これは、暗殺者でありながら調停者として守り続けた少女の話──。
彼女はどこで生まれたのか賢者たちでさえ分からなかった。
彼女は幻想郷の人里より少し離れた民家で生まれ落ちるも、すぐに悲劇が起きる。
当時、里で噂されていた殺しを趣味とする狂人がやってきたのだ。
父親は家にあった牛刀で抗うも、首を切られて大量の血を吹き出しながら死に、母親は子を庇い背中を大きく斬られてしまった。
当然、生まれたばかりの赤ん坊を狂人が見逃すはずもなく、凶刃が首元まで迫った。
すると突然狂人が倒れた。
何事かと後ろを振り返れば鬼の形相と化した母親が狂人の背に父親が持っていた牛刀を刺したのだ。
女の身体では強い力は出せないはずなのに子を守る母の底力なのか致命傷となる程に深々と刺し、狂人は息絶えた。
程なくして最後の力を使い果たした母親も床に脱力したように倒れ、そのまま力尽きた。
その瞳は最後まで真っ直ぐに子を捉え、愛を与えられずに死ぬ両親でごめんなさい、彼女のこれからの生に幸せがあるようにと願いながら。
だが不幸なことに母親の眼は子の将来を憂う愛に溢れた眼だったがその顔は狂人を殺した鬼の形相であり、それで見つめ続けられた赤子の生に深い影響を与えてしまった。
こうして育てる者がいなくなり彼女は生命の危険し晒された。
両親が亡くなり三日後。
血の匂いで充満した家の中に一人の男が入ってきた。
盗みのためか、はたまた両親の死を聞いて子の様子を見に来たのか。
しかし男はどちらでもなかった。
男は血生臭い匂いに怖気づくことなく真っ直ぐに赤ん坊である彼女の方に歩み寄った。
そっと首元と口の中に指を入れ、生きているか確認した。
脈は微かだが動いており、口の中も暖かったため生きていると判断すると、男は赤ん坊を抱いて連れ去ったのだ。
男は殺し屋だった。
今の幻想郷では見ることは少ないがかつては人間同士の権力闘争で使われており男もその一人だった。
何故赤ん坊を連れ去ったのかと問われれば、弟子を取るためだ。
男は近々殺し屋を辞めようと思っていたが殺しに明け暮れた自分ではどこも雇ってはくれないと将来に不安があった。
だから考えたのだ。弟子を取り殺し屋を引き継がせて稼がせれば安泰だと。
だが中途半端に弟子を取るのは危険だ。勧誘など通報されれば終いで幼い子供を攫っても倫理観が邪魔をして育てるのがめんどくさい。なら倫理観を与えられてない無垢な赤ん坊を使えば良いのだと結論付けたのだ。
その日から彼女の人生は大きく動きを見せる。
攫われてから三年間はほぼ何も出来ないので男は育てることに専念した。
その最中でも赤い血や動物の死体を見せたり、連れて来た標的を拷問にかけて死というものに慣れさせて下準備も進めていた。
彼女が三歳になった時、修行は始まった。
弱点となる部位への打ち込みや暗器を使った訓練、標的の相手ぼ心を読む心理学、気配遮断の練習などはずっと──五年間続いた。
男にとって好都合だったのは彼女に殺し屋としての才能があったこと。そして感情というものが無かったことだった。
おそらく両親が死んだあの夜が原因なのだろう。血を鮮やかに噴き出した父親に鬼の形相で見つめた母親を見ていては心が壊れてもおかしくないだろう。
とにかく淡々と機械のように言われたことだけを続ける従順な少女は男の望む殺し屋になる──はずだった。
突如、男は死んだ。
ある日、賭博をしていたがそこで一人の人間の気に触れてしまったのだ。
その人間とは当時の博麗の巫女で、歴代の巫女の中で悪名高いことで有名だった。
男が殺されたのも賭けに負けたところで男が勝っていたから。ただそれだけ。
だがそれを知っても彼女は悲しむことも憎むこともしなかった。
まるでどうでもいいものとして彼女はそのうち忘れるのだった。
──殺し屋さんはこちらかね?
