少女の微睡、月香の夜。   作:かなしいな

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狩人、聖堂街を駆ける。



※第八話、第二章開幕です。


第二章 旅路
狩人の歩み、落陽の街。


周囲に小さく響いている鼻を啜る音の中心にいるのは、白い髪に深く帽子を被せた小柄な女性────と呼ぶには未だ早いであろう、未成熟な体。

流れている大粒の涙を拭いきれない左腕には、赤く染まったリボンが巻かれている。

やがて彼女は蝋燭の火よりも弱々しく立ち上がり、懐から"狩人の確かな徴"を取り出した。

 

次の瞬間、彼女はオドンの地下墓地の灯りに照らされていた。

どこを目指しているのだろうか、彼女は階段を登り、オドン教会へと立ち入って行く。

 

ふらふら、ふらふらと。

左右に揺れるその体は、芯を失くしてしまったのかと思える程に頼りない。

 

右手に持ったノコギリ槍からは血が滴っており、左手には短銃がぶら下がっている。

持ち主は今夜新たにこのヤーナムへと入り込んだ少女────いや、この呼び方は既に適切では無いだろう。

"自身が引き起こした他人の死"を罹患者以外のまともな人間で経験してしまった彼女は、既に一般人としての少女では無くなってしまっている。

 

"狩人"

それが今の彼女であり、今後変わる事は無いであろう呼び名となる。

 

オドン教会に入った狩人は、灯りに触れるのでも先へ進むのでも無く、赤ローブの男へと話し掛けた。

 

「あぁ、狩人の…まだ生き残りは来てないけど、見付かったのかい?」

「……二人、連れて来ようと思った人がいたんです…でも、駄目でした。」

「そっか、そっか…駄目なら仕方ないさ。それよりもだ、何かあったんだろう?目が腫れてるよ、どっか痛いなら休んでいくといい、ここは安全なんだからさ……ヒヒヒ」

 

ローブの男の指摘通り、狩人の目は充血し、その周囲も真っ赤に腫れている。

泣き腫らしたと言うだけでなく、無理やりにでも止めようと拭ったのも一因だろう。

だが男の優しさに触れた事で、狩人の目からは更に涙が溢れ始めた。

 

「ご、ごめんよ!俺なんかが────」

「ち、違くてっ、違う、嬉しいんですけど…ごめんなさい…」

 

溢れた涙が染みて痛むであろうその目元を、狩人は更に擦り上げて拭ってしまう。

ローブの男はその様子を見て狼狽えながらも、何も返せずにいる。

初対面の時点でお互いに遠慮していたこの二人が、泣いている一方を慰めて泣き止ませるなんて真似は、やはり厳しい事なのだろう。

 

「…ちゃんと、生き残りの人、連れて来ますから。まだアテはあるんですよ」

「それなら良かった。だけど無理はしないでくれよ、こっちも無理を言ってるのはわかってるんだ」

「はい…行ってきます」

 

そうして狩人は夢へと戻り、そして再転送で向かったのはヤーナム市街だ。

咳が酷くなっているギルバートには、敢えて声は掛けずに奥へと進んで行く。

拗ねている訳では無いし、心配していない訳でも無い。

だが明確な拒絶を持って自分に進むべき道を示してくれた彼へのせめてもの礼儀として、声を掛けるのは憚られた。

 

向かう先は下水道に続く建物の方向。

罹患者を倒し、犬を倒し、檻の中にいる犬には手を出さず。

そして辿り着いたのは、狩人に嫌味を言っていた老婆の家だ。

 

「…あ、あの」

「…またあんたかい、しつこいねぇ…それとも見つけたのかい?どこか安全な所をさ」

「う…」

 

厄介者でも見たかのような反応に、狩人は僅かに息が詰まったような声を上げる。

苦手意識でも芽生えているのか、半歩ほど下がってしまったその足を揃え直すと、意を決して要件を伝えた。

 

