城戸秀宗は近界民である   作:dedede6

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4、太刀川隊

 旧市街地。

 ボーダー本部の裾野に広がる放棄された住宅街群は、いまだかつての住民の影を残している。

 一戸建て、集合住宅、公園、学校、警察署、消防署、丘、幹線道路。

 日本全国、どこにでも存在するその街並みは、近界民の襲撃以来、その姿を凍らせたように動きをとどめたまま動かない。

 

 現時点で世界で唯一近界との繋がりを認識されている三門市では、住民たちは近界民からの襲撃を恐れて、襲撃範囲からほうほうの体で姿をくらませていた。

 

 人口28万人と決して大きくない地方都市である三門市であるから、全員が逃げ出したのならばすぐ都市消滅になりそうなものだが、現実、それでも居住する市民が残っている。それは、襲撃範囲を極めて限定的な、コントロールできる範囲内にとどめているからである。

 

 ボーダー本部開発室長、鬼怒田元吉ご自慢のトリオンテクノロジー、誘導門。全ての近界民の出現門は、旧市街地内へと誘導され、進行方向をボーダー本部へと定める。

 

 いうならば、全てお膳立てされている戦場だ。

 よほどの規模の襲撃は別として、散発的な近界民の出現は全て誘導され、防衛任務につくボーダー隊員達は眼前の敵に集中できる。

 まるでゲームの、タワーディフェンスのようだ。

 

 いいなあ、これ。欲しかった。

 

 防衛任務についていた城戸秀宗はほぞを噛んだ。

 

 鬼怒田さんって、マジでブラックトリガー何本分もの価値があると思う、真剣に。

 

 界境防衛機関、ボーダーに所属するB級以上の正隊員たちは、その境遇や身分を考慮された後、防衛任務に配属される。

 警戒区域を警邏し、近界民が現れたら速やかにそれを討伐する。まだ学生である隊員たちは防衛任務を理由に学校の特別早退が許可されるなど、ボーダーが最も力を注いでいる事業の一つである。

 

 ただし、神出鬼没の出現門の発生頻度はそう高くもない。2日続けて現れる時もあれば、7日間以上音沙汰が無い時もある。

 出没自在であるのか、何らかの周期が存在するのか。

 まだ浅い近界に対しての知識では、詳細は判明していない。

 

 

 

 

「今日は当たりだな」

 

 黒のロングコート。少し癖のかかった金髪。自動販売機で購入したホットコーヒーを左手に持った青年は、余裕の表情を崩さない。

 ボーダー本部、屋上に陣取った出水公平は、はるか遠くに発生した出現門をその視界におさめていた。

 

 それが不謹慎であるという議論はともかく、力のあるボーダー隊員にとって小規模な近界民の出現は歓迎すべきイベントである。

 撃破したトリオン兵の数に応じて報奨金が出るということもあるし、格好の力試しの場でもある。

 トリオン兵が出現しない防衛任務が、基本的に暇ということも待機の隊員が出現を待つ理由の一つだった。

 

 本日の防衛任務に当たっているのは、A級1位、太刀川隊。

 アタッカー太刀川慶、シューター出水公平、ガンナー唯我尊。3人部隊の太刀川隊の穴を埋めるように、ソロで城戸秀宗。加えて、オペレーター国近柚宇。

 

「柚宇さん、柚宇さん、情報お願い」

「ほ~い」

 

 近界門の発生は、国近が座る本部内作戦室では既に捕捉していた。

 

「現時点でのトリオン反応送るよ。出現反応継続のため総数未定、ここからどんどん追加されるから気をつけてね」

 

 緩い国近の声とともに、全員のもとにデータが送られる。

 出現の初期位置だけの情報でもそれなりに量があるが、移動及び戦闘が始まれば、その情報量は跳ね上がる。

 いつものように情報処理をこなしながらも、初めて隊を組む秀宗のために、国近はあえて口に出して伝えていた。

 

