紅魔館の戦いは外と中で激しい戦いが続いていた。
外では門番隊と迫り来る怨霊兵が、少し離れた森林にて反八雲連合最高幹部”巫女殺し”、平将門と紅魔館を守る紅魔の龍、紅美鈴が。
中では咲夜とパチュリー、紅魔館の軍勢が内より出現した怨霊兵と戦闘を始めようとしていた。
~紅魔館・大図書館~
結界の維持とクリスタルの操作を行っているパチュリーがいるのだが、そこは大混乱となっていた。
「嘘…!これだけ吸収効率を上げてもまだ足りないっていうの……!?」
先程まで問題無く結界が起動していたのだが将門が侵入したことで他の場所よりかはいくらかのんびり出来る大図書館が一番忙しい場所に一変した。
その原因は将門が力を一気に放出し、無理矢理吸収させたことによって結界が半ば暴走しかけているのだ。
結界が崩壊すれば力を吸われている怨霊兵は吸われた力は戻ることは無いが、数の暴力の本領が発揮されてしまう。
それだけでは無くこの結界に警戒して包囲している連合軍もこぞって攻めてくる。
それだけはあってはならないとパチュリーは使い魔である小悪魔と数合わせで呼んだ時間制限のある魔物を使い、操作を行っている。
もちろんそれは並大抵の魔法使いどころか賢者でさえ困難なことなのだがそれを焦っている中でも出来るのはパチュリー・ノーレッジだからであろう。
吸収した力は不純物が多くそれをクリスタルに充填する際にそれに合わせた魔力に変換することを最初はしていたが、今ではその余裕すら無くなり、吸収した力をそのままクリスタルに充填している。
美鈴が見た汚れたクリスタルはこれが原因であった。
「不味いわね……。クリスタルからなりふり構わず力を放出してるのに予備の三十機を全部使わないといけないなんて……」
「パチュリー様!クリスタルの充填完了しました!」
「なら急いで外に運びなさい!それと空になったクリスタルの回収もお願い!」
「分かりました!メイド妖精の皆さん、お願いします!」
小悪魔の呼びかけで飛んできたメイド妖精が五人体制で一つずつクリスタルを持つと急いで外の方に運び出す。
このクリスタル、持ち運びに難があり、パチュリーの制御で動かすことは可能なのだがそれをすれば最短距離で動くため館の被害はまったく考慮されていないのだ。
だから一旦外まで運ばないといけないと紅魔館は最悪、崩壊する恐れがあるのだ。
「迎撃しているAからF部隊はVからZ部隊に交代。GからK部隊は館全体の見回りよ。他はいつも通りの業務をしてなさい。戦いでも仕事は無くならないわよ」
廊下を歩きながら激しく動き回っているメイド妖精に指示を出している咲夜。
その指示は迷いが無く、反論しても捻じ伏せられるだろう。
実際、紅魔館の指揮系統が大きな混乱に陥ってないのは咲夜のおかげといって過言ではない。
そんな咲夜はクリスタルを運んでいる妖精メイドたちとすれ違った。
この妖精メイドたちはパチュリーの補助をするように命令しているので自分が命令することは今は何も無いと判断し、そのまま通り過ぎようとすると、
「キャッ!?」
メイド妖精の悲鳴とクリスタルが割れる音が後方で鳴り響いた。
どうやらクリスタルを割ってしまったらしい。
これはメイド長として見過ごせるはずが無く、今来た道を戻っていった。
現場に来るとそこそこ酷い光景が目の前にあった。
割れたクリスタルからドロドロと黒い液体が零れていて、しかもそれが一番前で起こったことなので後ろにいる妖精メイドは困惑していた。
「まったく……。何しているのよ。こんな状況でパチュリー様のクリスタルを割るなんて……」
「ち、違うんです!ク、クリスタルが勝手に割れたんです!」
咲夜としては状況が状況なので早く戻らないといけないから短めで説教する気だったが妖精メイドの言い訳に呆れ、即座に否定する。
「クリスタルが勝手に割れた?言い訳は必要無いわ。あなたの処遇は後でするからそれまでに頑張って仕事をしなさい。そうすればいくらか免除することも考慮に「本当なんです!信じてください!」……」
あまりの必死ぶりに嘘を言っているわけでは無いと感じた咲夜だったが内容が内容のため一応、クリスタルを見る。