「聖堂街の、オドン教会。そこなら獣避けの香が焚かれてて安全だ、って…」

「あぁそうかい、よそ者もたまには役に立つじゃないか…さぁ、もういいよ。行った行った」

「……はい」

 

とぼとぼと歩いて行く狩人の足は、そのまま市街の灯りへと向かって行く。

安全になった道を戻って行き、灯りに触れる訳でも無く、狩人は梯子を降りて行った。

 

罹患者を狩りながら進んで行くその先には、ヨセフカの診療所がある。

中にはまだこの診療所の主であるヨセフカが残っている筈だ、もしかすれば他にも患者として生き残りが匿われているかもしれない。

ともすればこの診療所よりも教会の方が安全という可能性もある。

 

「ヨセフカさん、いますか…?」

「…あら、あなた…無事で良かったわ。あなたに、お願いがあるの」

「またお願い…?」

 

トラウマ故か怪訝そうな声を上げる狩人は、どうにか沈んだ気分を心の内に押し込んで、表情には出さないよう努めて話の続きを促す。

 

「これから獣狩りに出て行くのでしょう?だったら、もしどこかでまだ獣になっていない人を見付けたら、この"ヨセフカの診療所"を教えてあげて」

「ここを、ですか?」

「彼らが人のままだったら、医療者として私が保護するわ。治療も出来る」

 

ここでようやく狩人の嗅覚に違和感が引っ掛かる。

嗅覚とは言うが、それは直感の類────"何かが違う"と、狩人の血が囁く。

ヨセフカと相対していた事で違和感以外に気付いた事と言えば、その声だろう。

まだ少女だった──厳密に言えば今も少女である事には変わりないが──狩人は、ヨセフカと一度会話を交わしている。

その時とは僅かに、だが明確に声が変わっているのだ。

 

「お礼もするわ。あなただって、悪い話では無いでしょう?ここは、どこよりも安全なのだから」

「わ、かり…ました…」

 

違和感を覚えながらも、けれどその妖艶な声に流されるまま、少女はその"お願い"を聞いた。

ローブの男とは違いハキハキとした喋り方だが、その声音はまるで真逆。

姿さえ見えないヨセフカの声とは違い、怪しげな姿が見えているローブの男は安心感がある。

狩人は声の変容と雰囲気に呑まれながらも、警戒だけは引き上げてその場を去る事にした。

 

「よろしく、お願いね」

 

他にもヤーナム市街には生き残りがいた、だがそれらの市民は狩人をよそ者としてまともに扱わない者が大半だ。

ましてや避難勧告など、断りこそすれ受け入れる筈がない。

罵倒に侮蔑、拒絶と、そして否定。

狩人の声に耳を傾ける者はもうこの辺りには居ないだろう。

 

声を掛け続けるのも諦めがつき、狩人は夢を通ってオドン教会へと戻って行った。

顔を上げてみれば奥には一つ人影が増えており、安楽椅子のようなものに座っている老婆だという事がわかる。

老婆の元へと向かう前に、狩人はローブの男に話し掛けた。

 

「あぁ狩人さん、無事で良かった…あんたがあのご老人に声を掛けてくれたんだろう?」

「は、はい、一応…」

「生き残りが居て良かったよ…俺なんかは話し掛けて貰えないけど、でも誰かが助かったってのは嬉しいからさ…ヒヒッ…」

「そう、ですね…ふふ…」

 

その笑い声は不気味ではあるものの今まで狩人に向けられた蔑むようなものでは無く、ただ生き残りがオドン教会に辿り着いた事を喜んでいるようだった。

狩人もその声に気が抜けたのかほんの少しの笑みを浮かべた後、肩を下ろして歩き始める。

老婆の声や態度の印象よりも幾分か細いその体に、無理をしていないか尋ねようと近寄った狩人の足音に気付いたのか、老婆は顔を上げて狩人の方を向いた。

 

「だ、大丈夫…でしたか…?」

「…なんだいあんた、恩を着せようってのかい?だったらとんだお門違いさ」

「ち、違います!そんな事────」

「ヤーナムがこんな事になったのも、お前らよそ者の所為に決まってる。あたしらの血を、お前らが汚したに決まってるんだ」

 

