「いい、よく聞きなさい。今のレミィたちじゃあの怪物は倒せない」
最初から結果が分かってるかのように淡々と告げたパチュリー。
それに対し、フランは不服だと反論しようとするがレミリアに止められた。
レミリアも分かっているのだ。平将門は例えこの紅魔館の全戦力で相手取っても容易に勝てない、いや十中八九敗れることを。
だからこそレミリアは知りたい。
ほぼ不死身とも呼べる平将門にどうやって勝つのかを。
「それは二人でも知っているはずよ。スカーレット家の秘術、それを使うのよ」
「……!パチェ、それは」
「初代スカーレット家当主が生み出したとされる最強を誇る秘術。それなら勝てるわ、確実に……!」
あの魔法のエキスパートであるパチュリーがそこまで言うのだから間違いはないのだろう。だが問題があった。
「それなら確かに勝てる可能性はあるわ。……でもそれに挑んだ歴代の当主たちは誰一人習得することは叶わなかった代物。
私も挑んだけどその結果は惨敗。パチェ、貴方もその場にいたから分かってるわよね?まさかとは思うけど出来る方法を見つけたのかしら?」
「ええ、見つけたわ」
「……はい?」
さらっとそんなことを言った親友にレミリアの脳は理解出来なかった。その言葉がようやく脳内に染み込んだ時、天地が逆になったかのような心地だった。
だが今は時間は一秒でも惜しい。何時、将門が襲ってくるか分からない。
噴火の如き激しい感情を隠しながら冷静にパチュリーの話を聞くことに専念する。
「レミィの施した術式が歪だったからヒントは掴めたけどあれ、一人じゃなくて複数でやるタイプよ」
「──え?」
冷静になることに徹していたレミリアでもさすがに一族の悲願とも言える秘術の真相がまさかの人数不足だったと言われてはポカンと口を開けても仕方がないだろう。
パチュリーもレミリアのことを無視して話を続ける。
「初代はとんでもない化け物だったようね。最低でも二人はいないと無理な秘術をまさか一人でするなんて。それで勘違いした連中が一人でするものと勘違いしてここまで習得するものがいなかった。
……話が逸れたわ。とにかくレミィ、フラン。貴方たちが力を合わせれば秘奥は完成する……っ!流石にこの速さは予想外ね……!」
レミリアたちの後ろに視線を向けると呼び出した悪魔が怨霊兵に押しつぶされ、結界を飲み込んで外に出てきた将門の姿があった。
「とにかく、この秘術の鍵は二人の力と心が一つに合わせることよ!必要な術式はもう用意したからすぐに準備しなさい!私が時間を稼ぐから後は頼んだわよ!」
「待ちなさいパチェ!」
「待ってよパチュリー!」
レミリアとフランが呼び止めるもパチュリーは魔力で出来た自分に爆発する魔法を設置しながら将門に突撃した。
これで将門が呪いとして取り込もうとした瞬間に魔法は発動し、僅かながらでも時間は稼げるだろう。
だが──
「甘い」
将門はパチュリーの突撃を寸前で躱して交差する瞬間に首を斬り落としたのだった。
だが刀には微かだがパチュリーの魔力、つまり爆弾がこびりついているため一矢報いることに成功──することもなかった。
将門はすぐさま刀を捨て、爆発の範囲から逃れたのだ。
結果、パチュリーの自爆は無駄に終わったが胴から離れた彼女の顔は勝ち誇る笑みを浮かべていた。
(まったく、分身とはいえ不覚を取るなんて私もまだまだね。
でもこれで充分時間は稼げたはず。ならこの身体に未練は無いわ)
そう、パチュリーの言う通りこの時間がレミリアたちに欲しい時間だったのだ。手を合わせて瞼を閉じて集中している二人だが彼女たちは気付いてない。
いやこれから気付くのだ。
(偉そうに心と力が一つになるって言ったけどそんなことは必要ないのよ。──だって二人は昔から一心同体だったんだから)
そう思った瞬間に魔力は霧散してそのまま消えていった。だが、最後の希望は繋がった。後は勝つのみだ。
~紅魔館・玉座の間~
真紅の槍が矢となり、炎の杖が弓と化したそれは全てを滅ぼさんとする覇気を纏っていた。
その標的となっている将門だが刀を構えずにただジッと矢だけを見ていた。
だがそれは諦めたのではない。勝機を伺っているのだ。ただその内心は穏やかなものではなかった。
(……不味い。物事やら根拠では語れぬ、だがあれに触れれば間違いなく死に至る……!)
