イルガル物語   作:うたた寝犬

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ワートリ名物の会議回です


第4話「ハイレイン」

「派兵国家イルガルの皆さま、アフトクラトルへようこそ」

 

 アフトクラトルからの依頼を正式に受理したカロナ達は、詳細の打ち合わせのためアフトクラトルへと遠征艇を飛ばした。

 

 指定されたポイントにゲートを開けてカロナとプルト、そしてニュクスが降り立つと、眼前に大きな屋敷と品の良い老人の姿があった。

 

 柔和な雰囲気を纏う老人に倣い、チームを代表してカロナが柔らかな表情を見せつつ、毅然とした姿勢で挨拶を返す。

 

「依頼を受けて馳せ参じました、カロナ・オラトロスです。今回は私と、私が指揮するこのチームで仕事をさせていただきます」

 

「これはこれはご丁寧に……この度は我が国の依頼を受けていただき、ありがとうございます」

 

 和やかに話す老人を見て、カロナの後ろに立つプルトとニュクスがトリオン体の標準機能である内部通話を起動させ、老人に聞こえないように通話を始めた。

 

『この屋敷付きの執事さんかな?』

 

『どうかな。ただの執事にしては、雰囲気がな……』

 

『あ、やっぱプルトもそう思う?』

 

『ニュクスもか』

 

 お互いにこの爺さん只者じゃないな……と認識する中、カロナはにこやかに老人と話し、握手を交わす。

 

「では詳しい話はあちらの屋敷で……当主が待ってますので」

 

 そう言って踵を返した老人の背を見て……向こうの視線が自分から切れたのを確認したカロナは音を立てずに半歩下がってから、プルトとニュクスに内部通話を繋いだ。

 

『あの人ヤバい』

 

『ヤバいって……そりゃ、多少は荒事に強そうな感じはするけど……そんなに?』

 

『ええ。少なくとも、私が出会った兵士の中では文句無しで1番です』

 

 このお嬢様にそこまで言わせるか……と2人が思っていると、後ろをついてこない3人を疑問に思ったのか老人が振り返った。

 

「どうされましたか?」

 

「いえ、失礼……なんでも無いです」

 

 非礼を詫びてカロナは足早に老人のそばに寄り、プルトとニュクスも遅れながらもそれに続く。

 

 そしてカロナが近づき、それでいて2人と少し距離が空いたところで、老人はカロナだけに聞こえるような声量で問いかける。

 

「艇にまだ1人いるようですが、彼女は残してままで良いのですか?」

 

「っ!」

 

 わけが分からない。()()()()()()()()()()()()()()()を正確に言い当てられたカロナの心境は、その一言に尽きた。

 

 もちろん、カロナ達は艇を降りてからここまで、中に1人残しているのを匂わせる言動はしていない。あらかじめ『チームで来る』とは伝えているが『4人で来る』と正確な人数を伝えてはいない。

 

 ならば、事前にどこかから情報が漏れていたと考えるのが1番自然で無理筋がない理由だ。

 

 しかし、それにしては()()()()()()()()()()()()()()()()()をしていた。まるで、長い髪をバッサリと切った人に向けて「髪切ったんだね」と言うくらい当たり前に、()()()()()()()()()()と言わんばかりの態度であった。

 

 息をするように自然と見破られた事にカロナは心底驚くが、その感情を心の奥に押し込めて笑顔を浮かべて答える。

 

「ええ、大丈夫です。彼女は艇の整備員なので、このまま艇に残させてもらいますね」

 

「そうでしたか。では、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 カロナは老人に対して、整備員兼戦闘員である彼女の事を『整備員』と断言して伝えたが、老人はまあ『へえ? あれで整備員なんだ? じゃあそう言うことにしておくよ』と言いたげに言葉を返してきた。

 

 わずか1分足らずのやり取りで、カロナは嫌というほど分からせられた。

 

 この老人は化け物であると。

 

 言葉は勿論、その言葉の端端から隠し切れていない……むしろ、敢えて漂わせている、『強者としての何か』をカロナは存分に感じ取った。

 

 先ほどカロナはプルトに対して、この老人の事を『今まで出会った中で1番』と称したが、

 

(今までどころか……これから先の人生でコレを越える兵士には巡り会えないかもしれない)

 

 と、心の中で評価を改めた。

 

「すみません……良ければ、お名前を伺ってもよろしいですか?」

 

