雷人の詩 作:バリッか
自分がいったいどの程度強いのか。それは存外、自分自身では分からない事だったりする。
宮殿入り口辺りで、人目を引く役割を担った飛鳥と分かれた四人は、時折礼司の雷速での移動を交えながら、奥へ奥へと進んでいた。
「止まって」
前を行く耀が手を上げれば、三人が止まる。
そのまま、腰を落とした彼女は廊下を疾走。そして空中に跳び上がるとその勢いのままに右足を振り抜いていた。
「な、にぃ…………!?」
何かが倒れる音と同時に、廊下には伸びた騎士の姿が現れた。その傍らには蹴りの衝撃で外れたのか、兜が転がった。
兜を拾い上げた耀は、壁の陰に隠れた三人へと振り返る。
「これが、不可視のギフトかな」
「まずは一つ目だな。これは御チビが被っときな」
「わっ」
兜を受け取った十六夜が、その流れでジンへと兜を被せる。
すると、少年の体は瞬く間に色を無くして、その姿を隠してしまう。
今回のゲームのルール上、“ノーネーム”のゲームマスターであるジンが脱落してしまえば、その時点で敗北が決定してしまう為、コレは致し方ない。
「やっぱり、不可視のギフトが鍵になってる。どんなに気を付けても、相手が見えなきゃどこかで見られる可能性は常についてくるから」
「だな。そして、ここまで不可視のギフトを使ってる奴がほぼ居なかったのは奪われた時のリスクを減らす為。雑魚に渡し過ぎて結果的にやられちまえば、プレイヤー側に塩を送るだけだからな」
「それじゃあ、作戦通りに僕と春日部さんが残りの兜を探して逆廻君に渡す流れで良いのかな」
「……ちょっと待って」
作戦を継続しよう、という所で待ったをかける耀。
自然と視線が集まる中、彼女が見るのは礼司の方だ。
「礼司、遠くから攻撃できる?」
「え?ええっと……電撃を飛ばせるか、って事?」
「うん」
「出来る、けど……」
耀の指摘に関して、礼司は態々隠していた訳では無い。
そも、彼は電気関連で出来ない事が、ほぼ無いだろう。自覚している、していない等を除いて。
その一つに、指向性をもって放電というのもある。何より相手は、金属鎧の騎士たちだ。誘導性に関しては心配する必要が無い。
それでも渋るのは、偏に礼司自身が、自分自身を信じていないから。
「……危ないよ。春日部さんは、自分を囮に動こうとしてるのかもしれないけど、そのフォローに僕が上手くいくかは――――」
「でも、ルイオスと戦うなら戦力は多い方が良い。でしょ、十六夜」
「まあ、な。礼司の雷速移動が室内だと少しばかり制限されるってんで、兜集めをしようかって事になったが……御チビを庇いながらじゃ、
ニヒルに笑う十六夜。そして、耀はジッと礼司の顔を見つめ続ける。
言っては何だが、この場において彼のギフトだけが本来の力を発揮していない。精々が足代わりに移動するぐらい。それにしたって破格が過ぎるものではあったが。
音が遠くなる。今、この瞬間、東礼司は己の殻を破れるかどうかの分水量に立たされていた。
一つ補足をするなら、耀も十六夜もそこまでの裏があった訳では無い。
ただ、礼司のギフトに関してはまだまだ発揮していない部分が多々あるのだろう、というのが共通認識だった。
ソレが見られたら良いな、程度の提案。その辺りは、問題児の問題児たる所以なのだろう。
少しの間を挟んで、ゆっくりと礼司は頷く事になる。
「わ、分かったよ……ただ、春日部さん。君が危ないと判断した時点で、僕は突っ込むから。そこだけはハッキリさせておこう」
「ん、了解」
「んじゃ、決まりだな。悪いな、春日部。貧乏くじ引かせるような流れになって、よ」
「気にしてない……でも、今度埋め合わせはしてもらう」
こくりと頷き、耀は飛び出していく。