するとクリスタルから零れている液体がかなり広がっていることに気付いた。
(おかしいわね……。いくら何でも液体が広がるスピードが速い……。何か変ね。他の子の持ってるクリスタルも確認した方がいいわね)
そう判断し、彼女たちにクリスタルを渡すよう命令しようとしたその時。
「ウワッ!?」
「えっ!?」
「ひぃっ!」
次々とクリスタルが何の予兆も無く割れたのだ。
そして零れていく液体。
不気味さと身体から鳴り響く警鐘が咲夜を戦闘態勢に入らせる。だがまず最初にすることは妖精メイドの避難だ。
「あなたたち!今すぐそこを離れなさい!急いでパチュリー様、いえミノタウロスに伝えなさい!」
咲夜の有無を言わさない厳しい口調で急かせると若干恐怖で逃げ出すかのように走りだした妖精メイドたち。だが脅しすぎたのか一人の妖精メイドが足が挫けて転んでしまった。
その時咲夜は見た。
零れた液体から赤い目が現れ、転んだ妖精メイドをジッと見つめていたところを。
「危ない!」
咲夜は誰にも見えない速さでナイフを目の場所に投げつける。
それと同時に液体から怨霊兵が現れ、妖精メイドを襲わんとしていたが頭にナイフが刺さり、その衝撃で廊下の壁に激突した。
だが液体から次々と怨霊兵が現れ、妖精メイドを狙っている。
その瞬間、咲夜は時を止めてナイフを予め決めた位置にセットすると、すぐにメイドの元に動いた。
そして時は動き出した。
セットされたナイフは次々に怨霊兵の動きを止め、妖精メイドを抱えて液体から離れた場所に避難させる。
妖精メイドは一礼だけするとそのまま逃げ出していく。
それを確認しながら咲夜は怨霊兵と対峙する。
刺さっていたナイフはグジュグジュとどす黒い紫に変色して怨霊兵に吸い込まれる。
(あれは今美鈴たちが戦っているはずの敵……。それが何で液体から?これはパチュリー様に事情を聞いた方が良いわね……。
とにかく美鈴の報告から判断すれば私との相性は最悪。撤退するしか…いえ、誘導するしかないわね)
ここは紅魔館の内部だ。
こんなところで戦っていては館は荒れるのも問題だが最悪なのは全体の動きが阻害されることは一番の問題だ。
ならば、広い場所、紅魔館の庭まで誘導することに結論を出すと咲夜は迷うこと無く、更にナイフを怨霊兵に投擲する。
怨霊兵には何のダメージも無いがそれでも敵と判断したのだ。ならばやることは一つ。
──敵を殺す。
それに従い怨霊兵は咲夜に向かって走り出す。
「遅い」
咲夜は無理に戦うことはせず、挑発として的確にナイフを投擲しながら、時を止めながら確実に誘導していく。
仕事を全うしている味方に遭遇する危険性はあったが時を止めた時に先に回って味方がいないか確認していたので問題無かった。
そしてとうとう着いた。
外に通じる扉を開け、怨霊兵が全員ここに来たことを確認すると飛び上がり、夜の闇に隠れ、怨霊兵の視界から消えた。
敵を見失った怨霊兵は周囲を探すがそんな彼らに大量の矢が襲ってきた。
「ようやく来たか、うちに手を出しておいて無事に帰れると思っていねえよな?」
その声のする場所に視線を向けるとそこには一体のミノタウロスが立っていた。
いや、それだけではない。
武装したスケルトンや妖精メイド、ホブゴブリン、ゾンビ、ウェアウルフにリビングアーマーと、種族がバラバラな軍がいた。
彼らこそ古い時からレミリアに忠誠を誓う古参からその武に敗れた新参者までを集めた豪傑たちで構成されたレミリアの私兵。
その名は「
本来なら外から侵入した敵を打ち倒すために集まっていたがそれが内側からの敵を迎撃するはめになり、多少混乱はあったがミノタウロス以下各隊長の指示によりすぐにそれに応じた陣形で対峙する。
「────!!」
声にならない叫びと共に怨霊兵は敵であるミノタウロスたちに真っ直ぐ突撃していく。
いくつか矢が放たれるがそんなものでは止まることは無く、すぐに矢での攻撃を止めた。
突撃し、先陣に立っているスケルトン、ゾンビ、ホブゴブリンらと接触しようとするかの距離まで迫って来た。
その時。