 淡々とした歩みで当主の元へと案内する老人に向けてカロナは問いかけると、老人はその足を止めてゆっくりと振り返った。

 

「ほっほっほ……私は名乗るほど大層な者ではありませんが……」

 

 そして謙遜するような前置きをしてから、

 

「ヴィザ……と言います。以後、お見知り置きを」

 

 そう、名乗った。

 

 ──────────────

 

「この地を治めている、ハイレイン・ベルティストンです」

 

 ヴィザに屋敷の中を案内され、応接間……というにはあまりにも広い部屋に通されたカロナ達は、部屋の中にいたハイレインという青年に挨拶された。ハイレインは挨拶と共に、チームのリーダーであるカロナに向けて握手を求めるように右手を差し出し、カロナはその手を取り、答える。

 

「御高名はかねがね承っています、ハイレイン・ベルティストン様。私はカロナ・オラトロスも申します。このチームのリーダーを務めている者です」

 

「ご丁寧にどうも。……こちらこそ、貴女方の戦功はいくつも耳にしていますよ。今回はよろしくお願いします」

 

 両者共に柔和な笑みで応答しているが、そこには華やかな空気は欠片ほども漂っていない。幼い頃から、『こういう場面ではこういう表情を作り、こういう言葉を使うこと』を徹底され、2人ともそれをなぞっているだけに過ぎず……心の内では虎視眈々と、相手に喰われまいと警戒を張っていた。

 

 握手を解いたハイレインは、土地を治めるのに相応しい堂々とした態度のまま、カロナ達全員を視界に入れて言葉を紡ぐ。

 

「では早速、依頼と報酬の打ち合わせを……と言いたいところですが、そちらは長旅でお疲れでしょう。良ければ、打ち合わせは食事を交えながら如何ですか?」

 

 食事を持ちかけられたカロナは背後にいる2人に視線を1度向けて、すぐにハイレインへと視線を戻して答えた。

 

「ご好意に預からせてもらいたいところですが、1つだけ……失礼を承知でお願いしますが、お食事はトリオン体のままでもよろしいですか?」

 

「もちろん、構いません」

 

「ありがとうございます。では、3人分お世話になります」

 

 カロナ達から食事の意を受けたハイレインは、部屋の隅で待機していた使用人の女性に声をかけ、3人分とハイレインの分の食事を用意するように告げる。

 

 侍女と話すためにハイレインの視線が切れたところでカロナは振り返り、とても自然に自身の鳩尾付近を軽く触れるジェスチャーをプルトナスとニュクスに見せた。

 

 予めチームや軍で決めてある符丁が、いくつか存在する。カロナが見せた鳩尾に触れるのもその一つで、意味は『トリオン体の消化機能を切れ』

 

 出てくる食事に何か仕込まれている可能性を警戒してカロナが出した指示を、2人はしっかりと意図を察して実行する。

 

 いくら相手の振る舞いが理性的で、話が通じそうな人物に見えていても、この場所はあくまで相手の拠点である。

 

 何が起こってもおかしくない場所にいる事を、カロナはしっかりと弁えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「美味しいです!」

 

 仕事の話もそこそこにして、出てきた食事を美味しそうに食べて感想まで言うカロナを見て、プルトナスは内心ため息をついた。

 

(さっきまでのキリッとした真剣な顔と態度はどこ行ったんだよ……まあ、確かに飯は美味いけどな)

 

 半分呆れてはいるが、プルトナスとしても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()分かっていない。警戒心を切りすぎないでくれと願いながら、プルトナスはハイレインに苦笑しながら話しかけてみることにした。

 

「すみませんね、ハイレイン様。うちの隊長が締まりない事言ってしまって」

 

「いえ、構いませんよ。食事を美味しいと言ってもらえるのは大変喜ばしいことです。あとでシェフに伝えておきます」

 

「はは、ありがとうございます」

 

 誰に対しても和やかな態度を崩さないハイレインを前にして、プルトナスは視線を一瞬だけハイレインの頭部に向けた。

 

 視線の先にあるのは、どことなく竜を彷彿とさせる角……アフトクラトルが後天的に人体のトリオン能力を拡張するために開発された、トリガー(ホーン)と呼ばれるものを、プルトナスの視線は捉えていた。

 

(噂には聞いたことあるけど、本当に角に見えるな。あと情報が正しけりゃ……この黒色の角は()()()()()()()()に適応してる証拠……)

 

