少女の微睡、月香の夜。   作:かなしいな

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狩人、罪を重ねる。



※第二十二話、第三章閉幕です。


狩人の後悔、悪夢の入口。

「アルフレートさん!」

「おぉ、その声は…」

 

狩人の声に振り返ったアルフレートは、その顔に浮かべた笑みを一瞬凍らせる。

瞳に浮かぶのは驚愕の色、狩人が身に付けている装束によるものだろう。

 

「その、格好は…?」

「え?あ、あぁ…カインハーストのお城に落ちてて────…って、そうです!カインハーストから帰って来たんですよ!」

 

そう言って狩人は手を広げたり、その場でゆっくりと回ってみたりと、見せびらかせるように身振り手振りを繰り返す。

対するアルフレートはその身振り手振りに合わせて視線を動かし、頭から足先までを観察し、深く考察するように片手を顎に当てた。

 

「なるほど…粛清の折に出た犠牲者の装束が、こうも綺麗な状態で残っているとは…」

 

狩人は素知らぬ事だが、カインハーストの城での一件は、今では一昔前と言われる類のものだ。

それなのに狩人が見付けた時点で"アルフレートのものと同じだ"と判断出来る程に状態が良かったのは、恐らくカインハーストの地とヘムウィックの間で時間軸が違っているからだろう。

狩人がヘムウィックから見た城には、雪など降っていなかったように。

 

そしてアルフレートが感嘆を漏らす程に清潔な状態なのは、狩人が一度懐へしまい込んだからだ。

狩人の業の一つであるそれは、夢へと通じている。

ゲールマンが言ったように、夢へと運ばれたものは傷も汚れも夢に洗われてしまう。

それ故"その状態が正常である"とされない限り、一度懐にしまい込めば次は綺麗な状態で出て来るのだ。

 

「似合ってませんか…?それとも…い、嫌でした…?」

「あぁ、いえ、そのような事は。良く似合っていますよ」

「よ、良かったぁ…」

 

言葉の端に緊張が見えるのは、狩人が今も懐に忍ばせている"招待状"のせいだ。

いつ出すか、今か、それとも説得が終わってからか。

出してしまえばアルフレートは直ぐにでも向かう筈だ、狩人は好青年の彼のもう一側面、荒々しい狂気を心に秘めた姿を知っている。

知っているのにも関わらず、知らないフリを、見ていないフリをしている。

 

「あの…血族の事、なんですけど」

「まだ何か聞きたい事が?勿論答えられる限りはお教えしましょう」

 

"協力は惜しまない"と、アルフレートは笑顔を湛える。

狩人がその瞳に見た狂気は、今は欠片も存在しない。

当然、消えるような事は無いのだろうが。

 

「えっと、そうじゃなくて…生き残りは長だけなんですよね?」

「えぇ、その血を継いだ者がいないとも言えませんが、それも末端の者…長さえ殺してしまえば、もう濃血を宿した血族は生まれないでしょう」

 

アルフレートは長の血によって血族が増えるという事も知っていたようだが、狩人はそれでも説得を諦めない。

極僅かとも言えない程に小さく弱々しい可能性に、必死にしがみついている。

 

「長はもうカインハーストから出られないとしたら…殺す意味も、無いのかなぁ…なんて」

「そのような事はありません。後顧の憂いは断つべきです…それに、私が真に望むのは師を祀る事ですので」

 

狩人が自分を説得しようとしているなどと、アルフレートは思ってもいない。

だからこそ狩人は何とか争いを止められないかと思案し、その結果として、一つの可能性に彼は辿り着いた。

 

「で、でも!もうアンナ────あ、の…血族の長がしないって言ってたら」

「魅入られたのですか?」

「え…?ひっ」

 

狩人の両肩が、自身のそれよりもずっと大きな手によって掴まれる。

凡そ友人に向けるようなものでは無い力で、骨が軋むような音を立てる程に強く、掴まれている。

だが狩人が悲鳴を上げたのは、肩を掴まれたからでは無く。

狩人の瞳を見据えるアルフレートの顔が、何より人の怨念というものが篭った瞳が、痛みなど忘れてしまう程に恐ろしかったからだ。

 

