少女の微睡、月香の夜。 作:かなしいな
※第十九話、カインハーストの続きです。
階段を上った先にある踊り場には、まるで待ち伏せでもしていかのように一人の霊が短剣を構えている。
思えば狩人は招待状を持参しこの場に辿り着いた、言わば招待客である筈だ。
確かに来た時には馬車を引いた馬は死んでいたし、城門が勝手に開いたとは言え断り無く入ったのも事実。
だがそれはここまで拒絶され、ましてや殺意を向けられる程の事なのだろうか。
「ぼ、僕は呼ばれて来たんですっ…だから許してぇぇ…」
逃げている以上その場で招待状を出して見せる事は出来ないが、それにしても少しくらいは待ってくれても良いんじゃないのか。
そんな不満が何度も狩人の心に、頭に浮上するが、どれもが恐怖によって顔を引っ込めてしまう。
霊から逃げて更に左へ階段を上れば、そこには細い通路と部屋や廊下へ続くであろう入口が一つ。
見えたのだから目指す他無いのだが、狩人の目線の先にいるのは一人の霊だった。
両手で顔を覆って泣いており、狩人に気付いた様子は無い。
近くには側仕えだろうか、杖を持った小さな人影が一人だけだ。
こうも泣かれては敵として見れず、狩人はその二人に気付かれないようにそっと入口から奥へ入って行った。
中は暖かみある明かりによって照らされており、左右の長机に並ぶ煌びやかな器から見て、この部屋は食堂として使われていたのだろうか。
壁面には等間隔に石像が置かれており、狩人はまるで監視されているかのような錯覚に見舞われている。
ふと、狩人はその長机の間に落ちている水銀弾に目を向けた。
何故こんな所にとは思うが、処刑隊という組織も銃を扱ったのだろうか。
だとすればここに落ちていても不思議という程では無いだろう。
生き残るためだ、落ちているものは拾って使ってしまおう。
今までもそうして来た狩人は、その水銀弾を拾い上げる。
瞬間、暖かな明かりは消え、周囲が冷たい空気に閉ざされた。
今まではいなかった筈の霊が、狩人の前に現れたのだ。
水銀弾を拾った事に怒っている────という様子では無いが、歓迎はされていない。
今にも襲い掛かって来るであろう霊から離れようと、数歩後退る狩人の背中に、ひやりとした空気が当たった。
"真後ろにもいる"
そう確信を持った狩人は、一目散に真横の机に飛び乗った。
案の定後ろにいた霊は今にも短剣を振り下ろさんとしていた所で、狩人は背中に流れる冷や汗に嫌な感触を覚えながら、机の反対側へと降りた。
すると目の前には一つの宝箱、こんなものに入っているという事は、城の中でも重要なものでも置いているのだろうか。
「……まぁ、招待しといてこんな扱いだし」
拗ねるように唇を尖らせながら、狩人は宝箱の蓋を開ける。
中に入っていたのは臙脂色のドレスだった。
豪華絢爛とは言えないが、それでも仕立ての良さがわかる一品であり、貴族の衣装だと言う事が理解出来る。
造形的にデコルテの辺りが露出するであろうそれを見て"自分には似合わない"などと考えながらも、狩人はそのドレスを懐にしまい込んだ。
その一部始終を見ていたのだろうか、狩人の真横に霊が現れる。
「うわっ…ご、ごめんなさい…ひっ!?」
唐突に振るわれた短剣を避け、狩人は更に奥へと走り出す。
玄関とは真逆の出入口からは外の明かりが漏れており、同時に吹雪を運ぶ風の残滓が流れ込んでいた。
一歩踏み出せばそこには屋根が無く、石柵は積もった雪が溶けて氷となり、氷柱を作っている。
広いバルコニーのような作りをしたその道は、左に見える上り階段へと繋がっている。
階段を上って行けば、そこはまた通路────なのだが、ただの通路という訳では無い。
隙間こそあるものの所狭しと石像が並べ置かれており、謎の威圧感が狩人に突き刺さる。