"決まってる"という言葉通り、凝り固まったその考えは狩人の反論など受け付けはしない。

ある意味では、この老婆の言葉も真実なのだが。

 

「近寄らないでおくれよ!あたしゃあ知ってるんだよ!」

「あ、うぅ…わかりましたよぉ…」

 

信じられない程簡単に押し切られてしまった狩人は、そのままとぼとぼと老婆から離れて灯りの元へと戻る。

 

意気消沈と言った様子の狩人は、やがて自身が聖堂街で何を探せば良いのかすら知らない事を悟り、その場でうんうんと唸り始める。

だがその悩みにたった一人で答えを出せる筈も無く、だがこの場にいる人間に聞いてどうにかなるとも思えない。

 

しかし狩人には頼れる助言者がついている。

その存在を思い出したのか、狩人は急いで灯りに手を翳し、夢へと戻って行った。

 

 

 

「ゲールマンさん、僕です」

「…戻ったか。という事は、何か助言が必要かね」

 

夢へと戻った狩人は、一目散にゲールマンのいる工房へと入って行く。

助言を聞きにというのもあるが、狩人にはもう一つ用があった。

 

「それもあるんですけど…これ、ここのかなって」

「ほう、それは…確かにこの工房の物だ、血晶石の工房道具と言う。特殊な力を秘めた血晶を武器に捩り込み、強化する事が出来るという代物でね。多くの狩人が愛用していた」

「な、なるほど。血晶…」

「武器の強化と言えば、君は血石での強化もしていないだろう」

「血石……?」

 

またもや狩人の聞き慣れない単語が飛び出るが、残念な事に記憶喪失の狩人は大半の単語が聞き慣れないものだ。

当然これから先もそれらに脳を侵される事となる。

 

「その様子だと拾ってもいないだろうが、赤く小さな石の欠片────…ふむ。説明するよりは、適当なものを拾って目にする方が早いだろうな」

「適当なものっていうのがわからないんですけど……」

「君は狩人だ、問題無い。いつか適したものが手に入るさ」

 

半ば面倒になったのだろうか、ゲールマンは血石の説明から話を逸らす。

それを咎めるような真似が今の狩人に出来る訳も無い。

目の前の少女の混乱を余所に、続いてゲールマンは血晶の説明に入った。

 

「血晶は特殊な獣が持っている場合もあるが…狩人達の多くはそれを聖杯で手に入れていた」

「せいはい?」

「力を求める者が行き着く終着点であり、終わりの無い地の底。それを我らは聖杯と呼び、そこで手に入れた血晶や武器を己が力としていた」

「せいはい…」

「聖杯は神の墓を暴き、その血は狩人の糧となる…聖体を拝領するのだ…」

 

狩人は力を求めている訳では無い。

だが狩りを熟す為には力が必要で、尚且つ狩人は未だ自身の目的を明確なものとする事が出来ていない。

であるならばここは一先ず自身の狩りでの優位を伸ばす事も悪手では無いだろう。

 

「その聖杯って言うのは、どこに…?」

「ふむ…懐かしい狩人達の話が今もそのままなら、一つは谷あいの市街に祀られている筈だ。」

「……なるほど」

「だが今やそこは、獣の病が蔓延し、棄てられ焼かれた廃墟…獣の街であると聞く。……狩人に相応しい場所じゃあないかね」

「え、えぇ…まぁでも、わかりました。行ってみます」

「あぁ、存分に狩りたまえよ」

 

明らかに不穏な説明だが、手掛かりにはなる。

狩人はほんの少しの不安を覚えながらも、だが聞く耳を塞ぐ事はしなかった。

 

狩人は次の目的地を谷あいの市街に定めたようだ。

心は沈みきっているが、体はまだ動く。

そうして狩人は先を急ぐ。

明確にズレてしまった心と体の釣り合いは、更に心に罅を入れる事になるとも知らずに。

 

