尻尾の枝毛を弄っていたら、これが一度始めたら意外と気になってしまい、私は公共の場所にも拘らず一生懸命毛繕いに励んでしまっていた。
流石にブラッシングはしなかったが、枝毛を一つ見つけると他の枝毛を見つけてしまったり、なんなら白髪が生えているのを発見してしまったりなどして(私はまだ20代だ)、愕然としつつも少しの間だけ時を忘れて没頭していた。
だが、流石にデザートが目の前に運ばれてくれば我に帰る。
それと同時に、この素晴らしいパフェを運んできた黒い長髪の綺麗なウマ娘の店長に、せっせせっせと毛繕いしていた姿を見られていたことに今更ながら羞恥が込み上げてきた。
ちなみに何故彼女が店長であると分かったかというと、子供が書いたようなひらがなで「てんちょう」と記された名札を胸に付けていたからだ。お子さんがいるのだろうか。
私は恥ずかしさを誤魔化すように「わあ、ありがとうございます」と、どこか邪悪なコメディアンの様に大袈裟な身振りでお礼を言った。
「あっ」
「大丈夫です…、拾いますので…」
誤魔化そうとしたのがいけなかったのか、テンパって邪悪なコメディアンの様に振る舞ったのが悪かったのか。机の上に置いていた書きかけのルーズリーフは私の体の、多分肘とかにぶつかって、ものの見事に木の床に散らばってしまった。
私は足元の1、2枚を拾うと残りを彼女から受け取った。
「どうぞ…」
「ハハ、ほんとすいませぇん。ありがとうございます」
お礼を言おうとしただけなのに、またしても私の中の邪悪なコメディアンが出てきそうになった。
紙を手渡しされると、勿論店長さんが近くに見えるのだが、私はこの店長さんをどこかで見たような気がしていた。
どうしてか店長さんも私の方を見ている。正確には、今しがた私に手渡したルーズリーフを、だ。
なんだろう。内容をちょっと読まれたから、迫害とかされるのだろうか。なんやコイツ怪文書書きやがってキモ、みたいな。
私が迫害の予感に慄いている間も、店長さんはあんまり生気の無い目でこちらを見ていた。
「あなたは、トレセン学園の関係者ですか……?」
「え? あ、はい。卒業生です一応」
「そうですか…、実は私もそうなんです…」
「え!?」
この生気の無い瞳をした店長さんはどうやらトレセン学園のOB?OG?らしかった。
なんだろう。雰囲気からして多分先輩だろう。先輩じゃなかったとしても左手薬指に指輪とかしてるし、開業とかしてるし人生の先輩であることに間違いはない。
それに、私が卒業してからまだそれ程経っていない。まず、先輩だろう。
恐縮しだした私を微笑ましげに見つめる店長さん。綺麗な人だが、やはり私はこの人を見たことがあると確信した。多分場所はトレセン学園だ。
学園の、どこだろうか?
「な、何故私が学園の卒業生だと…?」
「シリウスシンボリ…」
「え?」
「すいません…、少しだけ読んでしまいました…」
「え? ええ、いえ、むしろ変なものを見せつけてしまってこちらこそすいませんというか何というか、はい」
「シリウスシンボリさんとは、どう言った関係なんですか……?」
「え? えーと、お世話になった人というか、ボスというか、今私が探している人でして。あっ、探してるっていうのはこの人今どこにいるのか分からなくて」
私はさっきから、え?、しか言えてないな。我ながらちょっとキモい。それに言わんでいいことまで口走って、これではコミュ障がバレバレではないか。
こんな私を迫害しないなんて店長さんは優しいな。
しかし、やはり私は確信した。この人を見たことがある。確か、学年は離れていたのだが、アオハル杯で競った覚えはあるのだ。
具体的に覚えていないということは、多分私はコテンパンに負けたのだろう。私は都合の悪いことを忘れるタイプなのだ。だから反省が活かせないのだとはボスからもよく言われたっけ。
だが、ポンコツな私の記憶でも、目の前の黒いウマ娘のことを徐々に思い出してきていた。
名前も、なんか臍の辺りまで出かかっている。
なんだっけ、なんか漆黒の摩天楼とかニューヨーク株式市場とか、そんな感じの名前のウマ娘だったと思うのだが。
株式市場先輩? 絶対違うわ。
うーむ……。あっ、思い出した!
「あのー、もしかして、ゴッサムシティさんですか!?」
「いえ、マンハッタンカフェです……」
「すいません間違えました!!」
「大丈夫です…。他にご注文はありませんか…?」
全然違った。思い出せてなかった。
しかしマンハッタンカフェと言えばG1ウマ娘ではないか。ということは奥の男性従業員らしき人物はトロフィーと一緒に掻っ攫った元トレーナーだろうか?
まあ、それよりも気になるのは彼女がシリウスシンボリと口にしていたことだ。
私の注文かまたは断りの反応を待つ彼女を無視して、ボスに繋がる言葉に、私は今まで何回も重ねた質問を口にした。
「あの、マンハッタンカフェさん。シリウスシンボリ先輩が何処にいるかご存知ありませんか?」
私たちのボスが何処にいるか知りませんか。