城戸秀宗は近界民である   作:dedede6

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誤字報告ありがとうございます、本当に。


6、嵐山隊

「おそらく、禁断の関係ね」

「はい」

 

 語り得ぬものについては、沈黙しなければならない。

 

 チーム戦闘においての状況判断能力、他の追随を許さない。

 仲間の攻撃をサポートする能力においても、仲間の窮地を救う能力においても、全ての場面をそつなくこなし、完璧に作戦行動を遂行する。

 ボーダーの誇る名万能手は、そんな格言を思い出す。

 

 場所は県外、時刻は昼下がり。ボーダー本部が用意したホテルの3階に門を構える喫茶店。

 目の前には、チームのオペレーターからおすすめされた、間違いのない一品。

 さあと意気込んで、フルーツタルトの上に乗った果物を、おもむろに一つ口にいれる。

 甘い。『みかどみかん』よりも上品な味わい。これは、タルト生地も期待できる。

 時枝充は、横から聞こえてくる会話を聞き流しながら、フルーツタルトにフォークを入れていた。

 

 

 

 

 沢村響子は、本部長補佐を務める才媛である。

 かつてアタッカーとして防衛隊員だった時代もある沢村は、防衛隊員から本部運営に転属を果たした後みるみるうちに頭角を現し、弱冠25歳で本部長・忍田真史の補佐役へと抜擢されている。

 人事、事務から緊急時の本部オペレートをこなす能力は、もはやボーダーに欠かすことができない。

 付け加えるのならば、「やんちゃ小僧」などと評されていた忍田が、本部長を務めるまでに成長する間、その支えとなり続けたことこそが、彼女のもっとも優れた功績であると考える首脳陣も少なくない。

 才色兼備といった言葉にふさわしい、信頼できる憧れの女性隊員の一人であった。

 

「妙にそわそわしてるって思ったら、忍田本部長と城戸くんが会う日だったし」

「はい」

「会えないと、なんとなく寂しそうにしてるような気がするし」

「はい」

「それなのに、会ってる最中はクールぶっちゃってるし」

「はい」

「私、気にしてませんけど、みたいな?」

「はい」

「陽太郎くんと合ってる時とは全然ちがうのよねー。藍ちゃんもそう思わない?」

「はい、私もそう思います」

 

 しかし、乙女であった。

 

 話題にされているのは忍田瑠花と城戸秀宗。

 沢村の言葉に頷いているのは木虎藍。

 忍田本部長と嵐山隊の関係が近いことから、その補佐を務める沢村と、嵐山隊の女性陣は非常に仲がよかった。

 

 自らの推測に同意を得た沢村は、やっぱり?と笑顔を浮かべ、ようやく自分のフルーツタルトに取り掛かる。

 沢村から見る忍田瑠花は、立ち居振る舞いの全てにおいて、かつて自分がティーンエイジャーだったころとは似ても似つかない、すでに確立された女性であった。

 出会った当初はまだ中学生相当であった年齢であったのにも関わらず、時には気圧されていたことを覚えている。

 一回り近く年の違う沢村に向かって、初対面から響子、と呼び捨てにしてきたこと、そしてそれを素直に受け入れてしまっている自分に気がついたことは貴重な体験だった。

 「これが本物の高貴なるものなのね・・・!」という少女のようなワクワク心と、生まれの違いを感じて接していけるかと思う不安心の、ごちゃまぜの感情。

 忍田から、すまないがよろしく頼む、と言われて全力で取り組んだ結果、今2人は忍田を支える友である。

 

「瑠花ちゃんはね、どうしてもああいう性格だし」

「はい」

「立場もね、多分私が知らないこともいっぱいあるだろうし」

「はい」

「このフルーツタルト、美味しいね」

「はい、紅茶も」

「さすが遥のオススメ。わ、トッキー、食べるの早いね」

 