 

 

灯りからオドン教会に転送された狩人は、老婆の睨めつけるような目に僅かに怯みながらも、その横にある階段を降りて先へ進む。

教会から出れば杖のような杭と青白いランタンを左右に持った大男が、目の前の広場を練り歩いていた。

奥の階段からは同じ格好と持ち物をした人型が歩いて来ており、早々に決着をつけるか逃げるかをしなければ二対一は避けられないだろう。

 

「……ふっ!」

 

狩人は二人目が来る前に決着をつける事にした。

狩人の足音に気付き振り返った男の手によって、掛け声の一つも無しに振るわれた杭のような杖は咄嗟に姿勢を低くした狩人の頭上を素通りし、振り回される事こそ無いが攻撃の手は数瞬止まる。

その隙を埋めさせるような真似は当然出来ない。

狩人はノコギリ槍を腰に佩くようにして大きく振りかぶり、勢いのままに変形させる。

そしてその勢いに逆らって振り上げる事で、男の胴を逆袈裟に斬り裂いた。

 

「…次っ!」

 

ゆっくりと首を絞めるように、じわじわと迫り上がる罪悪感を振り払う為か、狩人は自身に向けて一喝する。

ランタンを掲げるように構えるもう一人の男に向かっていく狩人は、銃は構えず両手にノコギリ槍を構えたまま、男が杖を振るう前に懐へと飛び込む。

男は杖では対応出来ない距離まで入り込まれた事で咄嗟に狩人を捕まえようと両腕を前で閉じるが、それよりも数段早く狩人は男の鳩尾に槍を突き込んだ。

 

広場に点々と置かれている墓石の幾つかに飛び散った血を出来るだけ視界に入れないようにして、狩人は次の道行を探る。

見えたのは二つ、二人目が降りて来た階段と奥にある通路だ。

数秒迷い、狩人が選んだのは通路だった。

進んでみればそれは通路では無く、更に下へと続く階段だったようだ。

小さな踊り場とそこから折り返して進む下り階段を通れば、奥には大きな建物とその手前に罹患者が数名屯している。

 

複数を相手にすれば勝機は薄いと踏んだのか、狩人は近くの木の陰に隠れ、短銃を構える。

罹患者の一つ奥にいる犬によく狙いを定めて引き金を引けば、思いの外正確な軌道で弾丸は犬に命中した。

もしかすれば、狩人には遠距離射撃の才能でもあったのやもしれない。

 

銃弾が命中した事で二、三歩分吹き飛んだ犬は、直ぐに狩人の姿を見付けて走り始めた。

周りの罹患者は銃声に反応こそしたものの、まだ狩人の事を見付けてはいないようだ。

 

「ギャウンッ!」

 

真っ直ぐ向かって来る犬に対しての射撃はそう難しいものではなく、頭部に吸い込まれるようにして命中した水銀弾によって犬は絶命した。

二発目で位置を絞ったのか、三人の罹患者が狩人を発見し近寄って来る。

一人や二人ならまだしも、三人となればどんな相手でも苦戦を強いられるだろう。

狩人はある程度の距離を取りながら、三人を一度には相手にせず、到達に時間差を作らせる事にした。

 

作戦は功を奏し、三人がバラバラなまま狩人に着いて来た事で、難無く対処する事が出来た。

三人の罹患者の死体の中心で息を吐く狩人は、どうやら建物には入らずその周囲から探索する事にしたらしい。

 

建物の左から見てみればそこには上へ続く階段があり、上には銃を持った罹患者が一人待ち構えている。

左右に動きつつ登る事で狙いを定めさせないように進む狩人に、罹患者の後ろから飛び出した犬が二匹襲いかかった。

 

「ガァァアッ!」

「ず、ずるっ…!?」

 

片方は銃弾二発で黙らせる事が出来たが、もう片方はそうも行かない。

頭数を減らす事に専念した結果、もう一匹の犬は既に狩人の目の前まで迫っていた。

 

「グォウッ!」

「────っづぅ!?」

 

