最初に動いたのは反八雲連合、平将門率いる怨霊兵たちであった。
怨霊兵らは雄叫びでは無く、呻き声を上げながら紅魔館に突撃する様は地獄の亡者が攻めて来たと言われても一切違和感を感じない。
だが紅魔館側も将門の本隊が来る前に準備はしており、怨霊兵の先には先日重症を負ったが翌日完治した美鈴率いる門番隊が立ち塞がっていた。
~一時間前~
「隊長、門番隊の配置が完了したとのことです。隊長の指示があればいつでも動けます」
「ご苦労。副隊長」
昼寝をしてメイド長に怒られる怠け癖と誰にでも友好的に接する優しさを持つ紅美鈴はここにはなく、門番隊隊長、紅魔の龍としての姿で将門のいる陣を冷たい目で監視していた。
連合の陣が少し揺れたり、ここからでは聞こえずらいが美鈴の耳には何百、何千の数が起こす足音や喧騒をはっきり捉えた。
それが意味することとは──
「そろそろ敵が動き出す頃か……」
「あらそうなの?そういうのは私には分からないわね。やっぱり人間と妖怪の違いってやつなのかしら」
「……咲夜さん、いつの間に?」
聞きなれた声がした隣の方を見ると咲夜がさもずっとここにいたかのように立っていた。
いきなり現れた咲夜に美鈴はさっきまでの冷酷な表情は驚愕の表情に上書きされ、副隊長は金魚のように口をパクパクさせていた。
「あの、咲夜さん?今からここ危ないので館の中で待機してもらいたいんですが……」
「そんなことは百も承知。私が来たのはお嬢様からの伝言を伝えにきただけよ」
「伝言、ですか?お嬢様は何と?」
「防衛部隊の配置変更よ。といっても中の警備が変わるだけだけど。時間が無いからさっさと話すわ」
咲夜の説明はこうだった。
館外の防衛は今と同じで敵の様子見という役割のため、美鈴と門番隊の少数で防衛するのは変わらないが変更したのは中だという。
館内は当初は咲夜率いるメイド妖精とパチュリーとフランで応戦する予定だったがフランは部屋に閉じ込めるようにして、代わりにミノタウロスやスケルトンなどどこから来たのか分からない連中に防衛を任せるらしい。
若干不満そうにしてる咲夜を別に美鈴はどこか懐かしい表情を見せていた。
「ああー、彼らですか。久しぶりの再会になりますかねこれは」
「あら、知り合い?」
「まあ、そうですね。咲夜さんが知らなくても無理は無いですよ。咲夜さんが来る前に彼ら眠っていましたし」
「嘘?あいつら私より古参なの?お嬢様が気まぐれで雇った傭兵かと思ったわ」
「確かに見た目じゃそう見えますけどお嬢様への忠誠は高いですよ」
その後、詳しく美鈴から話を聞くと中々面白い連中だと分かった。
代々スカーレットの家に忠誠を誓っている古参の中の古参もいるがレミリアの力やカリスマによって軍門に下った者が大半らしい。
ミノタウロスを筆頭にスケルトンやゾンビにゴースト、リビングアーマー、ウェアウルフとその他で構成されているらしい。
どれも実力は高く、何度も教会の勢力と戦い退けているほどだとか。
そんな連中がなぜ眠っていたのかだが、咲夜が紅魔館に来る前からレミリアは引越しを考えていたらしく──その結果幻想郷に決まったわけだが──その際に反対意見を出してレミリアの機嫌を損ねたので無理矢理地下室にて眠らされてしまったらしい。
「それされてちゃんとお嬢様の命令を聞けるのか心配になってきたんだけど」