 この場での荒事はなるべく避けなければ……と念頭に置きながら、プルトナスは控え目に手を上げた。

 

「ハイレイン様、いくつか質問させてもらってもよろしいでしょうか?」

 

「ええ、もちろん」

 

 どうぞ、と手ぶりで促されたプルトナスは、言葉を慎重に頭の中で選びながら問いかける。

 

「事前に国の方である程度伺っていましたし、先ほど丁寧に説明してもらったので今回の依頼の内容の大筋は理解しています。城塞国家カルワリアに貴国が攻め入り、我々がそれに合わせて攻撃を仕掛けて敵国の注意を分散させる……内容としては、我々もよく依頼されるものですが……まずここまでで我々の認識に齟齬は無いでしょうか?」

 

「問題無いです。……それで、質問とは?」

 

 じっくりと、まるで値踏みするような目を向けられながらも、プルトナスは冷静に、声や視線を乱さずに対応する。

 

「私はあくまで、一兵士……小隊の運用、大多数の兵を同時に動かし指揮することや諸々のことに疎いので、素人質問になってしまうのですが……」

 

 意識して小さな呼吸を挟み、プルトナスは問う。

 

「……潤沢な戦力を持つ貴国が、敵の注意を散らすための分隊として()()()()()()()()()()()は何ですか?」

 

 当たり前の話ではあるが、『雇う』という行為は基本的に『人手が足りない』から行われる。

 

 組織を円滑に動かしたいが、人手が足りない。

 期日までに終わらせなければならない仕事があるが、人手が足りない。

 普段は足りてるが特別忙しい時があり、その時ばかりは、人手が足りない。

 

 だから、『雇う』。

 

 人を雇うという行為には当たり前だがコストがかかるため、自前の人員で賄えるのであれば基本的に外から人を雇うことはない。

 

 もちろん、外部から人を雇った方が安上がりであったり、危険があり身内に任せて損失の可能性があるなど、他にも雇う理由はあるが……それでもやはり、『雇う』という行為は、『人手が足りない』から行われるものだ。

 

 実際、プルトナスたちがこれまで受けてきた依頼の多くは、それが理由だった。

 

 攻め込まなければならない。

 防衛しなければならない。

 でも、人手が足りない。

 だから、雇われてきた。

 

 それ故に今までの依頼相手は、戦力的に余裕が無い国ばかりだった。足りない戦力と、雇うだけの予算を天秤にかけて、プルトナス達は雇われてきた。

 

 しかし、アフトクラトルはそうではない。

 

 神の国、と称されるほどの国力はどの国も認めるものである。

 今回は依頼を受ける側であったが……もし逆に、『アフトクラトルに攻め込む』『アフトクラトルからの攻撃を凌ぐ』というような依頼であれば、受ける事に難色を示したであろう。

 

 それだけの戦力を、アフトクラトルは潤沢に保有している。

 

 加えて、今回の依頼はイルガルが交渉用に提示している相場を遥かに越える金額で行われている。事前に説明されている内容からすれば、あまりにも美味しすぎるもので……まるで、首を左右に振ることをさせないような依頼だったのだ。

 

 戦力が不足しておらず、常連と言われるほど頻繁に依頼があるわけでもない国からの、難易度がさして高くない高額な仕事。

 

 これで怪しむな、という方が難しい。

 

 そういった不安要素を込めて、プルトナスはハイレインに雇った理由を問いかけた。

 

「……ふむ」

 

 ハイレインは考え込むようなそぶりを見せたあと、落ち着いた態度を崩さぬまま口を開いた。

 

「秘中の秘というわけでもありませんし、お話しましょう。畏るような内容でもないので、食事を続けたまま……私の独り言だと思いながら、聞いてください」

 

 そう言ってハイレインは止めていた食事を再開し、プルトナスたちもまた、すぐに手を止めれるようにしながらゆっくりと食事を進める。

 

「我が国は、いわゆる領地制でしてね。国が4つの領地と、中央に分かれています」

 

 ハイレインは本当に独り言のように言葉を紡ぎながらプルトナスたちに説明する。

 

「どの領主も、配下の家や土地を他の領主に獲られたくないので、基本的には対立してます。国の存在を揺るがすような事態にならない限り、手を組むことはありません。ただし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……?」

 

 対立してるなら敵なのでは? とプルトナスが心の中で疑問に感じたところで、ここまで仲間の顔を立てて沈黙していたカロナが会話に割って入った。

 

