城砦国家カルワリアにアフトクラトルが侵攻を始めた。
「始まった」
神の国と称される国の侵攻を、カロナたちは彼らに見つからないほど十分以上に距離を取った地点から確認した。
敵か味方で言えば味方なのだが、依頼主からの希望上、見つかるわけにもいかない。味方軍と連携が取れない不便さをカロナ達は感じてはいるものの、それでも任務は遂行しなければならない。
「プルト、行きましょう」
「ああ。まずは、先行して色々と工作してるニュクスに追いつくぞ」
城砦国家カルワリアの地形は、国の中心である城砦の周囲を深い谷が囲っていて、東西南北に城砦へと至る橋と、それを守る城門が築き上げられている、というものだ。
アフトクラトル軍の侵攻は、北門から始まった。それから時間差で、東、西、南門への攻撃が始まる。北門の軍に総指揮を務める指揮官がいて、東西と南の軍はそこから指示を受けるため動作にワンテンポ遅れが生じる……という諸々の情報をカロナ達はハイレインから受け取っているが、カロナは笑顔で、
「依頼主様のことを疑うわけじゃないですけど、あくまで『こうらしいよ!』の気持ちで行きましょうね!」
と、みんなに告げている。
今回カロナ達がハイレインから任されたのは、総指揮の手が最も届きにくい南側での遊撃だ。特に細やかな攻め方を指定されているわけではないが、会談でハイレインが秘密裏に自分たちに依頼してるのが分かった以上、派手な動きは避けたい。
「まあ仮に私たちの存在がバレたところで、あの角当主様は知らぬ存ぜぬを突き通すんでしょうけどね」
「だろうな」
城門の外に広がる市街地を駆けながら、カロナとプルトナスは依頼主への酷評を語る。隠密戦用のフードマスク越しに視線を合わせて意見を合致させた2人の元に、先行していたニュクスからの通信が入った。
『こちらニュクス! 緊急事態だ!』
『どうしましたか?』
慌てた声のニュクスに対して、カロナは落ち着いて対応する。
『ブラックトリガー南側! 初っ端から来てる!』
『いきなりですか……! ちなみにニュクス、それは本当にブラックトリガーですか?』
『アフトクラトルのトリガー使い数人を瞬殺してのけたアレがブラックトリガーじゃなくて向こうの一般兵だと言うなら、オレはこの戦いから手を引くべきだと思うね』
『疑ってすみませんでした!』
部下へ謝罪したところで、カロナは心の中でハイレインへの恨み言を呟く。
(あの角当主、絶対分かって私たちに南側を攻めるように指示しましたね……!)
ハイレインの真意は定かではないが、少なくともカロナにはそう思えてならなかった。
胸の内でハイレインへの恨みを募らせるカロナに、プルトナスは鋭い声で指摘する。
「おいお姫様。いろいろ考えることはあるだろうが、今はニュクスへの合流を第一にな」
「わ、わかってます! というか、お姫様と呼ば
『ニュクス、そっちの状況詳しく。お前は無事か?』
カロナの返答を待つより早くプルトナスは現場の状況を伝えるようにニュクスへと尋ねたが、
『こっちの状況? ブラックトリガーちゃんとタイタンだよ!』
最悪の答えを最後に、ニュクスからの通信が途絶えた。
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「電話は終わった?」
ニュクスの目の前……城門を背に、守るように立つブラックトリガーの少年が、淡々とした声で問いかける。
「おう、おかげさまでな」
南側のアフトクラトル軍が早々と撤退し、ニュクスは無残に壊されたトリオン兵の残材の中に立ちながら、改めてブラックトリガー使いにしっかりと目線を合わせた。
(若い……ってかガキだよな、やっぱ……。10歳かそこらか?)
