1局、あがったものが勝つという緊張感を持った場面で、一番騒いでいたせいもあり、最も疲労の濃くなっていた諏訪が目線を自分の手に固定したまま、呟くように言った。

 

「でよぉ、いつ本気でやるんだ」

 

 牌を捨てようとしていた秀宗が一瞬硬直する。

 察するに、麻雀のことではない。

 そのまま、すぐに牌を中央に捨てるが、諏訪はそんなことは気にしていないように続けた。

 

「事情は知らね―し、どうでもいいけどよ」

 

 あー、と、今度は天井を見上げた諏訪が、更に続けようとして、失敗した。

 自分が言えるような義理でもねーな。

 ちっ。と苛立たしげに舌打ちした後、諏訪は忘れろ、とぶっきらぼうに頭をかく。

 

 しばらく、部屋の中には牌を捨てる音だけが響いた。

 

 13順目、諏訪の捨てた3枚めの白に秀宗が声をかけた。

 

「ロン、6400点」

 

 やられた、と項垂れる諏訪と、最後はトップだったな、と褒める東。眠そうな迅。

 

 ボーダーは今日も平和だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近、諏訪と仲が良いそうだな」

「耳が早いですね、鬼怒田さん」

 

 本部開発室長、鬼怒田本吉。

 開発部門のトップにしてゲート誘導システム、本部基礎システム、ノーマルトリガー量産システムを次々と開発。

 エンジニアランキングがあるのならば文句なしのS級、ブラックトリガー保有レベルの天才である。

 

 ずんぐりとした体型に、寂しくなった頭皮、目つきの悪さを印象づけるような隈、そして好物はカップ麺。エンジニアに対する偏見を促進させそうな中年男性は、最近は新トリガー開発に力を注いでいた。

 

 鬼怒田がトリガーの開発に従事することは稀である。

 手元の装備よりも、大規模なシステム構築とその運用が鬼怒田の得手とするところであったが、この案件は一部の人間のみが関係すると決めた以上、そうも言っていられない。

 

 今、鬼怒田のラボにいるのは2人だけ。開発を担当する鬼怒田と、それをサポートする秀宗だけである。

 

「ふん。別に早いことないわい」

 

 そう言う鬼怒田は、不機嫌さを隠そうともしていない。彼にとって秀宗は気を使う相手ではない。

 

 新トリガーの開発は遅れていた。

 今回のトリガーは、瞬間移動。

 トリオンを使わない技術だけならば、未だ人類が到達していない最難関であった。

 

「もう一度最初から、今度は1m、2m、最後に壁越えで3m」

「了解」

 

 秀宗の役割は、勿論開発ではない。

 

 アリステラの秘伝として学んだ技能、その一つである『瞬間移動』を、繰り返し鬼怒田の前で実演し続けることである。

 

 無機質なテスト空間に放り込まれた秀宗は、鬼怒田が満足するまで、延々と同じ動きを繰り返す。

 その動きを、鬼怒田が手元のモニターで凝視する。

 秀宗が後ろから覗いたこともあったが、何が何やら。

 寺島の手元を覗き込んだときよりも、丸や線や波が多いことだけはなんとなくわかっているが、それが何を意味するかはちんぷんかんぷんである。

 

 

 

 実演と開発を繰り返すこと1ヶ月、プロトタイプを作り上げた鬼怒田は、なんとか瞬間移動と言える速度で物体を移動させることに成功していたが、何度試しても途中に物体がある場合、それを無視する動きを再現出来ずにいた。

 

 これでは瞬間移動ではなくて、高速移動。

 もっとも、かなりピーキーな性能とはいえ、これはこれで磨き上げれば一つの新トリガーになりそうなものだが、技術屋にその理屈は通らない。

 

 実演は反復する。

 毎日続けられたこれは、時には12時を回ることもある。

 短い手足を振り回しながらも時には喜び、時には落ち込む鬼怒田の姿は、ちょっとダックスフンドみたいだな、と秀宗はこっそり笑っていた。

 

 

 一方で秀宗も、遅々として進まないトリガー開発に、多少焦れている。

 勿論、トリオン消費のないテスト空間で瞬間移動を実演するのは、スタミナ自慢の秀宗は苦にもしない。

 しかし、秀宗がいかに実演しても、協力しても、手の届かない場所はある。

 

 

 そもそも、ボーダーの目的は玄界の防衛であって、新トリガーの開発や隊員たちの育成は手段に過ぎない。

 強力な防御兵器や堅固な要塞、使い勝手の良い武器、量産化、共通化。

 これらが出来上がったとしても、世界を守れなければ意味がない。

 防衛機構が持ち得るパラダイムは、あくまで防衛ファーストなのだ。

 

 万一、持ち得るやり口を全て試しても防衛がままならないとなれば、当然ながら次の手段を選択する。

 玄界の選ぶことができる最強・最速の選択肢。

 鬼怒田の思考が、上層部の思考が、“母トリガー”と“神”の利用に及ばないよう、成果を出し続けなければならない。

 事実、その選択肢を選ぶことを頭の隅に置いているからこそ、ボーダー上層部は“神”と“護衛”をわけたのだ。

 

「次。2m、2m、板状のトリオンを越えて3m」

「了解」

 

 玄界の同盟国が善良であることは秀宗も確信している。

 善良で、いい人で、救援に駆けつけてくれるほど信頼に厚い。アリステラを守るために文字通り身を粉にして貰ったことには、感謝の二文字しか浮かばない。

 しかし、だからこそ。

 

 “神”を利用しなくとも、防衛を成功させなくてはならない。

 “神”を利用しなくとも、防衛を成功できると思わせなくてはならない。

 “神”を利用しなくとも、防衛にかかるコストは許容できると思わせなくてはならない。

 

 

 そして、“神”が逃げ出すと思われてはならない。

 

 

 体内に外部勢力を飲み込んだ組織は、外部勢力が力をつけることを何よりも嫌う性質がある。

 ましてや、いずれ害されるかもしれないという一抹の不安があれば、死物狂いで抵抗するかもしれない。

 

 秀宗は忍田真史に【忍田瑠花】の身柄を預けて以来、必要以上に接触しないように振る舞って来た。

 接触するのならば、なるべく色のついていない部隊と。

 ボーダー上層部が【忍田瑠花】と【城戸秀宗】を分けたのならば、その状態を保ったほうがよい。余計な疑惑を持たれることは、誰もを不幸にすることだからだ。

 先日、【林藤陽太郎】に会いに来いという迅の誘いを、城戸が良い顔をしないだろうと理由をつけて断ったのも、それが理由だった。

 

 神経質になりすぎだろうと自身でも思う。

 ただし、アリステラの崩壊の経緯を考えると、慎重に慎重を重ねても、やりすぎであるとまではどうしても思えなかった。

 

 

「木材、トリオン、シールドを挟んで3m」

「了解」

 

 

 鬼怒田は社交的な人間であるか。

 どちらかを選択するのであれば、答えはノーだ。

 鬼怒田と諏訪に交友があるのか。ノーだろう。

 

 本人に意識があるかは別として、あの性格とは別として、諏訪の思考は防衛第一に近い。それは忍田と同じ思考だ。

 

 では、あえて秀宗と諏訪が接触したことを口にする理由は。警告か、杞憂か。

 

 

 

 秀宗はずっと繰り返す。歩法を目立つよう、トリオン移動が目立つよう、何かヒントが伝わるよう。

 教わった技能を高度な形で説明することが出来ないことが恨めしかった。

 

 

 

 

 

 

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