少女の微睡、月香の夜。   作:かなしいな

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狩人、実験棟を上る。



※第三十七話、拙い戦闘描写が続きます。


狩人の困惑、存在の証明。

地鳴らしのように響き渡る振動音を背に、狩人は星輪草の花弁を散らしながら地面へと飛び込む。

花吹雪を割り裂き、土を巻き上げて昇る聖剣の刃が、失敗作の肌を斬り裂いた。

静かに身を起こす失敗作と、聖剣を両手に構える狩人の距離は、今は狩人の跳躍で三歩分程度。

 

「ふーっ……」

 

唐突に始まった戦闘に狼狽える事など無く、切っ先を一つ揺らして空いた数歩を詰めて行く。

再び振るわれる腕は躱す事に神経を使う必要も無い大味なもので、軽く避けた狩人の聖剣はしなる腕を斬り付けながら胴まで迫る。

動きは単調、身体もそう硬くは無く、攻撃は易々と通る。

今までの敵と何処か違う感覚は、その強さを感じ取れないが故のものだけでは無いだろう。

 

戦闘は狩人が常に有利を取り続けており、尚も続く猛攻によって失敗作は膝を着く。

両手に走る暖かな感覚を、だが"戦闘中に気は抜けない"と無視し、狩人は聖剣を灰色の巨体に突き込んだ。

剣を持つ手に重みが乗り始めた所で抜き放てば、失敗作の体が後ろへと倒れ込む。

随分と呆気無い勝利に一息吐いて、先程の感覚を思い出しながら両手を見詰める狩人の体を、大きな衝撃が跳ね飛ばした。

 

「っぐ、うぅ…!?」

 

土埃を巻き上げながら花畑を転がって行った狩人は、やがて段差に激突して停止する。

直前に狩人を襲った謎の感覚への疑問と、勝利したと勘違いした事による完全な油断。

その二つを突いて行われた奇襲は、致命的な効果を齎した。

 

「な、んで────げぅっ…!」

 

起き上がろうと藻掻く狩人の背が、巨体の手によって力づくで押さえ付けられる。

肺の中に残っていた空気を全て吐き出してしまった狩人は、自身に奇襲を掛けた存在の正体を、霞む視界で見上げていた。

そこに居たのは、先程倒した筈の姿。

名は"失敗作たち"。

 

「……三人居るとか、聞いてない」

 

狩人を押さえ付ける一体の背からもう一体が顔を出した所で、狩人の意識は薄らいで行った。

 

 

 

単体での失敗作は、格上とは呼べない相手だ。

寧ろこれまでの狩人の成長と経験を見れば、格下とすら言える。

ヤーナムの狩人達の共通項として、数に弱いというものがある。

幾ら攻撃の練度が上がろうと、身体が頑丈になる訳では無い。

遺志で行う肉体の強化によって多少はマシになるが、獣の前では微々たるもの。

 

狩人はこれを速度で振り回して撹乱する戦法で克服したように見えていたが、実際はただただ持久力の消耗が増えただけに過ぎない。

体力が切れる前に終わらせなければ、一瞬でも立ち止まった隙に命を刈り取られる。

故に今回強敵として立ち塞がった失敗作たちは、狩人の天敵とも言える存在だった。

 

幾つかの戦法を考えながら夢を後にし、そして実験棟の灯りへと転送された狩人を迎えたのは、悪夢の教会へ繋がる通路で出会った男。

襤褸切れのような狩装束を纏った姿は実験棟の雰囲気と妙に合っており、狩人の臆病な心臓を跳ね上げさせる。

 

「ひっ!?────…っあ、シモンさん、ですよね…?」

「……驚いたな。喋れたのか、お前は」

「何をそんな────」

 

ここで思い至るのは、シモンと出会った頃の己の状態。

心神喪失と言って良い程に衰弱し、何より進む事以外が見えていなかったが故に真面な会話どころか名乗りすらしなかったのだから、勿論会話が可能かどうかもわからなかったのだろう。

