少女の微睡、月香の夜。   作:かなしいな

30 / 39
狩人、悪夢を跨ぐ。



※第三十話、いよいよ佳境(?)です。


狩人の崩壊、光無き道。

狩人はろくな休憩も取らず、道行の邪魔となる罹患者だけを突き殺し、蘇る前にその場を去る。

望まぬ狩りに心を痛め、望まぬ殺人で狂気に堕ちながら。

途中で輸血液の補充もあったが、元より狩人の貧弱な体では一撃が致命となる事が大半だ。

今までも使う機会はそう無かったが、これからも同じように拾った分だけ倉庫の肥やしとなるのだろう。

 

奥にあった扉を開ければ、そこには薄暗い空間が広がっている。

見覚えのあるその場所は、ヤハグル教会。

以前パールと戦う際に用いた灯りは、何故か破損しており使い物にはならない。

その代わりとでも言わんばかりに置かれたのが、先程の灯りなのだろう。

壊れ落ちた灯りを持ち上げて台に刺し、何とか灯せないかと四苦八苦していた狩人も、暫くすると諦めて周囲を見回し始めた。

 

出口らしきものが奥に見える────が、その道を阻む者が二人。

薄暗い視界では細部までの確認は出来ないが、その装いからして恐らく狩人だろう。

そう当たりを付けて、狩人は直剣を準備する。

思えばこの得物は禁域の森に入る以前から持っていたものだ、時間だけで言えばそう長く使った訳では無いが、その分密度は凄まじい。

扱い方からして、そろそろ整備の必要がある。

導きめ、ここまで助力しておきながら何故狩人の夢では消極的なのだ。

 

"友好的な人間かも知れない"

そんな一念があるのか、狩人は武器を携えつつも短銃を向け発砲する事は無く、ただ階段を歩いて降りて行くだけだ。

だがそんな甘い考えが通る筈も無い。

もう片側の階段から勢い良く飛び出して来た影は、右手に仕込み杖を、もう片手に火炎放射器を携えている。

明らかに同業、そして血に酔った狩人だった。

 

『申し訳ございません、血に酔い我を忘れてしまった狩人様方に、介錯を行う方々の通称という事しか…』

 

『狩人の業さ。今のあんたに相応しいが、あんたが背負うようなもんでも無い。拾うも捨てるも好きにしな』

 

「狩人狩り…」

 

久方振りの一声は宣言にも似た一言、或いは誓約か。

その言葉と共に、狩人は目の前の影の懐へ飛び込み、火炎放射器を蹴り飛ばす。

今まで狩人が何度か見せた戦法として"密着してしまう程に近付く事で、互いのリーチの差を逆手に取った攻撃を行う"というものがある。

火炎放射器を至近距離で撃たれれば退く以外に無いのだから、敢えて近付き無力化を謀るのは蛮勇であり、英断だろう。

 

距離を詰められた仕込み杖の最も効果的な攻撃は何か。

蹴り上げられた火炎放射器を引き戻す猶予は無い、仕込み杖を変形させる猶予もまた無い、そのまま振り回すには近過ぎる。

となれば自ずと、目の前の仕込み杖持ちは突きを放つ。

 

予測通りに突き出された仕込み杖を、狩人は直剣を用いて下から跳ね除ける。

無数の刃が連なっているが故に直剣と擦れ合う事で金属音が鳴り響き、その音はどうやら他二人を誘うには充分なものだったようだ。

二つの足音に気を取られたのは狩人では無く、仕込み杖持ちだった。

 

装束の隙間から短銃の銃身を突き込み、僅かに開いていた口をこじ開ける。

真っ直ぐ向けられた銃身は直剣による防御を外すまでも無く、狙い通りの部位へと届いた。

鍛えに鍛えた鋼の体、それらを打ち崩す為に造られた法がある。

外側がどれだけ堅牢であっても、内部破壊は堪えるものだ。

 

「……一人」

 

