少女の微睡、月香の夜。   作:かなしいな

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狩人、箍を外す。



※第二十五話、七周年おめでとうございます。


狩人の挑戦、辺境からの脱出。

屈んだ狩人の頭上を、痩せこけた巨大な掌が通り過ぎる。

処刑隊の装束に着替えた狩人が唯一変えなかった神父の帽子が巻き込まれ、飛んで行く。

それを一瞬目で追った狩人は、次の瞬間繰り出された攻撃に対応する為、前を向き直った。

 

巨大な敵と言うのなら、今までに経験はある。

聖職者の獣と教区長エミーリアは、どちらも恐ろしく、そして巨大な獣だった。

だが目の前の上位者は更なる巨体を持っており、指先が体を掠めただけでも大惨事だろう。

 

違うのは体の大きさだけでは無い。

"未経験の巨体だから"というだけでは言い訳が付かない程に重い威圧感が、今も狩人の体を押し潰さんとのしかかるのだ。

受け止めてやる義理は無いが、避ける手立てはもっと無い。

狩人は、未だ同じ舞台にすら立てていなかった。

 

「くっ…!」

 

叩き付けられた腕を躱し、牽制がてら直剣で斬り付ける。

通るなどとは思っていなかったが、あまりにも硬いその手応えはまるで仕掛け武器同士で叩き合わせたような感触。

最早この腕には大剣でも刃が立たないであろうと、狩人は腕への攻撃を諦める。

他に狙う部位があるとすれば、地面に着いた足か、狩人の背丈では余程降ろさなければ狙うのは厳しい頭しか無い。

 

思考の隙間に、光球が煌めく。

直後にアメンドーズの持ち上げられた両腕が地面へと叩き下ろされ、小さな地響きと震動が狩人の足へと伝わる。

当たりこそしないが、大気の揺れでその威力が絶大だという事がわかる。

しかし狩人には、威力以上に勝利への光明が見えていた。

 

攻撃によって舞い上がった土煙の向こうに、大剣なら届くくらいの高さまで降ろされた頭が見える。

もう全力で走っても間に合わない体勢だが、もう一度この攻撃を誘う事が出来れば、或いは────

 

再びの光球からの警鐘。

薙ぎ払われた腕を二歩程後退し躱した狩人の目に映ったのは、光。

光球のものよりもずっと眩く強い光が、アメンドーズの頭から発されていた。

その視覚情報に、悍ましい姿を添えて。

 

「うげぇ────っ…!?」

 

網目の間から無数に飛び出した眼球と、それらの中心に瞬く光。

光は光条となり、地面を塗り潰すようにして薙がれる。

"危険だ"と光球など見なくてもわかるその攻撃を避けた狩人は、だが直ぐ真横を通った光に熱量が乗っていない事に気付いた。

それでも警鐘は止まない。

むしろ強くなり、"光は本番では無い"と告げているようだ。

 

「そういう、攻撃もあるんですね…!」

 

紙一重、爆風の名残りが狩人の体に叩き付けられる。

たなびく聖布が煩わしい程に音を立てるが、そんなものを気にしている余裕は無い。

再びの掌による薙ぎ払いを躱し、次手を待つ。

一瞬の空白の後、アメンドーズは両腕を高く持ち上げた。

 

「今っ!」

 

タイミングが合っているかなど確かめようも無いが、一度試さなければ成功が何時になるのかもわからない。

両腕が頂点に達した瞬間、狩人は一息入れて前へと踏み込む。

それと同時に振り下ろされた両腕は、狩人の真後ろに落ちた。

一発目の賭けに、狩人は勝ったのだ。

かと言って気を抜かず、先程の感覚を頭に深く刻みながら、直剣を変形させる。

 

「せいっ!」

 

気合いを込めて縦に振るわれた大剣は、腕よりもずっと柔らかく、だが今までの敵とは段違いに硬質な頭に傷を付けた。

安心、喜び、焦り。

それらを何とか呑み込んで、両腕から肩、背中から腰へと力を入れて大剣を昇らせる。

斬り下ろすよりもずっと力の要る攻撃だが、次に繋げる為のものだ。

全力で斬り上げた大剣を、勢いと重力に任せて再び斬り下ろす。

 

「もう一回っ!」

 