「貴女も!血族の長に…穢れた血なぞに魅入られたのですか!!」

「あ、う…ち、違…」

 

恐怖と、そして忘れてしまっている痛みによる生理現象で、狩人の両瞳から涙が溢れる。

いつかのようにアルフレートがそれを優しく拭う事は無い、最早狩人が涙を流している事すら視界に捉えていないかのように。

 

「師を、処刑隊を…私の友まで奪う気か、血族の長よ…!」

「違う、違うんです…アルフレートさん…」

「……あぁ、すみません。強く握り過ぎましたね」

「へっ…?」

 

狩人が身動ぎをしながらその手でアルフレートの腕を優しく掴むと、万力のように狩人の体を抑えていた手が離れる。

まるでつい先程の事など忘れてしまったかのように、アルフレートは狩人の涙を拭った。

優しい手付きが、逆に狩人の恐怖を煽る。

 

「それで、彼の地で何か手掛かりは見付かりましたか?」

「っあ…その、これ…」

 

すっかり怖気付いた様子で、狩人は素直に招待状を差し出す。

宛名の書かれていない未開封のそれを受け取り、そして中身を読んだアルフレートは、満足そうに頷いて狩人に向き直った。

 

「これなら私にも使えそうですね…ありがとうございます、貴女のおかげで、私は使命を全う出来る」

「は、はい…」

「これで、お別れです。」

「………お別れ?」

 

確かに獣狩りから身を引き、使命を全うする為に夜を歩いていたアルフレートは、ここで狩人と違う道を歩む事となる。

カインハーストに赴き何を成すのか、それを成した後に何が待っているのか。

アルフレートは既に覚悟を決めた顔をしているが、それはそれとして狩人はまだ理解が及んでいないらしい。

 

「お、お別れって、なんで…?」

「貴女は狩人でしょう?この先は私だけの道、貴女を付き合わせる訳には行きません」

「そんな、待ってくださいよ…僕、は」

 

今にも足を動かそうとしているアルフレートの手を、手袋の端を、指先で摘む。

足止めと言うには非力過ぎるそれに、だがアルフレートは動く事も振り払う事もしない。

むしろ、当然と言う顔をして立ち止まっている。

 

「勿論、これまでの情報だけで釣り合うとは思っていません。私に出来る事なら、礼として────」

「そうじゃ、なくて」

「では、何を?」

 

心底から不思議そうな顔には、やはり狩人が血族を庇っているなどという考えは微塵も無い。

溢れんばかりの決意を秘めた瞳は、狩人が何をした所で揺るぎはしないだろう。

それでも、狩人は足止めを敢行する。

 

「い、嫌です…お別れなんて」

「すみません。ですが決めていた事なのです」

 

どれだけ縋るような瞳で見詰めても、鉄面皮は崩れない。

狩人ももう、半ば諦めてしまっているようだ。

 

「う…でもぉ…」

「…それでは、これで。貴女は貴女の使命を、全うしてください」

 

今度こそ狩人の手を振り払って、アルフレートは歩いて行く。

走っている訳では無く、その歩みは特段速い訳でも無い。

それなのに巨人と見紛う程の力強さを見せるその足取りに、狩人は追い付ける気がしなかった。

 

数分が経った頃、狩人はゆっくりと歩き始める。

いきなり"お別れだ"などと言われ、有無を言わさずカインハーストへと赴いた彼の言葉通りに自分の使命を全うする為。

────と言うのもある、のだが。

今は何より、事の顛末が気になっている。

 

追い駆けるべきか、否か。

そも自身の使命とは何なのか。

獣狩り以外にもあるのだろうか。

今まで何度かそうしたように、堂々巡りの思考を延々と続けて。

そうして狩人はオドン教会へと戻って来た。

緩慢な手付きで灯りから夢へと戻るその背中は、目に見える背丈や肩幅よりも、ずっと小さなものとなっていた。

 

 

 

転送を挟み、狩人が降り立ったのはカインハーストの城、その頂上。

玉座の間では無くローゲリウスを打倒した事で現れた灯りに転送されたのは、女王を裏切ったかのような罪悪感故か、それとも既に玉座の間に辿り着いているかも知れないアルフレートと顔を合わせ辛いからか。

