少女の微睡、月香の夜。   作:かなしいな

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狩人、聖剣を継ぐ。



※第三十五話、とても進みが遅いです。


狩人の継承、教会の汚点。

死体と、それから流れ出る血に囲まれているとは思えない程に安らかな寝息が、呻き声に変わる。

ルドウイークを下した直後、半ば気絶するように眠りに着いた狩人が、目を覚ましたらしい。

夢に送られていない事を不思議に思う狩人だったが、左腕から流れる血を見て納得する。

どうやら狩人が気絶してからそう時間は経っていないようだ。

 

狩人は周囲を見回した後輸血液を一本注入し、立ち上がろうとした所で左脚が潰れているのを思い出したのか、背後にあった灯りへと這って行く。

灯りを灯した所で夢へ帰る────訳でも無く、もう一本輸血液を注入する事で多少マシになった脚を使い何とか体を起こし、血溜まりの方へと歩き始めた。

 

よたよたと歩く狩人が足を止めた所で目の前にあったのは、先の戦いで斃して見せた元英雄の首級だった。

首から下が存在しないそれは、だがどうやってか呼吸をし、未だに命を繋いでいるらしい。

トドメを刺そうにも最後の一撃で得物は折れているらしく、血溜まりの中心には半ばから二つになった直剣が転がっている。

 

「その意匠は、カインの…いや、その瞳からして狩人なのだろう」

 

驚くべき事に、この状態でルドウイークは正気を保っているらしい。

表出する程の狂気を持ち合わせていないだけなのやも知れないが、兎に角会話が可能な事は確かだ。

互いに満身創痍、先程まで殺し合った怨敵を仕留める手段すら互いに持たない。

であれば大人しく会話に耽るのも一つの道だ。

 

「一つ、聞かせてくれ…君は光を見ているのか?或いはそう…君の手を引く導きを、宿した事があるのかね?」

「……導きとか、そういうのはわかりません」

 

狩人の返答に、ルドウイークの瞳がほんの少し翳る。

だがまるでわかりきったかのように、既に諦めていたかのように納得の色を見せると、再び口を開こうとするが。

続く狩人の言葉に閉口し、かと思えば目の色を変えて言葉を続けた。

 

「でも、光を見ていました。貴方の言う光とは違うかもしれないけど…道を示してくれる光を」

「…あぁ、あぁ…そうか、ならば良いんだ…」

 

狩人が瞬きを一つすると、先程までは無かった筈の古びた大剣が目の前に突き立てられている。

触れ得ざるものでなければならないような、それでいて目の前にいる小さな命の存在を受け入れているかのような雰囲気を放つ剣を前に、狩人はルドウイークの話に聞き入る。

 

「わかっていたんだ、きっと私は成し遂げられ無かったのだと。教会の名誉ある剣は、我ら以外にとっては名誉でも何でも無いのだと」

「………」

「だが私は、この尋常ならざる光を、欺瞞だとは思わない」

 

翳った瞳に、光が戻る。

新たな希望を見付けたかのような、妄執が晴れたかのような。

そんな瞳の中心に居座っていたのは、月光の真横に佇む小さな狩人の姿。

 

「願わくば君の見る光が、この剣に適うように…」

 

狩人がゆっくりと右腕を上げ、剣の柄を握る。

流れ込む温かさと冷たさを同時に孕む光は、何処か遺志にも似ていた。

突き立ったそれを抜き、右腕に重みが乗るが、聖剣は姿に似合わず狩人が片手で振るえる程度の重量をしている。

 

「宇宙の色を瞳に宿す狩人よ。…託しても、良いだろうか」

「…確かに、受け取りました。後はゆっくり休んでください」

「ありがとう…暫しの眠りに着くとするよ…」

 

そうしてルドウイークは瞼を閉じ。

────…やがて寝息が聞こえ始めた。

"本当に寝るのか"と生首にしては活きの良いそれを眺めつつも、自身の肉体がタイムリミットを迎える寸前だった事を思い出し、狩人は夢へと帰って行った。

 

 

 

「……ただいま」

「お帰りなさい、狩人様」

 