たったの三回だが、確かにアタマへの攻撃は通る事が証明出来た。

起き上がったアメンドーズが狩人に対して発する音に、未だ怒りなどは無い。

好奇心は欠片も落ちず、狩人へと向けられたままだ。

 

「…ふーっ…」

 

攻撃のタイミングは覚えたが、あくまで一つの行動への対処法が確立出来ただけ。

それ以外をされた場合の対処などろくに出来ておらず、逃げ惑うだけでは勝つ事も出来ない。

もっと強気に、もっと凶暴に。

"背負って走る事が出来ていたのだから"と大剣の刃を寝かせて担ぎ、狩人は体勢を整える。

 

「ふーっ…よし」

 

狩人はもう一つ深く吸った息を吐き、アメンドーズが腕を振り被った瞬間に駆け出した。

一度の賭けに勝っただけ、次も勝てるかは怪しい。

どころか攻撃方法によっては為す術無く殺されるだろう。

それでも狩人は足を止めない。

 

"どうせ死んでも生き返る"、"夢へ戻ってやり直し"

諦観のようにも見える狩人の思考の中には、確かに"人形のもとへ帰る"という想いがあった。

狩人の中では死はただのリセットでは無く、人形に会ってからのリスタートなのだから。

 

大きな掌が開かれ、掴み掛かるように狩人へと迫る。

当たればその速度と質量によって死は免れないであろう一撃を前にして、狩人はその脚を大きく振り上げる。

掌を蹴り上げるなんて無茶はしない、狙いは掌、その上部。

"怪我は輸血液で治る、ならば自損覚悟の攻撃も無茶では無い"

そうして狩人は賭けに────

 

「ぎゅぷっ」

 

失敗した。

斜め前から向かって来る掌を踏み台にして頭を狙うつもりだったらしいが、狩人はタイミングを測りきれていなかった。

一度で成功したら御の字だったのだろう。

 

ズレたタイミングで掌に置かれた足は、その裏から砕けて行き、やがて掌は狩人の体へ辿り着く。

折れた骨は掌に押されて体に突き刺さり、指が閉じられた事で更に深く臓腑を抉る。

万力を持って握り潰された狩人の体は至る所から血を噴き出し、指が開かれたと同時に振り下ろされた手によって地面へ叩き付けられた。

 

肺も喉も潰れ、僅かな隙間は血で埋め尽くされ。

骨はどこもかしこも砕けており、指先すらも動かない。

今回でアメンドーズに効果のあった攻撃は、たったの三回。

まだまだ、先は長い。

 

 

 

夢で目覚めた狩人は、一直線に墓標へ向かう。

死への恐怖が薄まった訳では無く、心中では潰された感覚と痛みが延々とフラッシュバックしている。

それでも足が止まらないのは、偏に性か。

或いは今の狩人は、恐怖に慄いていた頃よりもずっと危ういのかも知れない。

 

視線だけを人形に向け、瞳だけで言を告げる。

"目が合うだけで理解し合える仲"などと言える程長い時間を共にした訳では無いが、墓標へ向かう狩人が人形に伝える事など一つだろう。

 

「行ってらっしゃい、狩人様」

 

 

 

銀色の獣を殺し、狩人は洞窟のエレベーターから下層へ降りる。

今までの強敵とのリベンジマッチよりも幾らか軽い足取りは、そう時間も掛からず塔の真下へと辿り着いた。

一度目とは違い最初から降りて来ているアメンドーズの目の前で、狩人は遺志を拾い大剣を構える。

 

「あぶなっ…!?」

 

挨拶がてら飛来した光条と直後の爆発を避け、狩人は大剣を担ぎ走り回る。

と言っても持久力を極端に消費しない程度の駆け足だが、動かず待つのでは咄嗟の回避に遅れが出てしまうだろう。

そうしてちょろちょろと周りを走っている狩人に、アメンドーズは両手で攻撃を仕掛ける。

 

「今っ!」

 

両側から迫る掌を前へ進む事で躱し、下がった頭へと精一杯長く構えた大剣を縦に振るう。

僅かに届いた切っ先が傷を刻むが、やはり隙は小さく、連撃は通らない。

"欲張らず、慎重に"

そう思考に一念を置いて、狩人は後退し始めた。

 