「今だ、盾持ち、構え!そのまま槍持ち!突っ込めーーー!!」
先陣の部隊が盾を構え、進軍を阻んだと同時にその隙間から槍を持った妖精メイドやスケルトンたちが頭に突き刺した。
だが怨霊兵は刺されたままでも動こうとするがそうはさせないと言わんばかりに別のスケルトンたちが剣で腕や足といった四肢を切断する。
そうすれば足を無くした怨霊兵は機動力を無くし、芋虫のように這いずり回り、腕を無くした怨霊兵は口と足しか攻撃手段が残されておらず戦闘力は大幅に低下した。
後は放置しても大きな問題は無く、こうしてデモン・ワラキアは敵を殺すこと無く戦力を削っていった。
「凄い光景ね……。魔の軍の名に偽りは無いってこと……」
その光景を館の屋根にて鑑賞しているのは怨霊兵をここまでおびき寄せた咲夜だった。
彼女もただおびき出しただけで満足、するわけは無く、怨霊兵の勢いに押されている場所に援軍として動いていた。
また押されかけている場所を見つけると時を止めて瞬時にそこに向かう。
着くとすぐに何十ものナイフを繰り出し、怨霊兵を一時戦闘不能にする。
その間にそこの部隊は立て直し、改めて迎撃する。
遊撃も一時だが終わり、また戦場全体を俯瞰するために元の場所に戻る。
内部より出現した怨霊兵には驚かされたが、このままいけば確実に勝てる。
四肢を無くしても死ぬことなく動く怨霊兵の対処はパチュリーに一任しようと決め、屋根に飛びあがった。
──だが彼女たちは知らない。この今もなお動く怨霊兵の真の恐ろしさを。
~紅魔館近くの森林~
そこでは将門と美鈴が死闘を繰り広げていた。
先程から始まった戦いで森林は荒れ、木々は無惨に折られていた。
将門の刀や弓と美鈴の偃月刀と武術が何度も交差し、両者ともに傷だらけであった。
美鈴も気で己の身体を包み込んでいるから無事なのだが、少しずつ将門に触れるたびに呪いが浸食していた。
将門も大きく息を荒げ、立っているのが精一杯だといったところだ。
互いに疲弊しており、そろそろ決着が付くと思われる。
攻めに来たのは将門だった。
将門は美鈴との距離を詰め、上段の構えで刀を大きく、そして素早く振り下ろした。
美鈴も偃月刀で応戦する。
将門の刀と美鈴の気で作られた偃月刀が何度目かもはや分からない鍔迫り合いが起きる。
力では将門が圧倒的で美鈴が徐々に押されている。
だがここで美鈴は偃月刀を手放し、将門の込めた力を地面にぶつけるように動いた。
将門も武器を手放すとは思わず、その力を地面に叩き込んだ。
その威力は凄まじく、偃月刀は粉々に粉砕され、地面に大きな罅が出来ると共に大きく場が吹き荒れた。
美鈴は手放した一瞬で横に逸れたおかげで難は逃れることが出来たが、失敗していたら間違いない死んでいただろう。
だがこんな一か八かに懸けなければ将門は倒せない。そう確信してる美鈴はこの行為に反省はしていない。
そして力を予想外の形で出し、予期せぬ動きになってしまったために数秒の硬直状態になってしまった。
そんな隙を美鈴が逃すはずも無く、再び自分の気で偃月刀を作ると将門の首を狙う。
まだ硬直している。恐らく将門は動かない。そう確信し、足に力を込め、一気に踏み出した。
将門との距離はもう射程距離内に入った。
まだ動かない。
──そして一切の迷いなく、腕に全霊の力を込めて首を刎ね飛ばした。
頭が無くなった胴体はそのまま地面に倒れこみ、頭は胴体より少し離れた場所まで飛んでいった。
だが美鈴に油断は一切ない。
倒れこんだ胴体に気を注入し、それを暴発させるよう調節すると胴体は体内の爆弾が爆発したかのように弾け飛んだ。
頭は叩き潰し、念のため残っている気で簡易な結界を作り、外界との繋がりを絶った。
そこまで終わると美鈴は再び将門の死体を見る。
胴体は吹き飛び、辺りにその肉片が飛び散っている。頭は潰されたまま微動だにしてない。
そこで美鈴は勝ったのかと疑った。
疑ったのだ。勝利に喜ぶではなく、感情を出すでもなく疑ったのだ。
将門は確かに強かった。だがそれは最初に感じた強さと比べると呆気ないのだ。
自分が感じた恐怖は何だったのか?