短いやり取りの後、特に要件も言わないままに狩人は人形の元へ近付き、人形はその手を取って遺志の変換を始める。

その最中、狩人は懐から幾つかのカレルを取り出した。

 

「刻んで貰っても良いですか?」

「はい、お任せください」

 

そう言って人形はカレル文字を受け取り、狩人を連れて工房へと入って行く。

以前刻んだカレルを秘文字の工房道具に取り付けると、椅子に座った狩人の後頭部に優しく押し当てる。

刻み込んだ時とは真逆の、何かが脳から引き剥がされるような感覚。

"形は覚えているのに、脳に刻まれていた感覚だけが消える"という妙な経験に目を白黒させつつも、狩人は静かに終わりを待った。

 

「では狩人様、どのカレルを刻むのでしょうか」

「えっ?…あぁ、数が決まってたり?」

「基本のカレルは三つまで、それが許容限界とされていました。…ですが、こちらのカレルは…」

 

そう言って人形が手に取ったのは、青い板に刻まれたカレル。

"狩り"と"淀み"、そのどちらもが人から受け取ったもの。

 

「契約のカレル。他のカレル同様、詳しい効果は私にも…お役に立てず、申し訳ありません」

「いや、そんな…契約のカレルは、幾つ刻めるんですか?」

「契約に関する制限を狩人様方から聞いた事はありませんが…恐らくは、一つかと。」

 

その通り。

通常のカレル三種と契約のカレル一種、計四種のカレルを夢の狩人は刻む事が出来る。

それぞれに利便性があり、殆どが狩りを有利に働かせる事だろう。

契約のカレルもまた、特異な効果を持つ。

狩人が真価を知る日は、遠いのやも知れないが。

 

「じゃあこの三つと、これで」

 

狩人がそう言って指を差したのは、"爪痕"と"左回りの変態"と"導き"、そして"狩り"のカレルだ。

爪痕は彼女の友人が最期に遺したものであり、導きは聖剣の担い手との死闘を乗り越え手に入れたものの片割れ。

左回りの変態は────…敢えて言うのなら、あの蜘蛛男への怒りを忘れない為か。

本人が効果を知らないのだから、そういう選び方になるのも致し方無い。

 

「…人形さん?」

 

カレルを刻み終えた事で立ち上がった狩人の目の前で、人形が膝を着く。

唐突な行動に疑問を呈するよりも先に、人形の両手が狩人の顔に触れた。

身を捩るでも、振り払うでも無く、狩人は一言疑問を零すだけ。

じっと動かず待ち続ければ、やがて人形の方から口を開いた。

 

「お戻りに、なられたのですね」

「あ…はい、その、ご心配をお掛けしたみたいで…」

 

この何度目かの夜で、人形は随分と人間味を増した。

少女との邂逅によって齎されたのであろう変化は、何よりもまず少女に向けられる。

雛鳥への刷り込みのようでもあり、月が定めた運命のようでもある出会いは、だが少女という存在の特異性をこれでもかと理解出来るものだ。

 

我らが求める月に最も近いこの夢で、我らの知る中で最も月に似た少女が、月と契約した狩人の妄執の果てである人形に自我を芽生えさせた。

一つの物語のように纏められた、聞く者が聞けば美談とも思える話。

知る者が聞けば我らの作為と、そして月の本能に、目が回りそうな話だが。

 

「貴女はきっと、約束を違えないのでしょう」

「────…え?まぁ、はい…?」

「けれどもし、もしもその約束すら、貴女の枷となるのなら────」

 

狩人の瞳をじっと見詰めていた人形は、そう告げながらゆっくりと狩人の顔から手を離す。

俯く人形の顔は、膝を着いている事もあり身長差がある狩人にすら見る事は叶わない。

離れて行く手を止めたのは人形の自我でも、ましてや我儘でも無く、狩人の手だった。

 

「なりませんよ、枷なんて。そんな風にしなきゃいけない道があるなら、僕は他の道を探して、選びます」

「狩人様…」

 

心地良さそうに目を細めながら人形の手に頬を押し付ける狩人に、人形も安心した様子で顔を上げる。

目が合ったと同時に見えた瞳の色によるものか、はたまた今までの自分の行動がどのようなものか気付いたのか、狩人は人形の手を放してわたわたと出立の準備を始めた。

 

