貧乏暇なしとはよく言うけれど、トレーニングにおいて私は割と暇だった。
暇というのは語弊が有るけれど、授業が終わってバイトして、バイトの合間にトレーニングをしていた私にとってトレーニングとはバイトの"暇"に何とか時間を作ってやるものだったからだ。
専属トレーナーを持たないウマ娘達は、集団指導を受け持つトレーナーが面倒を見てくれていた。
今はどうか知らないけど、少なくとも昔はそうだった。
私はそんなウマ娘達の一人で、私の様なウマ娘にとってトレセン学園が用意してくれている集団指導制度は多少ありがたくもあった。
多少、というのは、そりゃあ欲を言えば自分の専属トレーナーが欲しかったということもあるけども、どちらかと言えばそのトレーニングの受講方式に文句があったからだ。
私がいた頃のトレセン学園はウマ娘に対してトレーナーが少なかった時期だった。
表向きの理由は色々あるけど、本当の理由は卒業したりドリーム何ちゃらに進んだウマ娘が、文字通り掻っ攫っていくから、と言うことを私は知っていた。
勿論、トレーナーの方からレース引退後のウマ娘のセカンドライフに着いていくことが殆どだったんだけど、私の様な下々のウマ娘からしたら、貴重な教育者を奪いやがって、という感想しか出てこない。
全く、G1ウマ娘というのは勝利だけじゃなく恋愛でも勝ってしまうのだから、下々の者に優しく無い。
持ってくのはトロフィーだけにしてくれないか、とは私と友人達の間でよく笑い話にしたものだ。
兎に角、その頃のトレセン学園はトレーナーが少なく、かつその指導に於いても制限があった。
制限というのは集団指導を受け持つトレーナーが一度に見るウマ娘に人数制限を設けるというもので、指導の質が落ちない様にという、一応はトレーナーとウマ娘の双方に対する学園側からの配慮という形だったのだが、私はこれに困らされた。
人数制限があれば必ずあぶれるウマ娘がいて、そのあぶれたウマ娘は他の集団指導を優先的に受けられた。
優先と言いつつも速いもの順の予約制だったんだけど、厳密には速いもの順ですらなくて、門限や校則などの規則を破ったウマ娘は予約が後ろへと回される恐怖の代物だったのだ。
当時の私は右にバイト左にバイトの大忙しで、お金を稼ぐのに必死だった。
何で私はレースと関係無い所で忙しいんだって、実家の太いウマ娘達を羨ましい通り越して逆恨みもした。
それでも学園を辞めなかったのはやっぱり
家族が応援してくれてたからだし、いや、家族が居たからバイトしてた側面もあったんだけど、幼い弟妹を抱いて一人で頑張ってる母親が私の夢を応援してくれてたわけだから、私は諦めるわけにはいかず、只管がむしゃらに頑張った。
頑張りすぎて周りが見えなくなって、頑張りの方向を間違えてたことにも気づかないほど。
子供の頃の私は本で読んだりテレビで聞き齧ったりしたトレーニング理論を見様見真似で実践して、それがたまたま上手くいったのか、同年代でも割と脚の速い子だった。
それで才能があるなんて勘違いして天狗になって、将来トレセン学園に入学して母へ多大なる苦労をかけることになるのだから、誰か当時の私の鼻っ面をぶん殴ってくれないかしら。
まあ、そんなこんなで、家族は私の夢、G1ウマ娘になるという夢を応援してくれては居たのだけど、貧乏なのは変わらない事実だったので、幼い弟妹のためにも私はお金が必要だった。
それでバイトに精を出していたわけだが、家族のために少しでも金が欲しくて働いてるバイト戦士にとって、夕方以降は時間当たりのおちんぎんが増える稼ぎ時だった。
だからというか、まあ、なんだ、そういう事情で私はちょくちょく門限破りをかましてしまっていた訳だ。