尤もその時点で会話が出来たとしても、狩人は名前など名乗れなかったが。

 

「……確かに。あの時は黙っててごめんなさい」

「いや良い、お前の瞳を見る限り訳ありだったんだろう。それよりどうだ?この有り様は」

「どうって言うと……」

「この実験棟で教会の業を見知った感想さ。酷いものだろう、ここは」

「まぁ、はい」

 

苦虫を噛み潰したような顔で目を逸らしながら答える狩人に、シモンは何処か満足そうな、得心の行ったような反応を返す。

 

「血の医療をヤーナムに齎し、獣の病根絶の為に罹患した恐れがあるというだけで切り捨てていた聖なる者達の正体こそが、これという訳だ」

「その辺は身に染みて理解しました……」

「だろうな。だが、こんなものは秘密では無い」

「……へ?」

 

間の抜けた顔をする狩人を見詰め、シモンは言葉を続ける。

その口端は弧を描くように吊り上がっており、まるで暴く事こそを目的としているような。

教会の恥と秘密を晒す事こそが救いとなるとでも思っているような表情だ。

 

「お前は悪夢の秘密にこそ興味があるのだろう?いや、或いは無かったとしても踏み込まざるを得ない筈だ」

「無かったとしてもって……」

「一つだけ、忠告だ」

 

そう言ってシモンは狩人の肩に手を乗せる。

異様に熱と力の籠った手は、狩人を急かすかのように強く、そして重い。

 

「時計塔のマリアを殺したまえ」

「時計塔の、マリア…って、その人はここの…?」

「知っていたか。そう、実験棟周辺の主はマリアだ」

「あ、いや。それは知らなかったんですけど、でも…マリアさんって人はここの患者さん達の…みんなの希望みたいな人で……」

 

瞬間、狩人の肩がいっそ痛みすら感じる程に強く掴まれる。

有無を言わさぬような気迫をぶつけられた狩人は、思わず目を見開いた。

 

「あの女と会い、そして何を言われようと、お前はあの女を殺すべきだ」

「な、なんで────」

「何があっても、そうであるべきなんだ。お前は狩人だろう?」

「っは、はい……」

 

力押しでの説得に、狩人の首が縦に揺れる。

渋々、恐る恐ると言った様子だが、確かに頷いた事にシモンは安堵したようだ。

痕が残っているであろう肩から手が離れ、狩人は半歩程後退る。

 

「じゃ、じゃあ…また」

「あぁ、良い狩りを。」

 

一言だけ別れを告げて足早に去る狩人の背を、シモンはじっと見詰めていた。

鬼気迫る言葉に思わず頷いてしまった狩人の背中は只管に縮こまっていたが、それでも脚は目的地に向かって階段を駆け上がる。

辿り着いた花畑で遺志を拾えば、そこに見えるのは一体だけ佇んでいる失敗作の姿。

 

「後から増える……って事かな」

 

推測通り、一体目と小競り合いをしている内に地面から二体目が姿を現す。

次が現れる前に一体を削りきるか、出て来る限り相手を続けて立ち回るか。

当然、狩人が選ぶのは前者だ。

 

突き出される掌底を身体に添えて構えた聖剣の刃で受け、その衝撃で回転しながら斬撃を繰り出した。

受け流すついでに振るわれたような一撃だが、腕が伸びきったタイミング且つ正確無比に関節部を狙った斬撃は、一体目の右前腕を斬り飛ばす。

 

手早く済ませる為か、狩人は左手に古い狩人の遺骨を取り出し、そっと握り締める。

灰色の煙が身体を包み込むと、立ち止まった狩人を狙って飛び掛かった失敗作の眼前から、即座に狩人の姿が消える。

背後に回り込みつつ狙い澄ました突きを放てば、聖剣は骨や肉を通り抜け、一体目の失敗作の急所を貫いた。

 

「やっと、一匹……!」

 