「まあ、聞きますよ。彼ら。
だってお嬢様に眠らされるほどボコボコにされたのもありますがなんだかんだでお嬢様に忠誠誓っていますからね」
彼らの境遇を聞いて少し不安になる咲夜だが美鈴は気楽にそんなことを呟いた。
ちなみに余談だが紅魔館が館ではなく城になった世界では彼らはレミリアの命令に忠実に従い、侵入者と戦っていたのは別の話。
「そういえばなぜフラン様…失礼、妹様を部屋に閉じ込めるなんてことを?」
「お嬢様曰く、不安要素が大きいから、とおっしゃっていたわ。あいつら何かあるのかしら?」
「それに関しては戦ってみないと──。来ますよ」
突如さっきまで漂わせていた冷酷な気配を纏い、連合の陣を睨んだ。
咲夜の耳にも聞こえるような激しい足音がだんだん近づいてくる。
「みたいね。じゃあ私は戻るわ。急いでメイド妖精を統率しないといけないし。……美鈴、武運を祈るわ」
「ええ、お嬢様の敵は誰一人もここから通しません。そちらもお気を付けて」
咲夜は能力を使い、一瞬で姿を消した。
館の内部から妖精メイドの慌てている声を捉えると咲夜も準備は整えているのだと分かり、少しにこりと笑う。
「さて──かかってこい。怨霊共」
地獄へ持っていく土産をたんと馳走させてやる。
突撃する怨霊兵に対して弓や弾幕、魔術など遠距離から攻撃を仕掛けるも怨霊兵は頭に直撃しても身体に穴が空いてもその足は止まらず依然として効果は薄い。
その様子を見守る門番隊は皆、歯がゆい思いでいるがそれでも一歩も動いてはいない。
そして好機はすぐに訪れた。
怨霊兵がパチュリーの結界に入り込んできたのだ。
怨霊兵も例外は無く、次々と力を吸収され、戸惑っているのかその足が一瞬止まった。
──その瞬間。
「今だ!門番隊攻撃開始!我らの武勇を見せつけてやれ!!」
「「はっ!!!」」
堰を切った濁流のように美鈴たちは怨霊兵の群れに突撃する。
気を込めた回し蹴りで先頭にいた怨霊兵を二、三体に喰らわせる。
その威力は大きく、さらに気を込めたことで彼女の気が怨霊兵の体内に入りこんだことでその気が暴走しそれを喰らった怨霊兵に牙を剥く。
その結果、回し蹴りを喰らった怨霊兵は蹴りを喰らった箇所から身体が破裂し、そのまま地面に倒れて動かなくなる。
門番隊は五人一組で持っている武器や弾幕で確実に一体ずつ確実に仕留めていく。
さらに館の塀の上に待機するメイド妖精の弾幕とパチュリーのクリスタルからのレーザーを撃つことで牽制すると同時に僅かだが敵戦力を減らしていった。
怨霊兵もこのまま黙っているはずがなく、反撃を試みる。
鎧武者の怨霊武者が農民の姿をした怨霊民兵と胴丸を装備している怨霊足軽を統率し、態勢を整える。
だが、パチュリーの防衛結界の影響で万全の力を出すことが出来ず、無念にも何も成すこと出来ぬまま討ち取られていく。
戦況は明らかに紅魔館が優勢だった。
突撃してきた怨霊兵も少しずつだが倒れていき、いつ士気が落ちて敗走するのか時間の問題だった。
だがそれでも誰も退こうとはしていない。それどころかこの状況が分かっていないのか無理に突っ込んでいく怨霊兵が大多数いるのが現状だ。
(奴ら……一体何を考えている?
いくら数で勝っているとはいえ数だけでは戦には勝てない。統率してる将もなぜ撤退する様子を一切見せない?何が奴らをここまで突き動かす?