そのまま短銃を押し込み、頭頂に向けた状態で引き金を引くと、膝を崩した仕込み杖持ちの首を直剣で跳ね飛ばす。

眉間に寄った皺は戦闘に置かれた緊張からか、それとも未だ殺す事に罪悪感を覚え、心中で謝罪を述べているのか。

少なくとも今は謝罪を口にする余裕は無いようで、真っ先に飛んで来たパイルハンマー持ちの狩人に向けて牽制の水銀弾を放った。

 

それを避けつつ跳躍し振り下ろされたパイルハンマーを上から踏み付け、狩人もまた跳躍した。

暗闇の中確かに目に映った銃槍持ちを仕留めたいのだろう。

直ぐ様銃槍を変形させようと構えた両腕に向けて、跳躍によって重量を加算された直剣が振り下ろされる。

辛くも両腕の切断とは行かず、だが左腕を奪って見せた狩人は、追撃を入れる為に直剣を背中に回す。

 

直後背後から響いた轟音、聞き覚えのある音に危機感を覚えた狩人が大剣を背負い投げるように前へ振り下ろせば、その過程で大剣の腹を掠めた"砲弾"が銃槍持ちの足下で爆発を起こす。

砲弾と石畳の破片を全身に受けながらも、爆風を振り払うように、狩人の大剣が猛威を振るった。

左脚を吹き飛ばされた事で今にも倒れる所だった銃槍持ちがそれを躱せる筈も無く、左脇腹から右肩までを斬り裂かれた事によって切断された内臓を零しながら絶命する。

 

「…二人」

 

がこん、と砲弾を仕込む音が聞こえる。

音を聞いた狩人の体が強張り、大剣を盾に横へ走るが、砲撃音はやって来ない。

代わりに狩人を襲ったのは、走った先に回り込みつつ振るわれたパイルハンマーだった。

態と膝を折り体勢を低くする事で躱した狩人は、直剣を刃から分離させながら斜めに振るう。

下から昇る刃を僅かな後退で回避しきる辺り、このパイルハンマー持ちも相当なやり手だったのだろう。

 

尤も今回ばかりは狩人が上を行った訳だが。

ただ直剣を振るった訳でなく、狩人はそれに合わせるように左手で鞘を掴み振り上げた。

変形機構である鞘口に手を入れて無理やり振るった事で指は傷付いているが、その程度で止まる狩人では無い。

そうして虚を衝かれたパイルハンマー持ちは体の前面を浅く斬り裂かれ、返す刃で振るわれた直剣によって命を絶たれた。

 

「三人」

 

やっと収まった場で狩人は輸血液を注入し、やはり休息と言えるものを取ろうとはしない。

返り血で熱に浮くような心地の体を、状況整理をする事で落ち着けると、狩人は三人の死体を見やる。

死体は三つ共が消滅し、その後には百足のような虫が三匹落ちているだけだった。

 

人の淀みに巣食う虫、連盟の誓約とはこれを潰す使命。

三匹の虫を何の感慨も無く踏み潰した狩人は、探索を再開した。

ここまで来れば無理に引く必要は無いと判断したのか、導きはその光を弱める。

教会を出た狩人がまず進んだのが左な時点で、もう少し手を引いてやるべきだったとは思うが。

 

冒涜的な宝箱が練り歩く道を、狩人は音を立てずに走って行く。

途中に見付けた血石の塊を懐に入れつつも拾った際に現れた異形をすり抜けると、狩人を待っていたのは行き止まりだった。

追って来た宝箱達を掻い潜り、今度は反対側を目指して進む。

 

途中に道を阻むようなものは殆どおらず、敵の大半が銃や火炎瓶で狩人を狙うだけ。

狩人ならただ走っているだけでもそれら全てを回避出来る。

そうして辿り着いたのは、何処か重たい雰囲気を感じさせる広場だった。

ほんの少し頭を上げるだけで視界に入る赤い月が、狩人の心に荒波を立てる。

左右にある建物の二階部分には赤いフードを被った者共が鳴らす不気味な鐘の音が、それに拍車を掛けていた。

 

