雷人の詩   作:バリッか

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プロローグ

「……はぁ」

 

 東礼司(あずまれいじ)は夕暮れの公園で一人、ブランコに腰掛けてため息を吐いていた。

 季節は、初春。高校生になる直前の春休み。五時のサイレンは既に鳴った後だ。

 少し肌寒くも感じる気温の中、しかし彼はブランコから立ち上がる様子を見せない。ただ、所在なさげに鎖を軋ませて、ゆっくりと前後に動くばかり。

 そんな礼司であるが、実のところその佇まい以上に、容姿が人目を引いた。

 

 燃え尽きた灰の様に真っ白なセミロングの髪。中肉中背の体格で、良くも悪くも十五歳の少年としては平均的な体格。

 だが、一等に目を引くのはその色白な肌に浮かんだ独特の模様。

 リヒテンベルク図形という奴だ。それがまるで蚯蚓腫れの様に紅い線となって左の頬に浮かんでおり、更に左のエラ辺りを通って首筋にまで続いていた。

 刺青や自傷の痕、などではない。事の発端は、およそ五年前にまで遡る。

 

 当時十歳であった礼司はその日、母方の祖父母の家へと遊びに来ていた。

 夏の季節。田舎の祖父母の家がある地域は、天気が変わりやすくその日は何十年に一度と言われるほどの雷雨の日。

 吹き付ける暴風と、暴風に乗って叩きつけられる雨粒。そして、暗雲立ち込める鉛色を通り越して薄暗い空に駆け抜ける幾筋もの稲妻。

 礼司少年は、雷光も雷鳴も恐ろしくは無かった。それどころか、興味が掻き立てられて仕方がない、そんな子供だった。

 

 そして、運命の日。両親や祖父母の関心が外れたその隙を縫って、彼は傘も差さずに家を飛び出してしまった。

 その先に待つのが、地獄である事などこの時の彼は思いもしない。

 ただ、楽しかった。吹き荒れる風が、全身を濡らしてくる雨粒が、世界を眩ませる雷光が。

 ただただ興味の赴くままに。少年は、()()を知らなかった。

 

 好奇心の赴くままに辿り着いたのは、芝生広場のようになった場所だった。

 木製のベンチや、四阿などが隅の方に設置されておりこの周辺住民にとっての憩いの場所としても人気のスポット。

 その広場には、背の高いものが何もなかった。それこそ、十歳の子供が足を踏み入れれば、ポツンと飛びぬけて高くなってしまう。

 

 だからこそ、それは必然でありそしてどうしようもない不幸。

 

 雷光が世界を一瞬染め上げた。直後に、爆音と衝撃。

 

「かっ………あっ……?」

 

 直撃だった。百万分の一という確率が、礼司の幼いと言っても良い肉体を撃ち貫いていた。

 凡そ一億ボルト、家庭の電圧約百万倍の電圧と、1000アンペアを優に超える電流、加えて三万度という温度が一瞬と言えども襲い掛かるのだ。

 礼司の体は、端的に言って黒焦げだった。口からは黒い煙が流れ、目は雷の衝撃で完全にはじけ飛び、残った肉も雨風に掻き消されているが吐き気を催す焼けたニオイを漂わせる。

 膝をつくその体。その一瞬の間が、更なる不幸を呼ぶ。

 

 二度目の雷光、そして衝撃。

 

 百万分の一の二回目。残っていた肉が衝撃と熱気、爆発で弾け、骨まで一気に焼け焦げた。

 崩れ落ちる体だったもの。

 そして、

 

 三度目の雷光、と爆発。

 

 何の恨みがあるのか、既に生命活動などしていなかった炭の塊へと再度雷は飛来した。

 自然現象に意思を求めるだけ無駄というものではあるが、とにかく礼司の体はこの瞬間完全に破壊される事になる。

 

 そして――――奇跡は起きた。

 

 紫電が走る。焼け焦げた、否、既に燃え尽きた灰の様なありさまと成り果てた肉体だったものに、まず肉の色が返ってくる。

 光のラインが走る度に、炭の塊は肉の塊へと再生していく。

 心拍が戻った、拍動が戻った、血流が生まれた、細胞が蘇った。

 それは、体の中心を始点とした復活。死の淵、いや地獄のどん底からの回帰。

 時間にすれば五分とかかっていないだろう。

 