大口を開けて跳び掛かった犬に対して、銃を向けたとしても引き金を引く事は叶わないと判断したのか、狩人は腕を前へと突き出す。

遠心力に引っ張られた腕は前へと伸び、短銃の重さに頼った結果前腕が盾になるようにし犬を防いだ。

結果として強く噛み付かれた左の前腕からは血が吹き出しているが、犬の顎を腕一本で拘束出来た狩人はその喉をノコギリ槍で斬り裂いた。

 

「っぐ、ぅ────っ!?」

 

そして幾ら病に冒されようと、罹患者達はその隙を見逃すような愚鈍では無い。

狩人が輸血液を取り出そうとした時、正面から水銀弾が飛んで来た。

脇腹を浅く掠めた弾丸を目線だけで一瞬追い、だが動揺に呑まれぬように顔は確りと罹患者に向ける。

仕方ないと今も血が流れ出る腕を垂らして、狩人は階段を駆け上がった。

 

「邪魔、しないでっ!」

「忌々しい獣が、人の真似など…!」

 

真正面まで近付かれた罹患者は銃を盾にしてノコギリ槍を防ごうと腕を押し出す。

じくりと痛む脇腹は、どうやら掠めた程度の傷が激しい動きによって裂けてしまったらしい。

このヤーナムで目を覚ましたばかりの少女なら、痛みに怯む事によって、その程度の防御でも防げたのかもしれない。

 

だが、彼女はもうただの少女では無い。

強敵に打ち勝ち、そしてその血の遺志を己が力とした狩人なのだ。

狩人が痛みに怯まず振るったノコギリ槍は、威力が減衰する事無く盾にされた銃を叩き折り、勢いのままに罹患者の命を刈り取った。

 

「はっ、はぁっ…ぅ、ぐぅ…」

 

痛みに喘ぎながら輸血液を取り出す狩人の腕は、既に赤く染まっている。

それを見て何を思ったのか、狩人は輸血液を打ち血が止まった後、さっさと血を拭いて懐から何かを取り出す。

その手に握られていたのは、あのリボンだった。

 

「……ごめんなさい、こんな風にされても困りますよね」

 

まるでそこに誰かが宿っているかのようにリボンを撫でる狩人は、そのリボンを左腕に巻き始める。

手首の可動域を阻害しないように、だが先程のように前腕に傷を負ってもリボンまでは巻き込まれないような位置に、狩人はリボンを綺麗に巻き付け結んだ。

恐らくそれは、一種の誓いのようなものなのだろう。

 

リボンを巻き終わった狩人は、すぐ右手にあった扉に手を掛ける。

幸い鍵は掛かっておらず、素直に開いた扉の向こうは二手に道が別れた部屋だった。

真っ直ぐ奥にはまた外が続いており、右手には建物の内部が見える。

狩人は先に外へと歩いて行く。

 

外へ出ればそこは小さな広場となっており、右に続いている下り階段以外に道は無い。

先程のように罹患者が待ち構えている可能性を危惧してか、狩人が隅からそろりと顔を出して下を確認してみれば、その先には大きな墓標のようなものとその前に膝をついた何者かの姿があった。

墓標の前に膝を着く、という理性的な行為に安心したのか、狩人はほんの少し警戒を解いて人影へ近付く。

 

「えっと、すみません…」

「うん?…おぉ、あなたは…見た所獣狩りの?」

「は、はい…一応」

「そうでしょう、かつては私も同じでした。」

 

振り返った男は若々しく、金の髪は建物の影に覆われていても煌びやかだ。

それでいて"かつては"という言葉がそのままの意味なら、恐らくは狩人よりもずっと長く夜を経験しているのだろう。

男は狩人に対して敵愾心など持っている様子も無く、立ち上がって明るく会話を交わしている。

 

「申し遅れました、私はアルフレート。今はローゲリウス師の教えに従い、穢れた血族を狩る者です。あなたは?」

「あ、ぼ、僕は…その…自分の名前とか、わからなくて…」

「わからない?ふむ…」

「ご、ごめんなさい!名乗りたくないとかじゃ無くて!」

 

