少女の微睡、月香の夜。   作:かなしいな

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狩人、舞い戻る。



※第二十六話、ボスラッシュです。


狩人の困惑、連戦の先に。

薄暗い空間に狩人は立っていた。

見覚えのあるその場所はヤハグル教会。

隠し街ヤハグルは、儀式の場。

ならば儀式を秘匿する"ビルゲンワースの蜘蛛"とやらをどうにかした後に来るべき場所では無いのか。

 

などと幾ら考えても無駄なのだろう。

ここへ転送されたのは真に狩人の意思では無く、光球に導かれた体が勝手にそう選んだだけなのだから。

 

既に帰りたがっている狩人だが、気になる場所は一つある。

きっと外へ、街へと出るのであろう奥に見える出入口では無い。

地下へ伸びる二つの下り階段、その合流地点には更に下って行く階段が一つ。

目玉を抉られたあの道の奥からは、何故か風が吹いていた。

 

「…行ってみようかな」

 

どの道狩人の体は既に一人のものでは無い。

今も手を引き背を押す"何者か"が、狩人をそちらの道へ導いているのだ。

狩人は手記が発した淡い光の温かみに押されて、階段を降りて行った。

 

「キヒィィッ!」

「ですよ、ねっ!」

 

右から襲い来る老婆の持った刃を直剣の腹で弾き、両腕を斬り飛ばす。

正面にいる老婆はその瞬殺劇に怯んだか、足でブレーキを掛けるが、素早く前へ出た狩人の刃が首を断った。

腕を斬り飛ばした老婆にもトドメを刺す事で、一先ずこの場の危機は去る。

 

倒した老婆の死体はどちらも消滅してしまうが、思い返せば姿形はヘムウィックの魔女達に似ていた。

悪趣味な瞳の装飾は身に纏っていなかったが、攻撃方法と言い、何か関係があったのだろうか。

 

"以前にもこのような動きが出来ていたら"と考える狩人だったが、そもそもとしてあれは奇襲攻撃だ。

対応しきれないように仕掛けた攻撃なのだから、仕方の無い事だろう。

 

風の吹く方へ進もうと歩き始める狩人は、左右にある牢屋の中に人影を見付ける。

寝そべるようにして横たわるそれらの影は呼吸による胸の動きが見て取れる事から、死んでいる訳では無いだろう。

アデーラのように、狩人と同じ攫われた人々かも知れない。

そんな希望を元に、狩人は牢屋へと入りその体を揺する。

 

「大丈夫ですか?聞こえますか?」

「ウ、アァ…?」

「よ、良かったぁ…お怪我は────」

「けもの…め…獣め…!」

「ひっ!?」

 

起きて早々に男は右腕を狩人に向けて振り抜く。

罹患者の類だったか、尤もヤーナムから攫って来たのなら殆どがこんな状態だろうが。

陳腐な奇襲、それも攻撃は当たりすらしなかったが、少なくとも狩人には効果的だったらしい。

この程度で心が折れる事は無いが、他に横たわっている人間に声を掛けるつもりは無くなったようだ。

残念な事に、先程の男の大声で他の罹患者達も起きてしまったが。

 

「殺せェッ!」

「獣だ!逃がすなァッ!!」

「まずいまずいまずいっ…!」

 

数の暴力には流石に勝てないと悟ったか、狩人は奥に見えた道を目指して走り抜ける。

老婆と襤褸の大男を躱し、いよいよ風の出処へ

後頭部を掠めるように振るわれたずた袋からも何とか逃れた狩人が見たのは、外へと続く洞穴だった。

人一人が充分通れそうな程に広いそれは、崩落と言うより人の手で堀り抜いたような形をしている。

 

壁一枚では有り得ない長さの洞穴を抜けると、そこは地面から一つ高い段差の上。

足場になるものがあれば狩人の背丈でも戻って来れそうだが、背後には今も追手がいる。

追手共も降りて来るのだとしたら、戻るなんて事は考えずに最奥まで走り抜けるべきだろう。

 

覚悟を決めた狩人は、段差を軽く飛び降りると、直ぐ右に見えた赤い光へと近付く。

後ろを振り返り追手が降りて来ていないのを確認すると、中止するようにしゃがみ込んだ。

片手を光に翳せば、その真下に使者が表れる。

手招きをする使者に体を寄せてやれば、数体いる内の一体が狩人の懐へ潜り込んだ。

 