そして"もう一体を"と振り返った狩人に、白い力の波が空気を跳ね除けながら迫る。

球状の光を狩人が大きく跳び退いて避ければ、地面に着弾したそれは衝撃波を起こしながら散って行った。

焦りこそ見せないが、飛び道具がある事を認識した事で狩人は敢えて距離を詰める。

 

近距離からの攻撃は確かに力強いが鈍重で、御しやすいものかも知れない。

だが遠距離からの攻撃も可能となれば話は違う。

総数こそわからないが、少なくとも三体までは増えるのだ。

それら全てに遠距離攻撃を行われれば、狩人の俊足と言えど回避は難しい。

 

二体目は距離を詰められた事で両手で構えていた波動を解き、目の前まで躍り出た狩人を狙って両腕を雑に振り回す。

狙っているのかすらもわからないような攻撃を躱す事は容易で、聖剣は連撃をすり抜けながら的確に巨体を刻む。

次手で常に思考を埋めながらの戦闘は、直後真横で炸裂した衝撃波によって空白となった。

 

「三匹目、もう…っ!」

 

"次が来る前に"と続けていた高速戦闘は一歩及ばず、三体目の失敗作が既に姿を現していた。

幸いにして吹き飛ばされた方向は二体目の眼前から外れた、何も存在していない花畑。

直撃では無く近距離での炸裂だった事もあり、想定より軽かった衝撃波に直ぐ様体勢を立て直しながら、中央の星輪草の幹の後ろで試験管を取り出す。

 

経口摂取したそれによって身体の傷もただの輸血液を用いるよりずっと早く塞がり、聖剣を握る手にも力が篭もる。

戦闘中だと言うのに酷く呑気な頭で考え至ったのは、アデラインに渡す脳液の事。

"この戦いが終わったらまず会いに行こう"と決めて幹から顔を出した狩人は、地面に埋まった星輪草に隠れてしまうのでは無いかという程に低い姿勢で、二体目に向かって疾駆した。

 

途上で差し込まれる三体目からの衝撃波を避け、飛び越え、そうして辿り着いた二体目の真横で狩人は遺骨を握る。

薙ぎ払われる腕を足場とした跳躍で空中へと場を移した狩人に迫る衝撃波を、苦し紛れの防御で振るわれた聖剣が迎え撃つ。

確実に直撃となる筈だった衝撃波は、聖剣と衝突した瞬間、"解けて消えた"。

 

白い炸裂を塗り替えるように薄く輝いた翠を見送りながら、狩人の聖剣の切っ先は真下を向く。

謎の現象に気を取られていては、初戦のように隙を突かれる。

最早油断など無く、衝撃波もこの距離では二体目に被害が及ぶ。

邪魔など入る余地も無い一撃は、二体目の脳天を斬り割った。

 

視界の端に捉えた四体目の存在にいよいよ終わりの無い戦いを予感し始めた狩人の手で、聖剣が鈍く光を反射する。

正面から迫る幾つかの光と、その元となる暗黒。

星のような粒が瞬いているそれは、宇宙と形容するのが正しいだろうか。

聖剣を照らしたのは、どうやら暗黒から飛び出して来た星々だったらしい。

 

「…っ!」

 

三体目が頭上で構え、そして発射した光を目にした瞬間、狩人は片足で急ブレーキを掛ける。

もう片足は身体が停止した瞬間に新たな加速の為に踏み込み、今まで両手で構えていた聖剣は片手で握る。

迫り来る一つ目の光が間合いに入った瞬間、聖剣の切っ先が滑り、光を撃ち落とす。

加速を用いてもこの距離での回避は向かないと悟った狩人は、その全てを迎撃する事としたようだ。

 

二つ目、三つ目、四つ目。

そうして順調に七つ目を撃ち落とした直後、ブレーキとして使った足で再度踏み込む。

急加速に脚が軋むが、仕留めるチャンスを逃すような真似はしない。

暗黒を形作っていた両腕を三体目が下ろした時、聖剣は既に首元へと振るわれていた。

 

「これでっ、三匹っ!」

 

