~命蓮寺~
反八雲連合襲来という報せが入ってきて数日が経ち里の人間たちが不安の中、命蓮寺は変わらずに困っている人妖を救っていた。
里の見回りをしていた星とナズーリンが帰ってきた。それを入口前で箒で掃いている響子が出迎える。
「星さんにナズーリンさん、おかえりなさい!」
「はい、ただいま帰りました。今日も人里は異常なしですよ」
見回りの成果を誇らしげに発表する星に嬉しそうに笑う響子。ナズーリンは響子に気づかれないよう小声で星に話しかける。
「まったく、何が異常なしだよご主人。窃盗に喧嘩、挙句に放火までしようとしてた奴らがいたというのに」
「ははは……。ナズーリンには敵いませんね。でもあの子にはそういう話は聞かせたくないんです。私が言うのも説得力がありませんが……」
「いや、私も同感だよ。響子にはなるべく話したくないのは分かる。小さな賢将の名が聞いて呆れるね」
「それを言ったら私もですよ。ですが聖にはちゃんと報告しますからそこは安心してください」
「?」
二人が何の話をしているのか分からないため首をコテンと傾げる響子。
正直に話すわけにはいかずどう言い訳しようと悩んでいる時、
「あの、すいません。ちょっと聞きたいことがあるのですが」
後ろから頭巾を被った顔が分からない少女が声をかけてきた。
二人は半ば誤魔化すようにその少女に対応する。響子も目の前のお客様を相手に元気よく挨拶する。
「どうしましたか?」
「すいません。命蓮寺ってここですか?」
「はい、命蓮寺でしたらここで合ってますよ」
すると少女は良かったとホッと息をついた。
「良かった……。前見たのと違ったから不安だったけど合ってた……!」
「……?」
星の中に違和感があった。
長い間聖と共におり、今まで命蓮寺に来てくれた信者の顔や声はほとんど覚えている。
だが目の前の彼女は前に来たと言っていたがまったく覚えが無いのだ。
それに疑問が残るが自分が忘れただけかもしれない。そう思いその時の状況を話してもらおうとする。
「えっと、前にお会いしましたか?」
「ご主人?」
その様子にナズーリンは訝しむ。
「……フフッ」
すると、少女は何がおかしいのか笑い始めた。
それに星とナズーリンは警戒をはじめ、何かを感じたのか響子は聖たちを呼びにいった。
「……何がおかしいんだい」
ナズーリンが不気味だと思いつつ話しかける。
だが少女は急に笑うのを止め、ナズーリンを顔は隠れているので分からないがジッと見ていた。
すると少女は星の方に向いてナズーリンを指さした。
「誰ですかこの鼠?星のペットか何かですか?いけませんよー、命を
「っ貴女!」
星は響子が置き去りにした箒を少女の首元に突き付けた。
ナズーリンは滅多に見ない主人を見てどうすればいいのか分からなくなっていた。
「ナズーリンは私の従者です。彼女を馬鹿にすることは許しません。謝りなさい」
嚙み殺す気があると思うほど鋭い眼光を飛ばすが少女には効いてないみたいでさらに挑発した。
「……へえ。あなた従者なんていたんですか。いいですねー自分の好き勝手に出来るお人形手に入れるなんて羨ましいです。私も欲しいなー」
とうとう怒りを抑えられなくなった星が彼女の喉を潰そうと箒を押し込める力を入れようとした。
「待ちなさい!」
静止する声に星は我に返り、飛び下がる。
後ろを見ると聖と一輪と村紗、響子がいた。どうやら応援に駆け付けてくれたらしい。
それでも少女は何ともないようで星を見て残念そうにしていた。
「話は途中からですが聞かせてもらいました。ナズーリンにひどいことを言ったそうですね。彼女もこの寺の一員です。謝罪してください」
「はあ……、みんなして謝れですか。つまらないですね」
「それを言うならあなたもです。その身に纏っている術で姿を変えているのでしょう?正体を現しなさい」
芯のある強さを見せながら少女を説き伏せる聖。
最後の言葉を聞くと星は少女を見て、当の本人はまた笑い出した。
「ハハハ……。失礼しました。まさかこれを見破るとは。やっぱり無理があるんですよ。何が麻呂の術は誰にも見破られんだ、あの自称学問の神め。
まあ、バレたのはしょうがないですね。流石、聖大僧正。では我が正体とくとご覧あれ!」
「大僧正?まさか……」
少女の言った大僧正に正体が分かったのか動揺する聖だがそれを気にすることなく術は解かれて、その時吹いた風で隠していた頭巾が飛んで行く。
そしてその顔を見たナズーリンと響子以外の一同は驚愕した。ここにいるはずがない人物が現れたように。
整った顔立ちで身長は百七十あたりの美人だった。
だがそれを打ち消すほど胴体は鎧のように分厚いもので身に着けており下半身は脛までは肌が見えていたがそれから上は刺々しい
「それでは改めてご挨拶をば」
先ほどまでの相手を煽るような口調とは裏腹に優雅にお辞儀をする少女。
だが顔を上げた瞬間にはこの禍々しい身体に相応しい凶悪な表情で視線を合わせる。
「反八雲連合の使者として参らせていただきました。種族は化け蟹。名は
本名を晒した雲源蟹に敵意を露わにした星は罪人を追及するかのように問う。
「なぜ、なぜあなたがこんなところにいるんですか、水長!」
「お久しぶりですね皆さん。聖大僧正もお元気そうで何よりです」
「何度も言いますが私は大僧正と呼ばれるほどの徳はありません。しかしあなたは連合の使者として来たと言いましたね?