皆、疲れも溜まっている。役割としては十分だろうしそろそろ退き時か……)
足を止めない怨霊兵を不気味だと思いつつ門番隊に後退を命じようとした時。
「痛っ!!」
近くで一人の門番隊の悲鳴が聞こえてきた。
慌ててそれを見ると、頭に槍に刺された怨霊兵が刺されたまま刺した張本人である門番隊の腕に噛り付いたのだ。
「シッ!」
それを美鈴が見逃すはずもなく、一瞬で近づき、正拳突きで遠くまで吹き飛ばした。
「大丈夫ですか!?……ッ!これは……!」
急いで嚙まれた跡を見ると嚙まれた箇所から怨霊兵のどす黒い紫色に変色し始めていた。
その浸食は速く、このまま手をこまねいていては身体全体が侵されてしまう。
だからこそ美鈴は迷うことなく彼女の腕を持っていた偃月刀で斬り落とした。
「ぐぅっ……!」
痛みのあまり涙が零れそうになるが我慢しようとしている彼女を近くにいた別の門番隊に預けると、美鈴は斬り落とした腕の方に視線を向けた。
腕は完全に浸食されもう腕とは呼べないものに成り果てていた。
もし斬り落とさなければ彼女は完全にこれと同じとなっていたと思うと思わずゾッと背筋が震えた。
このまま戦っていては被害はさらに拡大する可能性があると判断した美鈴は館まで後退するよう弾幕を上空に放つ。
「門番隊!総員、紅魔館まで後退せよ!繰り返す!総員、紅魔館まで後退せよ!繰り返す──」
これを合図に乱戦状態だった門番隊は一切の乱れなく次々と館まで退いている。
それを確認しながら追撃されないよう足止めをしていた美鈴は残りが自分だけだと分かると自分も撤退しようとした。
──その時、何かが結界に入ってきた。
「……!?」
それが分かった時、美鈴は自分が絶対的な捕食者の前にいる餌と錯覚してしまった。
だが、気合いと根性で無理矢理追い払うと急いでそれがいるであろう場所を特定する。
(おぞましい気配がする方角はここより少し離れた東側、結界の近く……!だがその場で止まっている?ただ入っただけ……?だが油断は出来な──)
──ピシリ。
その音が美鈴の思考を停止させた。
何の音かと音のした方の上を見ると。
「なっ……!?」
結界に一筋の
パチュリーの結界は並大抵のことでは壊れることは無く、全力を出せば地霊殿の霊烏路空の本気の攻撃を耐えられるほどなのだがそれに罅が入った。
つまりそれは敵の首魁はそれ以上の力を持っているということだ。
さらに近くを徘徊するレーザーを放つクリスタルを視界に入れると何か様子がおかしい。
最初は綺麗で透明な青色をしていたが今では怨霊兵と同じ色に汚染されている。
動きは問題は無いが暴走してるのかレーザーが縦横無尽に放たれており、怨霊兵に直撃しても倒れるどころか活性化までしてしまっている。
これはどう見ても異常事態。
そしてその原因は今侵入してきた妖怪。
「……覚悟を決めないとですね……」
美鈴は副隊長のいるところまで移動すると一言だけ告げた。
「副隊長、あなたに門番隊の全指揮権をあなたに与えます。私は敵の首魁を探ってきますので!」
「えっ?ちょ、ちょっと隊長!?」
いきなりのことで啞然とする副隊長を置いて敵の首魁、平将門まで一気に駆け抜ける。
紅魔の龍、紅美鈴と千年の怨霊新皇、平将門が激突するまであと僅か──。
~紅魔館・平将門の陣~
紅魔館と怨霊兵が激突する中、将門は誰にも気づかれない距離にて戦場を俯瞰していた。
「負け戦か……」
「と、おっしゃいますと?」
ポツリと呟いた将門に副官の一人が尋ねる。
「怨霊兵は今、力を奪われながら敵と戦っている。一騎当千の将と連携の取れた部隊、充分な掩護を相手にしながらな。
これでは敗走するのは時間の問題。由々しき事態よ」
口ではそう言うが一歩も動かずに立っているのみ。
「ならばどういたしましょう?翁に援軍でも要請しましょうか?」
「笑止。それは愚の骨頂というものだ」
副官の意見を即座に否定したが副官も本気ではなく冗談を言っただけなのでまったく気にしていない。
「確かにそれも良い手だろう。だがそれは他の部隊がするものだ。故にこの侵攻には我らが選ばれたのだ。
故に──我が出よう」
将門は怨霊馬に跨ると紅魔館に向かって走りだす。そして後ろを振り向くと、副官に伝言を残した。
「包囲してる兵に伝えよ!結界が壊れ次第、侵攻を開始せよとな!」
「承知しました!」
伝令に向かった副官を見ると、将門は前を向き紅魔館へと疾走する。
