「シリウスシンボリがその奇妙なトレーナーと知己を得たとき、彼はまだ自身の担当ウマ娘を持っていなかったし、どこかのチームのサブトレーナーという訳でも無かった。
シリウスシンボリと然程年齢の離れていないその男は、本人の言葉に依るならば、トレーナー養成校を這々の体で何とか這い出て来たばかりだというのに、見て分かる程にはぼんやりとしていて、もっと言うならば養成校を出たての新人トレーナーが、幾つかの例外を除いた全員が備えている様な"やる気"と言うものを全く欠いていた。
この、ぼんやりとしていてやる気の無い、こんなトレーナーは嫌だという題の大喜利にそのまま服と名前と体を与えた様なヒト息子が、もしシリウスシンボリをスカウトしていたならば、彼女は一も二もなく断っただろう。
いや、断るならまだ対応の良い方で、当該ヒト息子の隠そうともしない無気力オーラを感じてスカウト話を聞きすらしないことや、なんから初対面から嫌悪したとしても、彼女の性格を鑑みれば何ら不思議なことでは無かった。
にも関わらず、我が強く、子分を従え、問題児で、生徒会の目の上のタンコブな、シンボリルドルフと仲の悪い、シリウスシンボリというウマ娘は、今日に至るまでこのぼんやりとしたヒト雄とそれなりに宜しくやっていた。
宜しくと言ってもその関係性は傍から見れば知人がいい所であり、なんなら当人達も互いに考えるのはそれぞれの利益のみだったので、外野の感想はそれほど的外れでも無かった。
だが、この指導困難な問題児のじゃじゃウマ娘と、何故トレセン学園をクビになっていないのか不明なほどトレーナー業にやる気のないヒト息子が、ある時期を境にその関係性を急速に温めていったことは、誰の目にも明瞭であったはずなのだが、不思議なことに、当時は誰もそのことに気が付かなかった。
いわんやシリウスシンボリから最大の悪的と目されていたシンボリルドルフでさえ、問題児の影にやる気の無い1本の杖があったことは、学園を卒業して結婚の事実を知るまで、はっきりとその正体を掴めていなかったと言うのだから、その隠密性というかやる気の無さというのは目を見張るものがあったといえよう。」
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ここまで書いて彼女は筆を置いた。
慣れないことをするのは疲れるもので、椅子の背もたれに寄り掛かりながら背骨にぐっと力を入れた。
途端に血流が増す感覚に満足すると、横に置いたマグカップを手に取って、黒毛のウマ娘な店長が淹れてくれたブレンドコーヒーをすする。
だいぶ冷めてしまったコーヒーを一息で飲み干すと、甘い物でも食べようとメニューを開いた。
オーダーを受けた黒いウマ娘の店長は、奥にいた男性店員にその内容をそのまま告げていた。どうやらデザートは彼が作るらしい。
頼んだデザートが来るまではもう少し時間が要るだろう。
尻尾の毛先の枝毛を弄りながら、窓の外を見つめつつ、考えるのは、先程まで自身が書いていた文章の続きだ。
即ち、学生時代、いや今でも私たちのボスであり、今はどこにいるのかも分からないウマ娘。シリウスシンボリのことであった。