雷人の詩   作:バリッか

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 落ち着かない。行ったり来たりと扉の前をうろうろ往復しながら、礼司は気を揉んでいた。

 文字通り、雷速でコミュニティまで戻って来る事が出来た黒ウサギは、そのまま医療用のギフトを用いる為にギフトを用いた儀式を行う工房へと耀を連れて引っ込んでしまったのだ。

 知識も技術も無い礼司が手助けなど出来るはずもなく、寧ろ余計な手出しをすれば邪魔になりかねないと大人しく待っている今現在。

 果たして、扉が開いた。

 

「ッ、黒ウサギさん!」

「うわぁ!?れ、礼司さん、待っておられたんですか?!」

「あぅ……ご、ごめん……気になって」

「あ、いえ、怒ってる訳ではございませんよ!?耀さんを心配されていたんですよね?」

「そう、だね……あんなに血が出てたし……」

 

 しょんもりする礼司に、黒ウサギの内側に何やら熱いものがこみ上げてくる気がした。余談だが、東礼司は真っ白な髪に赤目と兎カラーだったりする。体に走ったリヒテンベルク図形に目を瞑れば。

 

「だ、大丈夫です!傷は確りと癒えましたし。二、三日もすれば完治しますから」

「そ、そう?」

「はいな!出血も酷いものでしたが、増血を施しましたのでこちらも問題ないかと」

「増血?……輸血が必要だったって事かな」

「そうですね。ただ、箱庭では輸血は専門のコミュニティに依頼しなければならないんです。お恥ずかしながら、今は零細ですので……」

「それは、仕方ないと思うよ……それにしても、輸血でコミュニティが成立するんだね」

「YES、この箱庭には多くの種族がいらっしゃいます。礼司さん達の様な人類だけでなく、私の様な精霊種、白夜叉様の様な星霊から鷲獅子(グリフォン)の様な幻獣、蛇神様の様な神格に、雷獣様の様な妖怪等々。そして、他種族の血液をもしも誤って輸血してしまった場合は拒絶反応のみならず、輸血された側の霊格にも影響を与えかねないのです」

「成程……血が混じれば、僕らも別の種族になったりするのかな」

「可能性としては、ございますね。ただ、種族が変質する事でギフトが効力を発揮しなくなる場合、或いは自身に牙を剥く場合もあるので、良い事とは言えないのデス」

 

 半ば脅すような黒ウサギの言葉だが、礼司としても興味以上の域を出ることは無い。

 ただでさえ、特異な見た目をしているのだ。それに加えて、外法で完全に人間の範疇を飛び出してしまうなど御免被るというもの。

 

「それにしても、礼司さんのギフトはいったいどのような物なのでしょう?」

「僕の?」

「はいな。言っては何ですが、礼司さんの身体能力は十六夜さん程破格のものではございませんよね?」

「まあ……そうだね。僕自身、特別力が強いだとか、頑丈だとかは無いよ」

「そこなのです。人が雷速で動こうと思うのなら、相応の負荷がかかります。にも拘らず、礼司さんはそういう事はありませんよね?」

「そうだね……うん。黒ウサギさん達も大丈夫だった、よね?」

「ハイ。その点も、不思議です。私たちには一切の負荷をかける事無く移動したのですから」

 

 黒ウサギの言葉を一つ否定するのなら、負荷、という程ではないが電気風呂に入った程度の微小な痺れが無かったわけではない。それでも、ダメージを負う程かと問われれば、否。

 これは、他三人にも言える事だが、彼らは自身のギフトを自分自身でも正確には把握しきれていない。ただこれは、当然と言えば当然で人類最高峰とも称されるギフトを有するという事は、その一方でその力をおいそれと使う訳にはいかないという事でもあった。それも、箱庭の世界ならばいざ知らず元の世界で大々的に扱えばそれはそのまま排斥対象とされかねない。

 例に漏れず、礼司もまた己の力の全てを知る訳では無い。特に戦闘に関しては加減も分からないだろう。

 

 ただ、この少し後で東礼司本人も知る事の無かった力の一端を発揮する事になるのだが、ソレはまだ先の御話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ええっと、それじゃあ何か欲しいものはないかな?」

「……何か飲み物?」

「私もお願いできるかしら?」

「了解……茶葉なんかがあれば、お茶にするね……なかったら、水を持って来るよ」

 

 耀と飛鳥の二人に見送られ、礼司は工房を後にする。

 コミュニティ内を進む彼の足取りは、比較的軽い。

 その内心としては、耀の怪我が快方へと向かっている事への安堵と、それから昨晩の十六夜が立ち上げた作戦の第一歩を踏み出せたことによる今後への期待が占めている。

 軽い足取りのままに、本館へと足を踏み入れ、数歩進んだところでその足は止まった。

 見つめるのは、窓。それも、中庭を覗く事が出来る場所であり、締め忘れたのか開け放たれている。

 

(……猛獣?)