数秒の後、荒波がしんと止む。

理由は明白、月が隠れたからだ。

雲よりも近い所にある赤い月に黒い霧が掛かり、月全体が覆われてしまう。

ヤハグルの儀式、その全貌が今狩人の瞳に映された。

 

汚臭を放つ黄土色の液体が、黒靄の月から降って地を汚す。

次に靄から顔を出したのは液体では無く、異形の骨格だった。

────いや、それは骨格ですら無い。

骨格という体を成しただけの、死体の継ぎ接ぎだ。

人間の死体だけでは無い事は明白だが、少なくとも大部分に見える意匠は人型の手足をしている。

 

やがてそれは靄から体全体を出し、液体諸共地面に落下した。

両腕、もしくは前足であろう部位で地面を踏み締め、頭となる部分であろう一つの人型を天へと持ち上げる。

"再誕者"、秘匿が続けばそれはそれは神々しく映ったであろう冒涜の権化が、今狩人の敵となって現れた。

 

再誕者の巨体に呆気に取られた狩人は、大きな風切り音を耳にした事でその場から飛び退く。

直後に目の前を蹂躙して行ったのは、巨体を支えていた筈の右前脚だ。

あの巨体をして、前脚を振り回せるだけのパワーがあるという事だ。

一撃受ければ致命的、あの液体も地面に降りかかり煙を上げている辺り、触れれば間違い無くダメージを受ける。

 

効果的な攻撃方法をなかなか思い付けないでいる狩人に向かって、援護射撃とでも言うのか、鐘を鳴らしていた赤フード達が攻撃を始めた。

降り注ぐ光弾を避けるべく建物のへりの下へ入る狩人は、周囲を見渡すうちに再誕者の向こう側に上り階段を見付ける。

対角線上に見えるそれは、狩人が今いる左側の建物にも備わっているのだろう。

 

やっと次の一手が浮かんだ狩人は、へりの下を真っ直ぐ走って行く。

させまいと横槍に入って来たのは、これまた再誕者の右前脚だ。

一度薙ぎ払われたそれが、柱の幾つかを破壊しながら狩人を潰さんと戻って来ていた。

 

掠めた時点で勝敗が決まるその一撃を、狩人は壁を蹴り登る事で飛び越える。

破壊の一撃は躱された事に気付かぬまま狩人のいる位置を通り過ぎて行き、体勢が崩れない範囲で引き戻された。

仕留めたと勘違いしたのか、それとも見失ったのか。

狩人を追うのを諦めた再誕者を他所に階段を駆け上がる狩人は、二階に辿り着いた瞬間に直剣を構え、やや傾いた姿勢から脚のバネだけを使って突きを放つ。

 

目の前にいる赤フードは一足で放たれた突きに気付かず、首に風穴を開けられ死に至る。

音を立てずに死体を転がそうと勢いを緩めた隙を狙ってか、再誕者の前脚が狩人のいる通路に向かって振り下ろされた。

咄嗟に避けたは良いが柱も通路も瓦礫の山だ、これでは階段に戻る事すら出来ない。

だが混乱や恐怖も無く、狩人は次の赤フードへと突貫して行った。

 

調子を落とさず三人を殺した所で、こちら側は終いらしい。

ならば向こう側の奴らも殺そうかと橋を渡り始めた狩人の足場が、強烈な震動に襲われる。

直後に先ほどまで狩人がいた足場の側から、橋が崩落を始めた。

否、それはただの崩落では無く、再誕者の攻撃なのだろう。

 

橋を支える片側が崩落した事もあり、今狩人がいる場も走った罅のままに崩れて行く。

狩人の俊足を持ってして命からがら、崩落寸前までに体力を消費して何とか走りきったが、そこに再誕者の追撃が行われる。

空間にぽかりと空いた暗い穴から落ちた汚泥を、大きな足で掬って投げ寄越したのだ。

 

突然の投擲攻撃に、だが怯む事は無く躱しながらこちら側にもいた赤フード達に刃を向け、その全てを殺しきる。

ようやく一対一の状況へと持ち込んだが、彼我の戦力差はそう変わったものでは無いだろう。

狩人の視点からすれば、赤フード達が再誕者にどんな利点を齎していたのかわからないからだ。

 