浅い一撃目によって残した傷跡を抉るように斬り返された聖剣によって、三体目の首が落ちた。

五体目が現れる前に倒れた事で、戦闘は一対一となる。

狩人の勝利条件が"この星輪草の庭に失敗作たちが一体も存在しない状況を作る"事だとすれば、息を吐く暇など無いのだから。

 

獲物が目の前に着地した瞬間の硬直を狙っての掴み掛かりを、更なる跳躍で足場とした狩人の足に小さな違和感が生まれる。

痛みと呼ぶ程でも無いそれを、だが今回ばかりは無視出来なかった。

駆け回っての戦闘は少なくないが、ここまで多数の強敵と、そして何より巨躯を相手としての平面で行われる戦闘は初めてだ。

 

相手が一体ならば、ここまでの疲労が溜まる事も無かっただろう。

だが数が多く、何より弱点らしき頭を狙う為の足場がここまで少なくては、当然脚の回転を早める以外に有利を取る方法は無い。

未経験を補う為に失敗作たちの攻撃すら足場にしていたが故か、持久力よりも狩人の脚の耐久面が音を上げてしまった。

 

それでも、狩人は止まらない。

連射される光を全力駆動で避けつつ、障害物となる中央の星輪草の裏で輸血液を打ち込む。

狩人として当然の対応であり、気休め。

確かに脚の違和感は薄れ消えるやも知れないが、それで疲労が無くなる訳では無い。

 

弾丸のように真っ直ぐ飛び出した狩人の一撃が四体目の首を刈り取った時点で、輸血液の注入という大きな隙に現れた五体目は、今も光を構えている。

その背後で現れる六体目の姿に、狩人は失敗を悟った。

思考の内では、先程浮かんだ勝利条件が過ぎる。

 

「いつまで続ければ、勝てるのかなぁ…!」

 

弱音のような宣言は、言葉尻に力強さを保っており、到底負け惜しみには聞こえない。

疲労以上に"ここまでの戦いが無駄になる"という事自体が気に食わないのだろう。

無駄な意地で再開された戦闘は、終始失敗作たちが翻弄される形で進んで行った。

 

上等な策など頭に無い、真正面からの消耗戦。

どうにか消耗を避ける為に聖剣で打撃を受けつついなすが、体力の尽きた身体は衝撃に引かれ、幾許かのダメージが蓄積されて行く。

 

他の狩人であれば、或いはここまでの苦戦は無かったのだろう。

同等の技量を持つ者であれば、それに見合った身体能力を持ち合わせなければ、基本的に狩りを生き抜く事など出来ないからだ。

 

斬り裂き、躱し、殴り飛ばされ。

攻防の時間ばかりが伸びる中で、ようやく六体目を倒しきるが、戦闘の合間にも数は増え続けている。

今も庭に存在する四体を含めれば、その数は十体まで増えてしまっていた。

 

「はっ、ふっ……げほっ」

 

息を整える事すら苦労する程に消耗している狩人を嘲笑うかのように、失敗作たちが両手を上げる。

全ての失敗作たちの両手に光が灯ったかと思えば、次いで空が暗澹に呑まれた。

小さな星々が煌めいている暗闇は、正しく夜空だ。

宇宙の一端を再現するかのような空模様の中で、他とは一線を画す強さの光が幾つか、段々と大きさを増している。

 

「────…まずっ…!」

 

夜空の所為か、一瞬惚けていた狩人はその光が大きくなっているのでは無く"段々とこちらに迫っている"事に気付き、その場から退避しようと脚を動かす。

逃げ場を探しつつの退避で見付けたのは、星輪草の幹の裏。

酷使された脚では間一髪届かず、弱まった衝撃波に背中を叩かれ、だが風圧が後押しとなり他数発が着弾する前に幹の裏へと身を隠す。

 