慢心などすれば死ぬのはこちらだとドッと汗が流れてる気分だ。
だがあれを止めようと動けばその時に出来るであろう一秒にも満たない隙を突いて撃ってくる。受け止めるという選択は鼻から無い。
ならばどうすればいいのか。その答えはあの矢を見た瞬間から分かっている。
「
「
矢は見えない弦に番えられ、大きく引き絞り、矢はそれを支えんと三日月のようにしなる。
機械のように冷たい声がこの場を支配した。
将門は悟る。矢はすぐに放たれることを。全身に力を入れる。
「これを以て、二つの武はありとあらゆる運命を破壊する
スカーレット家の秘奥とは代々受け継がれる二つの武器を一つにするものだった。
しかし元々性質が違う武器が一つになることなどありえない。
だからこそ、その持ち主である二人の全てが合わないと秘術は叶わない。
ただ違う点があるとすれば二人の能力までもが武器に纏ったことで本来の性能を大きく上回っていること。
「「運命よ消え去れ、終息「ミストルティン」」!!」
程なくして矢は放たれた。
矢の勢いはまさに光をも超えて真っ直ぐに標的に向かい、残された弓はフランの手から離れて消えていった。
そして矢は将門の身体まで迫り、その運命を終わらせる。
「──ッ!?」
だがまさか平将門があの光速を超える矢から身を躱し、扉に向かって逃げることを誰が想像出来たか。
否。この部屋から出ようとはしていない。壁や天井を駆け巡り、矢から逃げているのだ。
──逃亡。
それが、平将門が選んだ選択だった。
(やはり──!この矢は力の消費が激しい代物。ならば奴らの力が尽きるまで逃げれば我の勝ちよ!)
その証拠に撃った本人たちは苦い顔をしており段々生気が無くなっていくのを感じ取れた。
その隙は突きたいが応戦する暇は無い。そんなことをすれば敗れるのは己だと確信しているからだ。
だからこそ、全力でこの破滅を呼ぶ矢から将門は逃げる。
実際、このまま行けばレミリアたちの魔力は尽き、燃料を失った矢は勢いを失くし、将門は勝っただろう。
だから──彼女が来た。
逃げ回る将門は激しく揺れる視界の端で何かが光ったのが見えた。雷霆の如く輝く紅い光か?否。
その正体を察する前に将門は大きく横に逸れる。
すると将門がいた場所から大量のナイフが降ってきた。
もしそのまま進んでいればナイフに脚を取られて矢が己の身体を撃ち抜いただろう。
逃げる将門は下手人は誰かと目で探すとその正体は微かだが捉えた。
「十六夜咲夜、大変遅れましたがただいま参上致しました!」
メイド長、十六夜咲夜は主たちにそれだけ言葉を献上するとすぐに将門の──その脚と周囲の地面を狙って十を超えるナイフを正確に放った。
脚には狙いを外したが将門が今まさに通ろうとした道はナイフで埋められ、進路の変更を余儀なくされる。
その時に生じる隙が矢との距離をどんどん縮める。
だが、まだ決定打には至らない。
レミリアたちの顔色が酷くなっているのを見て将門はここが正念場だとさらに脚に力を込めて、一気に加速した。
迫りくるナイフの軌道も多少読めるようになり、隙が無くなっていく。
だが、紅魔館の力はこれだけではなかった。
それは一瞬の出来事だった。
最初に気付いたのは将門だった。
(……?何の音だ……上か?)
だがそれに気づいてももう遅かった。
音はやがて咲夜の耳にも聞こえ、全員が上を見上げた次の瞬間。
「これは、パチュリー様の……?」
それは紅魔館迎撃システムの役割を果たしたクリスタルだった。
それがなぜここにあるのか。誰もがそう思っているとクリスタルに変化が起きた。
透明で美しい青の色が橙色に染まっていき、膨張を始めたのだ。
そこまでくれば全員、これは爆発する前兆だと気付く。
咲夜は時を止めて、すぐさまレミリアたちの下まで行くとパチュリーから習った簡易な結界で身を守らんと動いた。
対する将門も中央から離れて壁を駆け抜ける。
そして──大爆発が起きた。
その威力は凄まじく、玉座の間の空間は完全に崩壊へと至り、咲夜たちは結界のおかげで軽減出来たがそれでも軽傷とは言えないほどにダメージを負ってしまった。
この爆発から守るものが無かった将門は爆発に巻き込まれ、その身体は空に放り出された。だが致命傷を負うまでもなく身体はすぐに再生されたがその心境は荒れていた。
(いかん……足場が……!)