それから三日後、罠にかかった兎を捌いているとそれは突然背中から現れた。
驚きも興味も微塵も無かったが手を止めて特に何か思うこともなく話を聞くことにした。
彼女は賢者という者の一人らしく、なぜここに来たのかというと依頼で、その標的は博麗の巫女だという。
賢者によると博麗の巫女の横暴を許容するにはもう限界だそうで、処刑が決まったらしい。
ただそれが出来なかったのは次代となる次の巫女が見つからなかったために手の出しようが無かったからだった。
それももう解決したらしいようで、なんとそれが自分だと賢者は言ったのだ。
だから依頼としてはこうだろう。
「博麗の巫女を殺し、次の巫女となれ」
特段、彼女は別に反対せずに分かったの一言だけ言って引き受けた。
その時、ひと悶着はあるかもしれないと予想してた賢者はすぐに受けてもらい拍子抜けしたようで苦笑いをしていた。
月すら見えない夜。それが博麗の巫女の暗殺日時だった。
博麗の巫女を殺すために集まった賢者たちを間違って殺さないよう顔を確認する。
言葉を交わすことはしない。
そして、殺し屋としての最初の依頼が始まった。
作戦はこうだ。
賢者たちが博麗の巫女を攻撃し、意識をそちらに向けさせて頃合いを見て殺す。ただそれだけ。
賢者の一人が何もない空間から無数の目玉が覗く穴を開けて、彼女意外がその中に入っていった。
それから数分もしないうちに上から激しい音が聞こえる。
何かが弾ける音。剣劇の音。銃弾の音。怒号、悲鳴、歓喜の声。
そのどれもが常軌を逸したものだと本能で分かったが特に恐怖することも怯えることも緊張することも無かった。
やがてどれ程の時が経ったのだろうか。
戦闘音はまだ鳴り止まず、まだまだ続くと思った時だった。
彼女が動いたのは。
なぜ動いたのかは当時を知る者でも分からないだろう。
だがこの瞬間が好機だと肌で感じたのだ。
それが間違っている可能性は微塵も考えておらず、しくじっても死ぬだけだと歩みを始めた。
長い階段を上がって目にしたのはやはり激しい戦いだった。
無数の弾幕が飛び散り、得意とする攻撃手段で巫女らしき標的を攻撃している賢者たち。
だがその全員が浅くはない傷を負っており、近くの場所で悶え苦しんでいる賢者と思われる者もいた。
巫女は鎌で応戦しており、時折何か術を使っているようでそれに賢者たちは苦しんでいた。
だが、問題無い。──もう彼女は巫女の懐にいたのだから。
暗器である猛毒を塗った短剣を抜く。
巫女はその時になって気付いたようだがもう遅い。
鎌が、術が彼女を襲う前に──一気に心の臓を貫き、軌道を変えて抉った。
口から血を流す巫女。だがその顔は世間で言われる魔王のようなものではなく殺した彼女を憐れみ、満足したかのような清々しい顔つきだった。
だがそれも一瞬のこと。
すぐに悪辣に笑って何か呟いた後、そのまま地面に倒れて二度と起き上がることはなかった。
こうして
彼女は喜ぶことも先の将来を憂うことも無く、無感情のままだった。
だが最後に見た先代のあの清々しい表情と悪辣に笑ったその顔は二度と忘れることはなかった。
最初の依頼で殺し屋を結果的に引退することになったが仕事内容としてはあまり変わらないものだった。
博麗大結界の管理以外には危険な妖怪や外からの侵入者を殺すことばかりだったがそこでも巫女の暗殺技術は鈍ることはなかった。
あと、巫女としてはどうでもよかったが悪名高い六代目の後釜になったことに大衆は不安だったようだが普段から気配を断っていたため大きな話題にはならずにそのまま風化していったようだ。
賢者とも仕事を持ってきて受けるだけの関係で、顔と名前を覚えることはなかった。