ローゲリウス、穢れた血族。

またもや狩人にとって未知の単語が現れた訳だが、それについて考察する暇も無く自己紹介を振られ、自身の出自すらわからない狩人はオロオロと慌て始めた。

その慌てように疑うのも馬鹿馬鹿しくなったのか、アルフレートと名乗った男は笑を浮かべながらも狩人を落ち着かせようと手を振る。

 

「あぁいえ、疑っている訳ではありません。そのわかりやすい表情で嘘をつかれたとなっては、人を信じられなくなってしまいそうだ」

「わかりやすい、ですか…?」

「これは失礼。ですが私のようにこの夜で未だまともな人間からすれば、むしろ好印象でしょう。」

「そう、ですか…」

 

どこか褒められている気のしない言葉に消沈している狩人をよそに、アルフレートは何かを閃いた様子で語り掛ける。

 

「ならばどうです?対象は違えど、お互い狩人です。これから協力し、情報を交換し合うと言うのは?」

「…えっ、とぉ…とっても有難いご相談、なんですけど」

「何か気兼ねでも?」

「僕、本当に何も知らなくて…」

 

何度かの夜を経験しているであろう口振りのアルフレートから提案された情報交換は、夜について何も知らぬ狩人からすればこれ以上は無いというものだ。

だからこそ及び腰にもなる。

先程言った通り、狩人は何も知らない。

それは交換出来る情報が無いとも言えてしまうのだから。

 

「それについては構いません、先行投資…とも言えるでしょう。」

「せんこーとーし…?」

「えぇ、あなたはこの先私にとって有益な情報を見付けたのならそれを教えてくれるだけで良いのです。その代わり、私はあなたに必要な情報を与えましょう」

 

アルフレートは狩人に情報を提供する事で、これから先の狩りで手に入れた自身に有益な情報を共有して貰うという算段をつけているらしい。

それは狩人にとってもデメリットとはならず、むしろメリットの割合は狩人の方がずっと大きい筈だ。

 

「じ、じゃあ…わかりました…」

「おぉ!それでは、お願いします。これはお近付きの印に」

「早速なんですけど、これって一体…?」

「発火ヤスリという物です、これを武器に擦り付ける事で武器を発火させ、炎を纏わせる事が出来るのです。獣は炎を恐れるものですから」

「なるほど…」

「それでは、情報交換を始めましょう。知りたい事があれば、遠慮なく仰ってください」

 

手渡されたそれを懐にしまうのを見届けてから、アルフレートは狩人に情報の提供を始める。

と言ってもアルフレートが狩人の知りたい事を理解出来ている訳では無い。

あくまで狩人からの質問に答えるという形式になるようだ。

 

「えっと、じゃあ…医療教会について、とか」

「医療教会は血の救いの担い手です。私も教会の内情に詳しい訳では無いのですが…」

「担い手…」

「血の救い。その源となる聖体は、大聖堂に祀られていると聞いています」

「源の聖体は、大聖堂…」

 

アルフレートから提供される情報を一言一句逃さぬように手記に書き記す狩人は、ここでようやく自身の目的への道筋が現れた事に興奮している様子だ。

何よりも、ギルバートから託された大聖堂の血の源という情報に新たな証人が出来たのだから、それも一入だろう。

 

「また聖堂街の上層は、古い教会の指導者達の住まいです。」

「上層は、古い教会の指導者達の、お家…」

「あなたが血の救いを求め、そして許されるのであれば、訪れるのも良いと思いますよ。」

「あ、ありがとうございます…えっと、あとは…」

 

手記から筆を一旦離して、狩人は頭の中を探り始める。

そこで思い出したのは、オドン教会地下のあの部屋にあったメモだ。

 

「ビルゲンワースって何か…ご存知ですか?」

「ふむ…ビルゲンワースは、古い学び舎です」

「学び舎…?」

「えぇ、かつては考古学を専門とした場だったとか」

「なるほど…ビルゲンワースは考古学専門…」

 