そう。この爆発で足場が大きく制限されてしまったのだ。
おそらくこの爆発を起こした者はこれを狙ったのだ。どこまでも逃げるのなら逃げる場所を無くしてやらんと。
だが、それで負けを認める程将門はまだ諦めてはいなかった。
爆発で浮かんだ瓦礫を足場に駆けてレミリアたちが倒れるまで、まだ逃げんとしていた。
レミリアとフランの弓矢、咲夜による足止め、クリスタルの爆発による足場の崩壊。
これだけやってなお足りない。
あと一手。将門の動きを止めることさえ出来れば将門討伐はなり得るというのに。
──だから、彼女は動いた。自己犠牲ではない確固たる決意を持って。
足場が爆発の浮力を失い重力によって次々と落ちていく中、今もなお将門は走っていた。
だがレミリアはもう限界だ。矢が放つ魔力も最初より衰えており、数秒後には全てが終わる。
(スカーレットが倒れれば我の勝ち。残党狩りには苦労するだろうがこの犠牲は翁のため、延いては幻想郷のため──?!)
ここまでくれば自分の勝ちだと確信し、この戦いが終わった後のことを思案していた。その時、身体の重みが一気に増したのだ。
何が起きたのかと背中を見ると、フランがなんと乗っていたのだ。
「なっ……!?」
ここで初めて将門は驚愕した。自身の触れるだけで呪われるという身体にまさか自分から触れにくる者がいるとは思ってなかったからだ。
「貴様……フランドールか!なぜそこにいる!貴様はまだ向こうにいたはずだ、がっ!?」
「うふふ、脚も脚もみんな捕らえちゃった。」
いつの間にか四肢は三人のフランによって動けない状態になってしまっていたのだ。
禁忌「フォーオブアカインド」
フランが四人に分かれる技であり、最後の一人はレミリアと矢の制御に務めていた。
だが将門の身体に触れていることで三人の身体は呪いに浸食されていき、その影響は触れていない四人目にも及ぼしていた。
「貴様、相討ちになる気か!あの矢で撃ち抜かれれば本体も死ぬことになるぞ!」
将門は必死にフランから離れようとするが四肢が自由に動かないせいで離れることが出来ない。
そんなことをしているうちにも矢は迫っている。それはあと一秒も無い。
「相討ち?上等よ!あんたに散々やられた恨みを返せるんだもん。それで満足よ、私!
──それに」
「……無念」
もうどうにもならないと分かった将門は暴れることを止めたコンマ一秒にも満たない時間。
運命を破壊する矢は将門の胴の真ん中を確かに貫いたのだった。
しかし──
「お姉さまが私を殺すわけないし、ね」
「当た、り前じゃ、ない……」
器用にフランを躱して、だ。
そのままフランは力を失った将門を容赦なく地面に叩き落とした。
「我は、負けたのか……」
矢が刺さったまま重力に従って床とは言えない有様となった地面に落下してポツリと呟いた。
自分の身体がどこかに消えていく。
どのような攻撃でも致命傷にはならないはずの肉体が、呪いが消えていく。
運命を破壊された者を待つその先はこの世からの消滅を意味し、転生も叶うことはない。
左腕が崩れ落ち、塵となって消える。
だがそれと同時に滅びゆく自身の中から何か、熱いものがこみ上げてきた。
「そうだ。我は……」
その熱いものは感情と名付けられるもの。
奇しくも怨霊としての運命を破壊されたことでかつて人間だった頃にあった感情が蘇ったのだ。
そしてその感情が戻った時に発現した感情は後悔だった。
「すまぬ……すまぬ……我が、私が、かような無様を晒したせいであの時輪廻の輪に戻り、次の生を送るはずだったお前たちを道連れにしてしまうとは……!」
怨霊兵となったかつて自身に付き従った三千の兵、いや慕ってくれた民たちに向けて流れるはずのない涙を流して何度も謝罪した。
どうしてこんなことをしたのか記憶には残ってない。だが己の所業で負うはずのない業を背負わせてしまったのだ。その罪は決して許されることはない。
右腕は繋がったまま灰のように消え始めた。
(いいえ、そんなことはありません。領主様)
「この声は……」
まともに動かない頭を無理やり動かして周囲を探す。だが人影は見つからない。
やがてその声は消えゆく己の身体から出ているのだと気付いた。
「お前、たち……!」
(ワシらはかつて上から生きるもの全てを搾取される生き地獄の中にいました。ですがそれを払ってくれたのが将門様です)
(然り!我ら、たとえ負け戦でも御大将とともに戦えたことに一切の悔いなどあろうはずもございません!)