 

 ビリビリとした威圧感にも似た空気が、中庭から漂ってくる。加えて、礼司の感覚には二人分の電磁波が捉えられていた。

 意を決して、窓へと近づく。覗き込めば、中庭に立つのは十六夜。

 そして、彼が見上げる先では、満月を背負った金髪の少女の姿があった。

 何が始まるのか、と息をひそめる礼司だったが、犬歯を覗かせる十六夜の表情を見て察した。同時に、圧の大半が彼である事も。

 そのまま眺めていたが、何やら決まったのか宙に浮く金髪の少女がギフトカードを取り出して一振りの槍を顕現させる。

 掲げられた投擲用のランス。少女はその背に携えた翼を大きく広げて、総身に力を込めた。

 投擲。翼によって反動をつけ、全身を鞭のように使ったしなりを加えた一投は、容易に空気の壁を突き破って衝撃を空中へと伝播させる。

 だが、

 

(あの程度じゃあ、逆廻君の障害にならない……)

 

 ()()()()()()()()()礼司の内心は、冷静に判断を下していた。

 確かに凄まじい一投だ。それこそ、並みいる存在ならば一瞬の内に穿たれひき肉へと変えられてしまうだろう。

 しかし、生憎と逆廻十六夜は並み居る存在ではない。

 

「――――カッ!しゃらくせぇ!!」

 

 その空を貫く鋭い穂先も関係ないと言わんばかりに振るわれた剛腕による一撃。

 真正面から殴りつけられた槍は、その豪奢な見た目も宿した力も一切が意味をなさず、一瞬間にたった一撃でひしゃげて鉄塊へとその姿を変えた。

 恐るべきは人知を超えたカウンター。ひしゃげた鉄塊はそのまま塊ではなく、散弾銃の様に槍を投擲した少女へと牙を剥いたのだから。

 第三宇宙速度に迫る勢いで襲い掛かってくる凶弾を前に、少女はその目を剥いて――――そして僅かな安堵を滲ませた。

 

「ッ!」

 

 凶弾の行方とその着弾先を目で追っていた礼司の体は、その瞬間に動いていた。

 限りなく圧縮された時間の中で、それこそ第三宇宙速度すらも()()と称せる時間の中で、たった一つだけが駆け抜ける。

 

「なっ――――」

 

 今まさに血だるまとなって撃ち落とされる覚悟を決めていた少女は気付けば、誰かの腕の中に居り。ついでに自身へと迫る凶弾を撃ち落とそうと窓から飛び出した黒ウサギもまた、少女と同じように誰かの腕の中に居た。

 

「せ、セーフ……で良いかな……?」

 

 二人を腕の中に抱えたまま、東礼司はゆったりとした速度で中庭へと降り立った。

 呆然と見上げてくる二人に対してぎこちない笑みを浮かべてスルリと離れる。

 

「ご、ごめん……覗き見するような事になって……危ないかなって」

「……はっ…いや、そんな事は無いさ。私も、アレが躱せたとは思えないからな……あっ!?く、黒ウサギ何を――――」

 

 呆けていた少女が我に返った時と、ほぼ同時に混乱から戻ってきた黒ウサギが彼女のギフトカードを横から掠め取る。

 慌てた声を上げる少女だったが、カードを確認した黒ウサギにはそんな様子を気にしていられないらしく目を見開いて震えた指をその表面に走らせるばかり。

 

「ギフトネーム・“純潔の吸血姫(ロード・オブ・ヴァンパイア)”……やっぱり、ギフトネームが変わってる。鬼種は残っていても、神格が残ってない……」

「……ッ」

「?」

 

 気まずそうに顔をそむける少女に、この場についていけない礼司だけが首を傾げる。

 

「いったい……?」

「何だよ、そこの元・魔王様のギフトは吸血鬼しか残って無かったのか?」

「……はい。多少の武具は残っておりますが……」

「元・魔王?それって、奪われた仲間の?」

「レティシアだ。先ほどは、助けてもらった。感謝する」

「あ、いや……」

 

 真っすぐな感謝を向けられ、礼司は頭を掻いて目を逸らした。

 ただ、状況が宜しくない。十六夜の舌打ちが響く。

 

「他人に所有されるとギフトまで奪われるのか?」

「いいえ……魔王が奪ったのは人材であってギフトではありませんから。武具などの顕現している形のギフトならば未だしも、恩恵として宿っているのは修羅神仏や精霊からの奇跡、或いは祝福。魂の一部として根付いているもの。隷属させたとしても合意なしに奪えるものではありません」

 

 首を振る黒ウサギの言葉が、レティシアが相当な無理をした事を表していた。

 沈痛な空気が中庭に満ちる。

 

「……レティシア様は、鬼種と神格を兼ね備えたからこそ、魔王を自称できるほどの力を振るわれていた筈。今の貴女の力は、全盛期の十分の一以下……何故、このような事に……!」

「それは……」

 

 泣きそうな表情で問う黒ウサギに、しかしレティシアの口も重い。

 場が好転しそうにない現状、不意に礼司の脇腹が突かれた。

 目だけで確認すれば、欠伸を噛み殺す十六夜が肘で突いて、目線で何やら催促してくる。

 仕方ない、と一つ息を吐き出して、ついでに用事を果たすために礼司は一つその場で手を叩いた。

 

「とりあえず、部屋に戻ろう?態々立ち話をし続ける理由も無いし、僕も飲み物を持っていかなくちゃいけなかったから」

「……そう、ですね」

 

 一応の納得を得られたのか、二人が頷く事で場が室内へと戻っていく。

 余談ではあるが、この後水を一杯持っていくだけでも時間をかけた礼司に軽い舌鋒が飛んで来る事になる。この時の彼は知る由もないが。

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