それを思考していると茂みが揺れた。
「──!誰だっ!」
すぐに構える美鈴。
だが現れたのは一体の怨霊兵、最も弱い怨霊民兵だった。
怨霊民兵は美鈴を見ても襲うことはなく、ただ立っていただけだった。
「……?」
それに疑問を抱くが将がいない今でも敵なので仕留めようとした時だった。
怨霊民兵が動いたのだ。美鈴でも見えない速さで。
「っ!?」
有り得ない。最初に感じたのはそれだった。
怨霊民兵は上の怨霊足軽や怨霊武者と比べると戦闘力が低い存在。
門での戦いでも特に苦労すること無く倒せていたので正直に言うと甘く見ていたのだ。
それが仇となった。
怨霊民兵は将門の胴体があった場所に立ち、何をするかと思えば、怨霊民兵は身体が崩れ溶けてしまったのだ。
いや、それだけじゃない。
飛び散った肉片も動き出し、怨霊民兵の下に集まり始めている。
「まさか、復活する気か!?」
相手の思惑が分かるとすぐに阻止しようと動いた。
だがそれを防ぐ影が突如現れた。
「将門公の邪魔はさせぬぞ、女」
影は月明かりに照らされ、その姿を晒した。
大きな鍔のついた帽子を被り、手には見るだけで分かる業物の偃月刀を持っている男だった。
男の構えから只者では無いと判断し、美鈴は唇を噛んだ。
ただの雑魚ならば良かった。ただの兵士なら良かった。
そうすればまだ間に合う可能性があった。
だがこの男が現れたことによって美鈴は迂闊に動くことは出来なくなってしまい、復活を止めることが出来なくなってしまった。
そして美鈴の恐れた事態が起きる。
「先程の一撃、見事であった。──だが我には届かなんだか」
すぐ前まで無惨に飛び散った胴体が元の形に戻り、消えた頭が生えていた。
将門が復活したのだ。
だが美鈴には理解出来ないものがあった。
それを問うため、将門に向かって荒げながら声を出した。
「なぜ……なぜだ!なぜお前に頭がある!?お前の頭は私の結界に今も囚われているはずだぞ!」
美鈴の言う通り、今も原形を留めていない頭は美鈴の結界によって囚われているのだ。
胴体は飛び散ったものを集めたから胴体が再生したのはまだ理解出来る。
だが頭は回収出来ない以上再生のしようが無いのだ。
それでは等価に合わない。
はたしてその頭は何を代わりにして再生したのか。
それが疑問だった美鈴は将門の方を見て、一つ、いや一人足りないものがった。
「まさか……さっきの兵なの、か?」
さっき美鈴の前に現れ、予想外の速さを出した怨霊兵。
それが今いないということはつまりそういうことなのだろう。
「──!お前は……!自分の兵を喰らったのか!お前を復活させてくれた兵を感謝も無く喰らったのか!?」
「──否」
美鈴の結論を即座に否定する将門。
そして将門は己の身体から怨霊兵を出したのだ。
「全て否だ、紅美鈴よ。貴様は勘違いしている。
我が行ったのは再生でも蘇りでも無い。補充だ。足りないから補っただけのことよ。
そして先程の怨霊兵は一人ではない。中には数百の怨霊兵がいた。故にあの速さで動けたのだ」
「補充、だと?いや、その兵は、まさか、お前──!」
とうとう美鈴は将門の真実まで辿り着いてしまった。
なるほど、通りで殺せなかったはずだ。死なないはずだ。
怨霊兵もそうだ。あれだけ戦況が悪化しても戦うことを止めなかったのもはっきり分かった。
なぜ死なないのかも分かった。
美鈴はまだ気付いてないが紅魔館内部に侵入された理由もこれで判明したのだ。
──平将門とは。
「そうだ!怨霊兵こそかつて我に従った臣下であると同時に