将門は結界の前で馬から降りると何の躊躇も無くその中に腕を入れた。
その瞬間、腕から一気に力が抜けていくのを感じた将門は興味深そうにしながら腕を戻した。
「ほう…。腕を入れただけでこれほどとは……。面白い」
将門は馬を連れて平然と結界の中に入っていく。
当然、吸収される力の量は激しく増加し、怨霊馬も具合が悪そうに震えているが将門本人には特に異常は無い。
それどころか力を一気に放出したのだ。
「さあ、力比べよ!我の怨念が勝つか、貴様の結界が勝つか!目に物見せてくれる!」
その結果は結界に罅が入ることで証明された。
放置していれば結界が崩壊するのは時間の問題。
さらに罅が入りあと僅かというところに入る。
だが、将門に一筋の閃光が向かってきた。
「……!」
避けることが出来ないと判断した将門は腕を十字にして受け止めることにした。
だが閃光は受け止められても止まる気配は見せず、その勢いのまま結界から離れ、近くにあった林の中まで飛んでいった。
ようやく勢いが衰え始めたのを感じた将門はすぐさま横に逸れるよう重心を傾けると狙い通りに滑るように横の木々にぶつかった。
ぶつかった木々は何本も折れ、十本目に当たってようやく勢いは無くなり、幹が凹んだのを代償に止まった。
将門はすぐさま戦闘態勢に入り、来るであろう敵に集中する。
敵──紅美鈴は視界に入っていない状態で相手の位置を探り、将門の衝突で折れた木を投げつけて攻撃する。
だが将門はそれに冷静に対応し、腰に指している刀で切断したり弾いたりして攻撃を躱す。
これを繰り返して間もなく、奥の茂みから美鈴は現れた。
その纏う気は千年を生きる将門でも見たことないほど練られており、思わず武者震いをしてしまう。
「ほう、まさか我を襲った無謀者がまさかこのような女とは。スカーレットは余程戦力が無いと見えた」
わざと大袈裟に言い、挑発するがそんなもので引っかかるほど美鈴は甘くない。
「その女にこれから倒されるのに随分余裕ですね。千年生きるとボケも酷くなってしまうようですね。私も気を付けないといけませんね」
「ハハハ……。安心せよ、貴様は我に今から倒されるのだから先のことは心配しなくてもよい」
挑発に次ぐ挑発。そのどれもをあっさりと返していきながら相手の身体を見て心理戦を広げていた。
(一瞬だが脚の筋肉が膨らんだ。恐らく次で足技を仕掛ける気か。ならばこちらは腕で対応しよう)
(なるほど、備えてきましたか。なら足技は無しですね。でも腕に集中してその足元が疎かになっている。これなら……!)
まだ三分も経っていないが二人にとっては数十分もの長さを感じていた。それは一種の膠着状態。
だがそれは紅魔館の方からした爆発音で終わりを迎えた。
「なっ……!?」
それに一瞬、気が逸れると同時に己の過ちを悔いる。
意識を将門から離してしまった。それは一瞬だ。
だがその一瞬が命取りになるのだ。
もう取り戻しはきかない身体で視線だけでもと、将門のいる方を見ると──
「獲った」
腰を低くした状態で美鈴の懐に入り、刀で腹から肩を切ろうとしていた将門がいた。
まだ刀は鞘から出ていない。ならやりようはある。
美鈴はまだ次の動作に入らない身体に文句を内心いれると、纏っていた気を解き放った。
「!?」
将門もこれには予想外だったのか受け身を取ることは出来ずに解き放たれた気に巻き込まれて後方に飛んだ。
だが、ただでは起きないと言わんばかりに腕から弓を取り出し、肩から矢を出して空中で引き絞ると一本放った。
美鈴はようやく硬直が解けたのを感じると同時にまた気を練り上げて、偃月刀を作り上げて弾いた。
だが弾いた時、美鈴の腕は震えていた。
つまり、将門の弓の腕は高く、何発も喰らえば不利になるということだ。
二人は安全距離の三十まで距離を取ると相手の一手を警戒する。
(ここまで強い猛者がおるとは、誤算だった)
(不味い…!ここまで強いなんて…!このままだと──負ける!)
新皇と龍が対峙している頃、紅魔館では異変が起きていた。
まだ美鈴のいない門番隊が必死に戦い、今もなお一兵も入らせていない紅魔館では外の入り口前の広場で展開していたミノタウロスら私兵団と咲夜は紅魔館内部から現れた怨霊兵と対峙していた。
「まったく、面倒なことが次から次起きるわね」
その顔に一切の油断無く、銀のナイフが月光の光で淡く光っていた。