右にはこの通路からまた一つ高い所にある通路へと進む階段があり、狩人は逃げるようにして階段を上って行った。
通路を通る最中、狩人は頭上から段々と近付いて来る音を聞き取る。
鳥が羽ばたくようなその音は、狩人と同じ高さまで降りた所で止まった。
空から飛んで来た何かが、直ぐ傍の足場に降り立ったのだろう。
石柵から頭だけを出して向こう側を確認すれば、狩人は今までに見た事も無いその姿を視認する。
周囲に置かれている石像に近い白をした体と、腕が変異したかのような形をした蝙蝠のような翼。
かなり人型に近い蝙蝠と言うのが限りなく近い表現となるであろうそれが、狩人の間近に座っていた。
通せんぼと言う訳でも無いが、ここを通るのなら戦いは避けられない。
そんな位置に居座る蝙蝠に、狩人は戦いそのものに嫌気が差したような顔をしながらも、直剣を構える。
やはり何かしらの感覚器官が優れているのだろう、蝙蝠は構えた聖剣に反応するように狩人の方を向く。
それを見てヤケになってしまったのか、狩人は直剣を片手に走り出した。
「く、ら…えっ!」
「ギャアッ!!」
人と鳥が混じったような声を上げた蝙蝠は、その左肩に狩人の直剣の一撃を受けた。
ダメージこそあるがまだまだ好調と言った様子の蝙蝠に対して、狩人は剣を変形させる事で威嚇する。
蝙蝠がその翼を広げ狩人を捕えようとした瞬間、両手で低く構えられた大剣が昇るようにして跳ね上がる。
腹から肩までを抉り、だがその勢いは止まらない。
前へと出していた右足を軸に回転した狩人は、もう一度最初に斬り付けた蝙蝠の左肩へと大剣を振り下ろした。
「ギャアァァッ…!」
「…ふーっ、よし」
蝙蝠が絶命した事を確認した狩人は、直剣を鞘から外し先を進む。
右手側の石柵は崩れてしまっているらしく、足を踏み外せば城外の地面に赤い染みを作る事になるだろう。
左側には壁があり、そこには相も変わらず石像が並べられている。
その中の一つに、明らかに石像では無いものが混じっていた。
「それは流石に無茶があると思います…け、どっ!」
「グギャァァッ!?」
石像の間には体を翼で覆い隠した蝙蝠が潜んでいた。
確かに一目見たくらいではわからないだろうが、こんな道を通るのなら誰だって周囲の警戒を怠る事はしないだろう。
つい先程戦った事もありその間合いや素早さを理解していたからか、蝙蝠は特に何事も無く片付けられた。
"さて次は"と進もうとする狩人の耳に、ごとりという音が届く。
見れば蝙蝠の死体の直ぐ傍に水晶のような塊が落ちていた。
拾い上げれば、それは四角柱の集合体である事がわかる。
血が滴っているのは、蝙蝠の体内で出来た生成物だからだろうか。
「…まぁ、貰っておこうかな」
螺旋のような白い模様が内部に見て取れる赤い水晶の外見を気に入ったのか、狩人は"血石の塊"と呼ばれるそれを懐にしまう。
いつか有効活用される日が来れば良いのだが。
二匹の蝙蝠を狩った狩人の前には、再び城内へと入る道が見える。
塔の一室と言った様子の部屋には石像が乱雑に置かれており、中には倒れているものもある。
未だ掃除を欠かさない人間がいるにも関わらず、芸術品がこのように扱われている事を不思議に思いながら狩人がその部屋を通り過ぎると、その先の通路で一つの人影を発見する。
マントのようなものを身に付けているが、その下の格好は玄関で見た床を拭いていたものと同じだ。
他に違う所と言えば、右手にレイピアを持っている事だろう。
狩人の足音に気付いたその小人は、レイピアを構え狩人に突撃した。
「…っ!?」
狩人と小人の激突は、直剣によってレイピアが逸らされる形で開始された。
自分よりも小さな相手というのは、狩人にとってそう経験の無い事だ。
脳喰らいですら狩人と頭一つ分やそこらの違いであり、ましてや犬など体格差の関係無い相手を含める訳には行かない。