「えっ?ちょっ…何してるんですか!?」

 

狩人は慌てながらも"何か理由があるなら"と引き離せず、数秒程懐を漁られた後に、使者が聖布を暖簾のように退けて顔を出す。

小さな両手には、聖職者の獣との戦いの合間に受け取ったあの鐘が握られていた。

使者は狩人の懐から取り出したそれを、片手に押し付ける。

 

「…鳴らせって事ですか?」

 

その言葉に一つ頷いた使者達は、満足そうに地面へ潜って行った。

何が何だかわからないままに、だが折角だからと摘んだ鐘を軽く揺らして鳴らせば、辺りに澄んだ音が響き渡る。

直後に赤い光が掻き消えたかと思えば、脳の芯から何かが抜け落ちるような感覚と共に、狩人の目の前に人影が現れた。

 

「おわっ…!?」

 

あまりにも唐突な登場に驚きつつ武器を構える狩人に、人影は片手を軽く上げてその行動を制する。

"味方だ"と、言葉は発していないのに何となく伝わる仕草で、狩人は警戒を解いた。

不用心にも思えるが、そもそも手で制するなどという理性的な行動が出来る時点で、味方では無かったとしても意思の疎通が取れる人間なのだ。

武器を交える必要が無いと言うのなら、それに従うべきだろう。

 

「あー…えっと、着いて来てくれたり?」

「……」

 

人影は無言のまま小さく頷く。

身に着けた黒いフードの中にはフルフェイスの鉄兜を被っており表情は見えないが、何やら相手も狩人の事を全く警戒していないらしい。

狩人の発する雰囲気によるものか、或いはまた別の理由か。

兎も角として、今は味方となってくれるようだ。

 

「じゃ、じゃあ、行きましょうか!」

「………」

 

無言の肯定。

味方が増えたのは心強いが、狩人はその無言にやり辛さを感じずにはいられなかった。

 

鐘の音に呼ばれ現れた古人"離反者アンタル"を伴い、狩人は坂を降りて広場へと入る。

奥には大きな門が見えており、一先ずあれが開くかどうかを確認するべきだろう。

他には端に枯れ木が幾つか生えている程度で目立ったものは何も無い────と、言いたい所だが。

狩人の目には酷く気になるものが一つ、大きく映っていた。

 

「あの、あれって…」

 

言うが早いか、アンタルは武器を構える。

言葉など用いなくとも、その行動が告げていた。

"あれは敵、獣だ"と。

 

「ギッ…ギギッ…」

 

アンタルが右手に持った短槍を変形させれば、それは大きなウォーピックへと早変わりする。

同時に目の前の獣も起き上がり、狩人達に向けて頭を持ち上げる。

その姿は正しく異形だ。

獣の剛毛こそ生えているが、よく見れば体全体が骨となっており、骨格はまるきり人のものだろう。

当然頭も例に漏れず、狩人達に向けられたのはどう見ても人の頭、髑髏だった。

 

「ギュアァァァッ!!」

 

吠えながら足取りを確かなものにした獣、"黒獣パール"は体に雷光を纏う。

雷光を纏う獣と言ったら、狩人にも覚えがある

人の姿から獣へと変貌した、あの男。

このパールも人型の骨格をしている辺り、元は人間なのだろうか。

ともすれば、雷光は人由来のものなのかも知れない。

 

細身の体はどこもかしこも隙間ばかりで、銃弾は上手く狙わなければ動き次第ですり抜けてしまうだろう。

相手が骨という事もあり、狩人は直剣を変形させる。

最近は大剣ばかり使っているような気もするが、それが真価なのだから適切だろう。

尤もパール相手に大剣を選んだのは、"骨なら叩けば崩れる"という短絡的な発想からだが。

 

「ギャアァァッ!」

 

迸る雷光を纏わせながら地面を削り迫る爪を、狩人とアンタルは一歩退く事で回避する。

明確に弱点となる部位が胴などには見えない以上、狙うべきは頭となる筈だ。

二人ともそれは理解しているようで、隙あらば間合いを詰め頭を殴る為に回避の方向を調整している。

 