 おれは食べてるだけだからね。と時枝は思う。

 フルーツタルトを8割ほど食べ終えている時枝は、美味しくてつい、と返した。

 紅茶も既に2杯目である。ティーポットに残った紅茶の色を見て、次を飲む時にはそろそろ差し湯を頼もうかなと考える。

 今このテーブルには3人しかいないことを考えると、沢村と木虎の会話に口を挟むつもりも、会話の主導権を握る意志もまったくなかった。

 そもそも、と時枝は思う。

 仮に時枝が話を逸らそうとしたとして、沢村の言葉を全肯定し続けている木虎は、果たして戦力として数えられるのだろうか。

 

 

 木虎藍は苦労人である。

 入隊当時、木虎のトリオン量が平均値を下回っていたことは有名な話だ。そしてそれを克服してA級まで上り詰めた、という逸話は、現状に嘆かずに努力すれば目標に到達できるという勇気を、同じくトリオン量の低い隊員たちに与えることになる。

 “ボーダーの顔”、広報部隊嵐山隊に相応しいと言えた。

 

 トリオン量が平均か、その下限ともいえる少なさにも関わらずA級になった人間はこの木虎か、トリオンを節約するために剣よりも槍を得物に選んだ米屋だけだ。

 では、トリオンが少ない人間の多くがどうなるかといえば、C級のまま引退するか、他の部隊に転属するか。

 例えば、本部運営とか。 

 時枝は想像する。

 沢村が特に木虎をかわいがっている理由は、ひょっとするとそのあたりにあるのかもしれない。

 

 嵐山隊に入隊してからの木虎は、それまで苦労していた分を取り戻すかのように、沢村に可愛がられ、嵐山准の教育を受け、綾辻遥と時枝充という2人の先輩のフォローを受け、過不足ない期間を過ごした。

 年上に対しては舐められたくない、と考える難儀な性格の持ち主である木虎であっても、身内に対しての態度が軟化するのにそう時間はかからなかった。

 特に、他の隊員などがいない空間で、一番可愛がってくれた沢村に対して、木虎は好意と尊敬の感情を持って接している。

 理由は全く違うが、憧れを感じている烏丸京介の前にいる時に近いのかもしれない。

 

 外ではプライドが高いとか、生意気とか言われている木虎が、嵐山隊のメンバーに対しては素直に接したり、不器用なりに気を使ったりしようとしていることは、いっそ微笑ましいことだ。

 

 不器用なりに。

 

 

 

 

 

「身分違いの恋とか、他に許嫁がいたりとかー、別に詮索しようっていうんじゃないけど、ね、ちょっと憧れちゃうよね」

「はい」

「藍ちゃんは、そういう憧れとかあるの?」

「はい・・・えっ」

「憧れのシチュエーションとか」

 

 時枝は渋くなってしまった紅茶を薄めて口に含みながら、カップ越しに木虎を盗み見た。

 ああ、複雑な顔をしている。

 予想では、きっと木虎は何も思いついていない。そして、自身が思いつかないのならば、沢村が好みそうな答えはなんだろうと、そう考えているのだ。

 木虎が何を言ったって、きっと沢村は喜んでくれるのに。

 

 答えが見つかったのだろう、問われて頬を少しだけ染めた木虎は、おずおずと言う。

 

 

「職場の上司と部下とか・・・・いいと思います、けど」

 

 

 下手くそか。

 

 そもそも、お前学生じゃないか。

 

 時枝は、紅茶を口に含みながら平静を保つという難易度の高いミッションに成功した自分を褒め称えたい気持ちでいっぱいだった。

 

 言われた沢村は予想外の答えにそっかーと頷いたあとに、それはもう満足げにニヤニヤと笑っていて、木虎は自分の発言が恥ずかしかったのか、ティーカップで顔を半分隠しながら、紅茶を楽しんでいるフリをして目をとじている。

 

 

 ふと、沢村と時枝の視線が空中で絡まった。

 嬉しそうだなーと時枝が思っていると、木虎に知られないように通話をつかって、沢村が言った。

 

 

『うちの藍ちゃんはめちゃくちゃかわいい』

『そうですね、おれも木虎はかわいいと思います』

 

 沢村から飛んできた通話に対して、時枝は100%同意した。

 

 

 

 

