雷人の詩   作:バリッか

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 白亜の宮殿最奥。奥ではあるが、同時にそこは宮殿の最上階でもある。

 天井は無く、宛ら古代の闘技場の様に広々として、そして同時にこの場が戦いの舞台であるという事を嫌でも認識させられる。

 

「十六夜さん、礼司さん、ジン坊ちゃん……!」

 

 審判役として一足先にここにやって来ていた黒ウサギは、見事最奥にまで到達した三人に安堵の息を吐く。

 それから、その吹き抜ける空に浮かぶ一人の姿。

 

「――――ふん、本当に使えない奴らだ。終わったら、纏めて粛清しないと」

 

 空に浮かぶ、ではなく飛ぶ。

 携える光の翼は、その履いている膝まで覆うロングブーツより出現しており、その翼によってルイオス=ペルセウスは高みより不心得者(ノーネーム)を見下ろしていた。

 

「何はともあれ、ようこそ白亜の宮殿・最上階へ。“ペルセウス”ゲームマスター・ルイオス=ペルセウスがお相手いたしましょう…………アレ、このセリフ言うの初めてかも」

 

 余裕な態度を崩さないルイオスだが、ソレは彼が優秀なのではなく、その手足となって動いていた騎士たちの功績だ。それこそ、今回の様な不意打ちの形でなければここまで乗り込むことは難しかっただろう。

 最早ここまでくると、嫌悪感よりも憐れみの感情が浮かぶというもの。

 現に礼司は、呆れた様な目を向けているし、十六夜は最早挑発もしないのか肩を竦めて笑う。

 

「ま、不意を打っての決闘だからな。勘弁してやれよ」

「フン、名無し風情を僕の前に来させた時点で、重罪さ」

 

 言いながら取り出すのは、ゴーゴンの首の紋章が刻まれたギフトカード。そこから出現したのは燃え盛る炎の弓だった。

 ペルセウスに関連するものではない。そして同時に、その事実が黒ウサギの顔色を変えさせた。

 

「…………ペルセウスの武器で戦うつもりはない、という事でしょうか」

「当然。空が飛べるのに、何故同じ土俵で戦わなくちゃいけないのさ」

 

 黒ウサギの言葉に答えながら、ルイオスの体は更に空へと舞い上がり。同時に首飾りへとその手を伸ばしていた。

 外された装飾を掲げ、声高々に宣言する。

 

「メインで戦うのは、僕じゃない。僕の敗北はそのままイコールとして“ペルセウス”の敗北につながる。そんな愚を犯す必要があるような決闘じゃあないんでね」

「ッ……!」

 

 傲慢で怠惰ではあるが、その態度に反してルイオスの慢心は殆ど無い。

 彼もまた、この箱庭で生きてきたからだ。そして如何なるギフトでも使い方次第で如何様にも戦況は変えられる。

 掲げられた装飾もまた、ギフト。しかもそれは箱庭内においても破格。凶悪にして強力な物。

 ギフトが光り始め、その光が強弱を繰り返す度に施されていた封印が一つ、また一つ解かれその力の一端を奔流として振り撒き始めていた。

 咄嗟に、十六夜はジンを庇うように前へと構え、礼司は全身に紫電を走らせる。

 ルイオスそのものに対する危機感は、無い。しかしその一方で今この瞬間も光を強める装飾はただそこにあるだけで本能的な危機感を煽った。

 そして、魔王は降臨する。

 

「目覚めろ――――“アルゴールの魔王”ッッッ!!!」

 

 ルイオスの獰猛な宣告と共に、世界は褐色に彩られる。

 白亜の宮殿に顕現したのは、一人の女。

 纏うのは拘束具に幾本もの捕縛用のベルト。項垂れた灰色がかった人ならざる髪色に、その下に除くのは人とは違う肌の色。

 異形ともいえる女の体が僅かに膨らみ、その顔が空へと向けられる。

 

「ra……a……GeeeYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」

 

 人ならざる方向が空へと放たれ、最上階に暴風を巻き起こす。

 同時に、咆哮が引き金となったのか、彼女を捕えている拘束具の類が弾け、引き千切れていく。

 動きに支障が無い程度に拘束が解かれた所で、咆哮がようやく収まった。

 

「アレが、アルゴールの――――」

「避けろ!黒ウサギ!」

 

 爆音に耳を押さえていた黒ウサギは、十六夜の叫びにハッと我に返った。

 気付けば、最上階の床に大きな影が差している。見上げれば――――

 