通り過ぎて行った爪が戻るのを待ち、二撃目を躱し懐へ入る。

弱点は間違いなく頭だというのはわかっているが、物は試しと狩人は脚を斬りつつ進み。

アンタルは対照的に頭のみを狙った攻撃を行っている。

斬り裂くと言うより叩くと言う方が適切であろう攻撃は、意外にも効果が見込めているようだ。

 

「グゥゥゥッ…」

 

斬撃の合間にも怯む事無く爪を振るっていたパールが、ここで動きを止める。

直後起こった帯電に光球は反応し、狩人を懐の外へと誘い始めた。

引っ張られるまでも無く回避を行っていた狩人だが────

 

「…ダメだ」

 

間に合わない。

どれ程の範囲かは謎だが、その行動は間違い無く攻撃だ。

自身を中心とした衝撃波は、ヘムウィックの魔女達との戦いで一度経験している。

故に狩人は今回もその通りに、大剣を盾として攻撃を防いだ。

 

「オォォォンッ!!!!」

 

「っぐ…!」

 

質量すら感じる程の雷光の衝撃波は、大剣越しにいる狩人の体を激しく押し飛ばす。

地面に突き立て盾とした大剣の端から視線だけで横を覗けば、アンタルは上手く回避していたようだった。

となれば当然、獣は自身の攻撃で弱った方を狙う。

 

「フルルルッ…」

 

どこから吐いているのか、狩人の耳に喉を震わせるような吐息の音が聞こえる。

単なる衝撃波と獣の爪牙では、後者の方が脅威的だ。

特にこのパールを含めた強敵が相手なら顕著だろう。

それが今振るわれようとしていたのだが、ここで横槍が入る。

 

「────…っあ、ありがとうございます…」

 

礼の言葉が向けられた先は、黒フードの狩人。

アンタルは両手に構えたウォーピックを振り上げ、パールの攻撃を真横からやや上へ叩き上げて見せた。

力任せな一撃ではあるが、何より助かったのは常に視界内に存在する事で、狩人が無駄な回避や攻撃をする前に補助が視認出来た事だ。

 

狩人はこの夜で二度目の共闘に、内心途轍も無い安心感を抱いていた。

────その両方が腕利きで、且つ歴戦の狩人とのものな辺り、何時か物足りなさを感じる場面が来ても可笑しくは無いが。

 

「グゥゥッ!?」

 

続くアンタルの猛攻の最中、狩人が輸血液を使い回復に注力している間に、パールが体勢を崩す。

頭への攻撃が重なったからというのもあるが、どうやら脚へのダメージが思いの外蓄積していたらしい。

そこへ二人の攻撃が畳み掛けられる。

 

「やぁっ!」

 

振り下ろされた大剣が頭へと激突し、ウォーピックが揺れた頭を横殴りにする。

パールは強敵だ、強敵の筈だ。

おまけに初戦だと言うのに狩人は余裕を持って相手をしており、その顔に恐れは見えない。

どこか慣れた動きは、まるで一度────いや、一度や二度では済まない程に、このパールと戦っているような。

 

「ギャアァァァッッッ!!」

 

えも言われぬ感覚に流されながら武器を振るう狩人の顔面を、パールの咆哮に震わされた大気が叩く。

咆哮の後一拍を置いて振るわれた爪を今まで通りに躱して見せれば、次に狩人を襲ったのは爪から放たれたような軌道をした雷光だった。

地面を這うそれは最早飛び道具と言える攻撃で、振るった爪に見合うだけの速度を持ち合わせている。

必死の思いで避けたそれは、残念な事に次に振るわれた爪にも追従していた。

 

「くっ…このっ…!」

 

それ故なかなか次の攻撃に移れない狩人は、ちらと見やったアンタルの動きに活を見出す。

攻撃を潜り抜けるようなその動きは、だが地面を転がり這いずり回る訳では無い。

体勢を整える為に最低限の後退を、弾幕を避ける為に左右への展開を。

そして獲物へ近付く為に、被弾の恐れなど度外視した前進を。

 

狩人の業の一つであるが、今まで狩人が使った事の無い業。

所謂"ステップ"を踏んで、アンタルはパールの間合いから離れずに立ち回っていた。

動き自体は今までに何度か目にしている。

ガスコイン神父、古狩人ヘンリック、名も知らぬ狩人達。

だが強大な獣相手にこうも効果的だとは思いもよらなかった筈だ。

 

「おぉ…」

 

