月は、毎日毎日私達を照らす。もしも私が月だったら、一ヶ月に一度程度しか顔を出さないと思う。
お尻から伝わるひんやりとした感覚を味わいながら、空にぽつんと浮かぶ月を握りしめ、小さな溜め息をつく。
「ったく、アタシらしくねえ……」
屋根から飛び降り、芝生の生えた地面に着地する。くるりと後ろを振り向けば、いつも通り見慣れた小さな寮。古ぼけたそれは何十年もの間、いろいろな兵士を見てきて、戦場に送ったのだろう。
ああ、だめだ、今日のアタシはなんだか可笑しい。柄にもなく何考えてんだか。
黒い瞳は深淵のような深さを見せ、瞳と同じ色の髪は短く切り揃えられ、左右に、まるで耳のように跳ねている。活発そうな見た目とは裏腹に、深淵のような瞳からは、冷淡さが醸し出される。
ガシガシと頭をかきむしり、背伸びをする。豊満な胸がたゆんと揺れる。
ぴくん、と左右の癖毛が動き、シューヴェルトは寮の玄関へと向かって歩く。なんだか嫌な予感がする。レーダーのような癖毛に疑問を持ちながらも、明るく、優しい光がシューヴェルトを包み込んだ。
「うぅむ、おらんか……とはいえ、ここにおったら不審者扱いされてまう、帰るか」
そのすぐ後、スィウェンが冤罪でどこかに連行されたという噂を、シューヴェルトは聞いたのだった。
星西暦458年、人類は窮地に立たされた。人どうしで殴りあっていた中、突然第三者が乱入してきたのだ。当然人類は対抗した、だが、殴りあいで疲弊した人類は瞬く間に蹂躙され、国土の半分以上を失うのであった。
しかし、希望はあった。後の英雄と言われる七人が、元凶なる『何か』を破壊し、つかの間の平和が訪れた。
星西暦502年、今、再び七人の英雄が集い、混沌の世界に終止符を打つであろうことを、この時誰が思ったか。
あれから何時間経っただろう、もはや時間感覚は狂い、自分がどこを目指して歩いているかすらも不明だ。
そして、最悪な事に、誰かにつけられている、それも複数の気配が背後から伺える。こんな森に、と言いたい所だが……
エルフ
(まさか、森の精霊か?)
ならば好都合、森の精霊には貸しを作らせた相手がいる。あわよくば寝床と食事、そして風呂にも入れるかもしれない。唇を吊り上げ、くるりと後ろを振り向く。このとき少女は気づかなかった、もはや森の精霊は絶滅し、かわりにーーーーー
「グルルルルル……」
鋭い眼でこちらを睨み付ける狼が居ることを。(予想よりいっぱい)
「あー、あー、あー………………森の精霊……じゃないね、狼ですね……えっと、その……逃げろぉ!!」
脱兎のごとく木々の間を走り抜け、雑草を飛び越える少女に不意を突かれるも、さすがは森の狩人、四肢をつかい、ぐいぐいと少女との間を埋めて行く。
「ギャアアアアアア!!!踏んだり蹴ったりとはまさにこの事!うわぁぁぁぁぁぁ!!」
だらだらと涙を流し、乙女らしかぬ形相で走る。それと悲鳴。木の根や小石に躓きながらも、一心不乱に駆け抜ける。全ては狼のご飯にならないように。
「ええい!どうして私ばかりこんな不幸な目に合わなきゃいけないんだい!……ってもうすぐそこにぃ!?」
桃のようなお尻の少し後ろにぴったりとくっつく灰色の毛並みをした狼、ガチン!と牙が噛み合わさり、危うく少女のお尻が無惨に食いちぎられる寸前で背を反り、これを避ける。何度も噛みつく狼に苛つきを募らせながら、復讐するのに最適な場所を求めて走り続ける。広く、開けた場所、それさえあればこの鬱陶しい狼達を挽き肉にしてやれる。復讐心を募らせ、走る。
しばらくして、格好の場所を見つけた少女は、くるりと反転し、三回連続してバック転を繰り出す。狼達は少女を円形状に取り囲み、涎を流す。
「このクソ狼め!昼御飯にしてあげるよ!」
両手に剣精霊を呼び、白銀の刀の切っ先をリーダーであろう狼に向ける。
それに呼応するようにリーダーは雄叫びを上げ、周りの狼も吠える。
少女の真後ろの狼が飛びかかり、鋭い犬歯を柔肌に突き立てんと迫る。ギリギリまで引き付け、まるでコマのように一回転し、その場から横に飛ぶ。背後から迫った狼が二つに別れ、鮮血を出しながら倒れる。少女のいた場所にもう一匹の狼の鋭い爪が地面に突き刺さる。
避けて、斬って、なんども往復を繰り返している内に、残るは少女とリーダーの狼だけとなった。
「高みの見物とは、さながら指揮官だね、君」
べっとりとこびりついた血を拭い、刀身を振るって血を払う。刀のように研ぎ澄まされた眼光が少女を射抜く。眼光に押されながらも、少女はぎこちなく刀を構える。
「ふぅ………………ハァ!」
一気にリーダーの懐に潜り込み、刀を振り抜く。とてもだが、狼とは思えない動体視力と俊敏さで避けられ、爪の反撃を貰う。
「うぅ!」
胸元の衣服が破れ、柔肌が白日の元に晒される。片手で胸(割りと平たい)を隠す。はぁ、はぁ、と荒い息をつきながら、どうやってこのリーダーを倒すか、脳内で模索する。獣とは思えない俊敏性と動体視力を兼ね揃えた強敵、実際少女の一撃は、懐に入った時点で見切られていた。
面倒だ、その一言に尽きる。足はお世辞にもあまりはやくないと自覚している少女にとって、この上ない天敵ともいえる存在。深く息を吸い、吐き出す。リーダーも準備が整ったのか、ゆっくりと臨戦態勢を取る。
ひゅう、と風が木の葉を揺らす。それを合図に両者は空中で交わり、互いのいた場所に着地する。
「うぐぅ……っ!」
最初に膝を着いたのは少女だ。胸元から右の足の付け根にかけてバッサリと切られている。
次に倒れたのはリーダーだ。喉元に致命傷を負い、ゆっくりと倒れ伏す。
勝ったのだ、だが、払ったものはとても大きい。この傷ではまともに歩くことはできないだろう。いくら血がコータルオイルのような物であっても痛覚は無視できない。
「う、あぁ…………」
視界がぐらりと揺れ、少女は倒れた。
今回は割りと長め(自分的には)です。
次回、主人公あらため今だ名前すら出てきてない少女の名前が明らかに…………なるかもしれない(多分)