「手を組む程ではないけど、ある程度の力を持っていて欲しい領主もいる、ということですね?」

 

「その通りです。何か、心覚えでもありましたか?」

 

「これでも出自は国の貴族でして」

 

「ああ、なるほど」

 

 事情を理解しあえた為か、互いの境遇にシンパシーを感じた為か、2人は顔を見合わせて小さく笑んだ。笑い終えたところで、カロナはハイレインに目配せをしてから、アフトクラトル領主が抱える考えをプルトナスとニュクスに話した。

 

「勢力が複数あって対立してる時の立ち回りが難しいのは、2人とも理解がありますね?」

 

「敵にも味方にもなり得る勢力が何個もある中で戦闘した経験でいいか?」

 

「その認識で良いです。さて……プルトはそんな中で、どう立ち回りますか?」

 

 仕事の打ち合わせだったはずの食事会が授業に変わってきたな……と思いながらも、プルトナスは周囲への警戒を切らずに答える。

 

「状況にもよるが、良くも悪くも戦力的に突出することを避ける。1番力があると思われて周りに徒党を組まれるのも、力が無くてとりあえず排除してしまおうと思われて周りから叩かれるのを避ける、だな」

 

「そうですね。戦力が、勢力がある程度釣り合うなら、突出を避けるというのは規模が大きくなっても通用する考えです。そして多分、私たちが今回雇われたのもそういう理由です」

 

「……?」

 

 今一度、プルナトスは訝しんだ。

 勢力を保つことと、自分たちを雇うこと。この2つがどう繋がるのか、今一つピンと来なかったからだ。

 

 カロナはそんなプルトナスから視線を外し、ハイレインへと向ける。

 

「あくまで私の予想ですが……今回、カルワリアに攻め込むのはハイレイン様の領地内の勢力ではなく、他の領主なのではないですか?」

 

「素晴らしい、その通りです」

 

 間髪入れずに、ハイレインはカロナの考えが正解だと告げた。ほんの少し自慢げな顔になったカロナは、ついでとばかりにその考えに至った理由を話す。

 

「ハイレイン様の領域内の勢力で攻めるなら、本隊と分隊に分ければ良いだけの話です。それをしない、ということは今回攻めるのは他の領主の勢力で……ハイレイン様としては、その領主の戦力で今回の侵攻は厳しいと見ている。でも、その侵攻自体は成功してくれた方がハイレイン様にとって旨味があるのではないですか?」

 

「まさしく、その通りですよ」

 

 ハイレインは話が早くて助かると言わんばかりに、わずかに表情を緩めた。カロナもまた、感じていた疑問が解消されたようで安心した表情を見せたが……そんなカロナに今度はニュクスが問いかけた。

 

「カロナちゃ……カロナ隊長、オレからも質問いいかな?」

 

「ええ、どうぞ」

 

「んー……そのさ、なんで他の領主の戦力が攻めるのに、ハイレイン様はオレ達に依頼したの? その領主の侵攻を成功させたいって思ってるなら、戦力を提供して恩を売った方が得じゃない?」

 

「ああ、なるほど」

 

 似たような疑問をプルトナスも感じていたこともあり、小さく頷いて見せた。

 

 2人の疑問を受けたカロナは再度ハイレインに視線を向けた。

 

「私の方でもある程度見当は付いてますが……正確である確証はないので、もしよろしければハイレイン様から答えを聞かせてもらうと嬉しいです」

 

「もちろん、構いませんよ。元々、そこまで説明するつもりでしたので」

 

 最初の時の落ち着き払った様子と比べると、ほんの少しだけ口早にハイレインは答える。

 

「カロナ嬢の見立て通り、今回の侵攻は私の配下ではなく、他の領主によるものです。対立こそしていますが、他の領主とのパワーバランスを考えれば、彼にはある程度の力を持っていてもらいたい。この侵攻を成功させて得られるリターンがあれば、それこそ私が思い描く理想のバランスになるのですが……残念ながら彼の持つ勢力だけでは、今回の侵攻を確実に成功させるには少し心許ないです。そこで私は彼に助力しようと考えたのですが……」

 

 一旦目を伏せて、視線をプルナトスたちから外した後、ハイレインは少し声のトーンを下げて答えを続ける。

 