強いて言うなら、ヨセフカの診療所にいたあの妙な生物くらいだろう。
おまけに今回の相手は剣士なのだから、更に経験は少なくなる。
このような相手は初めてだと言っても良い。
連続して突きを放つ小人に対して、狩人は直剣をただ振る事しか出来ない。
剣閃の幾つかが直剣の防御を越えて、狩人の肌に赤い筋を刻む。
だが狩人にはもう一つ、左手に握られている武器があるのだ。
「…今っ」
タイミング良く短銃から放たれた水銀弾は小人の胴に命中し、その威力によって押し退けられた小人の体に、直剣の刃が食い込む。
そして膂力によって押し込まれた刃が、小人の肉を斬り裂いた。
強さで見れば絶望的とは程遠かった上に、戦闘時間は短かった。
しかしこの戦いは狩人の戦闘経験に活かせるものとなっただろう。
少なくとも狩人は、このような相手は苦手なものとなるかもしれないと危惧していた。
「ここも…って、さっきのより酷い…」
進んだ先には再び石像が乱雑に置かれた部屋がある。
だが今度は先程の部屋よりも酷く、倒れた石像の幾つかは砕けてしまっていた。
レイピア持ちのあの小人は、ここの管理を任せれていた訳では無かったのだろうか。
部屋を抜けた先はまたもや屋根の無い空間となっており、道は二つ見えている。
一つは城内へと戻る入口と、もう一つは右側の石像が並んだ道だ。
恐らくは左が正規の道であり、進むべき道なのだろう。
暗がりが深くなければ迷い無くそちらへ向かったのだろうが、狩人はその不気味さに怯えたのか、石像の間を縫って右の道を進んで行った。
右へと進んだ狩人は、その突き当たりに嫌な予感しかしないものを見付ける。
奥の石柵の緣に、蝙蝠が二匹座っているのだ。
その下には死体であろう人型が一つ、何かを抱えて倒れている。
何でもないようなものなら放っておいて先に進んでいただろう、だがその死体が抱えているものに、狩人は強烈な既視感を覚えていた。
「あれって…アルフレートさんのお洋服…?」
"アルフレートの"と言うよりも"処刑隊の"と言った方が適切ではあるだろうが、狩人はそれに強く惹かれていた。
同じものを身に付けたいという願望で、という訳では無く、"処刑隊の格好をしたら仲間になれるんじゃないか"という打算で。
"アルフレートがこのカインハーストに立ち入る手段を自分が見付けられ無かったとしても、見捨てられないようにしておきたい"
そんな考えに動かされた狩人は、武器をしまって出来る限り身軽な状態で走り始めた。
死体まであと一歩と言った所で動き出した二匹の蝙蝠に、狩人は一瞥もくれないまま処刑隊の装束を拾い、一目散に真後ろへ逃げ出した。
背後からは耳を劈く高音が飛んで来るが、お構い無しに城内へと駆け込む。
駆け込んだ一室は、もはや部屋と形容するには収まらない規模をしていた。
壁一面に本棚が備え付けられており、一部の隙間も無いという程に敷き詰められた書物は、その背表紙だけでも様々な言語が揃えられている事がわかる。
大図書館、そう表現するに足る空間で、狩人は追手から逃れる為に辺りを見回す。
入って直ぐ左には宝箱が置かれているが、狩人はそれを無視してその奥にあるエレベーターへと向かった。
今はただ逃げきらなければならない、ならば優先するべきは探索より移動先だ。
エレベーターの床にあるスイッチを踏めば、目の前の柵が閉まり、狩人の乗った床が下降して行く。
「うわわわっ……」
今まで乗ったものよりも一段と早く下降したエレベーターは、だが警戒していた程の衝撃を起こさずに停止する。
開いた柵から外へ出れば、そこは城の中庭。
狩人が最初に確認した、並べられた石像の傍にある仕掛けのエレベーターだった。
ショートカットが開いた事に安心したのか、狩人は処刑隊の装束を一度しまい、その場で着替える。