強大な敵を相手にして、弱点もわからないのでは話にならない。

"恐らくはここだ"と当たりを付けているのは、頭部らしき部位にある人型。

まずはあの頭を地に下ろしてやる必要がある。

そうと決まれば、狩人の行動は速かった。

 

暫くその場に留まっていれば、再び再誕者の攻撃が行われる。

先程も足場を崩落させていた、前足による攻撃。

狩人はそれを最小限の移動で躱し、足に乗り上げた。

乗り上げた足に刃を突き立てながら走り、武器が通る肉と通らない肉を確認する。

複数の肉が継ぎ接ぎになっている肉体は部位ごとに性質が変わるだろうが、一部位にどの程度弱点があるかを把握出来るなら儲けものだろう。

 

そうして肩口まで走ると、次は背中へと跳び移る。

頭を目指すかと一瞬考えたものの、振り落とされれば落下によるダメージとその隙に行われる攻撃で死は免れない。

ならば堅実にタイミングを見計らうべきだ。

狩人は継がれた骨の間を突き、接がれた肉の筋を斬る。

数度それを繰り返した所で、大きな肉が一つ剥がれた。

 

関節部への攻撃が、ひいては部位破壊になるのだ。

それを見た瞬間、狩人は背中から腰にかけてを斬り刻みながら転げ落ちるように駆けて行く。

削いで、削いで、殺いで。

足下まで駆けた頃には、抱えようと思っても持ちきれない程の肉片が、地面に埃を散らしていた。

 

そして上体が不安定になり始めた所で、狩人は降りて来た時よりも緩やかになった背中を駆け上がりながら、再び肉を削ぐ。

辿り着いた項で数回斬撃を振るえば、持ち上がっていた両腕が肩の肉を失った事によって落ちて行った。

狩人がここまでして狙う部位と言ったら、一つしか無いだろう。

揺れも少なくなり存外確かになった足場を踏み締め、狩人は腰に溜めた突きを全力で繰り出した。

 

弱点を突かれたからか、今までに無い抵抗を見せる再誕者は、だが肉を削ぎ落とされた事によっていまいち力を出しきれない。

抉りながらも刃を突き進めれば、その切っ先が人型の反対側から飛び出て来る。

傷や汚れ、ドス黒い血も気にせずに、狩人はその切っ先をぎゅうと握り締める。

 

「ふっ…ぐ…!」

 

一息入れたと思えば、次の瞬間狩人は全力で直剣を引っ張り始めた。

柄の側ならまだしも、刃を掴んでいる方は鮮血がドス黒い血に混ざり、潰れた肉も再誕者のものと混じってミンチになっている。

それでも力を緩めず引き続ける狩人の両腕に伝わる感覚が、唐突に軽くなった。

"あと少し"と、更に引く力を強めれば、人型はまるで根菜の収穫のようにすっぽりと抜けてしまった。

 

弱点であり核を失ったからか、再誕者の莫迦げた大きさをした図体が崩れ、潰れて行く。

その上に立っている狩人は言わずもがな、肉の瓦礫に埋もれながら落下して行った。

土埃が肉塊を覆い隠し、最早その場に何があったのかも見通す事が出来なくなった頃、中心の埃が円状に散る。

 

「ぷぁ、は…」

 

何とか埃を払って呼吸しているのは、今さっき再誕者を仕留めたように見えた狩人だ。

衝撃は全て肉のクッションに殺されてしまったらしく、狩人は無事なまま。

だが狩人に遺志は宿らず、灯りも現れない。

答えは未だに消えぬ肉片と、狩人が握り締める直剣に刺さったままの人型だった。

 

狩人がその人型から剣を抜き、主要な部位に何度か刃を突き立てれば、芯を失くしたかのような人型がぐでりと肉塊と同じような姿を見せる。

遅れるようにして狩人に流れ込んだ遺志が答え合わせとなったのか、これで狩人はようやく勝利を収めた事となったらしい。

狩人は現れた灯りを灯し、息の一つも入れぬままに転送されて行った。

 