逃がすまいと薙ぎ払われた腕を何とか躱した先にあったのは、壁。

────では無く、掌だ。

左右の二本と、左の一本。

狩人が躱したのはたったの三本であり、アメンドーズは未だ四本の腕を残していた。

そうして残った右腕の内一つが、まるで追い込み漁のように狩人を捕らえた。

 

「ぅ…かふっ…」

 

ギリギリと締め上げられ、肺に残った酸素が絞り出される。

握り締められた手の内から聞こえる軽い破砕音は、狩人の骨が脚から順に砕けて行く音だ。

狩人は既に大剣の柄から手を放してしまっており、切っ先から落ちた大剣は地面に突き刺さる。

逃れようと身動ぎをすれば更に締め付けはキツくなり、最早抜け出す手立ては無い。

詰みだ。

 

「はっ…ぁぐっ…」

 

骨盤が砕けた時点で抵抗力は殆ど無くなっていると言うのに、アメンドーズはなかなかトドメを刺さない。

"愉しんでいるのだろう"という狩人の内心に反して、どうやらアメンドーズは懐疑しているらしい。

尤も好奇心の音が止んでいないが故か、狩人がそれに気が付く事は無いが。

 

苦悶の声ももう上がらないかと言う程に長く、緩やかに甚振られた狩人の意識が、ようやく沈んで行く。

最後に狩人が感じたのは、優しく降ろされる事でゆっくりと背中に触れた、地面の感触だった。

 

 

 

謎が謎を呼ぶ上位者の思考に混乱している狩人は、停滞する脳内に反して体ばかりが先行する。

出立の合図もそこそこに夢を出るとエレベーターへと向かい、途中で獣を殺して下層へ。

通るのはまだ二度目だと言うのに慣れた様子の狩人は、だが脳内は先程のアメンドーズの手付きに混乱したままだった。

 

妙な優しさ、止まらない好奇心。

そのどちらもが狩人に向けられたものだと理解出来る事すらも、狩人からすれば謎でしか無い。

きっと今の狩人が考えても仕方の無い事なのだろう。

そう割り切った狩人は、三度目の挑戦に身を投じる。

 

遺志を拾い、大剣を構え、周囲を走り。

そして飛んで来た光条に重ねるようにして振るわれた腕を避けると、地面に手が激突した事で停止した腕を足場に頭へ向かって跳躍した。

出せる重さを全て乗せた一撃は頭に命中したが追撃は狙わず、再び振るわれた腕を回避しながら後退する。

ヒットアンドアウェイがこの戦闘での基本となるだろう。

後は狩人自身の持久力が最後まで保つ事を祈る他無い。

 

狩人が回避によって崩れた体勢を立て直すと、アメンドーズは二本の手を地面に着き、頭を下げた。

攻撃の予備動作か、光条か、薙ぎ払いか。

"何が来ても躱して攻撃を"と勇んで前に出た狩人は、今まで見たもののどれよりも凶悪な攻撃を目にする。

 

「うぇぇっ…」

 

アメンドーズが下げた頭を振り回せば、そこからは白く濁った液体が飛び散る。

吐瀉物にも見えるそれは地面に溜まり、頭の周囲で湯気を上げ始めた。

鼻を突く臭気は嗅ぐに堪えず、狩人は左手で鼻を摘みながらもう数歩下がって行く。

 

次にアメンドーズが行った攻撃は、最大のチャンスでもある攻撃。

左右の腕を高く持ち上げ、狩人目掛けて振り下ろす。

とてもじゃないがあの吐瀉物の上を歩きたく無い、けれどチャンスを逃して勝機を見失う訳にも行かない。

刹那の葛藤の末、狩人は腕の下を潜る事はせず、思い切ってその上へと乗り上げた。

 

「やぁぁっ!」

 

裂帛の気合いと共に振り下ろした大剣が頭に突き刺さり、一瞬の後に狩人の足が地面へと着く、その瞬間。

着地した足の裏が熱を持ち、じゅうじゅうと灼けるような痛みを発する。

消化液のようなそれは、見た目通りの効果を持ち合わせていたらしい。

強い酸性のような効果の吐瀉物の上で、それでも狩人は攻撃を続ける。

二度、三度と斬り付けた所でいざ離れようと脚を動かすが────

 

「あ、れ…?」

 

動かない。

正確には動かそうとする度に痛みによって足を着いてしまうのだ。

遅々とした動きで進んではいるものの、次の攻撃を回避する事が出来る訳も無く。

"あの気持ち悪い攻撃は暫く近寄らないようにしよう"という教訓を一つ学び、狩人は撲殺された。

 