感嘆の息と共に狩人の中に渦巻くのは、夢の狩人特有の強い好奇心。

"試したい"と、謎や未知があるなら思ってしまうのが狩人の性というものだ。

しかしあの動きは獲物を決して視界から外す事無く、且つ体の向きを常に獲物へと向けなければならない。

そうでなくては戦いが破綻してしまう。

 

「…なるほど、これですか」

 

狩人の目に移るのはアンタルとパール、そして今もパールの体の中心に留まる光球だった。

戦いに於いてだけでなく、常に狩人を導き救けた光球は、狩人が焦点を合わせた獣の方へと体の向きすら変えて見せる。

つまりはそれこそ、アンタルが用いる歩法の肝なのだろう。

 

出来る限り死を遠ざけるという生物的な箍すら外れてしまった狩人は、好奇心のままパールの爪の通過点へと飛び込む。

片脚に込めた力を前への推進力として、もう片脚はブレーキなどには使わず、方向転換と更なる推進力へ。

後退などまるで考えていない前進は、見事パールの攻撃を通り抜けて見せた。

 

新たな業を身に付けた狩人の攻撃は更に激化する。

頭を狙うのは殆どアンタルに任せ、狩人は四肢を斬り付け転倒を狙う。

懐に潜り込んだ敵を弾き出そうと放たれる衝撃波も、先程覚えたばかりのステップで素早く後退し難を逃れる。

驕る事無く、だが休む暇も無く与えられる攻撃は、やがて────

 

「っ…今!」

 

パールが体勢を崩した事で、完全に狩人達の有利となった。

ただ口をついて出た呟きでは無く、もう一人の仲間の為に上げた掛け声は、二人の攻撃のタイミングを合致させる。

狙うは頭だ。

脚へ飛び乗り、背を駆け上がり。

そうして跳躍した先は、大きな頭蓋の真上。

 

「やぁぁっ!」

 

狩人が着地する直前、アンタルは両手に構えたウォーピックをパールの頭へ振り下ろす。

叩き付けられたウォーピックはその威力とパールの頭蓋の硬度によって小さく火花を上げた。

そして火花が消える程の時間すら経たずに、狩人の大剣がウォーピックを上から叩いた。

 

ウォーピックが上げた火花を、更に大きく激しい火花が塗り潰した。

何かに罅が入るような音と共に二人の得物が沈み、そして砕ける音が響く。

互いの武器が保たなかった訳では無く、むしろその強度は目を見張るものがあるだろう。

砕けたのは、パールの頭蓋骨だった。

 

「はっ…はぁっ…」

 

頭蓋が破砕した直後に着地した狩人の脚は子鹿のように震えている。

今まで戦った強敵と比べればかなり短い戦いで、初戦での勝利はエミーリアとパールの二体だけだ。

狩人の疲労の理由は、慣れない業を思い付きで実践した事によるもの。

或いはそれにすら既知を感じる事に気分が悪くなったのかも知れない。

 

「わっ…な、何ですか…?」

 

狩人の頭に、狩人のものより二周り以上大きな手が乗せられる。

遠慮など感じられない手付きは、だが汗で少しばかりしっとりと纏まった柔らかい髪を、まるで労るように優しく撫でていた。

帽子に阻まれる事が無かったのは、アメンドーズとの戦いで落としたまま拾っていなかっただろう。

 

"何かと帽子を失くしているな"などと考えつつも、困惑を隠す事無く狩人は撫でられ続ける。

パールの体が消滅しきった所で酷く懐かしそうに白雪の髪を撫でていた手は離され、アンタルの体も少しずつ透けて行く。

 

「え、あれ…え?待って────」

 

狩人が制止の声を掛ける間も無く、アンタルの体は掻き消える。

後に残ったのは静寂と、ぽつんと一人取り残される狩人だけ。

"自分の事を知っていた"

確定した情報など何も無いが、確信出来る手付きと態度だった。

ただ鉄仮面の奥に隠れた優し気な瞳が、一瞬垣間見えたような。

そんな気がしただけなのだが。

 

気を取り直して、という訳でも無いが、狩人はパールを倒した事で現れた灯りを灯す。

アメンドーズ戦以前の狩人であればかなり苦戦を強いられたであろう敵だったが、今回はアンタルの存在もあり消耗は少ない。

夢に戻らず、この先をもう少し探索するのもありだろう。

好奇心優先となった狩人の心中には、慢心と言うには事実として強く、自信と言うには増長したものがあった。

 