 金集めは私の仕事ですから、と豪語する唐沢克己にとって、三門市の外こそ戦場であった。

 組織が貨幣国家の内部に存在している以上、金の重要性を今更語るまでもないだろう。

 鬼怒田が作り上げたボーダー本部や防衛システムを人間の肉体に例えるとするのならば、唐沢が調達する金銭は、人間の血液と同様である。

 

「ほお、唐沢くんはラグビーをやっとったのかね。ポジションは」

「スタンドオフを努めていました」

「それは素晴らしい」

 

 こう見えて、ラグビーには目がなくてね、と話す男性に、にこやかにそれは偶然ですね、と答えながら、存じておりますよ、と心の中で思う。

 唐沢克己は、嵐山准、城戸秀宗の2名を引き連れて社長室に臨んでいた。三門市に門が開いて以来、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続ける民間軍事会社である。

 

 

 初対面の唐沢と社長は、和やかな、当たり障りのない日常会話からやりとりを始めた。

 勿論、そんな些細な内容は重要な決定には影響を与えない。これは、両者の仲が深まったという儀式のようなものだ。

 会話は、唐沢の同行者2人にも飛ぶ。

 事前に発言を控えるように言い含められていた嵐山と秀宗は、頭を下げるだけにとどめて自身の紹介を唐沢に任せる。

 

「なるほど、そして彼が嵐山くんだね。失礼、その隣の少年は?」

「彼は、司令のもっとも信頼する“男性”でして。私が県外に行くということで、城戸の好意に甘えました」

「・・・そうか、聞いたことがある。最高司令官の懐刀というやつか、そんな人間を護衛につけるとは、唐沢くんは、随分最高司令官にとって重要な人間なようだね」

「いえ、そんなことは」

 

 何気ない会話を続けながらも、唐沢はどんな情報も見落とすまいと神経を張り巡らせる。

 唐沢が求めているものは、ボーダーへの援助。

 ひるがえって、与えられる形ある実益は乏しい。

 ボーダー設立を決めて以来永遠に続く、唐沢の戦いの場であった。

 

 

 

 

 唐沢の指揮のもと、県内外に広く手を伸ばしている営業部が粘り強く支援を求めて探しだしのが、新たにスポンサーとなってくれる可能性のある今回の訪問先である。

 数年前までボーダーへの資金援助に二の足を踏んでいたが、最近になって話だけでも聞いてみたいと連絡が入ったのだ。

 これは、根付さんの仕込みが聞いたかな。

 営業部長の唐沢は考えた結果、即断で嵐山隊の予定や、その他の調整を全て整え、そのわずか一週間後には県外のこの場所へと足を運んでいた。 

 

 そして現在。3人が社長室に足を踏み入れてから1時間が経過している。

 

 唐沢は、これ以上の時間経過はまずいと考えていた。

 この1時間、2名が会話した内容は、学生時代の雑談などから始まって、ボーダーの未来や防衛理論、組織運営まで多岐に渡る。

 その全ての話題において、事前に調べ上げた社長の趣味・思考に合わように、好まれる話題になるように、言葉巧みに唐沢が誘導していた。

 結果、上機嫌な様子となった社長であったが、詳細な話には中々進もうとはしてこない。

 この場が整っている以上、全く興味がないということは無いだろう。とすれば、前に進もうとしない理由は条件か、内容か。

 運ばれたコーヒーに社長が口を運ぶのに合わせるのに同調するように、カップに口をつける。

 コーヒーを飲み、ソーサーがカチリと音を立てたのを見計らって、唐沢は意識的に声のトーンを落とし、努めて平坦な声で「ところで」と切り出した。

 社長がボーダーへの援助、具体的な内容や金額にまで言及し始めたのは、それから15分後のことだった。 

 

 

 

 

 

 

 交渉の結果、当初唐沢が思い描いていた通りの条件で、全ての話がまとまった。

 唐沢の指示で敷地内での発言を制限されていた秀宗は、3人の乗った高級車が会社の敷地内に出ると、後部座席から運転席の唐沢に向かって質問した。

 

「結局、最後まで風間さんだと思われてましたね、僕」

「ボーダー隊員の内部情報は全部根付さんの管理下にあるのさ。隊員の露出を嵐山隊に絞っているのもそれが狙いでね」

 