「ッ、れ、礼司さん!?」

「跳ぶよッ!」

 

 空気の弾ける音と共に、気付けば黒ウサギは宙を舞っていた。

 彼女と、それからジンを小脇に抱えて、背中に十六夜を乗せた礼司は一瞬の内にその場を離脱。間髪入れずに、先程まで彼らが居た場所には巨大な山ほどもある石の塊が降ってくる。

 一つどころではない、幾つもだ。その間を縫うように、雷光が駆け抜けていた。

 

「セーフ……あ、ごめんね黒ウサギさん。急に抱えて」

「い、いえ!……それよりも、一体何が……」

「ゴーゴンの呪いだろ。落ちてきたのはさしずめ、雲って所か」

「雲……!?」

 

 アルゴール、アルゴルという語はアラビア語が起源ともされている。意味は、“悪魔の頭”。そして、この星はペルセウス座のゴーゴンの首に位置する恒星でもあった。

 ペルセウス座としての逸話と、食変光星としての逸話。諸々がミックスされたのが、星霊・アルゴール。一つの星の名を背負う大悪魔にして、箱庭最強種の一角である星霊。

 これこそが、“ペルセウス”の切り札。ルイオスの態度も、このレベルの鬼札を手元に有しているのだから納得というもの。

 空から見下ろすルイオスは、嘲う。

 

「今頃、君らのお仲間も役立たずの部下たちも、揃って石化しているだろうさ。まあ、無能にはちょうどいい罰だ」

 

 不敵に笑うルイオス。黒ウサギたちが石化していないのは、偏に彼の采配があってこそなのだろう。

 本拠を舞台としたゲーム。そして何より、彼はゲームの始まる前に“ノーネーム”を徹底的に叩き潰すと宣言した。その内心の高ぶりもあるかもしれないが、兎にも角にも直ぐに終わらせるつもりはないらしい。

 ただ、内心の鬱憤が溜まっているのは、何もルイオスだけではない。

 

「おい、礼司」

「ん?」

「あっちの元・魔王様は俺の獲物だからな。オマエは手を出すなよ」

「……分かったよ。それじゃあ、僕はルイオス、かな」

「ハッ、あっちは面白くなさそうだけどな」

 

 十六夜は、同じく星霊であり元・魔王だった白夜叉から受けた屈辱の払拭の為。礼司は、分裂の危機すら訪れたコミュニティの元凶への制裁の為。

 共通するのは、相手を叩き潰すという事か。

 

「……それにしても、御チビ。お前の目論見は、外れたな」

「え?」

「レティシアを取り戻して魔王に対抗するつもりだったんだろ?」

 

 小声で、そう問う十六夜に、ジンは目を見開いて、そして俯いた。

 元・魔王。レティシアという存在は、その魔王の中でも実に強大な力の持ち主だった。

 だが今は、己の魂を削ってしまい、その実力は全盛期には遠く及ばない。そして多くのギフトを失ってしまっていた。

 

「どうする?例の作戦は中止しとくか?」

「……」

 

 問う十六夜と、目だけで話の行方を見守る礼司。

 ここでジンが、作戦を止めると言っても、それほど結果は変わらないだろう。十六夜は、つまらないと評価を下すかもしれないが。

 だが、少年は真っすぐに前を見た。

 

「十六夜さん、僕らにはまだ貴方達が居ます。本当に魔王を打倒せる人材であると、今この瞬間に証明していただきたい」

「……ハッ!良い目だぜ、御チビ」

 

 ぐしゃぐしゃとジンの髪を掻きまわした十六夜は、空を見上げる。

 この間にも動かなかったルイオスは、舐めているのか、それともゲームマスターとしての矜持か。まあ、前者だろう。

 

「んじゃ、準備は良いかよゲームマスター」

「ん?三人で掛かって来ないのかい?後ろの子がリーダー何だろう?」

「おいおい、自惚れんなよ。お前ごときにうちの坊ちゃん相手にしようってのは、頭が高すぎるぜ?」

「二対二、それでちょうど良いんじゃないかな?」

 

 もっと言うならば、十六夜一人でも打倒は可能だろう。或いは、礼司一人でも。

 しかし、敢えての二人。何故なら、()()()()()()()()()()

 

 名無し(ノーネーム)の態度は、ルイオスの癇に障る。蟀谷に青筋が浮かび、この不心得者共を如何に潰すかのみに絞られた。

 

「――――はっ!名無し風情が……後悔しようとも、もう遅いッ!!」

「GeeeeeYAAAAAAAAAA!!!」

 

