「シリウスシンボリがかのヒト息子の存在に気づいたのは、シリウスシンボリが面倒を見ている学園の鼻つまみ者達に、ヒト息子が堂々と、ヒト息子以外からしてみればこそこそと施した走行姿勢の矯正や走法が、いよいよシリウスシンボリに違和感と感じられてからだった。
無論、シリウスシンボリとて自身の大切な
鼻つまみ物たちに四六時中付いて、親犬の様にその強大な庇護を振り撒いているわけでは無いから、彼女の預かり知らぬ所で子犬達が新しい走り方を覚えたり、その速度を増したとて何の不思議も無い所であった
むしろ、見えぬ所で努力を重ねているものと認めこそすれ、原因の追及などしようとも思いもしない。シリウスシンボリとはその様なウマ娘であったからだ。
ところが、走り方や速度の変化した者たちが皆、指導を受けた事実を黙っている様に口止めされていれば、そして口止めするために、指導の事実を口外すれば次の指導は無いと脅されていれば、親犬はようやく自身の子犬たちにちょっかいをかけている胡乱な存在に気付くのであった。
己の縄張りを荒らされたこと気づき猛る親犬が、身を縮めて震える哀れな子犬たちを一人一人問い詰めて、胡乱なヒト息子存在に対する情報を集める試みは、三女神の善と悪が入れ替わるよりも速やかに行われ、この日はシリウスシンボリ傘下のウマ娘達にとって忘れ得ぬ日となった。
その日を境に、シリウスシンボリは猟犬の様に厳しく胡乱な獲物を己の牙にかけようと目と耳を鋭く尖らせていたのだが、その気迫に反して、彼女と胡乱なヒト息子が会合するには更に幾ばくかの月日を要した。
ヒト息子とシリウスシンボリが出くわさぬ間にも、ヒト息子による指導は淡々と行われていたのだが、二人の間に横たわった時間は、それがシリウスシンボリの大して丈夫でも無い堪忍袋を刺激したり、また却ってシリウスシンボリに冷静さを齎し、純粋に指導の効果を認めさせたりもした。
だからだろうか。
ヒト息子というかつては輪郭の無い影の様だった男が、口止めをしていた筈のウマ娘達によって罠に嵌められ、太陽の下にひきづり出された地虫のごとく、正しく罪人の様にシリウスシンボリの前に引き立てられた際に
、シリウスシンボリが怒りも、シンコウウィンディの様に噛みつきもしなかったのは、その烈火の如き怒りを予想していたウマ娘達には意外だった。
彼女達にとって指導をしてくれる胡乱なヒト息子も、シリウスシンボリも共に恩人であり、恩人同士が互いにいがみ合わずに済んだのには、さぞかしほっとしたことだろう。
ヒト息子と言えば、気性の荒いウマ娘という殆ど凶器に近い存在を前にしたというのに、その澱んだ目の下に些かの怯えや恐怖も無く佇んでいたのだから、当時から何を考えていたのか分かったものでは無かった。
ただ、二人の周囲にいたウマ娘達に唯一分かるのは、彼女達のボスと胡乱なヒト息子が二人だけで話し合いをした結果、気まぐれに自分たちのトレーニングを見てくれる教育者を得られたという事実のみであった。」
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カランカランと入り口ドアの開く音がして、無意識に耳がそちらを向いた。
鋭利な感覚は大きめなヒールの足音と、小さめなスニーカーの足音を拾った。
どうやら親子連れらしい。
「やあカフェ、元気にしてるかい?」
「カフェおばちゃんこんにちわ!」
「元気ですよ、タキオンさん、スカーレットちゃん……」
どうやら店長さんの知り合いらしい。
店長さんは私に「ごゆっくり…」と告げるとあちらの親子の対応に行ってしまった。
別に構わない。
結局、シリウスシンボリ先輩の居場所は分からなかったからだ。
自分を誤魔化す訳じゃないが、最初からダメ元だったのでショックはない。
もう何回も繰り返した質問であり、これから何度も繰り返し受けるであろう返答にいちいち構っていられないからだ。
肖像は語らず、語られるのみ