 一般の人が知ってるのは、嵐山隊以外じゃ、前取材を受けていた那須くんくらいかな。

 そう言って唐沢は続ける。

 

「勿論、漏れるところは漏れているけど。あの会社は新興企業だからね、知ってるのはボーダーの最高戦力が“ヒゲの男”と“少年のような男”ってことくらいだったんだろう、こちらが否定しなければそう思い込む。そんなところ、別にムキになって究明するようなところでもないしね」

 

 そうかもしれない。同行者が誰かなんて気になったとしても、交渉の本筋に影響はでない。そんなところで相手の心象を害するくらいなら、軽く流してしまったほうが利口だ。

 ただ、秀宗を風間と誤認させたことはわかっても、その理由がわからなかった。

 

 不思議そうにうんうんと唸る秀宗をバックミラー越しにみやった唐沢は満足そうである。

 タバコを一本、口に加えようとして、やめる。

 行動を共にするのが成人ばかりの唐沢だが、今日の同行者は2人とも未成年だ。

 

「実は、ボーダーには移転計画がある」

「え、そうなんですか?」

「いや、嘘だ」

 

 なんなんですか、と半眼で睨む秀宗に、唐沢はさらに機嫌をよくした。

 

「嘘なんだが、その噂があるのは本当だ。噂の出どころは私と根付さんだから、信憑性は抜群の。外務部で県外の土地調査までやらせてるから、動きだけは本物に見える。今週、沢村くん達3人に別の県での仕事を入れて、出張してもらっただろう? 我々がいるこの県と、沢村くん達が行った県が候補地なんだ」

 

 つまりね、と続けた唐沢の説明は、玄界の法律・経済事情に疎い秀宗にとっては、正直に言ってピンとこないものだった。

 玄界では、複数の組織が利益を争っている状態が通常で、その利益を得るためには他者よりも早く情報を得ることこそが一番大事であるという。

 常時競争状態に置かれている組織達は時に、相手に先んじるためならば、不確定な情報であっても信じざるを得ない。それは、その情報が間違っていた場合、利益を損失するということだ。

 

「つまり、騙したってことですか」

「いいや、勘違いしたってことさ」

 

 唐沢は説明を省いたが、唐沢と根付が流した仕込みは数多に存在している。噂の種類だけでもその数は3桁にのぼるし、無駄になった動きや根回しの数は、実際に活用出来たそれの何倍にもなるだろう。

 その中から相手がどの噂を信じているか、誰を疑っているか、どの情報を重要視しているか。

 それを全て把握して、時には不確定にベットして利益につなげるのが唐沢のやっていることだった。

 

 秀宗は混乱していた。

 秀宗が身を置いていた環境でも、嘘はよくあることだった。

 だけど、唐沢が言っている内容は、嘘とは何か、全く次元が異なるような。

 

 うーん、と後部座席でパンクしそうな秀宗が沈黙したのを待って、助手席で沈黙を守っていた嵐山は、運転席で笑顔を浮かべる唐沢の横顔を見ながら、興味深そうに聞いた。

 

 

「唐沢さんは、城戸隊員を指導するつもりなんですか?」

 

 

 唐沢はすぐには答えず、前方の信号が赤から青に変わるのを確認するとアクセルに足をかけ、停車していた車を出発させる。

 同乗者に加速した影響を与えさせない、丁寧な運転。車両を流れに乗せると答えた。

 

「そんなつもりは無いさ」

 

 ありていに言って、10代の近界民にこんな話をしても無理がある。

 今回唐沢が秀宗を連れ出したのは、もしかすると交渉の得になるかもな、といった程度の、ほんの少しの理由。それと、いくらかの好奇心。

 

 ただ、まあ。

 

 あんな難しい立場の少年がいて、おそらくはこれからも、表でも裏でも、大人たちの思惑の中で日々を生きていかなくてはならないのならば。

 

 もし彼が、誰かにとってのヒーローになる素質があるのかもしれないのならば。

 

「学ぶ機会くらいはないと、フェアじゃないと思ってさ」

 

 

 

 

 

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