 ルイオスの一喝と共に、アルゴールの魔王が突っ込んでくる。

 傷だらけの灰色の翼は、しかし機動力という点ではそこまで足枷とはなっていないらしい。

 

「ハハハハッ!!パワー勝負でもやってみるか!?」

 

 迎え撃つように突っ込む十六夜。その一方で、礼司は右手の平を宙を舞うルイオスへと向けて、左手を右ひじの内側に添えて両足を肩幅に開き、僅かに腰を下ろした。

 

「ふっ!」

 

 燃え盛雨炎の弓より放たれるのは、蛇の様に縦横無尽な軌道を描いて敵対者を狙う炎の矢。追尾性能なども相まって、まあまあ厄介な恩恵(ギフト)だ。

 だが、

 

「――――なにっ!?」

 

 慌ててルイオスはその場を飛び退き、間髪入れず彼が先程まで居た地点を人一人飲み込めそうな電流の塊が宛らレーザー砲の様に穿っていく。

 

「うーん……少し、狙いが甘いかな」

 

 呟きながら、逃れるルイオス目掛けて礼司は更に右手(砲口)を向ける。

 先の騎士戦とはまた違う。今回は只管に出力と破壊力を全面に押し出した戦法と呼ぶ事すらも憚られる手段を採った。

 狙いが甘い為中々当たらない、が()()()()()()()()という光景が自然と相手への圧力となる。

 スレスレを通過する電流に、ルイオスの表情が歪む。

 

「チィッ……!」(遠距離は不利か……!)

 

 ルイオスの放つ炎の矢は、決して弱くはない。だが、先程から放たれる雷の大砲に比べれば、豆鉄砲同然。威力を削ぐための壁にもならない。

 だが、同時に考える。遠距離攻撃がここまでの破壊力ならば、接近戦は苦手だろう、と。

 ぱっと見、礼司は肉弾戦に秀でているように見えない。

 燃え尽きた様な真っ白な髪と、ウサギの様に真っ赤な目。白い肌に、引き攣りのように走るリヒテンベルク図形。

 服の上から分かるほどの隆々とした肉体をしている訳でもなく、特別体を鍛えている訳でもない。

 

 故に、ルイオスはミスを犯した。このまま逃げ回っているならば、アルゴールの魔王が打倒されるまで無傷でいられたというのに。

 

「調子に乗るなよ、名無しッ!!」

 

 弓をカードへと収め、取り出したのは星霊殺しのギフトを新たな付与されている(ハルパー)

 切り裂けば人間一人に対して、過分とも言えるほどの手傷を与える事だろう。それだけの鋭さと破壊力を有した代物。

 それを手に、光の翼を翻してルイオスは距離を詰めるべく下を見て、

 

「――――は?」

 

 間抜けな声を上げる事になる。

 

(何で、お前が()()()()()?いったい、どうやって――――)

「僕はね、自分でも少し驚いたけど、()()()()()()()()()()()

 

 混乱の最中にあるルイオスの事情など、知った事かと礼司はその右拳を握って引き絞る。

 咄嗟にガードしようとハルパーの柄を動かすが、そんなザルな防御が意味を成すはずもない。

 

「ぶっ……!?」

 

 ()()()()、ルイオスの左頬に礼司の右拳が突き刺さっている。

 いつ振るわれたのか、そもそもいつ着弾したのか。それすらも、拳を喰らったルイオスには分からない。

 そのまま空中で溜を作った礼司は、右拳を下へと振り抜いた。

 当然ながら殴られたルイオスも下へと吹き飛んでいく。

 

 そもそも、種明かしをするなら東礼司という少年のフィジカルは特別優れている訳では無い。いや、常人と比べれば遥かに優れたものは持っている。

 それでも、十六夜の様に山河を砕くような馬力は無い。肉体の強度も同様だ。

 その代わり、速い。再三再四となるが彼は雷速で移動する事が可能。同時に、その速度に対応する為か非常に目が良い。これは視力だけの話ではなく、動体視力や反射神経等々、眼球の機能とそれから脳機能に関してもだ。

 

 そして今回、礼司は雷速で飛び上がり、ルイオスに肉薄しその顔面をぶん殴った。

 このぶん殴るという動作で、彼の右拳は()()()()()()()()()

 そう、彼は全身だけでなく体の各部位を個別で雷速を発揮する事が出来るのだ。そして、この生み出される速度が、十六夜に劣りながらも彼に迫る拳の破壊力を発揮している。

 速さ=破壊力。この方式が礼司には該当する。

 