「表向き対立している以上、公に手を貸してしまうと他の領主からの横槍が面倒でしてね。そしてそれ以前に、今回の侵攻そのものも……私を含めて他の領主が知り得ない情報です。そこに堂々と戦力を提供するのは、非常によろしくないのです。もちろん、秘密裏に自軍を動かすこともできますが……万が一にもその事が明るみに出ると、それもそれで面倒でしてね」

 

 ハイレインは同情を誘うような、どこか弱さを感じさせる笑みのような表情で答える。まるで、弱みを見せてプルナトスたちから信頼を得ようとするような、そんな笑みだった。

 

 部屋の暖と灯りの役割を担う暖炉の火が揺らめきに照らされながら、ハイレインは言葉を続ける。

 

「彼の計画する侵攻を確実に成功させるために、戦力を提供したい。しかし、彼を含め他の領主にその事を悟られたくないので自軍を動かせない。そうして白羽の矢が立ったのが……派兵国家イルガル、というわけです。報酬については、秘密裏な任務になるので口止め料も兼ねて……ということです」

 

 ご理解いただけましたか? と、ハイレインは小さな声で付け加えた。

 

 ハイレインの説明に矛盾は見当たらなかった。少なくとも、プルトナスは綻びを見つけることは出来なかった。そのため説明自体には納得したが……疑問が全て解消されたかと言えば、それは否である。

 

「はい、とても丁寧な説明をありがとうございます。表情を見るに、彼は納得したようです」

 

 ニコリと笑みを見せながら、カロナがチームを代表するように礼をする。が、

 

「彼()、ということは……貴女は違うと?」

 

 ハイレインはカロナが言葉に込めた意味を正しく受け取り、カロナが望む会話の流れに乗った。

 

「ええ。もちろん私も、ハイレイン様の抱える事情は理解いたしました。……しかし、それとは別の疑問があります。それも、伺ってもよろしいですか?」

 

「もちろん。貴女がたが納得して快く依頼を受けてくださるまで、お付き合いしましょう。……ちなみに、お聞きしたい疑問はいくつほどでしょう?」

 

「少なくとも、2つです」

 

 カロナが提示する2つの疑問に関しては、プルトナスは当たりがついている。というよりも、カロナがここで質問しなければプルトナスから再度質問していただろうし、仮にプルナトスが? 質問出来ない流れだとしても、ニュクスが持ち前の明るい性格を押し出して無理やり質問していただろう。

 

「1つ目の疑問……というよりこちらは確認になりますが、敵戦力についてです。我々が事前に把握してる情報からの推測だと、よほどの少数で攻め込まない限りは貴国がカルワリアに苦戦する要素は見受けられません。貴国が苦戦するほどの要素があるならば、ぜひ教えていただきたいのですが……」

 

 カロナの1つ目の疑問に関して、ハイレインはさして悩むことなく答える。

 

「ええ、あります。侵攻先のカルワリアですが……防衛軍には、未確認ながらもブラックトリガーが存在しているようです」

 

「ブラックトリガーが……」

 

 ブラックトリガー。その言葉を聞いた瞬間、カロナ、プルトナス、ニュクスの内心に緊張が走った。

 

 優秀なトリオン能力を持つ者が、己のトリオンと生命の全てを注ぎ込み生み出す、究極のトリガー。

 通常のトリガー(武器)とは一線を画す性能を持ち、劣勢に傾いた戦況すらひっくり返すとまで言われるトリガー。

 

 そんな強力な兵器の使い手が、敵側に存在しているかもしれないと、ハイレインは告げたのだ。

 

(そういうことはもっと早く言えよ……!)

 

 プルトナスは内心そう思ったが、すぐに考えを切り替えた。カロナも同様に思考の切り替えを行い、ハイレインに1つ確認を取った。

 

「確認ですが……仮に、カルワリアにブラックトリガーがいたとしても……倒す必要は無いですね?」

 

 そう。ハイレインは「ブラックトリガーがいるかもしれない」と言っただけで、「ブラックトリガーを倒せ」とは言ってない。あくまで今回の依頼は、アフトクラトルの攻撃に合わせて敵襲をかけるだけなのだ。

 

 ハイレインはカロナの確認に対して、柔和な笑みを浮かべて答える。

 

「ええ。なにも、無理してブラックトリガーを探して戦闘する必要も、倒す必要もありません。現場での働きは、貴女がたにお任せします。ただ、もしブラックトリガーと遭遇して戦闘になり……成果を出して頂けたら、それに見合うだけ報酬を後払いに追加しましょう」

 

「なるほど……わかりました」

 

 戦闘が強制では無いことにカロナが安堵したところで、

 

「ちなみに、これは興味本位でお聞きしますが……ブラックトリガー相手に勝つ自信のほどは?」

 

 逆に、ハイレインからそう尋ねられた。

 

 ブラックトリガー相手にどれだけ戦えるか。

 

 その問いに対して、カロナは()()()()()()迷う。

 

 馬鹿正直に、正確に自分たちの力量を晒すつもりはもちろん無い。

 完全に濁すというのも有りだが、それよりも何か旨味がある答えがあるのではないか? 