今はまだ、雛鳥が親鳥の後を追って走るようなものなのだろう。

ある程度なら許容するが、流石にそれが愛だの恋だのに派生されるのは困る。

狩人が今進もうとしている"狩人の悪夢"の規模にもよるが、少なくともヤーナムの夜明けは近い。

人形という存在によって悲願への道が曇ると言うのなら、或いは────

 

 

 

墓標から再び狩人の悪夢へと立ち入った狩人の視界は、夢の明かりから一転、死臭の充満する暗闇へと落ちた。

未だ寝息を上げるルドウイークを一目見やり、これ以上の言葉は不要と灯りの傍にある階段を上れば、その途中で狩人の耳に声が届いて来る。

 

「…夜にありて迷わず、血に塗れて酔わず。名誉ある教会の狩人よ。獣は呪い、呪いは軛…そして君たちは、教会の剣とならん」

 

警句、警告とでも言うべきか。

厳しく叱咤する訳でも無く、ただ告げるその声は、階段の上から聞こえて来るらしい。

上りきっても姿は現れないが、狩人は左にある扉の奥を気にしている。

声の主は、どうやらそこに居るようだ。

 

扉に数歩近付いた時点で聞こえる打音に怯みながらも、爪先で立ち足を震わせながら扉に備えられた格子窓から中を覗けば、額を壁に打ち付け続ける人影が一つ。

明らかに異常者だが、冷静になればこの夜で異常者など腐る程見ている。

どころか腐りきって迷った狩人達が至るのがこの夢なのだから、特段可笑しな事でも無いだろう。

 

"獣は呪い、呪いは軛"

その言葉に引っ掛かりつつも振り返る狩人の視線の先には、何度と無く命を絶った教会の使いが見える。

背の陰に隠れているのは、車椅子に乗る何者か。

構えているのは銃だろうかと目を凝らした所で、唐突な悪寒が狩人の脳を貫いた。

 

「ハァーハハハッ!!」

「っ!?」

 

驚愕、そして哄笑とほぼ同時に起こる衝撃。

耳を劈く発砲音が聞こえるより前に構えられた月光の聖剣が、その剣身をもって銃弾を防ぐ。

今まで体感した銃撃の中でも上位に来る程の威力を持つが故か、咄嗟の防御を大きく弾かれたたらを踏む狩人に向けて、次いで使いの杭が迫る。

 

所々に刃毀れを起こし、半身は包帯のような襤褸布に巻かれたみすぼらしい剣。

凡そ狩人には似合わぬ飾りの少な過ぎる聖剣が、右手首の動きに合わせて回転する。

まるで一瞬前の銃撃をいなしたかのような動きで翻された聖剣は、今にも振るわれんとした杭の向きを攻撃から防御へと転じさせる程の威容を放っていた。

 

「ふっ!」

 

浅い一呼吸の内に、聖剣が鋭く薙がれる。

聖剣の異様に呑まれた事で盾として構えられた杭が、まるで絹にナイフを通したように、あっさりと二つのパーツに斬り分けられた。

杭ごと鎖骨を断ち斬られ、溢れ落ちる内臓を押し潰しながら倒れる使いを見送った狩人の視線は、右手に握られる聖剣へ。

見目よりもずっと軽い剣は、音よりもずっと重い手応えによって己の力を狩人に伝える。

 

この夜で最も長く連れ添った得物であるルドウイークの聖剣を失った直後である狩人にとって、月光の聖剣は信の置けない武器でもある。

それも当然の事だろう。

元は敵の得物である上に、この見目では。

だが、聖剣は光を纏わぬままに、己が有用性を示して見せた。

 

託された剣の力を、この剣を託される事の意味を。

そして何より、この剣を自らに託した男の偉大さを。

狩人は一端とは言え、一撃の手応えで理解した。

 

「ふーっ…!」

 

先程のものからは一転、深く吐かれる息。

直後にもう一度上がる不愉快な哄笑は、だが銃撃が狩人の体を掠めもしなかった事によってはたと止まり、次いで声の主の息の根までもが止まった。

 