「――――ごえっ!?」

 

 真っ逆さまに叩き落されたルイオスは、今まさに何度も何度も踏みつけられていたアルゴールの魔王の上に墜落していた。

 その魔王と一緒に蹴り飛ばす十六夜。随分と容赦がない。そんな彼の隣に、礼司が降り立った。

 

「おいおい、礼司。いきなり飛ばしてくるなよな。ついうっかり、蹴り飛ばしちまったぜ」

「そんな事言われてもね……それに、あっちはまだまだ元気……じゃなさそうだけど、立ち上がってるよ?」

 

 その光景は、名の知れたコミュニティと名無し(ノーネーム)の戦いとは到底言えないものだった。

 圧倒するのは、後者二人。息一つ乱すことなく、傷の一つも見受けられないのだから。

 

「ぐっ、ぅぅ……!」

「Gi……」

 

 ここまで来て漸く、ルイオスは相手の戦力というものを理解させられ始めていた。

 無理もない。何せ、星霊を素手で叩きのめし、ヘルメスの靴を遥かに超える機動力に加えて自在に電気を操っている。

 まず間違いなく、彼らは修羅神仏、魑魅魍魎が跋扈する箱庭においても稀有な存在。それこそ、名無し(ノーネーム)などに燻っていて良いような存在ではなかった。

 

「何なんだ……!何なんだ、貴様らは!?本当に人間か!?いったい、どんなギフトを持っているんだ!?」

 

 叫ぶようなルイオスに、二人は互いに顔を見合わせる。

 

「ギフトネーム・正体不明(コード・アンノウン)。ま、言った所で分からねぇか」

「ギフトネーム・(アズマ)。僕も、かな。一応雷を扱えるよ」

 

 己の力の全てを把握しているとは言えない二人。

 もっとも、名前すらも分からない十六夜に比べれば、自分の力にある程度の予想を立てられる礼司はまだマシかもしれないが。

 あまりにも、人間が持つには破格その物。

 だがしかし、それを言うならばアルゴールの魔王もまた、同じく破格の(ギフト)を有している。

 

「ッ!今の内に撃破を!石化のギフトを使わせてはいけません!」

 

 叫ぶ黒ウサギ。

 彼女が言うように、アルゴールの魔王は世界を石化させる力を有している。純粋な殴り合いに関しても弱い訳では無いが、それでもやはり特筆し、そして警戒すべきは石化だろう。

 しかし、ルイオスは別の選択肢を採った。彼は、ここまで来ても力でねじ伏せる事を求めたのだ。

 

「アルゴール!!宮殿の悪魔化を許可する!!奴らを殺せェッ!!」

「Raaaaa!LaAAAA!!!」

 

 ルイオスの指示を受けて、吼えるアルゴールの魔王。

 同時に、美しく荘厳であった白亜の宮殿は一瞬の内に、赤黒くその色を変えた。

 まるで、生き物の腹の中。石の壁であった筈のそれらは、まるで肉の様に脈打ち、筋肉の様に震える。

 異常な光景の中で、ポツリと十六夜はつぶやいた。

 

「ああ、そう言えばゴーゴンにはそんな逸話もあった」

 

 彼が頷いたのは、ゴーゴンの神話の一つ。その首を切り落とされて流れた血から怪物を生んだというもの。

 言うなればこれは、神殿化といった所か。アルゴールの魔王にとって都合の良い場所というものが、今この瞬間にも広がっていく。

 蛇を模した柱が突き出し始めた所で、礼司は十六夜へと軽く視線を送る。

 

「逆廻君」

「おう、行って良いぞ。元々、俺がアイツを相手にするって言ったからな」

 

 会話は短く端的に。

 礼司が左手を振るえば、ある程度の大きさがある少し平たい雷雲が現れた。

 そして、彼は徐にその上へと飛び乗ったのだ。

 普通は突き抜けそうなものだが、雷雲は確りと礼司の体を受け止めて床より浮かび上がる。その姿は、宛ら筋斗雲。

 

「黒ウサギさん、ジン君、こっちに」

「れ、礼司さん。この雲、乗れたのですか?」

「みたいだね」

「み、みたいだね?」

「いや、乗れるか分からなかったんだけど……いけるかなって」

 