故にこの我が死んでも我は死なぬ!三千の我が死のうと我は死なんのだ!」
現在襲撃している怨霊兵そのものなのだから。
全てが将門ということは将門という存在が攻撃を諦めない限り怨霊兵たちは永遠に攻撃を仕掛ける。
そしてパチュリーの結界によって吸われた力もまた将門であり、怨霊兵が結界に力を吸われた時点で内部に侵入されていた。
だが最初はパチュリーが力の変換を行うことで将門の力はほぼ消失し、純粋な魔力になったためすぐに攻撃を仕掛けることは出来なかった。
そして現在、魔力を変換する余裕がなくなったことで将門の力はそのままクリスタル内部に貯められていた。
だからクリスタルから将門である怨霊兵が現れたのだ。
だがこれには欠点があった。
それは細かい指示が出来ないことだった。
将門としての方針である攻撃を基に行動するのだが、それが不味い状況で発揮されることもある。
本当ならクリスタルを外に運ばれ終わった時に奇襲を仕掛けられれば紅魔館は大きな混乱を呼んだことだろう。
だが意識を与えられた怨霊兵はそこまでの知恵は無く、目覚めるとすぐに襲ってしまうことが多い。
だからこそ紅魔館側は対処出来たのだから。
真に恐ろしいのは将門の演算能力だろう。
三千の怨霊兵に意識を与えるとは簡単に言えるがそれは自分自身に脳を三千も埋めるということで下手をすれば発狂して死ぬ危険性が高い。
それを難なくする将門はまさに”巫女殺し”と呼ぶに相応しい実力を持っていた。
美鈴は偃月刀の男と将門と相対し、己の命の終了を感じ取っていた。
(……確かにお嬢様のおっしゃった通り、ですね。妹様では分が悪すぎますね……)
フランの能力は破壊することに特化している。
だがそれは一つの物体しか影響は及ぼさず、将門を最低でも三千回以上は殺さないと殺せない。
それをそのまま黙って見過ごすことを将門は絶対にしない。
数の暴力でフランに襲いかかったらどうなるのか。そんなことは考えたくなかった。
それを運命で見たのか分からないがレミリアの考えは当たっていたのだった。
だからこそ美鈴はここを墓場と定め、素手で構えを取る。
「死ぬ気か?我とこやつが相手では無駄死にするだけだ」
「無論承知してますよ……でも、それで止まるなど私を甘く見るな、怨霊!」
もう武器を作れるほどの気は残されていないし、先ほどの戦闘で体力もほとんど使い切ってしまった。
だが彼女は退かない。退くわけがないのだ。
何故なら彼女は──紅魔館の門番なのだから。
それに対し、将門は目を閉じると黙禱を捧げた。
目の前の戦士の心意気に感動して。
「──そうか。死を選ぶか、だが我は貴様のことを嗤いはせん。その意思を尊重しよう。
故に──お主が相手になれ、”周倉”」
「承知しました」
だからこそ彼女の意思を一切の慈悲無く踏み潰す。
周倉と呼ばれた男は偃月刀で一気に斬りかかってきた。
一瞬のことだったが美鈴は器用に刃が無い柄の部分を掴んで止めた。
そしてその横を通り過ぎようとしている将門を呼び止めようとする。
「待て……どこにいく気だ!逃げるのか!
戦え!この、臆病者が!所詮、最高幹部と言われても逃げることが得意な卑怯者だと「黙れ」……!」
相手を怒らせてこっちに注目させようと罵詈雑言を叫ぶ美鈴は将門の一言でそれを止めてしまう。
それほどまでにその一言には怒りと後悔の感情が込められていたのだ。
「もし我がただの将門であったなら喜んで貴様と戦ったであろう。だが!我は反八雲連合の幹部、平将門!