幻想郷を荒らす妖怪や人里で危険思想を持つ人間を時々殺していき、数年が経った頃。
──霧の湖方面に強大な妖の気配が現れた。
賢者からの話だとその妖の名は平将門という怨霊で、三千の怨霊を率いて幻想郷を荒らしているらしい。
だが巫女はいつもと変わらない調子で引き受け、現場へと走った。
霧の湖は怨霊の負の力を取り込んでしまい、死の湖へと変わり果てていた。
その中で将門の姿を確認した瞬間、結論を付けた。今のままでは勝ち目は無いことを。
だからまず巫女は周りを排除することを優先した。
怨霊兵が少人数になったところで退魔の力を宿した暗器で殺害。
それを何度も機械的に繰り返し、ほぼ全滅させると本体がとうとう現れた。
戦闘に入ったものの勝敗は簡単に着いた。
将門の戦闘能力は巫女より圧倒的だったが、巫女が対人戦に特化していたために、王手を取れることはなかった。
また怨霊兵を全て取り込むことが出来なかったので十分な実力を発揮することが出来なかったのもあるだろう。
将門は首と心臓、最後に頭を一突きされ、完全に敗北した。
だが、将門はそれだけでは終わらなかった。
将門は頭を突かれた直後に身体の一部が飛び散り、巫女の身体の一部にかかったのだ。
それを巫女はどうでもいいように振り払い、将門の消滅を確認すると帰っていった。
これが終わりだと思わずに──。
異変が現れたのは一週間も経たなかった。
縁側でお茶を飲んでいると脈絡もなく血を吐き出して倒れた。
原因が何かなんてもう分かっている。
平将門。それしかない。
だが原因が分かってももう治らない。それぐらいのことは分かっている。
それから自身の身体が食い尽くされるような激痛が全体を走り回り、苦しいものだった。
将門の呪いに侵されて激痛が走ってから一時間後、痛みは消えた。
だがそれは助かったわけではない。痛覚を感じる神経が機能しなくなっただけだ。
だからこそ、これが自分の最後だと悟った。
何か後世に伝えることは何もない。あったとしても筆など取れるはずもなく、誰かに伝えようともその誰かすら神社にはいなかった。
一人、畳の部屋で蹲る中、巫女は過去を振り返る。
両親が殺された時、名も覚えてない男に育てられた時、先代を、殺した時。
「あっ……」
そこで彼女は思い出した。先代の呟いた最後の遺言を。
『──精々、運命に抗って見せろ、ガキ』
「……うん、そうだね……」
それを思い出した時、彼女は
彼女は弱り切った腕を天に掲げて拳を握った。
それはまるで将門の呪いに抗うかのように、間近に迫る死に抗うように。
そして──
「死にたくない、なあ……」
一粒の涙を見せた後、掲げた拳は力を失って腹部へ落ちたのを最後に永遠の眠りに就いた。
誰にもその死を知られないまま。臨終する様子を見られないまま。
感情を失った
「──遅かった、か」
特に用など無かった。
かつて隠岐奈が六代目の暗殺、次代の巫女の確保のため、接触した少女とあまり会わなくなり、今どうしているか。ただそれを知りたくて来たのだ。
「二童子、八雲に伝えろ。今代の巫女は死んだと」
八雲紫に報告するために二童子は消え、この神社には賢者と死体しかいない。
隠岐奈は部屋に上がり、彼女の死に顔を見る。
「やっと取り戻した──いや、思い出したようだな」
涙を指で掬うとそれを舌で舐める。死に際に流す涙は普段流す涙と変わらないようだ。
「お前はよくやった。三代目の死より始まった暗黒期を終わらせ、元に戻った、とは言えないが調停者として働いたことを、私が評価しよう。
だから言わせてもらう。──ゆっくり休め」
こうして、一人の少女の人生は幕を閉じ、次の世代へと受け継がれる。