 差し出された手を取りながら、黒ウサギはくらりと来てしまう。

 声を大にして言う事は無いが、問題児たちの中で最も真面なのが礼司なのだ。ブレーキ役にはならないが、それでも心の安定の一助にはなった。

 お願いだから、そのままでいて、と内心で懇願しながら雷雲の上へ。

 

「お、思ったよりも安定してますね」

「ジン君も振り落とされないように掴まってね」

「は、はい!」

 

 二人が雲に乗った事を確認して、礼司は空へと浮かび上がった。

 眼下では、侵食された宮殿が伺える。

 

「凄いな……あ、逆廻君が飲み込まれた」

「そんな悠長に言ってられる状況ではありませんけど!?というか、何で十六夜さん置いてきたんデス!?」

「大丈夫そうだった、から?」

 

 黒ウサギが騒ぐが、しかし礼司は地面に降り立つ気は無かった。

 隣に並んだからこそ分かる事もある。少なくとも、自分より少し背の高い十六夜は、そんな身長差など目じゃないほどのエネルギーをその身に宿している、と。

 今も、千の蛇蝎に飲み込まれているが、次の瞬間にはワンフロア粉砕されて四階建てが、三階建てへと変わって――――

 

「…………ほ、ほらね」

「礼司さんも引いてるじゃないですか……というか、十六夜さんのギフトは本当にどういう代物なのでしょう?」

「さあ……とりあえず、降りるよ」

 

 宮殿の魔獣化は止まっていないが、しかし十六夜がワンフロア粉砕したためにその勢いは鈍い。

 無機物であった宮殿に対して、魔獣と言えども生き物と化した宮殿はその肉体の一部を大きく破壊された事からダメージがある。

 痛覚があるのかは不明だが、しかし破損部の修復にエネルギーを取られてしまえば動きが鈍るのも当然だろう。

 

「馬、鹿な……!?いったいどうなっている!?奴の拳は、山河を砕くほどの破壊力があるとでもいうのか!?」

 

 叫ぶのは、ルイオス。

 というのも、この闘技場には特殊な結界が張られており、それこそ山を砕くような破壊力でもなければ崩落する事はあり得ない。

 正直な所、勝負の趨勢は決まったも同然だろう。

 ルイオス自身は、礼司に敵わず。アルゴールの魔王も十六夜の前に膝を付いた。

 

「おい、ゲームマスター。まさか、()()()()()ネタ切れじゃねぇよな?」

「……ッ!」

 

 不機嫌そうに問う十六夜に、しかしルイオスは唇を振るわせる事しかできない。

 怪物へと変化した宮殿はまだ生きている、が決定打には到底なりえない。寧ろ、これ以上嗾ければまず間違いなく宮殿そのものが更地となるだろう。

 かといって、このままダラダラ続けても事態が好転する事はほぼあり得ない。

 要するに、負けたも同然の状況。

 顔を歪めるルイオス。だが、突然その顔からは表情が抜け落ち、続いて凶悪な笑みを浮かべた。

 

「もう、良い……ゲームマスターとしての、矜持も、な――――終わらせろ、アルゴール」

 

 発動する、石化のギフト。ゲームとしての盛り上がりなど含めた、一切合切を無視した凶悪無比な褐色の光が放たれて、まずは十六夜に、続いて後ろの三人を包み込まんと――――

 

「――――……ハッ!今更、ゲームマスターが冷める様な事するんじゃねぇよ!!!」

 

 振り上げられた足が振り下ろされ、褐色の光が()()()()()()

 何の誇張も無く、アルゴールの魔王の切り札は、問題児の前に儚くも砕かれ砕けたガラスの様に木っ端みじん。

 

「馬鹿な……」

 

 ルイオスも唖然とする他ない。切り札が、切り札としての役目を果たすことなく粉砕されたのだから。

 そしてそれは、後方から状況を窺っていた黒ウサギとジンにも言える。

 

「せ、星霊のギフトを無効化……いえ、破壊した!?」

「あり得ません!あれだけの身体能力を有しながら、ギフトを破壊するだなんて!?」

 

 身体に直接影響を与える恩恵は、その持ち主の魂に宿る。飛鳥の“威光”や礼司の“(アズマ)”が正にソレだ。

 一方で、ギフトを無効化するギフトというものは箱庭全体にもいくつか存在している。だがそれは、肉体ではなく武具などの形として顕現しているものが基本だ。

 何より、身体能力強化系の恩恵と、ギフトを無効化するギフトが同居する事はまずあり得ない。相反しているから。

 にもかかわらず、逆廻十六夜はそれらを両立させていた。

 あり得ない(理不尽)を体現する存在が、彼なのだ。

 