私情で戦うなど指揮官として言語道断!翁のためならば我は喜んで卑怯、臆病の誹りなど甘んじて受けるわ!」
それは将門の覚悟。
己の私情よりも連合の将としての責務を優先させた将門に美鈴は一種の畏敬を感じた。
だがそんな絶対的な強者である将門にこれほどまでの忠誠を誓わせるぬらりひょんという存在に戦慄を覚える。
ぬらりひょんとは何者なのだ?
何がこの強者に絶対的な忠誠を誓わせたのだ?
だがそんな思考に対して周倉の振るう力が強くなっていることに気付き、目の前の敵に集中する。
それにしても周倉──西暦一世紀後半から二世紀後半までの中国の歴史で有名な三国志に登場する武将がなぜ幻想郷にいるのか疑問だった。
周倉という男は三国志の中でも知名度は高く、軍神と呼ばれた猛将、関羽の霊廟に像があるほどでその彼が忘れられた存在になったと言われても納得がいかなかった。
「あなたが周倉だというのなら、どうして幻想郷に来たのですか?あなたが民衆から忘れられる存在になったとは到底信じられないのですが」
「……それを貴様に話すとでも思うか?」
「いいえ、まったく!」
美鈴は無防備になっている腹を蹴り上げると、そのまま距離を取り一手一手を警戒する。
将門の姿はもう無い。
それに舌打ちをして一歩踏み出した。
森林での戦いはまだ終わりを迎えることはなかった。
~紅魔館~
「そう……美鈴はまだ戦闘を続けているのね。本当に馬鹿な門番。逃げて帰ってきても怒ったりなんてしないのに」
この部屋の主であるレミリアは棺桶の中から偵察から帰ってきた己の一部である蝙蝠から報告を受ける。
それを終えると蝙蝠はレミリアの欠けている箇所──左目に戻ると元の機能を回復させ、両目が見えるようになる。
「それに庭の方も騒がしくなっているわね。ん、あれは……」
棺桶から外を出て、外の方を覗くと見覚えのある光線が乱舞していた。
「へえ、パチェも動き出したようね。面白くなってきた──とは言えない状況よね」
口端が釣り上がったがすぐに元の位置に戻り、東──美鈴が戦っている方角を向いた。
近付いて来てる。おぞましい何かが──平将門がここに向かって来ている。
恐らくあれに対抗出来るのはレミリアだけ。パチュリーも善戦はするだろうが、所詮は善戦、決定打に欠ける。
他の者ではなすすべなく無駄死にするしかないだろう。
ならばレミリアがするのは一つだけ。
腕の一部を蝙蝠に変化させると時間が惜しいと手短に命令する。
「咲夜に伝令。敵の首領らしき者が来たなら手を出さずに玉座まで案内しなさい。そいつは私が相手するから……理解したならさっさと行きなさい」
レミリアの命令に従い、咲夜の下に向かっていった蝙蝠。
それを視界から外してレミリアは部屋を出て、歩きながら玉座へと向かう。
別に飛んだり、転移してもいいのだが今日は歩く気分だ。
「しかし、平将門、ね……」
かつて関東を支配し、新皇を名乗った覇者。
死してなおその恨みは消えず、千年以上の月日が流れ、そして忘れ去られて幻想郷に来た大怨霊。
彼はここで何を得たのだろうか。
ポツリと呟いた一言は誰の耳にも届くこと無く館を駆け抜ける。
「上等じゃない。誰であろうが敵は一切の慈悲無く残酷に、そして無惨に殺す。
久しぶりに昔に戻ってみようかしら」
玉座に向かうたびに彼女の纏う覇気は強さを増していっている。
彼女の歩く様は見た目だけならば幼い少女がかっこつけながら歩いているのだろう。
だが今のレミリア・スカーレットは王者の行進そのもの。見た者は息を吞み、その覇気に当てられて平伏することしか頭には無いだろう。
王者は敵を迎え撃つべく玉座に向かう。
「来なさい、平将門。あなたの運命の幕引きは私が降ろしてあげるわ」
──紅い館の戦いは終わりを告げようとしている。
怨霊と悪魔、どちらが勝つのか、それこそ運命でも分からない──。