 国近のオペレーションは、オーソドックスなタイプであるので、初めて組む相手でもさほど影響はでない。

 隊の編成が偏れば偏るほど、それに最適化されたオペレーションは存在するし、求められる。

 現在のB級で言えば、部隊全員がスナイパーという超特殊編成を擁する荒船隊のオペレーター、加賀美倫のオペレーションは、スナイパーのサポートに重要な情報処理を最優先するよう訓練されている。

 

 他方、特化したオペレーションは勿論強力な武器だが、過ぎれば毒ともなる。

 “癖”がつきすぎたと上層部が判断した場合、危険性が低いと判断できる時間帯を狙い、あえて普段の編成と違う部隊のオペレーターとして防衛任務につかせることもあった。

 

 

「ん、モールモッドか」

 

 トリオン反応が示す敵情報は、モールモッド。出現確定数は10。

 

「もうちょっと数増えそうだけどね。太刀川さんなんか隊長っぽいことよろしく~」

「うーん・・・、城戸。いけるか」

 

 唯一のB級、それも下位からソロで参加する城戸に太刀川が確認する。

 混成部隊の場合、人数、年齢、戦場などによってトップをとる人間は変わるが、太刀川隊プラスアルファともいえる編成で太刀川が指揮をとるのは、言うまでもないことだった。

 

「いけます。1人でも対応できる範囲です」

「なんだとぉ? 落ち目のB級が、強がり言うんじゃないよ。素直に僕らA級1位に任せ給え。雑魚とはいえ10体は、君にはキツイだろう」

「唯我ぁ、お前も1人じゃあの数とは戦えね―だろーが」

「いやいや、出水先輩。ボクは純粋に城戸くんを心配してですね」

 

 戦闘用トリオン兵、モールモッドは大きさは自動車程度、硬い甲羅で身を隠しているため、倒すには長くて多い足を躱して弱点の目を攻撃しなければならなかった。

 直線攻撃が主軸で、ある程度距離を詰めなければ威力が出ないガンナーである唯我とは相性が悪い。

 

「じゃあこうしよう、唯我が右翼、城戸が左翼、後衛が出水。基本的には任せるが、人型が出たら俺がやる」

 

 了解。と答える城戸と出水。

 一方で、ショックを受ける唯我。

 

「ちょっと太刀川先輩、舐めプはいけませんよ。部隊戦で力と力、フェアな戦いをしなければ、相手にも失礼ってものです。ボクが前衛? それは論理的に考えて緊急脱出するのでは? 専任の尊厳をB級の前で踏みにじるつもりでしょう!」

 

 考え直しましょう、と言う懇願に。大丈夫だって、なんとかなるから。と適当なことを言う太刀川。じゃ、いくかと戦闘に向かう出水と、はいと応じる秀宗。

 

「得物はスコーピオンか?」

「スコーピオンと、グラスホッパーを積んできました」

「オーソドックスだな、問題ない。組むのは初めてだが、だいたいの動きは知ってる。背中は任せろ。俺の弾が周りに降るだろうが、お前の戦闘スタイルを含めてこっちで計算するから、当たったら俺の責任でいい」

 

 めちゃくちゃかっこいいなこの人。

 

 秀宗は、こともなげに超ハイレベルな超絶技巧を提案してくる出水をマジマジと見てしまう。

 

「なんだよ」

「いえ、出水先輩、今のセリフめちゃくちゃかっこいいです」

「だろ? 照れるぜ」

 

 

 

 

 

 

 住宅街を秀宗は疾走していた。

 前傾姿勢を保ち、手を軽く開いた状態で前後に振る。ボーダー本部から接敵予定地点まではこの速度ならあと1分もかからない。

 出発前にごねていた唯我は、まだボーダー本部のそばだろう。

 

『あんまり突出するなよー』

 

 出水から入る通信に、大丈夫です。と秀宗が返す。

 随分張り切ってるな、と感想を抱いた出水は、国近へと注文をだした。

 