「僕、強くなってる…!」

 

ヒントを貰わなければ躱せなかった攻撃もある、時間を稼いで貰えなければ出来なかった回復もある。

とは言え、狩人としての技量が高まっているのもまた事実。

褒める者も咎める者もこの場にはいないが、アンタルから声の無い叱責が飛んだような気がした。

 

大扉に手を掛け力を込めれば、軋む音を上げながら少しずつ開いて行く。

向こう側に広がっていたのは、少しばかり雰囲気こそ違うものの、見覚えのある景色。

違いの理由は間違い無く空だろう。

狩人がこの街に足を踏み入れた時は、まだ空は赤かった。

 

「旧市街…?」

 

獣の街、旧市街。

良い思い出があるとは言えない街だが、帰ろうかと思案する狩人に反して、光球は只管に前へと狩人を導いていた。

"先程の獣のように、何かあるのか"

そんな一念の元に着いて行けば、そこは上層へと登る梯子だ。

登って更に先、上へと伸びる梯子へと光球は狩人を引く。

 

「…でも、この上って…」

 

狩人の脳裏に蘇るのは、梯子の上にあるであろう重機関砲を乱射する男。

遠目には狩人装束に良く似たものを着ていたように見えたが、やはり彼も狩人なのだろう。

これを登れば敵対は避けられない筈だが、或いは。

 

渋々と登り始めた狩人が最上へと手を掛ければ、音に反応してか男が振り返り、梯子の方を向く。

驚愕の表情を浮かべる男は、警戒こそすれ敵対はしない。

そもそも敵対しないという事に疑問を抱いている狩人に、男は声を掛けた。

 

「…貴公、どこから入って来た」

「えっ?あ、えっとぉ…」

 

その声と態度に、男は驚愕の表情を複雑そうなものに変える。

しどろもどろの狩人が素直にヤハグルから来たと言えないのは、偏に不法侵入がバレればまたガトリングでミンチにされてしまうと考えているからだろう。

ガトリングを撃つのは射角的に不可能であり、旧市街にいる時点でどこから入ろうが不法侵入には変わりないという事には目を瞑るとして。

 

「まだ子供ではないか…」

「えっ?」

「……いや、こちらの話だ。この街に何用だ?上は兎も角として、下の住人…獣達はここを出るような事は出来んが、狩るつもりなら────」

「あ、い、いえ!ちょっと迷い込んじゃっただけで…獣を狩るとか、そういうのは…」

「…そうか、ならば良い」

 

どこか安心したような雰囲気は、狩人が子供だからだろうか。

獣と化した者共を守り、それらを狩る者を害する。

そんな生き方をする彼には、子を殺すなど苦痛でしか無いの筈だ。

 

「私もかつては狩人だったのだ。貴公のように、夢を見ていた」

「狩人の夢…ですか?」

「あぁ…一先ず安心したよ。狩人狩りなど忌まわしい…それも子供を手に掛けるなど、とても出来たものでは無いからな」

 

"自分の事を覚えていない"

狩人からすればそうとしか思えないのだが、デュラからすれば完全に初対面なのだ。

ここに来た当初、狩人は帽子を被っていた。

今はそれが外れているばかりか、装束は処刑隊のものに変わっている。

おまけに上からガトリングを乱射していれば、下からの声など聞こえよう筈も無い。

 

「これを渡しておこう」

「…狩人証?」

 

そう言って手渡されたのは、"火薬の狩人証"。

工房の異端、火力を信奉する者達の考案した武器を、これで水盆から購入出来るだろう。

狩人には少々合わない武器の集まりとも言えるが、そこは浪漫が埋めてくれる。

火力狂いの彼らなら、きっとそう言うのだろう。

 

「あぁ、後輩への餞別だ。私にはもう必要の無いものだからな」

 

『餞別さ。それに、もう必要ないものなんでね』

 

「あ…」

 

彼女も、夢の狩人だったのだろう。

今でこそ目の前の男が言うように、忌まわしい狩人狩りを生業としているが。

目覚めをやり直す徴を不要と言って渡したのは、もう夢を見ないからだろうか。

 

「…さぁ、もう行くと良い」

「は、はい…ありがとうございました」

 