なら聖白蓮としてでは無く命蓮寺の者として本堂の方に案内します。」
「えー……。貴女に徳が無かったらこの世の人間もう終わりじゃないですか。それに──……ハイハイ分かりましたさっさとやりますんで。失礼。五月蠅い上司が連絡してきましてね。それでは遠慮なく」
聖を先頭に着いていく水長と彼女を囲むように星と村紗が続いていく。
星たちから滅多に見ない敵意を露わにしているのを疑問に思った響子は一輪に尋ねる。
「あの人、皆さんの知り合いなんですか?知っているような感じでしたし……」
それに対し一輪は言うべきか迷い数秒考え込むと話すことを決めて苦々しい表情で話す。
「まあそうだね。ぬえやマミゾウさんは知らないけど私たちは知ってるよ。いい話じゃないんだけど彼女は──」
住職を殴り殺して聖様に破門された妖怪なの。
「あなた方命蓮寺に連合から求めるものはただ一つ。此度の戦は我らに付いてください」
礼儀正しく正座する聖たちに対し、胡坐をかいている水長は要求を口に出す。
その言い分に腹立たしく感じてる星たちとは裏腹に聖は静かに聞いていた。
「もちろん連合に付いた暁には人間たちをまとめる長になってもらいたいと考えております。これは大僧正、おっと失礼。聖様にとっても悪い話じゃありませんとも」
聖が長になれば人間たちの地位向上に繋がり奴隷のような扱いは無い。
そう説明し終えた水長はもう一度、最初の言葉を口にする。
「では説明も終わりましたので再度問いましょう。連合に付くかどうかお答えください」
聖は閉じていた瞼を開けてちらりと星たちを見る。
彼女たちは聖がどんな選択をしても付いていくと心に決めている。
だからこそ聖は正々堂々、隠す物はないと言わんばかりにハッキリと答えを出す。
「私はかつて人妖の共存する世界を目指してきました。向こうでは叶えられませんでしたがここは違いました。
確かに妖怪の脅威はあります。しかしそれを越えて人と妖怪が絆を結ぶこの世界を私は愛しています。
だからこそこの平和を脅かそうとするあなたたち連合に付く気は毛頭ありません。どうかお引き取りを」
水長はその言葉を聞いて落胆するかと思ったがニヤリと笑った。
「貴女ならそう言うと思いましたよ。まさに大僧正と呼ぶに相応しいお方だ」
それだけ告げるともう用は無いとばかりに立ち上がり本堂を出ていく。
「もう、戻れないのですか」
後ろから聖が問いかける。
水長は歩くのを止めない。聖の方を向くことはなく独り言を言うかのようにポツリと呟く。
「戻れませんよ。私は人を喰らうことを耐えることが出来なかった人でなしです。あなたたちと違います。破門された時に手遅れだったんですから」
それを最後に水長は命蓮寺を出ていった。
「星」
「はい」
「私は連盟に付こうと思います。使いを頼まれてくれませんか?」
「もちろんです。何かあったらナズーリンによろしくお願いします」
星は最低限の内容が書かれた書状を聖から受け取ると空を飛んでいった。
聖は村紗や一輪たちを呼びこれからのことを伝える。
皆最初こそ驚いていたが笑って受け入れてくれた。
(水長。あなたは手遅れと言いましたが私はまだ諦めません。破門させた私が言う権利は無いでしょう。だからこそ責任を持って私はあなたを必ず救ってみせます)
心の中に宿る思いを胸に聖白蓮は動き出す。
命蓮寺、幻想連盟に属す。
~人里~
連合の出現によって治安が悪くなり友好的な妖怪も姿を消したせいで普段賑やかな酒屋も人通りが無く寂しいものになっていた。