まず目につくのは、戦場に似つかわしくない幼さだった。
トリガーを動かすための生体エネルギーであるトリオンの性質上……若く、子供にある程度優位があることは、ニュクスとて知っている。実際、ニュクスも早い段階からトリガーの修練をさせられた。
しかしそういう事情を加味しても、ニュクスの目の前にいるブラックトリガーの使い手は幼すぎた。
幼い顔つき。
両の手に武器は無し。
黒い鎧のようなトリオン体に覆われた小さな身体。
色が抜け落ちた白髪に、戦場に相応しい鋭さを放つ赤い瞳。
それが、カルワリアを守るブラックトリガー使いだった。
「どこの国?」
ブラックトリガーが会話を仕掛けてくる。
「聞かれて、はいそうですかって答える奴がいると思うか?」
「たしかに」
なら直接聞き出そう、と言わんばかりに、ブラックトリガーが踏み込み、ニュクスとの間合いを詰めてきた。
両者の距離が一気に埋まる。ブラックトリガーは無駄な動き一つせず、拳を振りかぶる。
「速えなオイ」
ニュクスはそれを、身体を引くような動きで躱しにかかるが、拳がほんの少しだけ掠った。
「アンタもね」
ゼロ距離で繰り出される連続の拳打を、ニュクスは全て見切り、避ける。
「仲間内に、お前さんくらい速いのがいるからな」
初見の一撃以外、ニュクスはブラックトリガーの乱撃を完全に回避してみせた。
「へえ……
言い聞かせるように呟いたブラックトリガーは、素早く後退してニュクスから距離を取る。それと同時にニュクスの手が素早く腰に伸び、ホルスターに収めたハンドガンを掴む。
先ほどのブラックトリガーのように、ニュクスもまた無駄なく照準を合わせ、引き金を絞る。3連続で放たれたトリオンの弾丸がブラックトリガーへと襲い掛かるが、
「
ブラックトリガーはトリオンで出来たシールドを展開し、難なく防いでみせた。
「ずいぶん軽い弾だね」
余裕のある声でブラックトリガーから、そう指摘される。
(ああ、そりゃ軽いだろうな。何せオレのトリガーは、戦闘が専門じゃねえからな)
言葉に出さずにニュクスは心中で答え、表情には悔しそうなものを浮かべてブラックトリガーを騙す演技をする。
苦戦を演じるニュクスの前で、ブラックトリガーは左手を掲げ、
「
小さく呟く。同時に、ブラックトリガーの背後に青いリングのようなものが浮かび上がる。
ブラックトリガーの能力か、と、ニュクスがそのリングに目を奪われた瞬間。
一気に、最初の踏み込みより速く、ブラックトリガーが間合いを埋めた。
(さっきより速……!?)
考えながらも、考えるより早くニュクスの身体は動き、ブラックトリガーが次いで繰り出されようとする拳を避けにかかる。
だが、正面からとは言え不意打ちに等しいそれをニュクスは完全に回避することは叶わず、小さな拳から生まれたとは思えない程の衝撃が襲い掛かる。
ブラックトリガーの一撃は、ニュクスの身体を軽々と殴り飛ばし、市街地の建物を3軒貫通させた。
「いっ……てえな、このヤロー……」
建物を背にして殴られた腹をさするニュクスは、ゆっくりと立ち上がる。
致命傷にならないように殴られる瞬間に後退しつつ身体を浮かせた為、見かけほどのダメージは無い上に、ブラックトリガーからの追撃は無い。
(そりゃ、あいつが今のところ唯一の防衛ラインだからな……増援来るまで、あのおチビちゃんは城門の前を動けないか……。ならこっちは、カロナちゃん達か増援が来るのを待って……)
と、そこまで考えたところで壁の向こうから、数体のトリオン兵……モールモッドが姿を現した。
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「ユーマ!」
城門の内側からやってきた援軍に呼ばれてブラックトリガーは……ユーマは振り返った。
「ん、どもども」
「支援に来るのが遅れてすまない! 戦況は!?」
「第一波のトリガー使いとトリオン兵を撃退して、それと入れ替わる形で来たトリガー使い1人と交戦中だよ」
「そうか……って、交戦中!?」
「殴り飛ばした」
ユーマは敵兵を殴り飛ばした方を指差しながら言うと、援軍の指揮官は速やかにトリオン兵とトリガー使い2人に追撃を命じた。
「ユーマ……いつもいつもすまない……」
「気にしないでいいよ。それより今は、敵に気をつけた方がいい」