所々にくすみのある白い装束は狩人が思っていたよりも重く、少なくともこのカインハーストに降る雪の寒さには向いた温もりをしている。
アルフレートの元へと戻りこの装束を見せてやりたい気持ちを抑えつつ、狩人は輸血液を取り出した。
レイピア持ちとの戦いで刻まれた傷はどれもが大きな血管の傍を通っており、傷自体は少ないが出血量はそれなりだったようだ。
後先考えずに着替えてしまったせいで早速汚してしまった装束を見て、僅かに消沈した狩人だったが、夢へと戻ればまた綺麗になるのだから問題は無い。
そう考えた狩人は、一先ず気を取り直してエレベーターへと戻った。
服を綺麗にする為だけに戻るよりも、ある程度の探索を終えてから戻った方が効率的だろう。
この夜で疲弊した頭で出来るだけ堅実に考えを煮詰めた狩人は、浅慮ながらも効率を取って行動を始める。
まず狩人が行ったのは、エレベーターから出て直ぐにある宝箱を開ける事だった。
中に入っていたのは一つの赤い本で、金属と革の留め具が付いている。
特殊な紋様のようなものが大きく形取られたその表紙には、"血族名鑑"と書かれているようだ。
「名鑑…って」
パラパラと捲って見ても、その内容は意味不明な文字の羅列だ。
それらは統一性が無く、音を意識したような単語や、数字が混じっているようなものもある。
だと言うのにどこか見覚えがあるような、そんな気がするものばかりで。
名鑑というには名前と思えぬ暗号的なそれに、狩人は混乱していた。
このまま読んでいても理解出来ぬまま時間が過ぎるだけだと、狩人は本を懐にしまい歩き出した。
周囲からは啜り泣くような声が聞こえており、狩人の視界には案の定霊達が映っている。
良く見れば床や机の上に散らかされた本の山を踏まぬように避けて歩きつつ、その机の上に便箋などが無いか確認している。
すると霊達は机から降りた狩人に対して、構えた短剣の切っ先を向けた。
「…あ、あの…僕はあなた達と戦う気は無くて」
「ウゥゥゥッ…」
ただ泣いているだけの霊は、狩人の言葉など聞き入れずに短剣を振るう。
対話は不能という事が確認出来たからか、狩人は武器を構えつつ逃げを選んだ。
もし襲われても対抗出来るように、そして襲われた時はせめて弔いとして確りと葬れるように。
途中から数を増した霊達を避けて進む狩人は机に乗り上げ、その向こう側にある宝箱に近付く。
蓋に手を掛け、いよいよ開けきるという所で、狩人の背中にチクリと鋭い痛みが走った。
「いっ!?…たい、何これ…?」
刺さったそれは狩人がほんの少し身動ぎをしただけで落ちるが、その代わりと言わんばかりに狩人の周囲に変化が起きた。
「キャアァァァッ!!」
「ひっ!?」
周囲にいた霊達が突然叫び声を上げたのだ。
それも狩人の方を見て、短剣の構えにより敵対心を乗せて。
謎としか言い様の無い変容だが、狩人に思い当たる事と言えば箱を開けた事と針を刺された事だけだ。
今まで宝箱を開けてもこんな反応は無かった、という事は後者によるものなのだろう。
叫び声が止んだ後も続く不穏な空気を読み取った狩人は、取り敢えずと言った様子で箱の方へ目を向ける。
中にはエングレーブの刻まれた美しい長銃が入っており、両手では無く片手で扱うのであろうそれを、狩人は持ち上げて暫く眺める。
「おぉ〜っ…」
左手に持ったその銃を興味深そうに観察する狩人は、背中に感じた痛みに振り返る。
出血はさほど無いが、それでも痛いものは痛い。
再び辺りに響く大量の叫び声に怯えつつ振り返った先には、高所の本を手に取る為であろう階段の上に乗った小人がいる。
手に持ったそれは恐らく吹き矢だろう。
二度狩人の背中を刺した針は、その筒から吹かれた矢だった訳だ。
狩人はせっかくだからと箱から拾った銃を構え、引き金を引く。