だがそんな場所に一人の死神が酒を飲んでいた。
「おじちゃん枝豆と焼酎追加ー。」
「はいよ」
彼女の名は小町。地獄の船頭である。
本来ならこの時間帯はまだ仕事のはずなのだが堂々と悪びれることなく飲んでいるため今日は休みなのかとつい思ってしまう。
「はいお待ち」
「おっ!来た来たー」
言い訳なのだが現在三途の川で待っている霊は普段と比べると少ないのだ。嵐の前の静けさのように。
これは人を襲う妖怪がこぞって連合に参加しており待機しているからなのだが小町にとっては理由などどうでもよくサボれる余裕があることに歓喜していた。
そんな彼女に烏帽子を被った少女──物部布都が声をかける。
「むっお主、何時ぞや会った死神か」
「おや、仙人様じゃないか。どうだい一杯飲まない?」
誘って来る小町に呆れた視線を送る布都。
「残念ながら我は太子様に命じられた仕事の途中じゃ。酒など飲んだら屠自古の雷が落ちるわ」
「あらそうかい。それは残念」
しかし断った布都は小町と同じ席に着きお品書きを読み始めた。
「あれ?飲まないんじゃなかった?」
「酒は飲まんが腹が減っておるからのう。腹が減っては戦は出来ぬ。
それにお主に聞きたいことも出来たからのう。店主、イナゴの佃煮定食を頼む。あと茶もくれ」
「はいイナゴの佃煮定食と茶ね」
流れるように注文を終えると小町の方を向く。
「で、なんだい?聞きたいことって。どうせ巷のあれ関連だろ」
「うむ。その通りじゃ。できる限り情報が欲しいからのう。地獄はどんな対応取っておるのじゃ?」
「悪いがあたいは話せないね。結構大事な情報だか「勤務時間中に酒を飲んどると上に知られたらどうなるかのう?」……」
焼酎を注ぐ手が止まり、冷や汗が出始めた。
「ふ、ふん。その程度の脅しでこの三途の川の船頭が言う通りになると「今、お主が飲み食いしてる代金は我が払うぞ?」いいだろう、交渉成立だ」
「イナゴの佃煮定食と茶だよ。ごゆっくり」
あっさりと情報を売ることを決めた小町を横目に布都は注文していたものを受け取り食べ始める。
小町も焼酎を注ぐのを再開して情報を話す。
「地獄の対応だけど基本的には中立だね。死神が生者に干渉するなんて普通はご法度だし。」
「お主が言うと説得力が欠けるの」
「そこは気にしない。ただちょっと問題があってね。畜生界が干渉するのを防ぐのもあるんだけど服役中の魂が逃げ出したんだよ」
「それって一大事なのではないか?」
「そうさ。おかげで上はピリピリで映姫様もストレスが溜まってるんだよ」
「その
「褒めないでくれよー。おや帰るのかい?」
「うむ。腹ごしらえも済んだし情報も聞けたしのう。それ、約束じゃ」
「へへ、毎度ー」
布都は席を立ち懐にしまっている財布から自分のと小町の代金分の金を置くと去っていった。
(ふむ、地獄は中立を選んだか。これで中立を選んだのは妖怪の山と永遠亭、天人に冥界、そして地獄。連盟に付いたのは命蓮寺や我ら神霊廟に紅魔館などか。
とりあえず情報収集はこれぐらいが限界じゃな。後は太子様に報告するだけ。さて、どう策を練るかのう……)
布都は各地の勢力に関する情報を調べており紫には負けるがそれに匹敵する情報を集めていた。
この可愛らしい少女の姿とは裏腹に冷徹な策士として主である太子の役に立つため神霊廟に戻るのだった。
なおこの後小町は勤務時間にサボったことと布都に重要な情報を話したのがバレたので映姫からこっぴどく説教されるのだった。
神霊廟、連盟に属す。
地獄、中立を宣言。