だとしたらビルゲンワースの蜘蛛とは何なのか。

狩人の頭には当然の疑問が浮かぶが、"かつて"という前置きがある以上、今は違うものを探究しているのやもしれない。

 

「狩人なら────いえ、記憶を失っているのでしたね。このヤーナムの地下深くには神の墓地が広がっています」

「聖杯…」

「おや?ご存知でしたか…かつてビルゲンワースに学んでいた何名かが、その墓地からある聖体を持ち帰り、そして医療教会と血の救いが生まれたのです。」

 

血の救い、その原点は地下深くの聖体にあったと言う。

ともすれば狩人が聖杯を求める理由も増えるというものだ。

その足で大聖堂を目指そうかと考えていた狩人は、だが力と情報が同時に手に入る可能性も考え、聖杯を手に入れる事を視野に入れ始めている。

 

「即ちビルゲンワースは、ヤーナムを聖地たらしめた始まりの場所ですが…今はもう棄てられ、深い森に埋もれていると聞きます。」

「聖体、深い森…」

「…それに」

「埋もれている────…それに?」

「ビルゲンワースは、医療教会の禁域にも指定されています。」

「医療教会の、禁域…」

 

棄てられ、深い森に埋もれてなお禁域として扱われる学び舎。

気になりこそするが、その禁忌を破るような度胸を狩人は持ち合わせていない。

ましてやあのメモの通りなら、儀式を隠している蜘蛛とやらがビルゲンワースには居るのだ。

臆病な狩人は、虫の類も大の苦手らしい。

 

「今もどれほどが生きているかわからない、ビルゲンワースの学徒達…彼らだけが知る合言葉が無い限り、門番は門を開かないでしょう。」

「ビルゲンワースの、合言葉……なるほど、ありがとうございます!」

 

書き記し終わったのであろう手記を一旦しまった狩人は、アルフレートに頭を下げる。

そしてそれに付随させるように、謝罪を述べた。

 

「それと、ごめんなさい…僕、全然お返し出来なくて…」

「構いませんよ。先程言った通り、これは先行投資です」

 

そう言ってアルフレートは朗らかに笑みを浮かべ、狩人に右手を差し出す。

握手の誘い、それに乗らない選択肢は狩人に無かった。

 

「今後私に利益があるだろうと思った情報を見つけた時、私に伝えてくれるだけでも良いのです。それが私の助けになるかどうかは、その時次第という事で」

「は、はぁ…えと、じゃあ、ありがとうございました…」

「それでは、また。楽しいお話でした」

「はい、また…」

 

ヨセフカとの二度目の会話で感じた、あの感覚。

狩人の嗅覚はアルフレートの笑顔に何かを感じ取ったらしい。

だがそれは狩人からすれば小さく、薄すぎる予感だ。

特に気にする事も無く、狩人は建物へと戻って行った。

 

「うん、しょ…っと」

 

建物の奥へと進むその道に入れば、そこにはレバーの仕掛けがポツンと一つ。

狩人が特に警戒もせず引いてみれば、下から何やら重いものを引き摺るような音が響いて来る。

その方向を覗けば、建物の中心に置いてあった石棺のようなオブジェが動き、その下には階段が伸びていた。

 

「おぉ…」

 

感嘆の声を漏らしつつも他には無いかと周囲を見渡せば、左右に続く通路の奥には石柵が無いようだった。

高さはそれ程無い、下に飛び降りる事も出来るだろう。

横着という程でも無いが、狩人はやはり先程通って来た道を戻る事はせず、そこから飛び降りる事にしたようだ。

左の通路を進む内に、狩人は明かりが無い故の暗さで見え難い足元から奇妙な感覚を感じ取る。

何かが当たったのだろうかと下を向けば、そこにあったのは死体だった。

 

「うひっ!?……って、今更驚く事でも無いですけど…」

 