本来であれば発射される筈の水銀弾は、何度か引き金を引いても一発も放たれる事は無かった。
「…あ、あれ?なんで…?」
故障かとも思えるが、狩人の目に見える範囲で壊れたような部分は見えない。
内部の破損であれば手の付けようが無いが、工房へと持ち帰れば或いは使えるようになるのだろうか。
久々に拾った左手に構える武器をただの故障で置いて行く気になれなかった狩人は、その長銃"エヴェリン"を懐にしまい、机を経由して奥の階段へと向かった。
飛んで来る吹き矢を躱しつつ上った階段の先にあったのは、細い通路と等間隔にある塞がれた窓、そしてその間に置かれた本棚だった。
下のものよりも断然小さいが、それでも様々な本が入ったそれは一般的に見れば大きい部類のものだろう。
暗がりの中で携行ランタンを付けた狩人は、通路の突き当たりへと向かう。
その通路の途中にはレイピアを持った小人が背を向ける形で立っており、狩人は息を潜め始める。
「うん…?」
息を潜めて初めて感じたようだが、吹き抜けを挟んだ反対側から狩人の方へと小さく冷たい風が運ばれているようだ。
狩人は風を気にしつつも忍び足で小人の真後ろへと近寄り、直剣を両手で構え、一息に突き込んだ。
得意の戦法は片手であろうが両手であろうが機能し、数秒突き込んだままの状態で待った狩人は、息の根が止まったのを確認した時点でようやく剣を引き抜く。
倒れた小人の懐からは、狩人も既に見慣れた輸血液が転がり落ちた。
この城にもあるのかと意外に思いつつそれを拾った狩人は、吹き抜けの向こう側にある空間を見やる。
壁側には所狭しと本棚が並べられており、机の傍にある階段の上には吹き矢を持った小人が座っていた。
その小人に見付からないように姿勢を低くして進む狩人は、机の下を通して向こう側に寝そべっていの小人を見付ける。
片手にレイピアを持っている辺り、その小人が待ち伏せや奇襲を仕掛けて来る可能性もあるだろう。
その更に奥からは、何やら外の光が入り込んでいる窓がある。
どうやら下段の一部分が欠けており、光と風はそこから入り込んだもののようだ。
風の出処がわかった狩人は、一度頭を上げて順路を探す。
奥にはまだ道が続いているが、その突き当りには柵が敷かれており、そこから先へ進む道は見えない。
どうやらこの階はあの細い通路で終わりらしい。
だが狩人はここ以外に進む道を知らない。
柱で隠れている向こう側にはまだ道が続いているのかもしれないのだから、まだ戻る訳には行かないだろう。
狩人は意を決して聖剣を握る手に力を込めた。
まずは階段の上にいる吹き矢持ちの小人からだ。
走り出した瞬間に狙いを定める小人持ちの矢を躱し、狩人は階段の手摺を途中から跳躍し飛び越える。
そして右手の直剣を突き込み、勢いそのままに小人をクッションとして落下した。
落下の衝撃によって更に深く突き刺さった直剣で絶命した小人を捨ておき、狩人は次の敵を相手にする。
レイピア持ちの小人、その片方だ。
狩人が剣を変形させようと鞘にしまったその瞬間、右腕に吹き矢が突き刺さる。
欠けた窓枠の傍にある階段にも吹き矢持ちがいたようで、狩人がそちらに目を向けた時には既に次の一矢を構えていた。
「…っ、ふっ!」
狩人は右腕の痛みを無視し、変形させた大剣で突貫して来たレイピア持ちの胴体を斬り払う。
命を断つには浅かったその一撃に、狩人は畳み掛けるように大剣を振るう。
足を軸にした回転にはもう慣れたようで、今は大剣という得物を充分な重りとして遠心力任せに振るい、後退っていた小人の傷を更に深いものとした。
大剣による二度の斬撃によって倒れた小人の背後から、更にもう一人のレイピア持ちが現れる。
狩人はそれを視認した瞬間、大剣を鞘と直剣の状態へ変形させる。
先手が取れない以上、小回りの効く直剣の方が妥当と判断したのだろう。