"加速"は使わず、一直線を最短に、ステップによって狙いだけは外させて。

そうして振るわれた聖剣による突きは、車椅子に座った銃手の急所を確りと貫いていた。

 

かの英雄を知る者からすれば、居るとしても極僅かな"光刃を見た者"からすれば、こんな小娘が聖剣を握るなど"簒奪"とすら捉えられかねない。

だが狩人はルドウイークから正式な譲渡、"継承"を受けてこの剣を握っている。

 

常に最悪を考えた上で飛び込まなければならなかった狩人にとって、その事実は何にも変え難い自信となる。

自らが知る中で最も強い"人間"に託された事によって、絶望によって起きていた"箍が外れる"という現象を、前向きに引き起こしてしまう程に。

 

比較的素早く二人の刺客を始末した狩人は、度々左右にある扉に目を向けながらも先を目指す。

開いた扉を見掛ける度にひょいと顔を突っ込み、何も無いとわかれば道へ戻る。

それを繰り返して見付けたのは、狩人の倍はあるのでは無いかという体躯が、何かを抱えて蹲る姿だった。

 

よくよく観察して見れば、どうやらその巨躯を持つ古狩人は女性だったらしい。

既に骸と化しているその体に抱えられていたのは、一つの鉄塊。

 

四つの穴が空いたそれは、とある狩人が用いたとされる武器。

仕掛けなど何処にも無く、だからこそ彼女はこれを好んだ。

これしか使えなかったのではと言われれば、それまでなのだが。

 

死して尚鉄塊を抱える事の出来る肉体にある種の敬意を表しながら"ガラシャの拳"を手に取ると、狩人は予想外の重さに手こずりながらも懐にしまう。

戦利品────と言えるようなものでも無いが、しまい込んだそれを後で試してみようかと歩く狩人は、次に見えた下り階段を降りて行く。

 

その先にはやはり閉じられた扉と、扉に備えられた格子窓。

中を覗こうと格子に手を掛け、爪先を伸ばした瞬間、狩人に声が掛けられた。

 

「…あの醜い獣の臭いが消えたと思えば、狩人か。それも小娘とは…おかしな所におかしな者が現れるものだ」

「うわっ、とと…貴方は────」

 

突如掛けられた男性の声に格子の縁へと乗せていた指が離れ、後ろへ傾く体を何とか片足で支えた狩人は、気を取り直して声の主へ返答する。

否、返答と言うより質問だったそれは、声の主によって遮られた。

 

「お主、今、鐘の音は聞こえているかね?」

「鐘の音…?いえ、聞こえませんけど」

「…ならば良い。お主のような小娘が狩りなど…と言いたい所だが、あれ程のものを狩ったのならば腕は確かなのだろう」

 

なかなか読み解き難い賞賛に気を良くする狩人に追って掛けられたのは、またも警告のような言葉だった。

 

「狩りに戻ると良い。叶うなら夜を忘れる事が望ましいが…いや、やめておこう」

「……?はぁ、ありがとうございます…?」

 

それきり、男は口を閉ざしてしまった。

このような所で鍵の掛けられた部屋に閉じ篭っている人間が二人、それも片方は自らの額を壁に打ち付ける狂人という事もあり、さっさと離れたかった狩人からすれば会話が終わるのは有難い。

 

「囚われるべきでない場所、知るべきでない事…近付くなど愚か者の仕業よ…」

 

その言葉尻に少々の引っ掛かりを覚えながらも、狩人は階段を二つ上った先にある広い空間に足を踏み入れた。

階段の直ぐ傍に置かれた六つの天蓋付きベッドの向こうからは、呟くような女性の声が聞こえて来る。

奥に見える祭壇の前では、声の主であろう白装束がまるで祈りを捧ぐように膝を着いていた。

 

敵対しないのなら祈りの邪魔とならないように、敵対するのであれば勘付かれずに奇襲を仕掛ける為に、狩人は音を殺して歩み寄る。

次の瞬間、狩人の右手側から強烈な悪寒が襲い来る。

予感に従い大きく後退すれば、そこにはルドウイークの聖剣を変形させた状態で構えた黒装束の女が、ちょうど狩人の居た位置に向けて大剣を振り下ろしている。

 