 

 そうした迷いをほんの一瞬だけした後、カロナはにこやかな顔を崩さずに答える。

 

「状況や相手のトリガー次第ですが……貴国が持つ国宝級でなければ、それなりに」

 

 と。

 

「……、なるほど。わかりました」

 

 少し長めの沈黙を挟んだハイレインの反応の中身がどういうものだったのか、カロナには判別がつかなかったが、長引かせる話題では無いなと判断してカロナは最後の疑問を提示する。

 

「では最後に……今回、ハイレイン様は我々のチームを指名したようですが、何か選んでもらえた理由などはありますか? あれば、是非教えていただきたいのですが……」

 

「もちろん、ありますよ。お答えしましょう」

 

 ハイレインは視線を壁際へと向ける。そこには、歴代の当主を描いてたであろう肖像画がいくつも並んでいた。ハイレインはその中の1番端の絵に視線を当てて、口を開いた。

 

「先代当主……私の父になりますが、先代は今回の私のように秘密裏に、何度かイルガルに仕事を依頼していたんです。しかも、どうやら同一の人物を何度も……ね。私も当主になるまでその事は知らなかったのですが、先日それを知る機会がありましてね。先代に倣い、今回依頼をしたんです」

 

 ハイレインの言葉が真偽か確かめる術は無いものの、ひとまず『そういうこと』としながら、カロナたちは彼の語りを聞き入れる。

 

「先代の記録に残されていた名前で指名したのですが……生憎、その方はもうお亡くなりになっていたようで……そしたらイルガル側から、『ならば代わりにこのチームを』と強く推薦されましてね。なので、指名したというよりは、私の希望に最大限見合うチームが貴女方だった……という方が正しいですね」

 

「なるほど……そういうことでしたか」

 

 そういう事情だったのか、と納得するカロナだが、先ほどの意趣返しを込めて追加で1つ問いかけることにした。

 

「ちなみにこれは興味本位なのですが……ハイレイン様が最初に指名した名前を教えてもらっても良いですか?」

 

 迷うことなく、躊躇いなく、ハイレインは答える。

 

「クライド・エリニュラ、という名前です」

 

 と。

 

 プルトナスと同じ姓を持つ名前を、答えた。

 

 国で『臆病な英雄』という二つ名を冠するその名前がハイレインの口から出た瞬間、カロナたちに動揺が走った。

 

「……そうでしたか」

 

 カロナはそう答え、少し間を開けてから言葉を再開させる。

 

「そういうことでしたら確かに、我々のチームが最もハイレイン様の要望を満たせるチームですね」

 

「というと?」

 

 カロナは隣に座るプルトナスに身振りと目線でハイレインの意識を向けさせてから、告げた。

 

「私の部下である彼ですが……名前を、プルトナス・エリニュラと言いましてね。ハイレイン様が指定されたクライド将校の子息に当たります」

 

「なるほど……そういうことでしたか」

 

 ハイレインがイルガル側の意図を理解したところで、プルトナスが口を開く。

 

「ハイレイン様が指名した父にはまだ遠く及びませんが……ご希望に添えるよう、全力で依頼を遂行することをお約束します」

 

「ええ、是非。……お互いに、優秀な親を持つと苦労しますね」

 

「そうですね。願わくば、父のようにご贔屓にしてもらえると助かるのですが」

 

「それは、私も同じ思いですよ。今回の結果如何では、これからも末永くお付き合いできればと考えてます」

 

「そうしてもらえると、嬉しいですね」

 

 ハイレインの言葉はリップサービスかもしれない。プルトナスはもちろんそう思いながらも、せっかく掴みかけたコネクションを上手く繋げていければな……と心に秘めながら、会談は次第にお開きとなった。

 

 ──────────────

 

「マジで喰えないですよ、あの角当主」

 

