城戸秀宗は近界民である   作:dedede6

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8、荒船隊②

 荒船隊が那須隊を攻撃したことにより、2人の正確な位置が判明した。

 マップの中央から少し南、展示場付近に1人、さらに南に30mほど離れたところに1人。

 マップ東に身を隠した城戸秀宗には、寺島雷蔵のサポートで最短での距離が提示される。

 1人部隊である秀宗がここから勝ちに行くためには、此処から先、戦闘での停滞は許されない。

 マップ西端には、半崎を撃破して1ポイントを獲得した那須隊が3人揃っている。

 彼女たちがマップ中央に舞い戻ってくるその前に、最速で荒船隊の2人を倒し切る。

 1対2対3ではなく、1対1を複数回。それが理想的な攻略方法だった。

 

 失ったのは、右手の肘から先と、左腕。

 四肢の内の一つと半分。言いかえれば、亡くした戦力は三分の一以下である。

 

「穂刈さんはどっちですか?」

「展示場に近いほうだ」

 

 秀宗は、純粋なスナイパーである穂刈篤に狙いを定め、独特な歩法で足に力を込める。

上体のバランス悪し、両足のコンディション良し、トリオン移動支障なし。

 距離は300。

 到着までそう時間はかからない。

 一瞬だけバッグワームを外してダミービーコンを起動すると、アスファルト舗装された道路を駆け出した。

 

 

 

 

 

 

『城戸くんの場所がわかりました。反応は3つ。東から、全てこちらに向かっています』

『3つ・・・? ダミーか』

『十秒後に接敵します。警戒してください』

 

 警戒音声を聞いた荒船と穂刈は、お互いの距離を詰めるために移動を開始した。おそらく、最初の狙いはスナイパー。

 穂刈への急襲を防ぎ、荒船が近接で対応するのがよい。

 手負いの城戸隊に手間どれば、やがてやってくる那須隊に対応できなくなる。

 合流して、潰す。2人は間にあった距離を詰め、お互いがそれぞれを視界に捉えた。

 ほどなく合流できるだろう。

 

 しかし急襲は、荒船隊オペレーター、加賀美倫の警戒音声が終わってからたった3秒後にやってきた。

 

「はえーな、おい」

 

 荒船の視界には、展示場から大通りに向かって伸びる大階段の頂上に立っている穂刈と、その穂刈に向かって跳躍する階下から駆け上がる何者かの影だけが朧気に見えている。

 

『奇襲警戒、階段下だ』

『見えね―。首から上任せた』

『了解』

 

 穂刈の眼前には、そこにいるはずの秀宗の姿形は見えていない。

 トリオン供給機関である胸にガードを集中させながら、腰だめにイーグレットを構えてバックステップで移動する。

 後方に10mもいけば、もう加賀美倫の設定した合流地点、渡り通路の角にでる。

 

 一撃でのステルスからの攻撃は、これまでの記録を見た限り急所への一突きで間違いない。

 そして一撃さえ防げば、おおよそ位置は把握できる。

 アタッカーとしてどの程度優秀かはわからないが、今までの傾向からして、初撃さえ防いでしまえば逃走を視野に入れた受け腰の攻勢になるはずである。

 

 大事なのは一発で、殺されないこと。

 

 穂かがガードしている胸から上、急所として狙われるべき残りの2つ、逃げる穂刈の首と、頭。その2つには、荒船がシールドを展開させた。

 

 

 

 予想外の回答は、穂刈の手元から。

 右手を軸に腰だめに構えていたイーグレットの先端がにわかに軽くなる。

 

「この野郎」

 

 アタッカー兼任の荒船と違い、穂苅の攻撃トリガーはイーグレットのみである。

 スナイパーにとって銃身から先は、その精密射撃を成功させる職人の指先だ。指先を失えば、能力の発揮は難しい。

 穂刈のトリガーセットは、イーグレット、バッグワーム、シールド、シールド。

 

「・・・役立たずにはならねえ」

 

 穂刈の脳内には、チームとして有効な動きがなんなのかが常に駆け巡っている。

 では、今自分ができることは?