 死からの復活。それは宛ら神話のようで。

 しかし、完璧ではなかった。

 

 落雷の直撃を受けたのだ。服が燃え尽きた事に関しては仕方がないだろう。

 だが、全裸となって仰向けに倒れるその体には左の頬から爪先に至るまで、びっしりとリヒテンベルク図形による赤い線が浮かんでいた。加えて、その日本人らしかった黒髪は、真っ白に。ブラウンだった瞳は、赤みが強まり、白目の部分には体と同じくリヒテンベルク図形の様な模様が浮かぶ。

 

 以上が、彼の五年前の出来事。そのあらましだ。

 彼の日本人離れした、もとい人間離れしたような容姿はそんな過去より為されていた。

 

「死ねば、良かったのかな……」

 

 緩くブランコを前後に揺らしながら、礼司はそんな事を呟く。

 こんな場所で時間を潰している辺りお察しであるのだが、彼は学校でも家でも居場所が無かった。

 子供は残酷というもので、特異な見た目の彼は直ぐに周りから排斥されていった。元々の容姿から一夏で乖離してしまったからこそ、余計に。

 家族にしても、最初こそ生き残った事を喜ばれたが、その特異な見た目の結果か微妙に距離を取っている。

 愛情が無い訳ではない。愛されていない訳ではない。

 ただ、距離がある。まるで腫れものを触るような、そんな距離が。

 

 礼司はそんな扱いを受けて、しかし何も言わなかった。反論反撃、一切なし。ただ只管に自分の内側に溜め込み続けてこの五年、一度として吐き出したことは無い。

 この世界は、礼司にとって生きづらいものとなっていた。故に、考えてしまう。五年前のあの日、死ねばよかったのではないか、と。

 

 たった一人であり続ける事ほど、辛いものはない。家族がいるというのに、天涯孤独など笑い話にもならない。

 

 見上げた空は、そろそろ夜の割合が過半数を超えた所。

 時間的にも限界ギリギリといった所か。早く帰らなければ、気まずい時間がより伸びてしまう。

 もう一度だけため息を吐いて、礼司は心の内側に蓋をし、ブランコから立ち上がった。

 これは彼の処世術。感情を抑えこむ事で傷ついていないふりをして自分自身の傷から目を逸らす。そんな瘦せ我慢のその場しのぎ。

 

 しかし、運命の歯車を再び回り始めていた。

 

「……ん?」

 

 何かが揺れた気がして、礼司は空を見上げた。

 それは、夜空に不似合いな、白。

 それは、白い封筒だった。風が吹いていないというのに不規則な軌道を描きながらも、しかし真っすぐに礼司の下へと落ちてくる。

 反射的に、礼司は左手の親指、人差し指、中指で摘まむようにして封筒をキャッチ。

 同時に、その眉間に皺が寄り首を傾げる事になる。

 

「僕宛?」

 

 封筒の表面には、達筆な文字で『東礼司殿へ』と書かれていたのだ。

 有体に言って、胡散臭い。そもそも、何故こんなものに自分の名前が書かれているのかも分からないし、そもそも彼にはこの手の手紙を送ってくるような心当たりも無かったから。

 普通は、開かない。適当に丸めてゴミ箱にでも突っ込むところだろう。

 だが、礼司は疲れていた。現状に、自分の置かれた立場に。

 故にその縁に手を掛ける。

 入っていたのは一枚のカード。書かれているのは短い文。

 

『悩み多し異彩を持つ少年少女に告げる

 その才能(ギフト)を試す事を望むのならば、

 己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、

 我らの“箱庭”に来られたし』

 

 そして、世界は一変する。

 紐無しバンジーなど生温い、身一つによる上空四千メートルからの自由落下。

 礼司だけではない、他にも三人の男女とプラスして一匹の三毛猫が空へと投げ出されていた。

 

 眼下に広がるのは、テレビ越しですらも見た事の無いような景色。

 世界の果ての様な断崖絶壁、縮尺を見間違ってしまいそうな天幕に覆われた施設、のようなもの。

 

 完全無欠の異世界がそこにはあった。

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