レイピア持ちを迎撃しようと構えている間にも、吹き矢は狩人を狙って飛んで来る。
的の小さいそれらを防ぐ事はせず、躱しつつ戦う事に注力する狩人は、目の前の小人が繰り出すレイピアを防ぎきれていない。
一度目の経験を活かそうにも、吹き矢によって妨害されていては厳しいようだ。
外からの光を反射するレイピアの剣閃の一つが、トスリと肉を突く音を響かせる。
狩人の腹を貫いた銀色の刃は、だが幸いにも内臓を傷付ける事は無かったらしく、狩人はレイピアを握る小人の右手を自身の左手で鷲掴む。
「ぅ、ぐ…つ、捕まえた…!」
空いた左手を狩人の首へ伸ばす小人だったが、それより先に直剣が心臓を突き抉る。
やがてレイピアを握る右手に込められた力も抜け、小人はそのまま絶命した。
残るは吹き矢持ちだけとは言え、狩人も腹を貫かれる重傷を負っている。
無闇に攻撃を仕掛ける事はせず、柱の後ろまで退いて輸血液を取り出し、陰から顔を出し様子を伺う。
吹き矢持ちは微動だにせず、ただ狩人が身を乗り出した所に矢を打ち込む構えを崩さない。
「はぁっ…っふ、うぅ〜っ…!」
歯を食いしばりながら腹からレイピアを抜いた狩人は、痛みに涙を流しながらも輸血液を注入し、何とか一息つくと壊れかけの仕込み杖を取り出した。
まだ数回なら保つだろうと言った所だが、逆に言えばあと数回の攻撃程度で壊れかねない程に限界を迎えているのだ。
使う事は憚られたのか、狩人はそれをしまい直して直剣を手に取る。
傷も治りきったかという時、狩人は反対側から素早く飛び出し駆け抜ける。
突然の特攻に吹き矢を構え直す小人だが、吹いた矢は軽い音を立てて鞘に弾かれた。
狩人は速度を犠牲にして、大剣を前に構える事で盾としたのだ。
それほどダメージの無い攻撃だが、正面へと走る最中に目を打ち抜かれた場合を考えたのだろう。
そのまま階段を上りきる狩人は、盾として構えた大剣で押し退けるように小人ごと落下する。
先程の吹き矢持ちと同様の戦法だが、今回は突く訳では無く大剣の重量によって床と板挟みにし、押し潰してしまった。
付近の敵を狩った所で、狩人はもう一度周囲を見回す。
やはりまだ道は続いているが、そのどれもが行き止まりで終わっている。
順路はもう無いのだろうか、もう少し回ってみるべきだろうか。
そう悩み始めた狩人の髪を、外から吹き込む風が揺らす。
何を思ったのか、狩人は欠けた窓から顔だけを出し、その下を見始めた。
高所を恐れている狩人からすれば恐ろしい事この上ない景色だが、どうやら窓から続く緣を使えば下に降りられそうだ。
幾つかの緣を降りた先にはバルコニーもあり、どうやらここが次の順路となるらしい。
数分迷った狩人は、覚悟を決めて身を乗り出す。
壁を掴み、風に煽られ落ちないように慎重に緣へと足を動かすと、そろそろと横へ移動を始めた。
端へ辿り着くと雪の積もった緣にしゃがみ込み、下を覗いてからぶら下がる。
足が届かず次の足場を確認出来ない様子は、市街の下水道に初めて入った時の事を思い出させる格好をしている。
それを何度か繰り返した所で、バルコニーへと降り立った狩人は、ようやく余裕が出たのか近くから響く泣き声を耳にする。
今から入ろうとしている一室から聞こえるそれは、霊達のものだろう。
遺志もろくに得られない上に数が多い霊に辟易としながら、狩人は城内への入口へと歩いて行った。
その時、頭上から羽ばたくような音が聞こえる。
そちらを向けば案の定蝙蝠が狩人の方へと降りて来ており、狩人は直ぐに入口から城内へと飛び込んだ。
余計な戦闘は避けるべきだ、決して蝙蝠の造形が気色悪いからでは無い。
「ウゥゥゥッ…」
「ひっ…」
城内へと戻った狩人が目にしたのは、やはり啜り泣いている霊────なのだが、息を呑んだ理由はそうでは無い。