二人が立てた音に気付いた白装束も立ち上がり、状況を理解すると仕込み杖を構えた。

二体一、自身は慣れぬ得物での戦闘。

ここまで分が悪いのでは、いっそ逃げた方が楽だろう。

 

それでも狩人は退かない。

他に道があれば、目的があればそうしたのだろうが、今の狩人にはあの祭壇以外は見えていない。

大聖堂にて行われたエミーリアとの戦いの終わり際に、祭壇に置かれた聖体に近付いた事でローレンスの記憶を得たように、"あの祭壇にも何かあるのでは無いか"と。

 

一度その可能性を視野に入れてしまっては、今の狩人は止まらない。

何せ遺志を変換したばかりの今は失うものなど無く、階段を降りて後退しても、そこには踏み越えたばかりの死体溜まりがあるだけなのだから。

 

不意に、白装束が右手を掲げる。

直後青白い光が掲げた右手に収束し、腕を振り下ろす動作によって球体となった光が放出された。

秘技"夜空の瞳"を、狩人は左のベッドの陰へと飛び込む事で避け、合わせて振るわれる黒装束の追撃を聖剣によって防ぐ。

 

狩人の聖剣を押し退け、斬り殺さんとする黒装束に対して、狩人が力を込めて押す事は無い。

力が拮抗していないが故に、今にも終わりを迎えそうな鍔迫り合いの最中、再び夜空の瞳が飛来する。

二により一を殺す為の連携は、新鮮さと同時に一つの策を狩人に齎していた。

 

「────…しっ!」

 

鋭い呼吸と同時に払われた左脚が、前へと踏み込まれていた黒装束の右足を掬う。

僅かに体勢を崩した黒装束を迎えたのは、またも狩人の左脚。

膂力はそれ程でも無いにしろ、比較的防御の薄い肋への蹴りは良く刺さる。

ふらついた体を更に押し切るように襲った体当たりは、いよいよ黒装束を夜空の瞳の射線へと連れ出した。

 

「ウグゥッ!?」

 

着弾により仰け反る黒装束の腹に、追い討ちの斬撃が叩き込まれる。

両断とまでは行かないが、確かに致命傷を与えた黒装束へのトドメとして、狩人はその頭を聖剣によって貫く。

残る敵は一人、秘儀使いの白装束だ。

捕捉と同時に駆け出した狩人に連続して夜空の瞳が飛来するが、意に介さず突貫する狩人を止める事は叶わない。

 

ステップを二つ、斬撃を一つ。

計三発撃ち放たれた秘儀を尽く避け、撃ち落とした狩人は、姿勢を低く保ったまま白装束の前へと躍り出る。

低空から振るわれた首狙いの聖剣と、それを防ごうと両手で構えられた仕込み杖が激突し、酷く耳障りな金属音を立てた。

 

片手で構えられた聖剣は、傍から見れば押し合いに勝てるようには見えない。

実際に狩人はじりじりと押されている上に、足も少しずつ下がっている。

正面からの力勝負で狩人が勝てる相手は、そう多くない。

だからこそ、搦手が必要になる。

 

ほんの一瞬、狩人の右腕から力が抜かれる。

構えた剣が落ちない程度の一瞬で、そして白装束が体勢を崩すには長過ぎる一瞬。

前のめりに体勢が傾いた白装束の首元でかちりと音を鳴らしたのは、狩人が左手に持つ短銃の引き金。

撃鉄は既に動き始めていた。

 

瞬きすら許さない程の攻防は、水銀弾を躱そうと動いた白装束に蹴りを入れた狩人が、勢いそのままに聖剣を振り下ろした事で終局した。

最早導きの光球は霞のように薄れており、狩人の体を無理やり引くような力は無い。

ただ道を示し、狩人の瞳に敵を映す。

後はそれだけしていれば良い。

 