どちらにせよこの場は冷えるのだから、夢へ戻るか玉座の間へ向かうか、早々に決めてしまうべきだろう。

 

暫く悩んだ狩人は、玉座の間へと足を伸ばす。

アルフレートがいたのなら、もう一度説得してみようかと、あの恐ろしい顔がしまわれた記憶に必死に蓋をして。

いなかったのなら、女王を秘してしまおうかと、熱に浮かされた自分の姿を思い出して。

そうして玉座の間へと立ち入った狩人は、最奥から響く打撃音に悪寒を感じ取り、駆け足で階段を上って行った。

 

「は…?」

 

視線の先には、大部分が白いままの処刑隊の装束を着た背中があった。

所々が返り血であろう赤に染まっている辺り、それは凄惨な行為があったのだろう。

そしてその背中の主の頭は、黄金の三角錐に包まれている。

謎の生命体に見えない事も無いシルエットだが、きっとそれは被り物だ。

 

そして凡そ人であろう"それ"からは────

 

「死ねっ!潰れて死ねっ!この売女めがっ!!」

 

くぐもっていて記憶と少し違うが、それでも間違えようの無い友の声が発されていた。

穏やかな声では無く、怒鳴りつけ、掴みかかった時のあの声だが。

 

「あ、アルフレートさん…?」

 

その人型は、アルフレートは、右手に持った大きな車輪を構える。

振り下ろす先は、玉座に座る女王か。

否、ただ椅子に乗っただけの、肉片だった。

 

「ハッ、ハハッ…ヒャハハッ」

 

狂気的な嗤い声は、最早狩人の知る彼のものでは無くなっている。

 

「師よ、ご覧あれ!私はやりました、やりましたぞ!」

 

椅子の上に乗った肉片が、車輪にこびり付いた肉片が。

つい先程まで形を保っていたのだと告げるように、ずるりと音を立てて落ちて行く。

それと同時に、狩人の胃液が迫り上がる。

嘔吐感を必死に抑え込みながら、狩人の足はよたよたと玉座を目指して進み始めた。

 

「この穢れた女を、潰して…潰して潰して潰してっ!ピンク色の肉塊に変えてやりましたぞ!!」

 

一歩進む毎に、肉片から漂う血の香りが狩人の鼻を突く。

妙に親しげだったあの女王は、既に物を考える事すら許されていないのだろう。

もう、狩人をどう思って血を与えたのかなど、聞く事も出来ないのだろう。

何より狩人は、この期に及んで自身に訪れるメリットについて思考している自分自身の頭脳に、その心根に厭気を感じずにはいられなかった。

 

「死なぬ怪物であるお前も…このような肉片に変えられては、もう何者も誑かせまい!私の友にしたように、幼気な子供にそうしたように…!」

 

アルフレートは、狂っている。

この惨状を見た狩人はそれを理解しているのに。

彼に関わらない方が良いと、自分の弱さのせいで女王があのような姿にされたと、理解しているのに。

狂ったままに友を、自分を思ってくれるアルフレートに縋りたいと、そんな気持ちが湧くのを止められないでいる。

 

「ヒャハッ、ハハハッ…ヒャアハハハーッ!!」

 

絶叫するように嗤うアルフレートは、狩人の存在にも、その足音にも気付いていない。

狩人はそんなアルフレートに手を伸ばし、その途中で蠢く肉片を視界に入れてしまった。

にちにちと音を立てる肉片は、だが拍動のままに動いているようで、再生している訳では無い。

 

未だ抑えきれておらず、気を抜けば今にも吐き出してしまいそうな嘔吐感を、それでもと我慢しながら狩人は玉座へ近付く。

嗤い続けるアルフレートは、それに気付かない。

 

「…あぁ、あぁぁぁ」

 

嘔吐感は止まないが、それを忘れそうな程に、目頭が熱くなる。

ぼやける視界と頬を伝う熱が、まるでアンナリーゼが流した血で描いた線のように細く、狩人の記憶に絡み付く。

 