霊が理由ではあるが、今までのものとは全く違うそれを目にしてしまったからだ。
入口からだけでも既に数名見えている霊の中に、異形が立っている。
首が無い、かと思えばその手には生首を一つ抱えており、繋がっていないにも関わらず啜り泣く声を上げているようだ。
きっとそれは首の上に乗っていなければならない頭なのだろう。
怖気に負けじと、狩人は震える足を何度か叩いて前へ進む。
目指すは一先ず奥に見えた宝箱までだ。
霊との接触を避けながら机に乗り上げ、そして降りる事で宝箱の傍へと辿り着いた狩人の耳を劈くように、霊の叫び声が響く。
図書室で聞いたあの叫び声だ、だが今は吹き矢など受けてはいない。
肩を大きく跳ねさせながら辺りを見回す狩人が見たのは、自身の生首を持ち上げて叫ぶ霊の姿だった。
いっそ滑稽とも言えるその姿に、狩人は何かを諦めたように宝箱の方を向いた。
もう叫び声は気にしない事としたのだろう。
開いた箱の中には、またも装束が入っていた。
黒を基調とした布地に、裏地には鮮血のような赤。
そして金糸によって繕われた刺繍は、如何にも貴族然とした雰囲気。
騎士服とでも呼べようそれは、中々に格好の良いものだ。
貴族のドレスに処刑隊の装束、そして今見付けた騎士の装束。
この城だけで三つも服を見付けた事で、狩人は僅かに頬を緩ませる。
狩人にもまだ人並みの欲が残っていたのだろう。
騎士の装束一式を懐にしまうと、狩人は霊から逃げるようにして机の上から次の順路を探す。
だがこの室内には他に道など無いようで、辺りに響く叫び声に焦り始めたのか、狩人は逃げるようにバルコニーへと戻って行った。
「ギャアァァッ!」
「うわっ!?」
そこに現れたのは先程無視した蝙蝠が一匹。
ちらと左を見ればもう一匹が今にもバルコニーに上がろうとして来ている。
仕方無しと狩人は直剣を蝙蝠に向け、両翼を広げ狩人を捕らえんとする蝙蝠の体を下から斬り上げた。
最初に戦った蝙蝠と同じ戦法に対して、狩人も振るう武器こそ違うが似た戦法を繰り出す。
やはり効果は大きいようで、蝙蝠は後ろへ倒れて行く。
息の根が止まった訳では無いが、どうやら後ろに倒れると翼が邪魔で起き上がるのに苦労するらしい。
未だにじたばたと忙しなく起き上がろうとしている蝙蝠の首を斬りトドメを刺した狩人は、石柵を飛び越えて現れた二匹目も同じようにして葬った。
後は次の順路を見付けるだけなのだが、狩人はそこで二匹目が現れた場所の直ぐ傍へと目を向ける。
石柵の端が壁と接しておらず、その先には緣が道のように通じていた。
もしやと嫌な予感が過ぎる狩人だったが、その予感は緣の奥を見る事で確信へと変わった。
「…なんでこういう道ばっかりなの…?」
小さな三角屋根の先に、城内へ侵入出来るであろう枠を一つ見付けてしまったのだ。
狩人はもう一度緣を歩き、そして屋根に手を掛ける。
再び伸びている緣を歩けば、窓枠のような形をした入口に辿り着いた。
床までは段差があるが、それほど高いものでは無い。
軽く降りてしまえば、そこは仕掛けのレバーが一つ置かれているだけの部屋だった。
せっかく見付けたのだからとレバーを引けば、目の前の本棚がスライドし、その側面に備え付けられていた梯子が顔を出す。
「あれ?ここって…」
その向こう側に見えたのは、見覚えのある景色だった。
直ぐ目の前には階段と、その上に吹き矢持ちの小人が一人。
ショートカットと次の順路が同時に開通した狩人は、戻るべきか進むべきかを思案し始めた。
エヴェリン
カインハーストの騎士達が用いた独特の銃。
狩人が携えている短銃よりも幾らか長い銃身をしており、またその弾丸は工房と同じ水銀であるが、より血質を重視する。
狩人の血質ではどうやら扱えないようだが、何れこの銃が狩人の左手に構えられる事もあるのだろうか。