礼を言って男に背を向け梯子へ向かう狩人に、背後から声が掛かる。

一種の忠告、或いは警句か。

 

「一つ、覚えておいてくれ」

「はい?」

「…貴公は獣など狩っていない。あれは…やはり人だよ」

 

『知ってるかい?人は皆、獣なんだぜ…』

 

真逆なようで似通った、二つの言葉。

そのどちらもが、今まで自分の為に殺し続けた狩人を責めているような気がして。

狩人は返事もしないまま、梯子を降りて行った。

 

「…すまないな。狩人である前に、子供だと言うのに」

 

梯子を降りて直ぐ、狩人はパールの灯りを目指す。

道中で獣が襲い掛かって来るが、決して手は出さずただ逃げるだけ。

行きもそうだったが、帰りは約束があるのだ。

またガトリングを向けられては堪らない。

それ以上に、狩人は戦いに身を置ける程心に余裕が無かった。

 

 

 

何とか夢へと戻った狩人は、一呼吸置いてまた墓標へと向かう。

導かれるままに、というだけで無く。

確りとした足取りで向かうのは、禁域へ入る墓標だ。

トラウマの塊、狩人の心に罅を入れた獣はもういない。

それでもどこか忌避感があった場所だが、狩人は旧市街の男"デュラ"とあの"身を窶した男"の言葉を思い返していた。

 

今まで殺したのが人だったのか、獣だったのか。

"獣は人だ"と語ったのは、人だった。

"人は獣だ"と語ったのは、獣だった。

どちらの主張も、狩人にとっては真実に思えた。

胸を張って自身の行いを狩りと呼ぶ事は出来ないが、振り切って殺しだと宣言する事もまた、狩人には荷が勝ち過ぎる。

 

曖昧なまま答えは出せていないが、それでも進まずにはいられない。

ただの自己満足、行き過ぎた自己肯定なのかも知れない。

それでも、ここで諦めて夜を生きる道を歩めば。

この夜を逃れる為に殺した命に、申し訳が立たないだろう。

 

「…これも、我儘かな」

 

肩に感じる重圧は、確かに枷となっている。

降ろす事など、狩人には到底出来はしない。

 

「人形さん」

 

そう言って手を伸ばせば、その先を言わずとも強化の儀式が始まる。

"段々と体が軽くなっているのも、遺志を力にする事の恩恵なのだろうか"

そんな狩人の思考が果たして真実なのか、或いは全く別の答えが存在するのか。

自身の肉体だと言うのに何も理解が及ばない事に歯噛みしながらも、狩人は人形に礼を言って夢を後にした。

 

 

 

禁域の森。

狩人は数刻ぶりに、その入口へと立っていた。

灯りの傍の建物へ入れば、そこには変わらず連盟の長ヴァルトールがいる。

 

「あ、ヴァルトールさん」

「…おや、お前か。どうやらカレルを刻んだようだな」

「はい!これで僕も…」

「あぁ、連盟の一員だ。これからはお前に、連盟の狩人達が力を貸すだろう…虫を潰す事も、忘れぬように」

「勿論です!」

 

精一杯の空元気を込めた返事をして、狩人は奥のエレベーターに乗る。

降りた先に広がるのは、深く暗く、そして何より不気味な森。

一歩も踏み入れていない今でさえその広さが理解出来る様相をしているが、進む足は衰えない。

 

蛇人間をやり過ごした狩人が坂を降りれば、そこには道が二つ見える。

一つはこのまま真っ直ぐ進んで行く道、そしてもう一つは道とすら呼べない崖際だ。

幸いにしてそれ程の高さは無く、また落ちた先にも道がある事から抜け出せなくなるような事も無いだろう。

何故これが道になるかと言えば、それは左に見える建物が理由だ。

 

身を窶した男と戦ったあの風車小屋、その真下へと繋がる道が見えているのだ。

"ひょっとすれば下階にあったエレベーターは、あの道の先と繋がっているのでは無いか"

縦にも横にも複雑なのはこのヤーナムの特性だろう。

それが当て嵌るなら、きっとそうに違いない。

 

「いっ…たたた」

 

着地を誤ったか、背負った重武器が仇となったか、その両方か。

落下して行った狩人は挫いた足を庇いながら輸血液を注入し、慣れた辺りで歩き始める。

まず狩人の目に入ったのは、幻想的な光景だった。

 

「綺麗…」

 