 

 目線を下にやると、中空で縦に回転するイーグレットの先端と、武器を破壊した下手人である秀宗。右腕の肘からはスコーピオンが伸びている。

 両足で地面を踏みしめて右肘を下から上へと切り上げたらしく、スコーピオンは上向きだ。

 しかしそれでも、穂刈の視線よりはずっと低い。

 肘から先の分、距離がない。ただでさえ短いリーチが、更に短い。間合いは相当狭いだろう。 

 後ろから荒船はもう到着する。弧月はもう抜かれている。

 

 成人男性と同等の体格を持った荒船と、この状態の秀宗であるならば、間合いの勝負に追い込めば勝ちきれる。

 

 穂刈は行動に出た。

 バックステップで後退していた体を最後の一回だけ今までより大きく浮かせ、飛んでいる間に態勢を整える。着地の慣性に逆らうように、両足の靴裏とタイルが敷き詰められた通路を接着させる。

 飛んだ方向を微調整。少しだけ左寄り。秀宗から荒船の姿を隠すように、直線上になるように。

 あのスコーピオンで穂刈を緊急脱出に至らしめるとなれば、どうしても接近戦は必須だ。

 

『荒船、俺ごとやれ』

 

 両の目で秀宗を睨みつける。

 今、チームのために優先すべきことは、荒船の姿を隠すこと。欲を言えば、一撃でもシールドで防御して時間を稼ぐことである。

 更に注意を引くために秀宗に向かって半歩踏み出そうとして、自身の右足が動かないことに気がついた。

 

 ――もぐら爪。

 

「おいおい、俺に時間を掛ける気か」

 

 言いつつ、穂刈は少し安堵した。

 

 そりゃ悪手だろ。

 

 相手の姿が視認できないのならばともかく、両手のスコーピオンが絶え間なく襲いかかってくるならともかく。今のお前のリーチで、スコーピオンの1つだけならいかに足を固定されていても少しは耐えられるぞ。

 

 これならば瞬殺はない。

 

 穂刈は、バッグワームの下で密かにイーグレットを消すと、メイン、サブ2つのトリガーからシールドを展開させた。

 最早俺が倒す必要はない。倒されないことだけに全力を傾ける。

 やれるはずだ。

 

 1ポイントはここで、荒船が秀宗を倒して取れる。

 残された荒船1人で那須隊3人はかなりキツイが、こうなってはもう仕方がない。

 

 

 そんなポイント計算に入った穂刈の横を、秀宗は速度を上げて()()()()()。 

 

 

 両のトリガーをシールドに換装し、相手からの接触を防ぐことだけに集中しきってしまっていた穂刈に、それを留める術はなく、秀宗はダメージを受けずに穂刈の身体を追い越した。

 

 秀宗が通り過ぎた穂刈の横とは、一つ間違えば、身体同士が接触するかどうか、というほどの近さ。

 それが何を意味するのかといえば。

 

 

「ちっ」

 

 

 荒船は舌打ちした。

 穂刈の身体から突然敵の姿が現れたかのように見えた荒船は、今まさに、穂苅の体ごと秀宗を倒すべく、弧月を振り抜く直前であった。

 加賀美から寄せられる位置情報を頼りにした必殺の間合い。

 穂刈の前で1秒でも足が止まれば、必ず切れる位置。

 仮にスコーピオンで受け太刀したとしても、弧月の耐久力を頼りに秀宗ごと切ることもできれば、相手の狭い間合いを利用して二の太刀を叩き込むこともできるはずだった。

 

 荒船は、慌てて弧月の軌道を修正した。

 しかし捉えるには遠い。

 力が弱い。

 

 打撃や斬撃をアタッカーが行う場合、最も威力を込められる位置が存在している。

 攻撃のおこりから、身体のひねり、武器の軌道、相手への到達距離。

 それを間合いと呼ぶものもいれば、スイートスポットと呼ぶものもいる。

 それが全て噛み合えば大きな破壊力を生むが、それをずらされた場合、本来の力を発揮出来ない。

 常に同じ衝撃力を発揮するトリオン弾を飛ばすガンナーやシューターよりも、繊細な生き物であるのが、切れ味で勝負するアタッカーであるのだ。

 

 武器を鈍器に見立てたり、一撃よりも連撃を重視するものもいる。

 彼らのような攻撃方法が主体であったのならば、一回の切れ味が落ちようとも、問題にはなりにくい。

 

 しかし、荒船は前者であった。

 力を込めるポイントをずらされ、十全の威力を発揮できないまま振られた弧月はなまくらのように弾かれる。

 リーチが長いことが有利なのは、接近するまで。

 超至近距離でも取り回しが利くスコーピオンの一撃に、荒船が弾かれた刃を戻す時間は与えられなかった。

 

 みぞおちの下から抱きつかれるようにしてトリオン供給機関を刺し貫かれた荒船の耳に、無機質な音声が鳴り響く。

 

『戦闘体活動限界、緊急脱出』

 

 荒船のトリオン体がひび割れ、脱出する光となる。

 

「舐めるなっ!」

 

 荒船の緊急脱出を目の端に捉えながら声を発したのは、もぐら爪が刺さって動きが止められた穂刈だった。

 攻撃が来るだろうと予測して防御に使ったシールドは使用用途を空振り無用の長物と化した。

 それはまだいい、自分が間抜けだっただけだ。

 ただしこれでは、自分が囮になるどころか、自分が味方の目隠しになって足を引っ張ってしまった格好である。

 その屈辱を晴らさないままでは死にきれない。

 