 

 

欲張らず慎重にとは何だったのか。

結局は欲張って攻撃を続けた事による三度目の死を反省しつつ墓標へ向かう狩人は、ふと人形が定位置にいない事に気付く。

どこへ行ってしまったのかと辺りを見回せば、苦労無くその姿を見付ける。

水盆の左から工房へと伸びる緩やかな坂、その上にある墓標の前に、人形は座り込んでいる。

 

祈っているのだろうか、狩人にはその祈りが誰に捧げられるのかなど関係無い筈なのに。

何故か狩人の足は辺境へ向かう墓標では無く、人形の元へと伸びる。

その途中で、人形の声が狩人の耳朶へと届いた。

 

「…夢の月のフローラ」

 

脳が揺すられるような、だがそれは不快では無く、まるで揺籃が揺れるような心地良さのある単語。

人名、女性名であろうそれは、確かに聞き覚えのあるもので。

今まで出会った内の誰とも合致しない名前に混乱しながらも、その続きを静かに聞いている。

 

「小さな彼ら、そして古い意志の漂い。どうか狩人様を守り、癒してください」

 

人形の祈りは"フローラ"なる女性に対してでは無く、あくまで狩人を案じてのものだったらしい。

幸福感に染まる心は酷く暖かく、痛いまでに次の戦いへと引っ張られる。

"せめて祈りの終わりまで"と、狩人は意地でも動かないが。

 

「あの人を囚えるこの夢が、優しい目覚めの先触れとなり…また」

 

そこで、祈りの言葉ははたと止まる。

終わりと言うには中途半端だ、まだ続きがあるのだろう。

狩人の疑念も好奇心も、祈りと違って止められるものでは無い。

 

「また……あぁ、あぁ…」

 

言葉の続きを紡げずに、人形の声音に苦し気な色が映る。

それを祈るのが辛いのか、何か要因があるのか。

"自分に解決出来る事なのか"、数歩進んだ狩人は、だが自身には不可能だと続く言葉に足を止める。

 

「私はやはり、我儘なのでしょうか…」

 

きゅうと締め付けられる心が、足の方向を変えた。

人形に掛ける言葉など、持ち合わせていない。

その葛藤に、狩人は答えを出せないのだから。

 

「貴女に求めておいて、こんな……夢の終わりに、貴女の安息を願うなど────」

 

今はこれが正解の筈だ。

そう自分に言い聞かせて、狩人は夢を後にした。

 

 

 

どこか上の空な四度目の挑戦、狩人はこれまで通りに遺志を拾い、大剣を構える。

二本の腕の叩き付けというご褒美とまで言える攻撃から始まった戦いは、早速狩人が三回の斬撃を頭に命中させた事で狩人有利に始まった。

とは言え戦力差は歴然、一撃の有利は圧倒的にアメンドーズ側にある。

 

薙ぎ払い、光条、叩き付け。

そのどれもを躱し、反撃は最低限。

戦いが長引いてしまうのは仕方の無い事だと割り切り、出来る限り消耗を減らす動きへと最適化して行く。

死を越えて力を増す、正しい狩人の在り方だろう。

 

「ふっ…!」

 

反撃の回数が二桁を超え、狩人にも段々と余裕が出始める。

慢心こそ無いが、心中は自身の好調に歓喜していた。

"今回は良い所まで行けるかも知れない"と。

 

「っづぅ!?」

 

────油断は無い、筈なのだが。

恐らくただ回避が間に合わなかっただけだろう。

狩人は光条が着弾した箇所で起こった爆発の煽りを受け、地面を転がる。

直撃こそ受けなかったものの、それは大きな隙を産んだ。

 

薙ぎ払われる腕が狩人の眼前まで迫り、矮躯を打ち砕かんと激突する。

間一髪で右半身を逸らし、左半身の前に大剣を構えた狩人は、激突の威力に目を回しながらも再び地面を転がった先で命を繋いでいた。

 

「は、ふっ…」

 

薄く息を吐きながらも、大剣を地面に突き立て壁としながら輸血液を二本打ち込み、刃越しに向こう側を見やる。

なかなか距離が離れているが、アメンドーズの出方次第では詰められない程でも無いだろう。

"次に行動を起こした瞬間、様子見が効く位置まで近付こう"という考えは、直後のアメンドーズの行動によって棄却された。

 