「気をつけた方がいいって……何か、気にかかる要素でもあるのか?」
「うん。多分だけど、第一波とそのあとに来た1人は違う国だ。もしかしたら、今回の侵攻は複数の国が手を組んでるのかも」
ユーマは危惧していたことを指揮官に伝えたが……ユーマの危惧とは別種のモノが、カルワリア軍に襲いかかった。
市街地に、絶叫が響き渡る。
「あああああっ!!?」
「なんでモールモッドが……っ!?」
その声は、指揮官がたった今追撃に向かわせた、2人のトリガー使いのものだった。
『お前たちどうした!? 何があった!?』
指揮官は慌ててトリオン体の通信機能で呼びかけるが、返事はない。
その代わりと言わんばかりに姿を見せたのは……部下と共に向かわせたモールモッドたちだった。
指揮官とユーマは、すぐに違和感を抱いた。
今し方出陣したばかりのモールモッドのブレードを汚す、真新しい血……
血
今聞こえた絶叫
姿も反応も無い仲間
その3つがユーマと指揮官の中でどういう意味を持つのか結びついた、その瞬間。
味方であるはずのモールモッドが、カルワリア軍へと襲いかかった。
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エルティキ・スペルマ
それがニュクスが持つハンドガン型トリガーの名前であり、その性能は、
『弾丸を撃ち込まれたトリオン兵の
というものだ。
撃ち込まれた弾丸はトリオン兵の行動を司る部分にイレギュラーなプログラムを流し込まれ、正常な挙動を出来なくなる……具体的には、味方としてインプットされている自軍の兵にまで見境なく攻撃し始めたり、決して取らないはずの行動を取ったり、一部の行動を取れなくしたり、などである。
どのトリオン兵の挙動が、どのように狂うのか。ニュクスも完全には把握していない。
というより出来ない。
トリオン兵は一見種類が同じでも、作られた国によって挙動やプログラミングが、若干異なるためだ。
そんな不安定さ、不確定さがあるため、イルガルの中でも不人気なトリガーなのだが……ニュクスに言わせれば、
「絶対裏切らないはずの味方が変に動くってだけで十分な効果」
「相手の指揮官がお利口さんなほど効く」
らしい。
実際、ニュクスは使用者が少ないとは言え同型のトリガーに於いて歴代でも肩を並べる者がいないほど突き抜けた戦果・実績を誇っていて、隊長であるカロナも、
「ニュクスはトリオン兵相手ならどれだけ強力な個体だろうが、どれだけの数に囲まれようが、絶対に負けません」
と自信を持って断言している。
「いいザマだ」
ユーマに殴り飛ばされた後、目の前に現れた数体のモールモッドに弾丸を撃ち込み、行動を狂わせ、それから更に追撃を仕掛けてきたトリガー使いとトリオン兵を見て、ニュクスはすかさず弾丸を撃ち込んだ。
単騎で先行・潜入を任されることが多いニュクスは、こういう時……周りに味方が居なくて、敵の兵士やトリオン兵に囲まれた時、性悪な笑みを見せる。
堪らないのだ。
裏切らない駒だと思ってたトリオン兵の行動が狂い、その刃を向けられた時の敵兵の反応が。
理解が追いつかないままトリオン体を壊され、生身なって更にトリオン兵に襲われ、命を奪われる時の反応が。
訳がわからないまま、命が犯される恐怖に包まれる、あの表情が、叫び声が、剥き出しの感情が。
その全てが、ニュクスは堪らなく好きなのだ。
敵トリオン兵に囲まれるという
(2人ともとりあえずトリオン兵は壊さず……って感じか)
その場をとりあえず凌ぐように立ち回る2人を見て、ニュクスは再び性悪な笑みを見せる。
(そうだよなあ、壊せないよなぁ……! 代わりがあるとはいえ、トリオン兵も貴重な戦力だもんなあ……!)
そんなニュクスは、城門の内側響く足音に気がつき、目を向ける。
足音が響くほどの大きさ、数のトリオン兵がカルワリア軍の兵士と共に援軍として現れるのを見たニュクスは。
笑い叫びたいのを必死に堪えながら、ニュクスは愛銃に弾丸となるトリオンを込め始めた。
とりあえず出てくる横文字的なのは、基本ギリシャ語にしてます。
アフトクラトルに倣いました。
あと作中に書くタイミング無かった設定としては、ニュクス君には貴族の血が流れてますが立場的には貴族ではないです。