 足の裏から杭を打たれたような状態の右足を軸に、強引に体全体を回転させる。切り跡がついた場所からトリオンが噴出するが、構わない。

 シールドから攻撃トリガーへと再び持ち替えた穂刈は、銃身を失ったイーグレットを秀宗に向ける。

 マズルもない、バレルもない、不格好極まりない。

 正直言って、弾がどっちに飛ぶかすらわから無い。しかし、どんな銃を持ったとしても、弾を当てるのがスナイパーの仕事だ。

 

 荒船の犠牲を無駄にはしない、例えどんな状態だったとしても。

 真のスナイパーなら、止まった的は外さねえ。

 

 

『避けて!』

 

 

 悲鳴のようなオペレーターの警告。 

 穂刈の身体を、トリオン弾が貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

『駄目じゃない、こんなに良いスナイパーが戦場にいるのに、止まったら』

 

 半崎を撃破したマップ西端から、戦闘が行われていた展示場まではまだ遠く。

 並のシューター、ガンナーの中距離攻撃では勿論のこと、一般的なスナイパーであったとしても、未だ戦闘参加が出来ない遠距離に陣取って、那須玲は誰に聞かせるわけでもなく呟いた。

 

 遠距離を一撃で0にするのがスナイパーの仕事であるならば、舐められたら報復するのが、隊長としての仕事である。

 那須は、荒船隊の作戦内容を看破したその時から、最後の一撃を日浦茜に取らせることを決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

『もう一回聞くが、続けるのか?』

『そう、ですね』

 

 荒船隊の2人を撃破し、城戸隊2ポイント、那須隊1ポイント、そのまま時間切れを狙うというのが、秀宗の描いた勝利への道だった。

 荒船を撃破した後、攻撃手段を失った穂刈を撃破する。

 先にスナイパーを、という常道からは外れた動きだったが、荒船隊を幻惑することには成功し――最後の最後で、横槍に持っていかれた。

 

『那須隊との距離はまだ相当あったと思いました』

『そーだな、ま、距離はそうだが、このマップ条件だし、しかも標的はお前が固めてたからな』

 

 遠距離射撃に必要な条件は揃っていたということだ。 

 

 秀宗は彼我の戦力差を改めてかんがみる。

 これから勝とうとするならば、スナイパーを狙ってステルスに徹することが一番いいだろうか。

 日浦を倒して2ポイントで並び、そこからタイムアップを狙って逃げ切れば、同着勝利で、なんとか。

 ・・・無様は見せたくないなと思っていた戦闘当初からしてみると、それってなんだか、むしろ格好悪いのではないだろうか。

 第一、誰もの虚を突いた遠距離攻撃で終了したほうが、試合としてはすごく綺麗で、締りが良い。 

 

 迷っている様子の秀宗に向かって、寺島がアドバイスする。

 

『ランチェスターの第一法則に従うなら、ここで降参したほうがいい』

『なんです、それ』

『映画だよ。最近フランス映画に凝ってるんだ』

 

 また適当なこと言ってるなあ。

 秀宗はそう思いながら、寺島の勧めに従って自発的に緊急脱出を行った。

 

 

 

 

 

「ここで決着! 那須隊には生存点の2点が加算され、最終スコア那須隊4、城戸隊1、荒船隊0! 那須隊の勝利です!」

 

 竹富桜子の終了の合図が会場内に響く。

 ランク戦の会場を埋めた多くのB級、C級隊員たちは、予想外の結末に少しざわついていた。

 

「さて・・・最後は予想外の結果となりましたが、振り返ってみてこの試合いかがだったでしょうか」

 

「そうですね。那須隊のスナイパー、日浦の遠距離攻撃がお見事でした。あれがなければおそらく城戸が穂刈を倒して、城戸隊が2点獲得しています。隠れることに集中した城戸を探し出すのは、少し難しかったでしょう」

 

 東は、穂刈が最後の攻撃を果たしたとしても、秀宗を倒すまでには至らなかっただろうと判断して、解説を省いた。

 秀宗が無傷で荒船を倒した時、体勢にもトリオン量にも余裕があった。穂刈が攻撃に力を割いたのならば、むしろ倒す速度は早くなっていたかもしれない。

 それは、那須が来る前に倒し切るという秀宗の方針と合致している。

 