その背を見送りながら、礼司は掌から雷雲を発生させると天井へと這わせる。
瞬く間に白亜の宮殿には似つかわしくない黒が天井を染め上げていた。その下で、耀は騎士の一団と接敵する事になる。
「居たぞ!名無しの娘だ!」
「捕えて人質にしろ!」
たった一人に数人がかり。だが、ルール上に人数制限が無い以上、極論一対百などのアホみたいな状況でも咎められることは無い。
もっとも、
「――――落ちろッ!!」
どれだけ数を集めようとも、質が伴わなければ意味は無いが。
礼司は、圧縮された時間の中に居た。
限りなく遅い視界の中で、突っ込む耀と騎士の集団を見つめながら右手の人差し指を天井へと向ける。
独特なゴロゴロという音が鳴る雷雲。紫電が走り、直後に振り下ろされる指の動きに合わせて、最早雷というよりも極太のレーザー光線の様な光が騎士の集団へと降ってきた。
爆音と極光、そして衝撃と熱。
光が止んだ後に残るのは、黒焦げになって階下迄ぶち抜かれた大穴と、それから大穴の底に転がる黒焦げの騎士たち。
これが、礼司の考えた結果。
要は、掌から雷撃を飛ばして攻撃する事に不安があるのなら、別角度からの攻撃を行えばいいというもの。
その点で言えば、雷獣からもらった雲海の種により変質した彼のギフトは丁度良かった。生み出した雷雲を起点に、何処からでも雷撃を放つ事が出来て、尚且つ雷雲に向けて雷撃を放つことも出来る。
一方で、この光景に目を見開いたのが、ジンだ。
(神格持ちの雷獣を打倒したとは聞いていたけど……凄い)
目の当たりにした飛鳥や耀とは、また別の方面で強力なギフト。自然現象を自在に操れるなど、破格も破格だ。
そして、問題児たちはと言うと、その目を輝かせている。
十六夜の怪力や、耀の獣の力を身に付けるギフトとはまた違い、兎にも角にも只管に派手。
そして、文字通り雷を落とした礼司はというと、意外にも冷静に自分の力を測っていた。
(消耗は、ほぼ無い。ゼロって言っても良いかもしれない。雷雲も特別疲れなかったし、雷も狙った場所に落とせた)
過去に充電量と表した礼司が自覚する己の内側にある電力量の減少は、文字通り微々たるものだった。
いや、寧ろ力を使った事によってより一層の力の把握がハッキリと行われ、増加量と消費量のつり合いが取れていない事がよく分かる。
ますます増していく自分の体の不思議。しかし、今すぐに追求できるような状況ではない。
というのも、振り返って無事をアピールするように手を振っていた耀が突然吹っ飛び、壁へと叩き付けられていたのだから。
「春日部さんッ!?」
咄嗟に、礼司は隠れていた場所から飛び出していた。その頭に何かが被せられたような気もしたが、気にも留めず電光が走り抜ける。
壁に凭れる耀の前へと滑り込み、彼女を保護するようにいつの間にか頭上に集まっていた雷雲から幾筋もの電流が床へと並んで壁を背にした即席のバリケードを創り出す。
(春日部さんの感覚に引っかからなかった?……それに、僕の電磁波の感覚にも引っかからない……)
激昂しているのかと思えば、存外彼の頭は冷静だ。
両手を前に突き出せば、その指先から青白い電流が流れ床へと飛ぶ。
「ッ、ケホッ……礼司」
「大丈夫。少し待ってて、春日部さん」
短い会話の間にも電流は流され続け、その電流が流れる床には変化が起きる。
少し話は変わるが、石というものには鉄分を含んでいる。そしてそれは、白色の大理石だろうと変わらない。寧ろ、思ったよりも大理石に含まれる鉄分の量は多い。そしてこれが赤茶けた汚れの原因にもなる。
一つ言うなら、礼司にこの手の知識はない。彼が狙っているのは、もう一つの方だったから。