大きな水溜まりの上を、幾匹ものホタルが光を放って飛んでいる。

暗澹の雰囲気を纏ったこの森に心が洗われるような場所があるとは思ってもみなかったのだろう。

狩人は久方振りにその瞳を輝かせ、その歩みは揺蕩う気分のまま風景を楽しむように、緩やかなものになっていた。

 

ふと横を向けば、建物へと伸びるものの他にも、もう一つ道が見える。

奥には間違い無く狩人のトラウマの一つとなっている影が見えるが、今は後回しとしてホタルの群れを刺激しないよう静かに進んで行く。

 

遅々とし始めた歩みでようやく辿り着いた建物の真下にいたのは、見覚えのある姿。

ヨセフカの診療所で見た宇宙人のような生物が、そこにいた。

 

「うげぇっ」

 

一転気味の悪そうな声を上げながらも、狩人は武器を構えて突貫して行く。

速度をまるで落とさず振るわれた直剣は謎の生物"星界からの使者"の胴を深く斬り裂き、返す刃が首を断ち切る。

不気味な手応えに不快感を隠す事無く剣を払い、狩人は目の前に見えるエレベーターに乗り込んだ。

 

辿り着いた先は当然風車小屋の中。

ショートカットがあるという事は、そこからゴールへと続く道が繋がっているという事でもある。

狩人がこのヤーナムで学んだ一種の法則は、確かにこの禁域の森にも当て嵌っていた。

 

とは言え、本番はここからだろう。

狩人がこの禁域に立ち入ったのは、奥地にあると言うビルゲンワースなる学舎を目指していたからだ。

まだ狩人はその前座すら越えておらず、つい先程ようやく足を踏み入れたばかり。

今し方乗って来た事で開通したエレベーターにもう一度乗り込み、狩人は森の最奥を目指して歩き始める。

 

「うわぁ…またいる…」

 

エレベーター前の道を通る折に下った坂を再び上り、狩人は星界からの使者の群れを見付けた。

先ず見えたのは二体、そしてその後に現れた一体の頭には────

 

「き、気持ち悪っ…!」

 

何やら無数の触手が生えており、一本一本が意志を持ったようにうねうねと蠢いていた。

うら若き乙女には到底許容し難い姿であるが、あくまでそれは受け取る側が常人であった時の話。

既に一般や平凡と言ったものからはかけ離れてしまった狩人は、その武器を平に構え走り出した。

 

先手を取ったのは狩人だ。

障害となる一体を刺し殺し、流れ作業のように触手の生えた個体へと走り寄る。

それが手に白い光を纏った瞬間、狩人は前へとステップを踏んだ。

光弾だろうか、攻撃に見えたそれを躱した狩人は、勢いそのままに直剣を突き込む。

 

「これで、二つ…!」

 

三つ目、三体目が両腕を狩人に振るった時点で、既にその姿は掻き消えている。

背後に回った狩人が二度振るった直剣は、致命となって星界からの使者を斬り裂いた。

 

触手の個体がいた辺りに、一つ小さな鉄板が落ちていた。

左回りの風車のような見た目をしたカレル文字だ。

"風車小屋の近くだからだろうか"

などと呑気な事を考えながら、狩人は今通っている道の奥を確認する。

 

奥に見えるのはただの土壁、残念な事にこの道は行き止まりらしい。

となると残った道は、あの大きな影が鎮座する水溜まりの奥しか無い。

溜息を一つ吐いた狩人は、左手首に巻いたリボンを一撫ですると、来た道を引き返して歩き始める。

その足取りは、ホタルの群れを目にした時とはまた別の理由で、遅々としたものになっていた。




少女狩人
名前:不明 性別:女性 年頃:若年(詳細不明)
過去:過酷な運命 カレル獣獣淀
レベル 42
 体力 10
持久力 12
 筋力 20
 技量 15
 血質  5
 神秘 30



左回りの変態

カレル文字の一つ、効果は刻んだ者の持久力を高めるというもの。
二種一対で作られた内の片割れであり、もう一方は生命力を高めてくれる。

名前の由来は当然種の進化の一つである変態であり、異常嗜好や異常性癖を持つ者を揶揄する言葉では無い。
身に付けた者がそうなる訳でも、決して無いのだ。

尤も、持久力を高めた上で変態的な軌道を見せる狩人もいそうなものだが。
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