 最早、相対するルイオスに戦意は無い。というか、もう殆ど折れかけていた。

 数多のギフトを持ち、加えて元・魔王を配下に収めているにも拘らず、手も足も出なかったのだから。これ以上いったいどうしろというのか。

 しかし、十六夜はまだまだ満足していない。

 

「おいおい、ゲームマスター。まさかこれで終わりか?星霊の力は、この程度じゃないだろ?」

「――――いえ、残念ですが、ここまでと思われます」

「あん?どういう事だよ」

 

 十六夜の言葉に答えたのは、黒ウサギだった。

 訝し気に眉を寄せる彼に、彼女は首を振る。

 

「アルゴールが拘束具に包まれていた事で察するべきでした。……今のルイオス様では、星霊を支配するには未熟すぎるのデス」

「ッ!」

 

 黒ウサギの言葉を受けて、ルイオスの目に怒りが宿るが否定の言葉は出てこない。

 事実なのだから。血筋にかまけて、ゲーム自体も部下任せを続けてきた彼が、研鑽などろくに詰んできたことも無いのだから。

 ただ、“名無し”に負ける事など予想しろと言う方も難しいか。これ程の恩恵を持ち合わせたプレイヤーを擁しているなど予想しろと言う方が土台無理な話。

 

「――――ハッ、所詮は元・魔王様と七光りのろくでなしか。長所が潰されちまえば打つ手無し、と」

 

 鼻で嗤う十六夜だが、これにも否定の言葉は返ってこない。

 勝敗は決した。黒ウサギが審判として宣言をしようとする中、ふと十六夜がルイオスへと凶悪な笑みを向けた。

 

「ああ、そうだ。もしこのままゲームに負けたら、お前らの旗印はどうなるか、分かるよな?」

「な、なに……?」

 

 思わぬ問いだったからか、ルイオスは問い返す。何故だか、妙に喉が渇き冷や汗がその頬を濡らしていた。

 レティシアを助ける為に動いていた筈なのだが、そう言えば十六夜は軽く首を振った。

 

「そんな事は、後でもできるだろ?次は、奪った旗印を盾にもう一度ゲームを申し込む。今度はそうだな……お前らの名前を貰おうか」

 

 瞬間、ルイオスの顔から一気に血の気が引き抜かれた。

 この惨状で、次のゲーム。石化した同士と崩壊した宮殿の中で、再びゲームを行えばどうなるか。

 何より、相手にはルイオス自身も反応できない速度で動ける者が居る。宮殿内部の情報を知られた状態であるのだから、今度は“ノーネーム”全員を一度に相手せねばならなくなるだろう。

 だが、十六夜には一片の慈悲も無い。そもそも、ルイオスは慈悲を得られるような状況でもない。

 

「その二つを手に入れた後には、“ペルセウス”が活動できなくなるよう、名も、旗印も、一切合切を貶め続ける。お前らが泣こうと喚こうと、徹底的に、な。お前が最初に言ったように、こっちも()()()()潰し続ける。まあ、それでも縋りつくのがコミュニティらしいな。お前の馬鹿にした、黒ウサギや御チビがそうであるように」

「や、やめろ……!」

()()()?オマエは、命令できる側じゃないだろ?」

 

 ルイオスは漸く理解させられた。

 自分たちは今、瀬戸際に立っているのだと。ここで敗北すれば、その結果として二度と箱庭には居られなくなる可能性があるのだと。

 全てが、十六夜の手の中に在る。その中で、彼は蜘蛛の糸を垂らした。

 

「まあ、良い。嫌だろう?コミュニティってのはそういうものらしいからな。だったら、分かるだろ?」

 

 言いながら、指を立てて招く。

 

「命懸けで、俺を楽しませろ」

 

 獰猛な快楽主義者は容赦しない。ついでに、彼の仲間たちは引いている。

 

「……えぐい」

「惨いですね」

「ジン君、君なら止められるんじゃないかな。リーダーだし」

「む、無理言わないで下さいよ。寧ろ、礼司さんなら止められるんじゃないですか?」

「……無理だと思う。それに、僕としてはルイオスを助ける理由も無いからね」

 

 引きながらも、礼司は止める気はなかった。

 正直な所、彼がどうなろうとも興味が無い。既に一発ぶん殴っているし、次のゲームがあるのなら止めはしない。手加減もしない。

 

 こうして、“ペルセウス”とのゲームは終わりを告げる。

 新たな仲間と目標を添えて。

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