戦闘を終え、狩人は祭壇に向けて歩き出した。

近付けば近付く程にはっきりと映るその様相は、明らかに異常なものとして見えるだろう。

言わば手術台のような造りに、それを囲む三つの人型。

本を両手に持ち開く者、片手に鐘を持ち手術台に向ける者、両手を探るように手術台に向ける者。

 

台にはミイラのような人型が寝かされているが、狩人にとっては"病人の治療よりも、人体実験や怪しい儀式の方がしっくり来る"という様子。

事実ではあるが、やはり悪趣味なのは変わらない。

 

祭壇の前に立った所で、不気味な造りもその場の状況も変わりはしない。

何も起こらず、ただそこに祭壇があるだけだ。

行き止まりかと狩人が振り返ろうとした所で、不意に光球が宙を舞う。

注目を引き付けるようにして狩人の眼前を二、三度舞うと、そのまま懐へと潜り込んだ。

 

それを捕まえるように懐へ入れた手に、覚えのある感触が触れる。

掴んで取り出したのは、瞳のペンダント。

実験棟の鍵となるそれを狩人に握らせた光球は、ミイラの頭部へと弱々しく近付いて行く。

その導きに従うようにして狩人が瞳のペンダントを近付ければ、狩人の手はミイラの頭に呑み込まれてしまった。

 

「っ!?」

 

────…否、呑み込まれたのでは無く、頭頂に空いていた穴の中に手が入り込んでしまっただけだ。

ペンダントは放さずに頭の中を探る手先に、スイッチのようなものが触れる。

ちょうど瞳のペンダントを乗せるのに適したサイズのスイッチの用途は、状況と光球の動きからして狩人も理解していた。

 

狩人がスイッチにペンダントを置いた瞬間、がこりと大きく鳴った音と同時に、足場が揺れ始める。

慌ててその場から飛び退いた狩人の眼前では、祭壇が周囲の床ごと上へ上へと迫り上がって行った。

祭壇を見送った狩人の目の前にはもう一つの祭壇が現れており、"あれがエレベーターだったのか"と今更ながらに理解した狩人は、渋々と言った様子で足場に乗る。

 

もう一つの祭壇の上には、これまた悪趣味なものが置かれていた。

古び腐った聖布と、その上に置かれた人の頭蓋。

何処か感じる懐かしさは、きっとこれが最初の聖職者の獣となった人物の頭蓋だからだろう。

 

"ローレンスの頭蓋"、現実には存在する筈の無いもの。

悪夢故に存在を許された頭蓋だが、あの獣もこれを求める筈だ。

一目見た瞬間に狩人を襲ったのは、強烈な負の感情。

だがそれは嫌悪や憎悪などでは無く、ひたすらに自身を否定する感情だった。

 

狩人自身が抱いたものでは無い。

それは目の前の頭蓋から狩人に流れ込んでいるものであり、だが頭蓋特有の性質などでは無いのだろう。

であれば何故狩人がそれを感知出来ているのかと言えば、恐らくはそれこそがミコラーシュが感じ取った"上位者との共通点"の筈だ。

 

"感応する精神"はローレンスの頭蓋に対して、ローレンスが"成そうとした事、成せなかった事"を悔いている事に対して同情したのだ。

狩人はその頭蓋を拾い上げ、抱擁し、懐へとしまう。

聖布に巻かれた頭蓋を拾う理由など、大して無いとは思うが。

きっと女王の肉片のように、わからぬままに拾ったのだろう。

 

頭蓋を懐にしまった所で狩人はようやく気を取り直し、辺りを探る。

予想通り右には仕掛けのレバーが置かれており、引いてみれば頭蓋の置かれていた祭壇が下へ下へと降りて行く。

代わりに上から現れた祭壇の足場へと乗れば、祭壇は再びエレベーターとして上昇し始めた。

 

行き着いた先は下と変わらない、ただただ暗い空間。

灯りが一つと、正面に階段が一つ。

背後にある三つの窓はろくに光を取り込まず、階段を上った奥に見える空間はその殆どが暗闇に包まれたままだ。

 

"実験棟"

古く教会が利用した、探究と研究の場。

医療などとは程遠い手段をこの実験棟が請け負っており、その多くが患者と呼ばれる人間達を人間と呼べなくするようなものだった。

 