『柚宇さん、城戸のバイタルチェックお願い。サポートもあいつ中心で』

『りょーかい、全然異常なしだよ。待機状態と同じくらい。太刀川さんにいいとこ見せようとして張り切ってるとかかなー』

 

 若いなーとでも言いたげな国近。

 

『俺じゃなくて?』

『んー、城戸くんアタッカーだしね。だいたい迅さんか太刀川さんに憧れるんじゃない? あ、敵出現、バムスター2追加、まだ増えそう』

 

 初期数10だったトリオン兵が、接敵前ですでに10体増え、現在は20。特に問題ないとは言え、増員が止まっていないのが少し気になった。

 

『今日の待機は?』

『間宮隊かな、シューター主体の』

『了解、少し間引いとくか』

 

 

 

 

 秀宗が最初のモールモッドを目視する。

 正面に1体、側面に1体。正面から奥に3体。

 正面の1体を最初の標的に決めた秀宗がスコーピオンを展開させようとしたその刹那、出水の合成弾、トマホークが秀宗の隣を追い越し、視界の端で側面のモールモッド1体を撃破した。

 

『複数は考えなくていいぞ、射線もな』

 

 耳に入る出水の声に感謝しつつ、秀宗は足に力を入れる。

 足元のトリオン反応が増大する。トリオンの流れを利用して歩法を調整し、加速。

 およそ30mの距離を一息で詰めた秀宗は、モールモッドの硬いツメを置き去りにし、モールモッドの目にスコーピオンの刃を流し込んだ。

 

 

 

 

『うおっ、はえー。柚宇さんみた?』

『そだね~、初めて見たかも。城戸君ランク戦だとソロで隙狙いが主体だから』

『ああ、タイマンにあんまならねーのか、こりゃランクで判断できねーな』

 

 ハウンドの雨を降らせながらの雑談。

 出水の弾幕によって、秀宗は複数に囲まれることなく、1対1の連続を繰り返す。

 

『バイタルは?』

『変化なし、余裕ありそう。・・・興奮もなし、かな』

 

 少し訝しげに、国近は再計算をかけた。

 結果は変わらない。

 戦闘状態に突入した以上、興奮状態を示す数値は揺れるのが通常だ。

 サポートモニターの先で高速のままモールモッドの間を縫うように進む秀宗にはそれがない。

 

『クールボーイってやつ?』

 

 なんだそりゃ、と突っ込む出水にかまわず、国近はふにゃっと笑った。

  

 

 

 

 

 

『トリオン反応増大!』

 

 状況が一変したのは、出現確定したトリオン兵がもう残り3体を残すばかり、という時だった。

 順調にトリオン兵を片付ける秀宗と、戦場に到着した唯我。その2人を先にみて、絶好の援護ポジションを確保する出水は民家の屋根に陣取っていた。

 

 使用されたのは、個別ではなく全体伝達。太刀川を含む隊員4名に対する全体警告だった。珍しく、少し焦ったようなオペレーションをする国近に、ボーダー本部の屋上で待機していた太刀川もトリガーに手をやって、弧月の抜刀体制を整える。

 長距離戦闘はできないものの、太刀川の『旋空弧月』ならば、ボーダー本部から中距離のどこに出現門が発生しても、一刀のものに切り伏せるだろう。

 

 国近のデータが示す反応は2種類。

 現状の出現門からの増援を示す黄色の数値。

 

『敵増援、来ます。数不明』

 

 さらに、新規の出現門が発生する予兆である赤い数値が、手元のモニターに数種類の波紋を広げている。

 

『出現門、複数、予測、5秒』

 

 国近の言葉から、余計な文字が消える。

 単語のみを伝える口調は、予測の時間が差し迫ったことを示している。

 

 国近の様子に即座に反応できた2者は、それぞれが行動を整える。

 

 秀宗は、現在出現している3体のモールモッドを一刻も速く撃破するべく、空いていた左手からグラスホッパーを展開するため、効率的な破壊ルートを探しはじめた。

 敵個体の3体は密集している。モールモッドの弱点である目の部分を、お互いがカバーするような位置取りになっているため、直線運動での撃破は難しい。

 速度重視に複雑さは必要ない、なるべく単純で、効果的な場所はどこか。

 