一定の方向から飛来する流星群を呼ぶ失敗作たちは、それら全てが両腕を上げたまま静止していた。

これ幸いと幹の裏に近い失敗作を斬り付ければ、真面な抵抗もせず、また両手を下げる事もしないままに倒れる。

流星群を呼んでいる間は動く事が出来ないようだ。

明確な弱点を見付けた狩人は、輸血液を打ち込みながら時を待つ。

 

やがて流星群が止んだ頃、幹の陰からでは狙えなかった三体の方へ、狩人の身体が飛んで行く。

常より速度こそ劣るが、輸血で多少マシになった脚の状態ならば、疲労さえ無視してしまえば失敗作たちに遅れを取る事は無い。

 

問題は今も一体増えた事で差が戻ってしまった数的不利。

八体目の両腕を斬り刻む事で、衝撃波を阻止した狩人に向けて放たれる光の数々を、最早振り向く事もやっとと言った動きで叩き落とす。

 

「はっ、はっ……はっ……」

 

そのまま両腕を失った失敗作にトドメを刺し、続いて九体目へと斬り掛かろうと動いた狩人の膝が、唐突に折れる。

地面に着いてしまった片膝を見て呆然としつつも、次の瞬間にはどうにか横へ転げ回る事で、降り注ぐ光の雨を躱す。

意図的に無視していた疲労が、いよいよ精神論では隠せなくなり始めているのだ。

 

目の前に転がる小さな獲物を仕留めようと振り下ろされた腕を聖剣で受け止め、強過ぎる衝撃を逃がせずに弾き飛ばされた先で、狩人はまた輸血液を取り出す。

狩人の脆さもあって今まで戦闘中に使う機会はそう多くなかった輸血液が、ここに来て日の目を見始めた。

 

「こん、のぉっ!」

 

距離を詰めて来る九体目へと振るった聖剣から流れ込む熱が狩人を急かす。

応えるように薙いだ斬り返しは、体力が底を突いているとは思えない正確無比な一撃として、その命を刈り取る。

だがこうしている間にも、数は増え続けており、勝利の目も見えはしない。

 

聖剣を杖として何とか立ち上がり、よたよたと歩く狩人の傍に、衝撃波が着弾した。

炸裂を受けて僅かに浮いた狩人を叩き落とさんと両腕を高く掲げる十体目の姿に、自身を殺さんと放たれた攻撃すらも利用して跳び上がった狩人のカウンターが振るわれる。

身を捩り聖剣を失敗作の肩よりも腕よりも高く持ち上げ、そして振り下ろしたと同時に、失敗作の両腕がハンマーのように狩人の左脚に命中した。

 

反射的に吐き出されそうになる苦悶の声すら噛み潰して 、自ら盾にした左脚の事など思考から抹消し、無理矢理振るった聖剣が失敗作の脳天へと迫って行く。

淡い翠を薄らと纏う鈍の見目をした剣が、どういう訳か光を僅かに強めた瞬間に急加速する。

それ自体が意思を持つかのような動きで振るわれた聖剣が、狩人の左脚を折り砕いた失敗作へと迫り、そして。

 

「これで……死んでっ!」

 

頭頂から腹の半ばまでを滑らかに斬り裂いて、一撃の元に終わらせる。

片脚が折れ、もう片脚は元より力など入らず。

ルドウイークとの戦いでそうだったように着地すら真面に出来なかった狩人は、地面へ強かに脇腹を打ち付ける。

"ここまで頑張ったのに"と眉根を歪める狩人の悔恨を嘲笑うように、真後ろに灯りが現れた。

 

「へ……?」

 

次いで自身を襲う大きな遺志の感覚に目を白黒させながら周囲を見回せば、あれだけ居た失敗作たちはその全てが倒れ、白い粒子となって消滅して行った。

勝利の実感すら湧かないままに、起きる事も叶わない身体で灯りへと這って進む狩人の目の前に、鍵が一つ落ちている。

間違いようも無い、"時計塔の鍵"だ。

何処のものともわからないそれを懐にしまい、狩人は夢へと帰って行く。

 

 

 