成程確かに、これは教会の恥だろう。

この辺りの主は恥じるだけの心があるだけ良識的でもあり、だが教会の闇を理解しながらも最期まで信じようとしたルドウイークにこれを守らせるというのは、相当に悪辣だ。

 

「おぇ…」

 

灯りを灯して直ぐ、狩人は階段を上って行く。

先程から漂って来る薬品のような香りは、何処か気分を損なうような、嗅いだ事のあるような香り。

その空間に足を踏み入れた事で、狩人は匂いの正体を凡そ突き止めた。

 

中央に聳え立つ、螺旋階段付きの大きな柱。

根元となる空間には、今立っている床より一段下に、青白い液体が張られている。

"間違い無く毒だ"と、そう確信出来る香りをその液体は放っていた。

流石に香りを嗅いだだけでは回り始めなどしないが、狩人は既に気分を悪くしている。

 

液体の香りは禁域の森からヨセフカの診療所へと入る梯子の手前にある沼とよく似ていた。

だが狩人が体調を崩しているのは森での経験によるものだけでなく、悪夢の辺境や血に渇いた獣との戦いなどの"今まで毒で苦しんだ"という一種のトラウマによるものが大きい。

 

「ふーっ…よし」

 

何度か頭を振って、狩人は息を整え歩き始める。

直ぐ右にある上り階段では無く、一先ず今いるこの空間の探索だ。

毒で気分は悪いが、かと言って後回しにする訳にもいなない。

そしてその選択は成功でもあり、見ようによれば失敗でもあった。

 

じゃぶじゃぶと、粘性の高い液体を浚うような音が聞こえる。

違えようも無く毒沼から聞こえて来るその音に、"沼の時のように蛇がいるのか"と身構える狩人は、視線を向けた先にいる人型に一瞬息を吐いた。

 

「俺の…俺の目玉…」

 

吐いたその息を、驚愕によってもう一度吸い込んでしまった事で噎せつつも、狩人は人型へと歩み寄る。

毒を浚う人型は、頭部を歪に肥大させており、ぶつぶつと呟きながら只管に手を動かしていた。

 

「あ、あの…」

「う、うぅ…誰か…俺の目玉を探してくれ…水溜まりに、落としちまったみたいなんだ…」

 

その人型に声を掛けた狩人の表情が、中途半端に固まる。

理解が及ばない言葉にというだけでなく、異形の姿に対してだ。

まるで蕩けた脳味噌をそのまま肥大化させたような姿は、生理的嫌悪感を強く刺激し、何より捜し物が"自身の目玉"というのが不気味で仕方が無かった。

 

とは言え、この狩人が見た目一つで見捨てるかと言えば、それは違う。

もう少しばかり夜を知らない状態であれば、"不気味だから"と近付きすらしなかっただろうが、既にその程度のブレーキは破損してしまっている。

非常識な良識をこれ以上無い程に不必要な場で発揮し始めた狩人は、両足を毒沼に浸けて毒液を浚い始めた。

 

「どこにも無い…」

 

そんな莫迦莫迦しい行為を数分続けた所で、狩人もようやく諦める。

既に輸血液は片手で数え切れない程に消費されており、毒沼も粗方浚い終わった。

これで無いのだから、もう溶けたか潰れたかしている筈だ。

尤も、そもそも落としていないという可能性が高い時点で、手を貸す価値は無いだろう。

 

「俺の、俺の目玉…」

「…ごめんなさい、見付かりませんでした。あとは一人で頑張ってください…」

 

息も絶え絶えと言った様子で更にもう一本輸血液を打ち込みつつ、狩人は周囲の探索を再開した。

狩りに於いて後退よりも前進を優先する狂気は、時には技量よりも重要視される。

あくまで狩りに於ける狂気であって、毒沼を浚いあるかもわからない目玉を捜すような狂気は、お呼びで無いのだが。




少女狩人
名前:不明 性別:女性 年頃:若年(詳細不明)
過去:過酷な運命 カレル爪左導狩
レベル 54
 体力 10
持久力 12
 筋力 20
 技量 15
 血質  5
 神秘 42
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