両手のグローブはいつの間にか消えていた。

きっとそのまま触るべきでは無いと、無意識にしまったのだろう。

狩人は一際大きな肉片に、素手のまま触れる。

血が滴る音と、多くは無い肉を掻き分ける音。

それらが静まったのは、狩人が小さな両手で肉片を拾い上げたからだ。

 

「ごめん、なさい…僕は、こんな…」

 

とくり、とくり。

拍動は止まらない。

微弱なそれは、今にも消え入りそうだが。

不思議とそんな事は無いと確信出来る強さを持っている。

 

持ち上げたそれを胸元へ寄せると、今度は責めるような音が聞こえて来る。

"これがお前の答えか"と。

声を発するどころか自我さえ無いであろうただの肉片なのだから、それはきっと思い違いなのだろうが、狩人は責められているのだと疑わない。

 

「う、ぅぅぅっ…」

 

歯を食い縛っても涙は止まらず、むしろ増えるばかりだ。

抑えが効かない、我慢が続かない。

やがて瞼を擦りもしていないのに、涙の跡がくっきりと見えてしまう程の時が過ぎた頃。

狩人は両手に熱を伝えるそれを、武器や装束をそうするように念じ、丁寧にしまった。

 

一方で狩人の背後で嗤い叫んでいたアルフレートも、落ち着き始めたようだ。

 

「…おぉ、貴女でしたか!」

「ぐずっ…ア、アルフレートさん、何でこんな…」

「どうです?素晴らしいでしょう!私はこの手で、憎き血族の女王を討ったのです!」

「っ…こ、これのどこが…」

 

怖気に負けて差し出した招待状によって、アルフレートはこの城に辿り着き、見事血族の長を討ち取って見せた。

これが望まぬ結果だと言うのなら、怖気に負けなければ。

そもそも招待状など拾わなければ良かったのだ。

失望されたくないからと、せめて持って行くだけでもと。

そんな自分本位の考えで、一人の女性に不幸を齎した。

 

一度覚えがある行為だ。

左手首に巻いたリボンは、自分が進む為に殺めた神父の娘のもの。

自分の自己満足で渡したブローチが、一つの死因となってしまった幼子のもの。

狩人は、罪を繰り返したのだ。

 

きっとこの行為を罪と呼ぶ者は少ないのだろう。

教会は正義だ、医療者達の集いであり、血の医療を普及させた英雄達なのだから。

教会の仇である血族の長を討ち取る切っ掛けを作ったのだから、それは英雄的な行動なのだ。

それでも狩人は────

 

「これで師を、列聖の殉教者として祀る事が出来る…!」

 

ガツンと、頭を殴られたような感覚。

アルフレートの目的は、ただ血族を根絶やしにする事では無い。

師を祀る事が出来れば良かったのだ。

 

その師にトドメを刺した小娘が、狩人が今彼の目の前にいるのだが。

彼はそれに気付かず、そして本人は言い出す事も出来ない。

不幸の元凶は全て自分なのでは無いかと、そんな気さえして、また目の前がぼやけ始める。

 

「全て貴女のお蔭です。貴女の力があったからこそ、私は遂に成し遂げた」

「っう…ぅ…」

「ハッ……ヒャハハッ…!」

 

再びアルフレートの声に狂気が滲む。

 

「私はやったんだァーッ!!」

 

両手に残った熱は、次第に薄れて行く。

アンナリーゼに死は無いが、それでもその熱は血のように生の象徴とも感じ取れるもの。

 

今はもう達成感だけとは言えない狂気に酔っているアルフレートに、言葉は届かないだろう。

敵対はしたくない、だがこうも合わない意見をぶつけ合えばきっと敵になる。

 

この場を抜け出すなら、今しか無い。

狂気に晒されるままにこの熱を忘れてしまうのならと、狩人は灯りから夢へ戻って行く。

その姿に、弱々しい背中に、アルフレートが気付く事は無かった。

 

 

 

夢に戻った狩人は、その場にしゃがみ込んで涙を拭う。

"荷を降ろすと言ったのにこんな風に泣いていては、無駄に心配を掛けてしまう"

その一念に従って、必死に取り繕っている。

 

「狩人様」

「あ、人形さん…どうしました?」

 