「そうです! その超遠距離スナイプ! 私の記録によれば日浦隊員の遠距離攻撃の最長記録をかなり更新しています!」

「はい、見事でしたね」

「那須隊といえば、那須隊長のバイパーというイメージがとにかく強いですが、今回の戦いで、各隊も考えを改めなくてはいけないかもしれません」

「日浦は真面目ですから、スナイパーの成長はひらめきよりも経験によるところが大きいので、その成果が出たのでしょう」

 

 スナイパーが狙撃を行うにあたり、好まれる条件は複数ある。

 今回の日浦の狙撃は、無風、快晴、自身に護衛がつき、相手が動かないというかなりの好条件に恵まれたものであった。

 東は、そのあたりをぼかしながら、会場にいるC級隊員の成長を促すように解説する。

 好条件が重なったからと言っても、日浦の功績が薄まるようなことでもないし、その辺りに気がついているスナイパーならば、そんな解説は必要ない。

 

「スナイパーから見て、荒船隊はいかがだったでしょう」

「荒船隊はいつも通り安定していましたが、欲を言えば最初の攻撃で1人落としておきたかったですね。十字砲火は見事でしたが、3人のスナイパーが姿を晒す代償としては、手足くらいでは少し寂しい」

「辛口ですね」

「スナイパーが位置を特定されるということが、それだけ重要だと言うことです」

 

「城戸隊はどうでしょう」

「少し意外でした」

「・・・というと?」

「最初の攻撃を食らったこともそうですが、城戸はこれまでステルス攻撃しつつも、どこか後ろに重心を置いて立ち回っていたように思います」

 

 東の解説に、竹富はそうですね、と頷いた。

 ステルス攻撃を行って一撃離脱をする一方、秀宗が撃破された緊急脱出は今まで数えるほどしか存在しなかった。

 それは生存能力の高さを伺わせるが、同時に前掛かりになっていないことの証明だ。

 

「心境の変化が会ったかどうかわかりませんが、そもそもランク戦に消極的だと見てしまっていましたからね。あの状態でポイントを重ねようとする気概は良かったです。彼の実力を測りかねていましたが、大ダメージを負った状態で荒船・穂刈を圧倒するとなると、これからランキングに変化があるかもしれません」

 

 

 

 

 

 

 あまり気が進みませんがねえ。

 

 メディア対策室長の根付栄蔵は、自分がそう返答したことに後悔はなかった。

 ボーダーの根底を築くのが開発室の仕事であるが、そのボーダーを世間に認めさせることこそが、メディア対策室長の仕事である。

 組織である以上、停滞しては機能不全を起こすことは紛れもない事実であるため、なるべくなら世間から好意的に見られ、援助を受け、入隊希望を出してもらいたい。

 それが止まってしまっては遠からず袋小路に迷い込んでしまう。

 

 ボーダーは、世間一般からは危険な仕事だと認識されている。

 事実だ。

 

 しかし同時に、必要な仕事であるとも認知されている。

 この前提が覆った時、すなわち、この組織がなくとも、危険はないと判断された時、ボーダーの崩壊は始まる。

 

 根付が考えることは。

 ボーダーの人気を高める積極的な攻撃志向の事柄と、ボーダーが必要であるという考えを崩さない、消極的な防衛志向の事柄の両輪である。

 

 左手で握りこぶしを作ると、コン、と額にあてる。考えをまとめるために室長室を出ると、給湯室に足を向けた。

 こういう時は、紅茶でも飲むに限る。

 

 道すがら、メディア対策室内通路に設置された嵐山准の等身大パネルを見た。

 イケメンだ。

 嵐山部隊のアイドル化計画は順調に進んでいる。

 カッコいいリーダー、落ち着いたサポート役、お調子者、苦労人の妹分、そしてお姉さん的美人。

 ボーダーの人気の底上げに彼らの功績があることを疑うものはいない。

 

 こういう仕事ばっかりだったら、喜んでやるんだけどねえ。

 

 給湯室につくと、嵐山隊メンバーのデフォルメキャラがプリントされたマグカップを取り出す。

 メディア対策室の給湯室はボーダーグッズでいっぱいだ。

 

 根付を悩ませているのは、最高司令官、城戸正宗に検討しろと命令された方法である。

 それが、ボーダーの発展という目的に有効であることは疑いようがない。

 かと言って、胸を張ってやれる仕事かと言えば、そうでもない。被害もでるだろう。

 内密に検討しろと言われれば、回答までに相談もできない。

 

 どちらかといえば、これ、私がどちらを選ぶのかのテストでもしてるんじゃないかね。

 

 頭の中に嫌な想像が浮かぶ。

 人を試し、試されるような立場は、思っていたよりもずっと座り心地が悪い椅子だった。

 

 それも含めて管理職の仕事、か。

 根付は嘆息すると、部下などいなかった昔のことを思い出しながら、室長室へと戻ることにした。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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