 出水は、今回の防衛任務で初めて、両攻撃の体勢を取った。

 軽く両腕を折り曲げ、手のひらを下に向けて力を抜く。広げられた両手の下に装填するのは、81分割の立方体が2つ。出水の経験則では、出現門が発生している場合、追加の出現門はそのすぐそばに開かれることが多い。

 ボーダー本部周辺に隊長がいる以上、出水の役割は前線に近い秀宗と唯我の援護である。

 ボーダー隊員屈指のトリオン量を誇る出水であれば、発生した出現門にアステロイドを差し向けるだけでも、援護には十分すぎる出力となる。

 

『敵増援、モールモッド2!』

 

 2か、と出水は左手を増援へと向けて、まずは増援を始末すべく頭の中で演算を開始した。

 “弾バカ”などと揶揄される出水であったが、半分は正解で、半分は不正解。

 出水がナンバー1シューターたる所以は、トリオン弾の操作性能ともう一つ。未来視じみた予測能力に他ならない。

 

 シューターを志した人間の誰もが辿り着ける領域ではないが、出水の視界に映っているのは、現在の光景だけではない。

 今、誰しもが視認できるのは、中空に浮く3つのグラスホッパーと、その1つ目にまさに足をかけようとする後輩の姿、3体のモールモッド、援軍を吐き出そうとする出現門。

 それは単に、計算の出発点だ。

 出水はそこから数瞬先を計算する。今自らの左手から放たれようとしている81のアステロイドの弾道演算、攻撃行動に入った仲間の軌跡、その行動に反応するモールモッドの全ての全体動作。おそらくは、苦し紛れに攻撃に転じるであろう爪の機動。

 手から放たれた後のトリオン弾に操作は効かない。これが出来なくては、どんな設定をしても無駄弾になりかねない。

 

 全ての演算をこなした出水がアステロイドを射出すると――。

 

『新たな出現門発生! 出水くんの真下1m!」

 

 発射台を固定している出水の両足が、民家の屋根ごと“ズレた”。

 

 

 

 

 

 

 やっちまったな。

 

 新たな出現門から現れたモールモッドに、逆さになったまま空中に放り出された出水は、それでも冷静に、右手に残った81個のアステロイドを叩き込んで撃破した。

 

 心配の先は、前線の後輩の援護のために差し向けた左手のアステロイドの射出計算がズレたことだ。

 

『わりーな、14個ほど直撃コースだ。緊急脱出しても俺の責任でいい』

 

 新たに出現する2体に向けたアステロイドはずれていない。

 残党だった3体のモールモッドも、あの動きであれば秀宗が倒すだろう。

 問題はその後、計算上は、3体目を倒したのその刹那、グラスホッパーの反動で無防備になった秀宗に向かって、14ものアステロイドが直撃コースに入っていることだ。

 

 あの後輩は、スコーピオンの他にグラスホッパーを複数箇所に展開して高速機動に入っていた。背中からの攻撃にシールドを貼る余裕はない。

 いや、あったとしても。ちゃちなシールドなら破壊できる程度にはトリオンを込めていた。

 

『問題ないですよ、出水さん』

 

 そう返した秀宗は、正面にいた3体目のモールモッドを倒した寸秒後、シールドの展開では間に合わないと判断。14個の“グラスホッパー”を自らの背中に展開した。

 背中に目があるのかとも錯覚する。“背中からの攻撃にも慣れている”とでも言わんばかりに操作された、手のひら大の頼りない平面体と衝突したアステロイドは、その全てが秀宗に直撃することなく霧散した。

 

『当たってなければ、誰の責任でもありません。万事オッケーです』

 

 

 

『だってさ、出水くん』

『はぁ――? 意外と生意気だな、あいつ』

 

 

 

 

 

 

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