「……勝ったんだ、あれで」

 

夢へ戻った時点で肉体的疲労は消えてしまい、その所為もあってか狩人は尚更に実感が湧いておらず、人形の手によって遺志が変換されて行く感覚だけがじわじわと広がる。

暖かな感覚が冷めたものへと変わり、そして遺志を使い切ったのであろう所で、狩人はようやく一言呟く。

 

「人形さんは"実験棟"って聞いた事あります?」

「実験棟……かつて夢を訪れた狩人様方の幾人かが話題に出していた記憶はあるのですが、私には何も。申し訳ございません」

「あぁいや、まぁ、そうですよね……ありがとうございます」

 

握り、開き、握り。

遺志の変換をした右手を何度か確認して、狩人は悪夢の墓標へと向かう。

その途中で足を止める要因となったのは、久々に見る顔。

 

「あ、小人さん」

 

墓標の前で片膝を着く狩人の袖を引く使者達は、何やら伝えたい事があるらしい。

指し示す方向へと歩いて行けば、そこは工房の内部。

ある棚の前で止まると、その上には以前オドン教会の地下で見付けた工房道具と、金槌などの器具が置かれていた。

 

「あー、ここで何を────…って居ないし……」

 

既に居なくなっている使者に多大な説明不足を感じながらも、狩人は棚に置かれた器具の幾つかに触れる。

すると懐の中にある何かが唐突に熱を持ち、表層までまろび出た。

急いで手に取ったそれは、血石の欠片。

中でも大きな二欠片や塊ばかりだが、狩人はその用途を知らない。

 

「おわ、また小人さん……って、お行儀悪いですよそんな所乗ったら」

 

混乱の最中、棚の上に再び使者達が現れる。

何か手助けをするのかと思えば、今度は工房の外を指し示す。

大人しく着いて行けば、行き先は神父装束を購入した水盆の元。

手を掛ければ水盆の内から使者達が血石の欠片を幾つか差し出して来る。

 

「……これを持ってまた棚に?」

 

何となくではあるがその意図を汲んだ狩人は、血石を受け取る事で襲い来る頭から何かが流れ出る不快な感触に顔を顰めながら、再び棚へと戻る。

棚の上に居る使者に血石の欠片を渡せば、"それでは足りない"とでも言うように手を出す。

ならばと今持ち合わせている血石を全て差し出して尚、使者の手は狩人に向けられたまま。

 

『武器の強化と言えば、君は血石での強化もしていないだろう』

 

「あ、ひょっとして────」

 

そうして狩人が取り出した月光の聖剣を受け取ると、使者達は満足気に頷き、作業を始める。

しかしどうせ教えるのならばもっと早くしてやれば良いものを、この武器を待ち望んでいた訳でもあるまい。

 

武器に添えられた血石がゆっくりと溶け、剣に馴染んで行く様を興味津々と言った様子で見る狩人の事を気にもせず、使者達は次へ次へと血石を運ぶ。

数分が経って今ある血石で仕上げられる分までを終わらせたのか、使者達が聖剣を抱え、狩人へと差し出す。

受け取ったそれを片手に持ち、室内のものを傷付けないようにゆっくりと振るえば────

 

「────…何か変わりました?これ」

 

刃毀れの多い剣身は補修されたような部分は見受けられず。

重さ、握り心地、共に変わりない。

血石での強化は見目に影響など出ないが、知識の無い狩人からすればただ血石が呑み込まれただけに過ぎないのだから、少しばかり不安になるだろう。

 

対する使者達は"一仕事終えた"と言わんばかりに棚の上から去って行く。

工房に残された狩人は一人、失った啓蒙と血石に思いを馳せながら、今度こそ悪夢の墓標から転送されて行った。

 

 

 

転送先は実験棟最下。

シモンは既にその場に居らず、遠くから聞こえて来る患者達の慟哭に、心の端を削られるかのような心情で狩人は歩く。

アデラインに脳液を渡す為に、だがその考えは彼女が居る筈の部屋から聞こえる"椅子を揺するような音"によって警戒へと塗り替えられた。

 