両目は赤く充血し、涙袋の辺りは白かった肌が真っ赤に腫れている。

隠しきれないそれを隠そうとする事に何かを察したのか、人形は一瞬口を噤んだ。

 

「…いえ、申し訳ございません」

「え?な、何で急に謝るんですか?」

 

人形の口から出た謝罪は何に向けたものか、それは人形にしか知り得ない事だ。

当然狩人にも知る術は無い訳だが、きっとそれを聞き出した所で狩人には理解出来ないだろう。

ただ夢の狩人の世話をする為に存在する人形が、自発的に狩人を慰めようとしたなどと、心の傷を隠しきれていると思っている狩人には理解出来ない。

 

「荷は、降ろせたのでしょうか」

「あぁ…うん。ダメでした」

 

あっけらかんと言い放つ狩人の目は、やはり暗く濁り始めている。

その瞳を見る度に、人形が何を思っているのかも知らないまま。

 

「よし!人形さんの顔見て元気出て来たので、また行ってきますね!」

 

痩せ我慢だと、今なら誰でも看破出来るだろう。

それでもその顔に浮かべた笑みは作り笑いなどでは無い辺り、心に刻まれた歪みが見て取れる。

 

「……行ってらっしゃい、狩人様」

 

どこか苦しそうに送り出すその声も、狩人には責めるように聞こえているのだろうか。

 

 

 

オドン教会に訪れた狩人が目指すのは、大聖堂の右にある、隠された古教会だ。

禁域の森にて親切な男から渡された扁桃石を手に、狩人はひた走る。

狩人がこれまで触れて来た悪意は、毛嫌いするような、遠ざけるようなものばかりで。

騙して弄んでやろうなどと言う悪意を、狩人はまだ知らない。

 

「大聖堂の右…って事は、こっち?」

 

教会の使いが持つ磔のような丸太を掻い潜り、巨人の足音に怯えながら走った狩人が辿り着いたのは、大聖堂の右側面へと続く細道だ。

そちら側に足を踏み入れれば、直ぐに石畳は無くなり、後は下へと伸びる長い階段が一つだけだ。

鉄柵こそあるがその向こうは深い森、駆け降りるような事はせずに慎重に進めば、下には中心に井戸のある広場が見える。

 

「だ、誰かいる…?」

 

左に見える大きな建物の陰に隠れるようにして、更に奥にもう一軒の建物が見える。

その他には何も無いが、大きい方の建物には赤いランタンが掛かっていた。

中からは叫び声のようなものも聞こえるが、それ以上に気になるのは────

 

「…っ!?」

 

狩人が息を呑んだ理由、それは空気を破くように音を鳴らしながら中空に迸った、青白い光。

それは奇しくも狩人が一度目にした事のある光でもある。

禁域の森で殺めた、あの理性を持った獣が発していたものと同じ。

見間違いようの無いそれは、雷光だ。

 

持ち主は黒装束に身を包んだ人影。

右手に持った棒の先に大きな球体が付いた凡そ武器と呼べる形をしていないそれが、今も狩人の前で雷光を弾けさせている。

狩人の前で臨戦態勢に入っているのだ、敵である事は明白だろう。

 

仕掛けたのは黒装束から、右手に持った武器"トニトルス"を低く構え、突貫する。

対する狩人はローゲリウスには効かなかったとは言え膂力にも自信が出たのか、右半身を下げ直剣を真横に振り被り、黒装束の攻撃に合わせて薙ぎ払う。

トニトルスと直剣が打ち合い、その結果として雷光は直剣を伝い、狩人の右腕に強烈な痺れを齎した。

 

「うぎゃっ!?…このっ!」

 

畳み掛けるように振るわれたトニトルスを敢えて避けようとはせず、狩人は無事な左腕に持っていた短銃を撃ち放つ。

下ろしていた筈の左腕が跳ね上がり、正確に肩を撃ち抜かれた事で黒装束はトニトルスから手を離した。

未だ痺れが残る右腕で直剣を上段に構えれば、黒装束は左手に持った木盾を構える。

板材を貼り合わせたようなその盾でも人相手ならば全く防御が効かないという訳では無い、故に狩人は剣を振り下ろすよりも先に片足を振り上げた。

 

「ふっ!」

 