「……はぁっ!?」

 

アメンドーズはその両足に力を込め、高く飛び上がった。

狩人の頭を越すだとか、その程度で済む高さでは無い。

アメンドーズはその図体を持って、或いは自身の背丈すらと言う程に高く跳躍し。

そして、狩人の頭上で自由落下を始めた。

 

「わぶっ!」

 

慌てて大剣を担ぎ上げた狩人は、一瞬の助走の後に思い切り前へと飛び込む。

狩人の体を易々と覆ってしまう程の土煙と衝撃を起こしたアメンドーズは、だがその頭は狩人の目の前まで下がって来ている。

 

「く、ら…えぇっ!」

 

無数の目が狩人を見詰めるが、歯を食い縛って威圧を流し、狩人は片脚を前に立てて体重を掛けた。

後ろへの踏み込みを前への推進力へ、地面を蹴飛ばした力は全て反転と捻転に。

寝かせていた大剣を引っ張り起こした狩人は、全霊で大剣を斬り上げた。

 

やや横薙ぎとなった斬撃は確かに頭へと命中し、アメンドーズの体勢が大きく揺らぐ。

"崩れた"と判断してからの行動は早かった。

驚愕はあるがおくびにも出さず、二度、三度と斬撃を続け。

まどろっこしくなったか、腰を捻り大剣の切っ先を正面へ向けた狩人は、踏み込みと同時にその刃をアーモンドのような頭へ突き込んだ。

 

「おわっ…わぁっ!?」

 

突き刺された大剣を振り払おうと、アメンドーズは大きく頭を振り始めた。

トドメにはまだ足りないという事はわかるが、少しでもダメージを大きくしてやろうと、狩人は右手で大剣の柄を強く握る。

 

もう片手はどこかと言えば、既に柄の近くには無く、ましてや空を切っているような事も無い。

空いた左手が掴んでいたのは、アメンドーズの頭。

檻状に目玉の群れを覆っている、外殻だった。

 

故にアメンドーズがどれだけ頭を振っても狩人とその得物である大剣が離れる事は無く、ダメージは動く度に大きくなって行く。

やがて頭へ腕が伸ばされると、狩人は掴み掛かって来たそれを躱しながら大剣を抜き放ち、別の箇所へと刺し直す。

更に大きなダメージが期待出来る攻撃だったが、刺した場所が悪かったのか、或いはその攻撃で抵抗が強まったのか。

大剣は傷口からどんどんとズレて行き、狩人の手足も頭から離れてしまった。

 

「ぅぎっ!」

 

狩人が地面に落下すると、そこから始まったのはもう何度目かもわからない追い駆けっ子だった。

好奇心から怒りにシフトした音に身を任せて振るわれる掌が地面へと叩き付けられ、それを避ける度に狩人は反撃の機会を見定める。

 

"どの角度の攻撃なら頭が下がるのか"、"どのタイミングでなら下がった頭を狙えるのか"

吟味しつつの反撃は今までの戦いに比べれば格段にペースが遅いが、発揮される技量とやり取り、そして敵のレベルは最も高いだろう。

 

それから数度の攻撃を挟んだ時、戦況に。

と言うよりも、アメンドーズに変化が訪れる。

前に構えた二本の腕が、後ろに生えた内の二本を握り────

 

「なぁっ…!?」

 

思い切り、引き抜いた。

引き抜かれた根元からは血が噴き出し、まるで一対の翼のような軌跡を描いている。

次の瞬間にはその二本を振り被るアメンドーズだが、引き抜いた二本の手と肘、そしてそれを持つ二つの手が狩人を掴んだ時に発していた光を宿す。

"躱さなければ不味い"と判断した狩人の視界では、光球が蠢き、アメンドーズの真下へと狩人を誘っていた。

 

一か八かそれに従い足下へ飛び込んでみれば、叩き付けられた攻撃はその全てが届かず、後に振るわれる攻撃もまた狩人を捉える事は無い。

一種の錯乱状態にあるのか、アメンドーズが狩人へ向ける攻撃の殆どが掠りもしない軌道をしていた。

 

「…今しか、無い!」

 