そっと扉を潜れば、アデライン以外に何かが居るような気配はしない。

ただ肝心のアデラインこそが、椅子を揺らして音を立てていた。

 

「誰か、誰か居ませんか……」

「あ、アデラインさん…?」

「あぁ、あなた!あなたなのね!?」

「うわっ…は、はい…狩人です…」

 

つい先程何度か言葉を交わした者と同一人物とは思えない押しの強さに、少々身構えながらも懐に手を伸ばす狩人に、アデラインは言葉を続ける。

 

「あなた、お願いよ。私脳液が欲しいの。このままでは音が消えてしまうわ」

「音が…?」

 

何やら逼迫していそうな声音に、狩人が思わず聞き返せば、椅子を鳴らす音が次第に強くなる。

いよいよもって余裕を無くしているその様子が酷く恐ろしく、そして哀れに見えた狩人の手には、ぷるぷると揺れる脳液。

狩人は脳液を両手で零れないように持ち、アデラインの口許へと持って行った。

 

「アデラインさん、大丈夫ですよ…ここにありますから、ほら」

「ありがとう。ありがとう……」

 

椅子の揺れと、そして音が止む。

代わりに鳴り始めた啜る音は、時折狩人の手に触れる生暖かい感触も相まって、悍ましさすら感じている筈だ。

 

「じゅる、ちゅるる…じゅうっ…」

「うひぃ……」

 

一滴たりとも逃さぬ為か手の平までをも口に含まれてしまうが、先程の余裕の無さを思い出しながら、総毛立つような感覚を耐える。

目を瞑っているが故に長く感じられる時間は、アデラインの口が離れた事によって終わりを迎えた。

 

ゆっくりと目を開ければ、安心した様子で頭を揺らすアデラインと、そちらに向けて差し出された自身の手。

部屋の中に小さく点された僅かな光源を反射して、てらてらと光る手の平は極力気にせず下ろすと、アデラインから声が掛けられる。

 

「あぁ…聞こえて来る……あの音が……」

「えっ、と…大丈夫ですか……?」

「フフ、ウフフッ…あなた、ありがとう。また私を助けてくれたのね」

 

アデラインはクスクスと笑いながら、右腕の拘束をカチャリと鳴らす。

そして狩人が血を抜けば、アデラインはずっと握っていた左手を上に向け、そっと開いた。

手の中にあったのは小さな鍵だ、古めかしいが、狩人が見付けた地下牢の鍵とはまた違う。

 

「これはお守りなの。私に出来るお礼なんて、血の他はこのくらいだから…受け取ってくださる?」

「お守りなのに、良いんですか?」

「えぇ…マリア様から頂いたんだもの。きっと効果があるわ」

 

そう言って差し出すように僅かに浮いた左手から、狩人は"露台の鍵"を受け取る。

実験棟一階の鍵が掛かった扉を開ける為のものだが、果たしてこの狩人が気付けるか否か。

 

「その……僕は、これで。また脳液を見付けたら持って来ますね」

「ありがとう。その約束だけでも、救われるわ」

 

最後に掛けられた言葉に引っ掛かるような違和感を覚えながらも、狩人は扉から灯りへ戻り、そして夢を介して星輪草の庭へと転送される。

目指すは庭の奥に見える扉、恐らくは時計塔であろう場所。

大扉に掛けられた錠前に幾つかの鍵を試せば、失敗作たちを倒した直後に拾った鍵によって錠前が外れる。

 

「ひぃっ!?」

 

大扉に手を掛けた瞬間、奥から鐘の音が鳴り響く。

時計塔上部から鳴っている音は扉が開けば開く程に音を強め、狩人が音の方向を向けば扉の先にある広い空間の天井に、大きな鐘が備えられていた。

実験棟から星輪草の庭への扉を開けた時とは逆に、今居る場から進行方向へ吹き込んで行く風によって、フードからはみ出た狩人の髪が浚われ靡く。

 