この夜で既に死体など見慣れている狩人は、ただ状況に驚いただけでその死体に恐怖を覚える事は無い。

────その割には、心臓が早鐘を打っているようだが。

 

「よ、っと────」

「オォォッ!」

「わぁぁぁっ!?」

 

どうやら下にも罹患者が潜んでいたようだ。

幸いにも一人だけだったその罹患者を、驚きつつも葬った狩人は階段を降りて行く。

さほど長くは無い階段を降りて行けば、その地下には小さな空間が広がっていた。

右奥には更に下へと降りて行く階段が見える。

 

真っ暗な地下へと続く階段の先にはまたもや空間が広がっており、そこに狩人が一歩踏み入った瞬間、獣の唸り声が響いた。

 

「グゥゥウウッ…!」

「っ…!また、獣…!」

 

狩人に初めての死を迎えさせた罹患者の獣が、何故か地下室に居た。

あの仕掛けに閉じ込められたのか、それともこの先にゲールマンが言っていた"獣の街"があるのか。

襲い掛かって来るそれから距離を取りつつ短銃を構えた狩人は、獲物を食い殺さんと後ろ足で立ち上がった獣の頭に向けて引き金を引いた。

 

「グガッ…アァァッ…!」

「もう、負けません…よっ!」

 

発砲直後に前へ踏み込んだ狩人は、ノコギリ槍を変形させ両手に構える。

踏み込みの勢いと体重を乗せた槍は容易く獣の肉を貫く。

狩人は獣の胸元に突き込んだ槍を貫いた場所を、肉や内臓を抉るようにして抜き放った。

 

「ふぅっ…なんで一匹だけ…?」

 

疑問を声に出しながらも周囲に目を凝らせば、壁面には窓のような格子が付いているのを見つける。

元はここに人が居たのだろうか。

奥から見える僅かな光に従って進めば、その奥には更に下へと続く階段がある。

 

いよいよ降りる事にすら怖気付き始めた狩人は、その明かりの周囲が今までとは大きく違う事に気付いた。

木造の階段に梯子、壁も石造りでは無く、どちらかと言えば民家に近い造りだ。

ひょっとすればようやくここを抜けられるのかもしれない、そう考えた狩人は老朽化した床板を踏み抜かないように慎重に降りて行く。

梯子と階段を降りて行き、最下まで着いた狩人は、いよいよ降るのも飽きてきたという様子で奥の空間に踏み入った。

 

「また広いとこ────…って、灯り!」

 

今まで通った地下室よりもずっと広いその空間には壁面に点々と燭台が下げられており、奥には夢へと続く灯りも設置されている。

駆け足で向かった狩人が灯りを灯した後周囲を見渡してみると、左手に何やら貼り紙が貼られた大きな扉があった。

近寄って読んでみれば、それは警告である事がわかる。

 

『これより棄てられた街。獣狩り不要、引き返せ』

 

「そんな事言われても…」

 

うんうんと唸り始めた狩人は、やがてこれも仕方の無い選択だと割り切って大扉に手を掛ける。

強く踏ん張って押してみれば、長年使われていなかったであろうその扉は、軋むような音を上げながらもゆっくりと開いて行く。

狩人が見たのは、その扉の隙間から飛び込んで来る光だった。

外の光だ、それも空から降り注ぐ光。

ようやく人一人が通れるであろう程に開いた扉から狩人が外に出てみれば、地面や建物からは灰色の煙が上がっており、見るからに"焼き棄てられた街"といった所だろう。

 

「煙たい…ここが、獣の街…」

 

ヤーナム市街よりずっと静かなそこは、ただ煙が上がっているだけでは無いのだろう。

先程からずっと、何かが蠢くような音が更に奥から聞こえている。

その音を聞いてようやく、狩人は旧市街に辿り着いたのだと確信した。




少女狩人の赤リボン

狩人が左腕に巻いているそれは、自身に課した罰の象徴。
彼女は自ら、十字架を背負って歩いて行く。
あるいは壊れた自身に重りを増やして、罪を自覚した自身を人間と定めているのだろうか。
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