下げられた頭へ、全力で大剣を振り抜く。

努めて冷静に、決して間合いへと入らず、今いる場所で耐え凌ぐ。

それでも攻撃は緩めず、少しずつ、少しずつ。

丁寧に肉を削り、命を削る。

 

安全地帯が見付かったからと言って、この戦いが消化試合になる訳では無い。

依然アメンドーズの攻撃はどれもが致命に届くものであり、喰らった時点で夢へと送られてしまうのだから。

 

足下に注目させようと斬り付けた足は腕よりは柔く、まだ斬撃は通る。

頭の動きを注視しつつ攻撃を続ける狩人の目の前で、アメンドーズが片足を上げた。

 

「…っ!」

 

唐突に繰り出された地団駄も躱し、薙ぎ払いや叩き付けは即座に足下へと逃げ込んで躱す。

それを繰り返し、最早反撃の手すらも減り始めた頃。

アメンドーズが、二度目の跳躍を行った。

 

踏み込みの風圧で僅かに体勢が崩れた狩人は、何とか顔を上げその姿を視界に収める。

飛び上がった姿勢のまま、アメンドーズと狩人の瞳が合う。

発する音には、怒りすら乗らなくなっていた。

落下のタイミングに合わせた回避、立ち上る土煙。

そして────

 

「これで…終わりっ!」

 

頭上からの攻撃を見事に巻き込まれる事無く、狩人は躱しきっていた。

下がった頭の格子の隙間目掛けて、聖剣の切っ先が飛ぶ。

突き刺さった刃は瞳を貫き、アメンドーズの大きな図体が震える。

先程のような抵抗力は無く、振り回される腕が狩人に届く事も無い。

 

アメンドーズが顔を上げた事によって持ち上がった狩人の体は2メートルと無い高さで停止し、直後にはガクリと落ちるように下がる。

狩人の足が着地していないのは、それが消滅では無く片膝を着いた事による高度の変化だったからだろう。

"どれだけタフなのか"と戦慄する狩人に、だがアメンドーズの体はその端から解けて行く。

 

「…ほ、ほんとに終わり…?」

 

やがて頭すらも消滅が始まった所で、狩人の体が落下した。

巨体が完全に消滅した事で、広場にあった威圧感も消え、何となく広くなったような印象を受ける。

威圧感と巨体による圧迫感故の錯覚だろうが、兎も角強敵を下した事で一安心と言った所か。

ほっと一息吐いた狩人は、広場の中心に何かを見付けた。

 

「うげぇ…何これ…?」

 

手に取ったそれは横向きの骸骨が形取られた、と言うより骸骨そのものを使用したかのような杯だった。

拾い上げて触れる事でわかる事と言えば、遠目に見るよりもずっと気味が悪い事と、手触りで言えば旧市街で手に入れた聖杯によく似ている事だろうか。

 

「これも、聖杯…?」

 

全く繋がりそうに無い見た目だが、取り敢えずは戦利品として懐にしまい、狩人は灯りを灯して夢へと戻る。

確かに強敵を打倒した筈なのに、何故だろうか。

狩人がその膨大な遺志と啓蒙で、今までのように心を乱される事は無かった。

 

 

 

「人形さん、お願いします」

 

夢へと戻れば、まずは肉体の強化が待っている。

少しばかり精神的な疲れが滲んだのか弱った足付きで人形の目の前まで歩いた狩人は、右手を差し出してそう言った。

 

「わかりました、それでは…」

 

初めの頃に比べればだいぶ慣れた"流れ込み、溢れ出る"その感覚にほんの少しの擽ったさを覚えながらも、狩人は只管に思考する。

今はもうアメンドーズの、上位者の事では無い。

 

気になるのはやはり、人形の言葉。

"夢の月のフローラ"とは誰なのか、聞いて良いのか否か。

何となく"答えは得られないだろう"という気がして、狩人はそれを口に出さないまま強化を終えた。

 

「行ってきます」

「行ってらっしゃい、狩人様」

 

簡素なやり取りだが、それで不備は無い。

聞きたい事はある、寧ろ今まで無かった事が間違いなのだろう。

それら全てを呑み込んで、狩人は夢を後にした。

今聞いてしまっては、パンクしてしまうだろうから。

 

 

 

いざ夢を後にして、迷う事と言えば次の目的地だ。

何と無しにオドン教会へと飛んでしまった狩人だが、特に避難していた市民達に用がある訳でも無い。

ただ単に気紛れで転送されただけであり、そこが比較的集中して次の目的について悩む事が出来る場所だっただけだ。

 