何か今までとは違った空気を感じ取ったのか、或いはただの気紛れか。

細工装束を身に着ける際に被り直したフードを、今一度脱ぎ、顔を晒す。

歩いて行く先には時を刻まない時計と、そして────

 

「────…死んでる……?」

 

平凡な椅子と、それに座った人影が一つ。

足から滴り床を広く濡らす程に流れ出た血を見ても、明らかに死んでいる。

だがその水音は、明らかに"今も滴って"おり、血を流し始めてからそう時間は経っていない事が伺える。

不気味且つ、不思議。

狩人はそんな光景を見ても尚、人影へと近付いて行った。

 

骨格は女性のものだが、顔は目深に被った帽子の所為もあって狩人の低い背丈でも見る事は叶わない。

"ほんの少し、顔を見るだけ"と銀髪に被せられた帽子へと手を伸ばし、しかし寸前で思わぬ方向から腕を掴まれる。

いや、そもそも"掴まれる"事自体が思わぬ事だったのだろう。

狩人の腕を強く、だが痕や痣は付かないように労る手は、目の前の死体らしき女性から伸びていた。

 

「死体漁りとは、感心しないな」

「……それは、どうも失礼しました」

 

驚愕のあまり声を揺らす程に強く早鐘を打つ心臓を、どうにか隠そうとする狩人に、女性は笑い掛けながら狩人の細腕を名残惜しそうにそっと放した。

狩人帽子のつばの下から覗く口元は微笑を湛え、ゆっくりと顔が上げられる事によって隠れた目元も姿を現す。

見知った顔、安心出来る顔。

女性は微笑を崩すどころかむしろ深めて、唖然とする狩人に語り掛ける。

 

「その瞳……成程。彼の研究はそこまで辿り着いていたか」

「彼……?」

「あぁ、すまない。こちらの話だよ」

 

人形と同じ顔が、そこにはあった。

瓜二つどころのものでは無いその似姿は、"人形はこの女性を元に作られたのだ"と確信してしまう程。

狩人は"時計塔のマリア"の言葉をいまいち理解出来ないまま、ただ続きを聞く事しか出来ない。

 

「……フフ」

 

体重を感じさせない動きで椅子から立ち上がったマリアの巨躯を見上げる狩人の心中を、深い安心にも似た感情が埋め尽くす。

気付けば狩人は、一度手放された腕をもう一度マリアへと伸ばしていた。

 

「残念だけれど、私は君の遺志を力に変える事は出来ないな」

「え?────…あっ、違っ」

 

"そういう意味では"などと、口に出来る訳も無い。

遺志の力では無く、ただ狩人の夢の外で顔を見る事が出来て安心してしまったなどと言えば、それこそ恥の上塗りになる。

 

揶揄うような口調は、事実狩人を手玉で転がすかのように愉し気なもの。

若干……どころでは無く顔色を耳まで真っ赤に染めた狩人は、続く言葉も出せないままに立ち尽くす。

そんな狩人に、マリアは一つ手招きをした。

 

「おいで、選ばれた子。少し話をしようか」




少女狩人
名前:不明 性別:女性 年頃:若年(詳細不明)
過去:過酷な運命 カレル爪左導狩
レベル 56
 体力 10
持久力 12
 筋力 20
 技量 15
 血質  5
 神秘 44



月光の聖剣

教会最初の狩人にして、獣狩りの英雄ルドウイークがその手で駆ったとされる、今はただ古びただけの剣。
特別な力は確かにあるが、それを引き出すだけの力が持ち主に無ければ、鈍とそうは変わらないだろう。

狩人はこれを、英雄から正当に引き継いだ。
月を覆い隠す簒奪者として欺瞞を吐いたのでは無く、真実を伝える事によって希望を与えて。
ともすればそれは、月の光をより強くする為に必要な事でもあるのやも知れない。

秘匿の儀式が破れた事によって、赤き月の光がヤーナムを照らしたように。
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