 イルガルへと帰る艇の中で、カロナは悔しそうに呟いた。

 

「まあ、あれはちょっとな……」

 

 毎回のことながら艇を操縦しながら、プルトナスは会話に応じる。

 

「任務の内容はともかく……会話の内容は、こう……嘘じゃないけど、のらりくらり躱された感じだよ。腹の中で何考えるか、全然読ませてくれなかった」

 

「俺からすれば、カロナも同じだよ。さっきの会談、何割が本音だった?」

 

「んー? さあねー?」

 

 ニコニコとはぐらかすカロナを横目に、

(やっぱコイツも喰えないなあ……)

 と、プルトナスは改めて自分たちの隊長をそう評価した。

 

 操縦に集中しつつ、プルトナスは意識の片隅で父親のことを考える。

 

(親父の常連……か)

 

 プルトナスは、父親のことをよく知らない。

 もちろん、家庭での姿や、軍に属してから人伝に父親の活躍は聞いているし、残した功績については知っている。

 

 知らないのは、戦場での父親。

 

 父が何を思ってチームを率いて、どんな指揮を執って、ありえない程のチーム生存率を残せたのか、プルトナスは何も知らない。

 

 戦士としてプルトナスは、父親から何一つ引き継いだものは無いのだ。

 

 にも関わらず、今回の任務は父親との血の繋がりがあったというだけで選ばれている。

 

 そんな自分が、果たしてそれに見合うだけの成果を出せるのか。

 

 プルトナスの胸中には、不安が渦巻いていた。

 

 しかし、

 

「プルト? 何か余計な事でも考えてませんか?」

 

 そんな部下の胸の内をカロナは見破り、

 

「プルトはプルトです。

 これまでの鍛錬で得た力を。

 今までの戦場で得た経験を。

 私が見込んだ貴方の実力を。

 存分に発揮すればいい。

 今までの任務と、何も変わりませんよ?」

 

 笑顔で、励ました。

 

 激励の言葉の奥にあるのは、無慈悲なまでの信頼。

 

 多くは望まない。ただ、自分らしくしていればそれで良い。

 

「……了解です、隊長」

 

 コイツだけは裏切れない。プルトナスはそう思いながら隊長からの信頼を受け取った。

 

 

 

 

 

 

 奇しくも時を同じくして、カロナ達の艇の出航を見送ったハイレインもまた、プルトナスの父親についてヴィザと語っていた。

 

「ほう……ではやはり、あの黒髪の青年が『彼』の子供だったのですね」

 

「そのようだな」

 

「ほっほっほ……なるほど」

 

 半世紀以上も戦場に身を置き続けるヴィザ(怪物)がどこか嬉しそうに語る様を見ながら、ハイレインは問いかける。

 

「かの『英雄』に会えなくて、残念でしたか?」

 

「ふむ……残念ではない、と言えば嘘になりますな」

 

 ヴィザはどこか遠くを見ながら、答える。

 

「……彼と初めて戦場で(まみ)えた時、彼は十人にも満たない小隊を率いていました。私は受けていた任務の都合上、彼らを殲滅しなければならず……全霊を込めて、彼らに……彼に挑みました」

 

 ヴィザが全力で挑む。その意味と怖さを知るハイレインは、惧れた。

 

「しかし……お恥ずかしながら、私は彼らを()()()()()()()()()()()()()()()()。たった1人の損失だけで、彼は自らの部隊を私の前から撤退させたのです」

 

 イルガルで『臆病な英雄』と呼ばれるプルトナスの父親が、アフトクラトルで『国宝の使い手』と呼ばれるヴィザ相手に、どれほどとんでもないことを演じてみせたのかを、怖れた。

 

「彼と敵対したのは、その時だけでしたが……いやはや、あれは忘れたくても忘れられない、良い戦いでした」

 

 忘れられない戦いだったと語るヴィザは、口元をほんの僅かに緩めながら言葉を続ける。

 

「彼にもう会えないのは残念ですが……彼の血は、まだ生き続けている。それがどれほどの者なのか……それは、楽しみですな」

 

 楽しそうに思い出を語るヴィザを前にして、ハイレインは内心、

 

(この怪物共め……)

 

 そう思わずには、いられなかった。




ワートリの会議難しすぎない…?
と頭を抱えます。

ひとまず書けてるのがここまでで、期間中に完成というか切りが良いところまで物語かければいいなと思ってます。
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