それなら夢で良いだろうとも思えるが、狩人の内心として今の夢はとてもじゃないが落ち着ける場所では無い。

当然安らぎはある、癒しもある。

だがそれ以上に"フローラ"についての疑問と、人形からの真っ直ぐな愛の囁きが、狩人の心を落ち着かせてくれなかった。

 

ふと、狩人は"血の施し"について思い出す。

それは記憶力によるものでは無く、光球が二人の女性の元を指したからだった。

施された血は輸血液よりも効果が大きかっただけで無く、副次効果まであったのだ。

これから先の狩りの助けとなるに違いない。

 

「あの、アリアンナさん」

「あら、小さな狩人さん…少し雰囲気が変わったかしら?」

「えっ?あ、そう…ですかね?」

「えぇ…何だか可愛らしくなったわ」

 

含みのある言い方だが、それすらもカモフラージュなのだろう。

"可愛らしくなった"という感想は本音なのだろうが、その裏には"何かが違う"というまた別の声が見え隠れしていた。

初対面の頃とは何もかもが変わってしまったのだから、致し方無い事だが。

 

「それで、どうしたのかしら。もしかして…血が欲しくなったの?」

「…まぁ、はい」

「そう…なら少し待ってて」

 

そう言ってアリアンナは小さなナイフと試験管を取り出す。

 

「あぁ…」

 

漏れ出た声は"やっぱりか"という諦念が多分に含まれている。

アデーラという前例を思い出しているのだろう。

当の本人は今も狩人を物陰から見詰めているのだが、狩人は未だ気付いていない。

 

つぷりと肌にナイフが沈み、ゆっくりと引かれる事で血が滲む。

瞬間辺りに漂ったのは、血とは思えない程に甘い香り。

きっと口に含めばさぞ甘いのであろう血は、狩人が裏切った女王のそれによく似ていて。

予想外の方向から心を揺さぶられた狩人は、その様子を苦虫を噛み潰したような顔で眺めていた。

 

「この血が貴女の助けになりますように…なんてね」

「ありがとう、ございます…」

 

アリアンナはこれまた見覚えのある臙脂色の布を被せた試験管を狩人に手渡す。

思えば気にしていなかったが、その格好はカインハーストで見付けたあのドレスでは無いか。

甘い血と、ドレス。

血族は女王以外に存在しないと言っていたが、或いは────

 

「あまり無理をしてはダメよ」

「えっ?」

「貴女はまだ守られていて良い筈なの。理由は何にせよ、子供が無茶や無理ばかりしてはダメ…良い?」

「あ、はい…それじゃあ…」

「フフ…えぇ、またね」

 

狩人がたった今誓ったのは、到底贖罪などとは言えない行為。

血族かどうかもわからない女性を罪滅ぼしの為に守るなど、アンナリーゼが到底許す筈も無いのだが。

狩人にとっては、先程見付けた二つ共が大きな救いとなる共通点だったのだ。

 

奥から向けられる鋭い視線は一旦思考の外に起きつつ、受け取った血を懐にしまい、狩人は再びどこを目指すか思案し始める。

その合間にもフラフラと歩く体は灯りから夢へ戻り、再転送を行う。

導いているのは、戦いに於いての補助を担っていた光球だ。

 

消え損なった亡霊どもめ、どこまで邪魔をするつもりだ。




少女狩人
名前:不明 性別:女性 年頃:若年(詳細不明)
過去:過酷な運命 カレル獣獣淀
レベル 40
 体力 10
持久力 12
 筋力 20
 技量 15
 血質  5
 神秘 28



病めるローランの聖杯

悪夢の辺境の主アメンドーズとの戦いで手に入れた、髑髏を横に寝かせたような造りをした儀式聖杯の一つ。
トゥメルの聖杯すら使用していない狩人がこれを扱う日は、きっと遠いのだろう。

ローランを悲劇の地たらしめるのは、獣の病に拠る所と言う。
この髑髏は犠牲者となった民か、罹患した獣か、それを狩ろうと夜を歩いた狩人か。
はたまた、愚かな医療者か────
答えは無く、また誰が出して良いものでも無い。
それでもこれが末路とあっては、あまりに憐れというものだ。
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