 

 

夢へと戻ってまず行うのは肉体の強化、なのだが。

 

「狩人様」

「…なんですか?」

 

既に遺志を変換し終えたその手が、狩人に迫る。

何を思ったのか、人形は狩人が右腕に纏っている袖口を掴み、そのまま動きを止めてしまった。

 

「人形さん、動けません」

 

本当に人形の"愛について"という質問にあたふたと身振り手振りを変え顔の色を変え、必死に説明していた少女と同一人物なのか、と疑ってしまう程に平坦な声。

心や感情を失ってしまったという訳では無いのだろうが、度重なる絶望が狩人の心の声を極端に小さくしてしまっていた。

 

「動かさせるつもりは、ありません」

「狩りに行けません」

「"もう狩りなんてしたくない"と仰ったのは、貴女です」

 

確かに言っていた。

摩耗し、薄れた少女の自意識が、あの時確かに悲鳴を上げた。

だがそれすらも捩じ伏せる欺瞞の糸が、あの亡霊共が狩人を動かしたのだ。

 

「でも、行きます」

「…ならせめて、約束をしてください」

 

袖を掴む力が、ほんの少し緩む。

だが条件を出してまでのそれを破る程、狩人は導きの奴隷になっていなかった。

 

「せめて、最後はここに戻ってください。夜明けを求めて構いません、そのまま朝日を臨んで構いません。ですから、せめて…この夜の終わりには、私の隣にいてください」

「…います」

 

あまりにも適当な、適当な答えだった。

その答えに満足したのか、それとも狩人がそう答える以外の選択を持てない事に気付いたのか、人形は狩人を放す。

少し足早に歩いた狩人は、墓標からオドン教会へと転送された。

 

 

 

転送が終わって直ぐ、狩人は老婆の所在について赤ローブに問い掛ける。

今戻っていないのは一目でわかるが、一度戻って来ていないとも限らない。

そんな淡い希望は、底無しの絶望に塗り替えられた。

 

「狩人さん、狩人さん…そこの広場で、お婆さんは殺されちまったんだ…」

「────…は?」

「この場所は安全だったのに、お婆さんはどうして…」

「…あぁ、うん…」

 

そう言うと、狩人は広場の方へと歩いて行った。

自身の目で確認するまでは、確証が持てないのだろう。

哀れだが、その性分故に心の傷を増やす事となる。

 

広場の端、軽く崩落したそこに、老婆の体は倒れていた。

膝を着いて近くで確認しても、したからこそ、"老婆の死"がありありと伝わって来る。

短時間で複数人の死を経験した狩人の心は、最早立て直しが効く状態では無い。

 

「あは、はは」

 

"自分のために"、"自分のせいだ"

そんな自責の念は、いとも容易く狩人の許容限界を超えた。

零れ出た笑い声は老婆へ向けたものでは無く、自分に、世界に向けたようなもの。

きっと理解が及ばなかったのだろう。

不条理しか無いこの世界に、存在意義はあるのかと。

 

「…今更、止まれない」

 

立ち直った訳では無いが、狩人はゆっくりと立ち上がり、歩き始める。

灯りを使って夢へ、そして再誕の場へと転送されて行く。

その様は人が歩いているようには見えず、そう。

操り人形が歩かされているような様だった。

 

 

 

転送されて直ぐ、狩人は奥に見える建物の内部へと足を進めた。

歩みを止めて休む理由なら幾らでも浮かぶが、狩人はそれを良しとしないらしい。

それが狩人自身の考えなのか、或いはあの光球めが盲目な英雄の再誕を望んでいるのか。

答えが出るまで、わかりはしないだろう。

 

一度建物へと足を踏み入れれば、否が応でもその異常性を理解する。

上り階段の左右にずらりと並べられた人、人、人────

そのどれもが檻のような被り物をしており、椅子に座っている。

鼠が前を横切るだけで失神するのでは無いかという程に臆病者な狩人は、常ならばこの状況に震えを抑える事が出来ていなかっただろう。

だが今の狩人の感情は極限まで弱まっており、証拠に狩人の顔は恐怖の一つすらも浮かんでいなかった。

 