蹴飛ばされた盾が左腕ごと大きく後ろに跳ねる事で、崩したままの体勢は、戻しようが無い程に胴を晒す形となる。

トドメとばかりに振り下ろした直剣は勢いのままに鎖骨と肋骨を叩き斬り、肉を通り抜け黒装束を殺しきった。

 

「これって…」

 

黒装束の死体が消滅した場所に、小さなヤスリが四つ程落ちている。

拾い上げてみればパチリパチリと小さく弾けるそれは、まるで雷光を纏っているかのようだ。

狩人はその形に見覚えがある。

 

「…発火ヤスリと、同じ」

 

ならばこれも扱いは同じなのだろう。

思わぬ所で友の名残りを見付けてしまった狩人は、雷光ヤスリを懐にしまい、建物の方へ歩く。

 

「あの…どなたかいらっしゃいますか?」

「ああああああっ!!」

「ひぃっ」

 

扉越しに返って来たのは絶叫のみ。

この建物の住人は、既に正気を失っているのだろう。

それ以上呼び掛ける事はせずに、狩人はもう片方の建物へと近付く。

次の瞬間、狩人の真後ろを散弾が通過した。

 

「んなっ!?」

 

咄嗟に身を屈めながら近くの枯れ木に身を隠した狩人は、恐る恐る向こう側を見やる。

そこにいたのは先程殺したものと同じ黒装束だ。

右手には槍を、左手には散弾銃を持っている。

それだけ確認出来たと同時に、枯れ木の端を散弾が抉った。

やはり獣狩り用のものは威力が高く、枯れ木程度で防げるものでは無い。

意を決した狩人は、井戸の方へと躍り出た。

 

「っづぅ…!」

 

三度目の銃撃が狩人の体を掠るが、走る速度を緩める事無く井戸の陰へと飛び込む。

四度目の音は響かない、狙いを定めているのか、それとも。

そんな思いに早鐘を打つ心臓とは真逆に、頭は冷めきっていた。

呼吸を静め、対抗策を高じる。

 

数秒の内に出た結論は、特攻だった。

 

「やぁぁぁっ!」

 

井戸の陰から飛び出た直後、狩人は全力で走り出す。

特段驚いた様子も無しに引き金を引く黒装束の動きに合わせて右に跳んだ狩人は、数発を左肩に受けながらも、その殆どを避けて黒装束の目の前まで辿り着いた。

左手側から迫る狩人に対して、六度目の銃撃は行われなかった。

 

「もう、使わせないっ!」

 

狩人が振り下ろした直剣が、散弾銃を左手ごと砕いたのだ。

咄嗟に右手の槍を振るう黒装束だったが、狩人の速さには敵わない。

屈みつつ躱す事で隙を見付けた狩人は、黒装束の胴体を逆袈裟に斬り裂いた。

 

「弾だけ…?」

 

死体が消えて後に残ったのは水銀弾が十発。

有難いものではあるが、それでも残念な思いは抜けなかった。

さっさと水銀弾を拾い上げ、狩人は輸血液を注入しながらもう一つの建物へ向かう。

扉をノックして返って来たのは────

 

「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」

「…まぁ、わかってましたよ」

 

肩を跳ね上げていた癖に強がる狩人は、背後に見付けた下り階段を降りて道なりに進む。

階段が途切れた場所からは下へ伸びる短い洞窟があり、それを抜けた先、その更に奥に狩人の目的地が見えた。

 

「あれかな、古教会…」

 

隠された古教会、その手前にはヘムウィックにもいた解体人が二人。

おまけに近くからは何者かの唸り声も聞こえる。

恐らくは罹患者だろうが、銃など持っていたら戦うどころの話では無い。

 

「…よし、逃げちゃえ」

 

そう言って深呼吸を一つした狩人は、武器をしまい全速力で駆け出した。

 

「獣だ!獣だァッ!」

 

背後からは二人程の叫び声と共に、銃声が聞こえて来る。

懸念は的中してしまったようで、狩人の足下に二発の弾丸が着弾した。

それでも怯まず、狩人は古教会に走り行く。

目の前の処刑人二人が振るうハルバードを潜り抜け、飛び越え。

そうして狩人は、教会の内部へと侵入した。

 