これに最初に気付いたのは、耀だった。彼女の感覚は動物的で、通常の人類と比べても遥かに鋭い。
(……?ビリビリする)
自分の周りを囲う電流とは違う。痛い訳では無いが、うなじの毛を流れとは逆に撫でられるかのような、そんな違和感。
この間にも場は動く。
ザワザワと床を舐めるように動く砂鉄の群れが這い回り、同時に礼司の体を中心として前方に薄く青白い膜のようなものが広がっていった。
見掛け倒し、ではない。寧ろ、尋常ではない質の悪さとそれから、理不尽さを内包した必殺技と称して過言ではない効果を有する。
ハデスの兜を被った騎士は、その膜の広がりを警戒しながらも、行動に移す事が出来ずにいた。
彼の目には、広がる青白い膜と、それから幾筋も流れて壁の様になった電流。それから、壁に凭れかかった
礼司が飛び出したあの瞬間、十六夜が間一髪でハデスの兜を彼へと被せていたのだ。これによって、どれだけ雷を放とうとも礼司は視認されない。勿論、兜が外れればその限りではないが、少なくともその場から動かない彼の頭から兜を落とす事は難しいだろう。
この間にも膜は広がり続けている。そして遂に、僅かに騎士を掠めた。
瞬間、雷光が閃く。
「ぐおあああああああっっっ!?!?!?」
悲鳴が上がった。
不可視とするハデスの兜は、英雄殺しの側面も相まってステルス系の
獣の嗅覚も聴覚も触覚も反応できず、勿論視認も出来ない。蛇などが有する温度を感知するピット器官にも反応されない。生物の発する電磁波なども遮断される。
だがしかし、これらはあくまでも透明なだけなのだ。見えないだけで確かにその場に存在し、物質をすり抜けたりなども出来ない。
礼司の広げていた膜の効果は、その膜に触れる、ないしは内側に収められた時点で全ての生物に雷が襲い掛かるというもの。
殺さない程度の加減しかしてない為、触れるか包まれた時点で負け。防ぐには、全身を絶縁体とするか雷を只管耐えるか、そもそもギフトを無効化する位だろうか。
案の定、騎士は全身を貫いた衝撃と痺れによって、その意識を一瞬の内に虚空の彼方へと吹き飛ばされていた。
うつ伏せに崩れ落ち、その反動で兜が外れた事でその姿は露となる。
念のために、膜を大きく広げて辺りを索敵ついでに一掃した礼司は、安全と判断して耀の周りを守っていた電流を消した。
「大丈夫?春日部さん。どこか痛んだりしないかな……?」
「ん、大丈夫……ケホッ!ちょっと、背中が痛い、かな?」
「とりあえず、久遠さんの所まで送ろう。あそこなら、多分――――」
「礼司」
耀は真っすぐに、独特な真っ赤な瞳を見返す。
黒ウサギも献身的ではあるが、礼司のソレはまた毛色が違う。
彼の中には完全に
「私は、大丈夫」
「え、でも……」
「今はゲームの突破が最優先。十六夜と先に進んで」
「……」
「――――行くぞ、礼司」
更に何かを言おうとした礼司だったが、その前に十六夜の手が肩に乗せられた。
既に、騎士の被っていたハデスの兜は回収済み。今はジンに被せていた。
「春日部の言うように、さっさと進むぞ。ルイオスを仕留めなきゃ、ゲームは終わらねぇからな」
「逆廻君……」
「それから、そっちの兜は俺が貰うな」
礼司の被っていた兜を回収した十六夜が被り、その姿が不可視となった。
ギフトゲームは終わっていない。幾ら相手の部下を潰そうとも、肝心のルイオスが健在ならばその先に待つのは敗北だけなのだから。
ここまで言われれば、礼司も食い下がる事は出来ない。代わりに、その掌に小さな雷雲を創り出すと、耀へと差し出していた。
「一応の護衛だよ」
「ん、ありがとう」
パチパチと小さく火花を散らす雲の子供を眺めて、耀は頷く。
かくしてゲームは最終局面へと突入する。