やがて階段を上り終えた所に、狩人は一つのミイラを見る。

そうおかしい所がある訳でも無い、左右に並べられた者共と似たようなミイラだ。

しかし、これがただのミイラで無い事は、狩人も光球によって理解していた。

────と言うよりも、"光球が反応しているから"と思考を諦めているようだ。

 

狩人は光球の導きに従って、そのミイラに手を伸ばす。

ちょうど胸の辺りに手が触れた所で、狩人の体を謎の光が包み始めた。

それはまるで、夢に帰る時のような、夢からヤーナムに戻る時のような光。

嫌な予感は封じ込め、狩人は大人しく光に呑まれて行った。

 

 

 

目覚めた場所は、暗い部屋。

だが狩人は怯えも驚きもしない。

感情の強さ云々では無く、一度訪れた場所だからだ。

造りも、匂いも、雰囲気も。

傍にあった灯りを灯した時点で、その全てに憶えがあった。

 

教室棟二階、アメンドーズと対峙した悪夢の辺境へと入り込む為に、前提として送られた場所。

その上階となる二階の一室へと転送された狩人は、何の感慨も無く扉を開く。

左右を見渡して目に付くのは、複数いる学徒達。

狩人は彼らを見た時点で、まともな探索を諦めていた。

 

敢えて代弁させて貰うのなら、単純に気味が悪いからだ。

悪夢の辺境に入るにあたって下階を探索した際の破廉恥な行為も、そのイメージを助長しているのだろう。

悪夢の住人とは言え、ビルゲンワースから派生したメンシスの者を変態扱いされるのは少々心苦しいが、まぁ概ね間違ってはいない。

その姿を見た瞬間に走り出し、間を縫って道を突き抜けたのも、良しとしよう。

 

走る背に向けて何度と無く撒かれる水銀のような液体を走り抜ける事で避けた狩人が次に目にしたのは、巨人とその足下にある梯子と、何やら不穏な空気を放つ扉。

"扉の方は恐らく次の戦場へと繋がるものだろう"と当たりを付けた狩人は、今ばかりは進む事より梯子を降りた先の事を優先する。

狩人の記憶が正しければ、間取りからしてその下は────

 

「オォォォッ!!」

 

炎を宿した拳を振り回す巨人の股下を潜り抜け、転がり込むように梯子の掛けられた穴へと飛び込む。

高さや落下時のダメージなどまるで気にせず飛び降りた先は、やはり見覚えの無い部屋だ。

ごちゅり、と。

狩人の左肩、ひいては左半身から音が鳴る。

 

「ヒィッ!?」

 

同時に聞こえた情けない声は、狩人の想定通り聞き覚えのあるものだった。

 

「……っ、づぅ…!」

 

体を起こし、輸血液を注入し、狩人は声の主の方へと歩み寄る。

視線の先にいるのは、つい先程まで扉に張り付いていたのであろう黒い影。

大慌てで扉から離れたようで、今足場としている机の上にあった数々の薬品や器具が、時々割れるような音を立てながら倒れてしまった。

 

「き、君は…何故…いや、まさかアメンドーズを…?」

 

青白い顔を更に青くして吐き出した問いを、狩人は首一つで肯定する。

その様子に更に気分を悪くした様子で、影は────蜘蛛男のパッチは、貼り付けたような笑みを浮かべた。

 

「あぁ、君。正しく神秘に見えたのだろうね」

「………」

「望み通り力は手に入ったかな?そうだろうそうだろう。善意とは言え試すような真似をしてすまないとは思っているが、決して損はしなかった筈だ」

「………」

「────…あぁ、まさかとは思うが…私を恨んでいるのかね?」

「とても」

 

ひゅうと息を吸った音は、間違い無くパッチのもの。

罪の意識があるかはわからないが、少なくとも目の前の少女に恨まれる事は不味い事だと感じたらしい。

だからこそ、まるでごますりをするように媚へつらい始めた。

 