「はぁっ、はぁっ…もう、通りたくない…」

 

背後から追って来ていた処刑人二人は、何故か教会には入って来ず、狩人が教会に入った時点で追うのを止めてしまう。

不思議に思いながらも進む狩人の耳に聞こえるのは、ただ伽藍堂の教会に響く自分の足音と呼吸音と、激しく動いたばかりと言うには妙に早い心音だけだ。

 

"何かがいる"と、啓蒙とはまた違う、狩人本人が持つ生来の直感が告げている。

だが目には見えず、耳にも聞こえず。

ただ直感が警鐘を鳴らしているだけ、とも言える。

何もいないのならそれに越した事は無いが、一応の警戒はしつつ、狩人は奥へと進む。

 

教会と言っても大きく広いだけの空間と言った所だが、唯一気になる点と言えば、空間の中心に置かれた盆のような台だろう。

それ程高くは無く、階段を上るように乗る事が出来るが、それまでだ。

特に何が起こる事も無く、狩人は盆を降りて目の前に見える大扉へと近付いた。

 

「おっきいけど────…っはぁ、開かない…?」

 

大き過ぎるその扉を、狩人は力強く押して見せるが、ビクともしない。

大した取っ手も無いようなその扉を引く事は出来ず、力が足りないのかと更に踏み込んで見ても、扉は動かない。

鍵穴も無いその扉は、どうやらがっちりと固く閉じきって今は開かないようだ。

 

「じゃあここに何があるの…?」

 

もしや思い違いで古教会はこことは別の場所にあるのかと、狩人は扉に見切りを付け、踵を返して歩き始める。

そんな狩人の体に、横から何かが激突した。

 

「ふぐぅっ…!?」

 

激突と同時に狩人の体は持ち上がり────と言うより、持ち上げられる。

見えず聞こえず、だがそこにおり向こうからは触れる事も出来る。

そのような存在に、狩人は心当たりがあった。

 

『上位者とは人ならぬ存在であり、人間の上位種とされる者共だ』

 

ヴァルトールから教え聞かされた、上位者の存在。

"見えないが確かにいる"という事しか狩人は知らないが、現状他に当て嵌る存在が、狩人の記憶には無い。

 

「っ…ぁ…」

 

ギチギチと狩人の体を締め付ける圧迫感は、次第に強さを増して行く。

やがて呼吸すらも困難になった時、何かが砕けるような音と共に、狩人の体から血が吹き出した。

 

「ぎゅぷっ…」

 

握り潰された時点で即死に至った訳では無いが、狩人の意識は深く沈んで行く。

それは気絶や死というより、夢から現へと訪れる度に利用する"転送"に似た感覚。

狩人の体が宙から掻き消えた所で、どこからか男の声が響いた。

 

「おぉ、アメンドーズ…おぉ、アメンドーズ…!」

 

嘲笑うような声音は、だが何かに祈るような口振りだ。

それは恐らく、狩人の無事などでは無いだろう。

 

「憐れなる落とし子に慈悲を!」

 

声の主は禁域の森にて狩人に扁桃石を渡した、あの男だ。

尤も狩人にこの声は聞こえておらず、そして男も自分である事を隠そうとしている訳では無い。

 

「ヒッ、ヒヒッ…!」

 

この男にとっては、全てが喜劇なのだろう。

夜を恐れ、闇を恐れ、獣を恐れる少女を悪夢へ誘ったのも。

その少女が傷心のままにここへ辿り着き、いずれ自分と対面し"騙された!"と憤慨する事も。

それはそれは、愉しい事なのだろう。

 

「キッヒヒヒッ!ヒーッヒッヒッヒッ!!」




扁桃石

植物の蔦が絡まり、網となって這ったような形をした楕円形の石。
とある男に渡されたそれは、悪夢への招待状だったらしい。

男に掴まされた石と情報を信じて、狩人は古教会へと向かった。
そこで出会ったのは────否、出会う事すら出来ぬまま連れ去られてしまった訳だが、確かにそれは上位者だったのだろう。

狩人がこの石を初めて手に取って連想したのは、自身の記憶とは全く関係の無いアップルパイの網目だった。
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