身体の中で本来の意識を取り戻した怨霊兵たちの声を聞いていると変化が起きた。
なんと今も進んでいた身体の崩壊が遅くなったのだ。
その理由など言うまでもない。そして彼らがそれをしてどんな意図があるのかも理解した。
ちょうどその時、カランと右腕あたりから金属音が近くから聞こえた。
そこに目を向けると呪いで作られたものでは無い。かつて己が生前使っていた鉄刀があった。
(お前たち……よかろう!この将門、最後に一矢報いようぞ!)
右腕で刀を掴み上げた瞬間、右腕は消え去り刀は宙に放り出された。
慌てて将門は口で掴むと、まだこちらに気付いていない疲労困憊のレミリアたちを睨む。
討ち取ることはもう叶わない。
だがこのままでは終われない。勝ち逃げなど誰がさせるものか。怨霊新皇平将門の意地ここに見せつけん。
脚に残された全ての力を集め──地を思い切り蹴り上げて高く跳んだ。
両足は最後の役目を果たしたことに満足したのか現世より消えていたが今はもうどうでもよかった。
その時になって将門が捨て身で突進していることに気付いたようだが将門を止めるほどの力は全て使い果たし、万事休したか。
「まさかまだ諦めていないなんて……いややけくそかしら?どちらにしろもうあの勢いを殺す力は私たちにはもう残ってない。
ならこの結末は運命に委ねるしかないわね」
「お嬢様!前に出ては……!」
将門から挑戦に応えるように堂々と胸を張って待ち構える。
「死ねっ!レミリア・スカーレットォ!」
しかし、この時の将門は気付いていなかった。或いは気付いてはいたがそれを承知で突っ込んだのか今となっては分からない。
将門の息の根を止めた弓矢だがこれは元々二つの武器から生まれたもの。
一つの
矢が放たれた衝撃で吹き飛んだ弓はどこかに刺さるわけでもなく、ずっと宙に浮かんでいた。
しかし主であるフランの危機を察した弓は主を守るため、真っ直ぐ敵に向かって突き進んでいき──
「──ガッ」
将門の頭を勢いごと貫き、死兵の進撃は終わった。
(ここまでか……!すまぬ、翁……!)
最後に──こんな情けない自分を必要としてくれたぬらりひょんへの感謝と任を果たせなかった申し訳なさと共に平将門は完全に消滅した。
それを表すかのように三つの音──グングニル、レーヴァテイン、将門が生前愛用した刀が静寂となった空間に響き渡った。
将門が消滅した後、レミリアは疲労困憊で地面に背を向けて倒れた。
ちらりと横を見るとフランも疲れてレミリアと同じ仰向けになっていった。ただ違うところがあればフランは寝ていることだろう。その顔は天使のようにあどけなく、見ているレミリアも何だか微笑ましいと感じてしまう。
ほぼ全身に浴びた将門の呪いもともに消滅したようで、手当てをしてくれている咲夜には悪いが数分もあれば快調になるだろう。
すると、扉が無くなり威厳が無くなった出入口から足音が響いた。
「遅かったわねパチェ。もう戦いは終わったわよ?」
「知っているわ。地上の方もあらかた問題無いようだから念のために来たけど、本当に無駄足だったみたいね」
パチュリーは咲夜の反対側に座り、レミリアを上から覗く。それをずっと見ていると何だかおかしくなっていてクスっと笑ってしまった。
「ねえパチェ」
「何よ」
「あのクリスタルの爆発。貴方がしたんでしょ?」
あのクリスタルの指揮権は全てパチュリーが担っており、部屋が崩壊する程の爆発など紅魔館の中では彼女しかいない。
それに対して何も言わずにただジッとレミリアの眼を見つめるパチュリー。どうやら、そういうことなのだろう。
「無粋だったわね。それにしても今回あなたに何度助けられたかしら?まったく紅魔館の主が情けないわ」
「親友の前じゃ情けなくてもいいわよ。それくらいで見捨ててたら私は幻想郷にはいなかったわよ。
──それと報告。今入った報せだけど門番隊が近くの森で倒れてる美鈴を見つけたって。息はあるけど死にかけてるみたいだから私はそっちに向かうわ。
咲夜、こっちは任せるわ」
「はい、お任せください」
それを伝えると部屋から出ようとするパチュリー。だが何か思い出したのか立ち止まってレミリアの方を向いた。
「言い忘れてたけどレミィ──お疲れ様」
「……何言ってるのかしら。戦いはまだまだこれからよ。もっと紅魔館の名を幻想郷に響かせてやるから待ってなさいよ」
「ハイハイ」
かくして紅魔館の戦いは敵大将、平将門の討ち死によって幻想連盟の勝利に終わった。