「あぁ、あぁ、それは誤解というものだ。事実君はここにいる。試練を乗り越えたのだろう?ならばあの行為は…そう、ノーカウントというものだよ。そ、そうだ、君にこれを」

 

機関銃のような勢いで並べ立てられた言い訳の終わりに、蜘蛛男は一つのカレルを狩人に手渡す。

それは狩人が既に手に入れていた、"左回りの変態"だった。

だがこれは狩人が手にしているものより濃く刻まれており、僅かでも差があるのなら受け取っておいて損は無い。

 

「さ、これで話は終わりだ、狩りに戻りたまえよ。君の仕事だろう?」

 

狩人は何処か釈然としない様子で踵を返し、梯子を登って行く。

見るからに"ほっとした"様子で胸を撫で下ろす蜘蛛男は、狩人の目には終始憐れに見えていたようだ。

 

当然登った先には巨人がいるが、狩人は会話の最中にも頭上から聞こえていた足音で、その視線がが梯子の方向には無い事を悟っていたようだ。

ならばどうやって巨人の足下を潜り、追い付かれないように扉を開けるのか。

答えは一つ、以前下階で見せている。

 

「オォッ!グォォッ!」

 

股下を潜り抜け、狩人は一直線に扉へ向かって走る。

小細工の無い真っ直ぐな逃避に、巨人は追い付けない。

が、扉を開けるという行程が最後にあると言うのなら、逃げ切るのは厳しい。

故に狩人は、逃げ切れる開け方をする。

 

急いで開ける為とは言え、あまりにもはしたない方法だが、狩人は扉に向けて突進を仕掛ける。

半身をずらして行った右肩での突進は、一度目の時よりも自身の体を尊重しなくなったからか、ずっと威力が乗っている。

もし以前と同様の威力なら開いていなかったであろう扉が、僅かな隙間を開ける。

些かパワープレイが過ぎる気もするが、これも一種の生存戦略だ。

そうして狩人は、再び光に包まれた。

 

 

 

メンシスの悪夢

アメンドーズとの死闘を繰り広げた悪夢と地続きでこそ無いが、同様の空間を介して繋がる一種の閉鎖空間。

因縁、怨念、そんなものに縛られる意思や意志達がやがて降り積もる場所。

このメンシスの悪夢は、そんな"ただの悪夢"では無い。

研究と探究を行う為、上位者の叡智を授かる為に、この悪夢は成っているのだ。

 

白痴のロマ、何故か狩人を前にして儀式の秘匿を放棄した、ビルゲンワースの蜘蛛。

あの現象の答えが、どうにも導き出せない。

此度の狩人もまた、謎が謎を呼ぶ存在だ。

あの狂人────…否、敬虔な信者にして知識欲の塊である悪夢の主ならばもしや、と思ったのだが。

あれと争うのは既定路線だ、既定路線、なのだが。

 

もしも敗北を迎えたら、もしもあれの手加減が相当に巧かったら。

生きたまま捕らえられ、自害すら許されぬようになってしまったのなら。

徴がある時点で杞憂だとしても、これ程の特異な存在を、あの変態の目に晒しても良いものか。

 

そんな事は露知らず、一人の狩人がこの悪夢に乗り込む。

辺境にいた頃より時間が経っているからか、或いは悪夢の中で繋がりを見出す事こそ愚かしいのか。

空は黒く、無風の空間はやけに冷たい。

 

「……ふーっ」

 

ヤーナムも悪夢も、今夜はまた一段と冷える。

狩人の口から細く吐かれた吐息の白が、その証左か。

幼さ故の体温は、何に突き動かされているのか、熱を増している。

或いはこの無知な狩人も、夜の終わりが近い事を、本能で予感しているのだろうか。




少女狩人
名前:不明 性別:女性 年頃:若年(詳細不明)
過去:過酷な運命 カレル獣獣淀
レベル 49
 体力 10
持久力 12
 筋力 20
 技量 15
 血質  5
 神秘 37
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。