この辺を上手くやる先輩や同期もいたはいたが、私にそこら辺の要領の良さは無かった。残念。
門限破りは一度や二度じゃ無い。
じゃあ門限破りが続いた結果どうなってしまったかというと、私は"規則を守らない悪い生徒"ということになってしまい、集団指導の際に優先度が後ろに回されていた。
規則を守れていないというのは、勿論ぐうの音も出ないほどの正論なのだけど、別に私は規則を破りたくてそうしている訳では無かった。それを悪と断じるヒトカスも居るけれど、私はただ、お金が必要だっただけだ。
優先度を後ろに回された私は、更に可哀想なことにターフを走ることもなかなか出来なくなってしまった。
それも予約制って奴と、"規則を破る悪い子は後で"という奴のせいで、私はここで一回折れた。
まあ、折れたところで立ち直らない私じゃ無い。ターフがダメなら河川敷、河川敷がダメなら神社の階段、それもダメなら山道と言った風に走れるところは走った。勿論、バイトもしつつ。
神社がよかったのか、神様は見ていてくれたらしく私はそれなりに早くなった。だけどターフで競い合うという致命的な感覚を養っていなかったので、野良レースに出ればこてんぱんにやられていたのがしょっちゅうだ。
バイトは辞められず門限は破られ、ターフを走れず、やられて負けてを繰り返した結果、とどの詰まり私は燻ったんだよね。
あの頃、私の様に燻っていたウマ娘は多かったと思う。
私の様に自業自得な規則破りばかりじゃ無かったけど、それでも何か理由があって規則を破ってしまい、集団指導から漏れ、ターフの予約から漏れ、同期と差をつけられ、それでも尚折れなかったけどどうしたらいいか分からないウマ娘達は確かに居たよ。
彼女達が規則を破った理由?
十人十色だよ。細かくは話さないけど。
でもね、皆んな悪い娘じゃ無かったよ。
じゃあ何でっていうのは、強いて言うならトレセン学園って環境が悪かった。
強さを求められる場所で、誰もが強くあれるばかりじゃ無い。
自分の弱さに負けて、やっちゃいけないことをする事もある。
弱さに負けたことを罪とするなら、やっぱり悪いのはトレセン学園だよ。今はどうか知らないけど。
OGとしては改善されてることを祈るばかりだね。
話を戻すけど、トレセン学園で燻ってたウマ娘達は多かった。
放っておけば燻ったまま、再び燃え上がれる事もなく、燻ったまま燃え尽きてしまう奴らが沢山いたさ。
たくさんって言うのは誇張かもしれないけど、兎に角、シリウスシンボリ先輩はどうやって調べたか、そんな奴らに片っ端から声をかけて、集めて、走る場所や走り方を与えてくれた。
燃え上がらせてくれたんだ。
あの人が採ったやり方が褒められた物じゃないのは知ってるよ。結局、誰かが泣きを見るのは変わらないから。
でもね、悪くても、感謝してるよ。
無断でターフを占領して、生徒会の話が通じない方の副会長がターフから私らを追い払おうとした時も、シリウスシンボリ先輩は矢面に立ってくれた。
思い出すねー。
結局私らが規則破りをしてるのは変わりないんだけどさ。
副会長がどっちかって?
ほら、アイシャドウのキツい方だよ。
あのヒト息子がその時何をしてたかって?
それがあんまり思い出せないんだよね。
全体的に、あんま印象に残って無いって言うか、やだなー、歳かな? 何ちゃって。
うそうそ。他のみんなもそうなんだって。
トレーナーのことだけ思い出せないっていうか思い出しずらいっていうか、さっきのも忘れた訳じゃなくて、パッと出てこなくてさ。
あのヒト息子にも結構世話になったんだけど。
そう言えば行方不明らしいじゃん。
何処で何やってるんだろうね。あの無気力野郎は。
シリウスシンボリ出せぞ!