雷人の詩   作:バリッか

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 “ペルセウス”とのゲームが終わってその日の内に、レティシアは“ノーネーム”の拠点へと運び込まれ、石化を解かれる事となった。

 ただ、問題はここからだ。

 拠点の大広間で石化を解かれたレティシアを迎えた問題児三人は開口一番に、

 

「「「じゃあ、これからよろしくメイドさん」」」

 

 と言い放ったのだ。

 周りで見ていた黒ウサギとジンは目を点にして、唯一そのノリに乗らなかった礼司が冷や汗を流しながら必死に目を背けていた。

 それに気づいた黒ウサギ。ハイライトの消えた目で、礼司へと詰め寄っていく。

 

「礼司さん」

「な、何かな、黒ウサギさん」

「どうしてこちらを見ないんです?」

「ええっと……こ、こうしている方が楽だから、かな?」

「随分と冷や汗を流していらっしゃいますね」

「あ、うん……た、代謝が良いんだよ」

「礼司さん」

「……はい」

「知ってらっしゃいましたよね?十六夜さん達の御話、礼司さんにも及んでいた筈ですよね?」

「……ごめんなさい」

「謝罪が欲しい訳ではないんデス。どうして、御止めにならないのデスか?もしくは教えていただいても宜しかったのではないデスかね?」

「僕に、三人が止められる思う?」

「思いませんけどッ!せめて!前情報を!教えて!ください!」

 

 プンスカ迫ってくる黒ウサギに、礼司は両手を挙げて降参を示すしかない。

 ただ、弁護するなら彼ら三人は何もただ遊びたいからこんな事を言い出したわけではなかった。

 

「そう、噛み付くものじゃないわよ黒ウサギ。これは今回のゲームで活躍した私たちへの()()()報酬だもの」

「ふぇ?」

「だって貴方達、本当についてきただけでしょう?」

「うん。私なんて力いっぱい殴られたし。石化は……礼司のお陰でしなかったけど」

「ンで、挑戦権を持ってきたのは、俺と礼司だ。まあ、礼司の方は所有権を放棄しちまったけど、3:3:4で話はついた」

「……という訳なんだ、黒ウサギさん。僕が引き下がるのがやっとでね……」

 

 ご満悦問題児たちを相手に、礼司も少しは頑張ったのだ。

 だが、今回の頑張りに対する報酬が欲しいという話になれば、彼も強くは言えない。

 阻もうにも、そもそも零細コミュニティである“ノーネーム”には支払えるような報酬はない。強いて挙げれば宝物庫のギフトだが、如何せん癖が強い事に加えてうまく使いこなせるかも分からない。

 礼司自身も、報酬を立て替えられるような当ては無いし、かといってレティシアの代わりに彼らの執事擬きになるというのはあまりにもリスキー。

 結局、所有権を放棄して彼女に理不尽な要求がされないように、それとなくフォローする事にした。

 

 黒ウサギは頭を抱える。混乱の極致にあるのだから仕方が無いが。

 四人には、勿論感謝しているし、信頼と信用を置いて良いとも思っている。そして今回、力を抑えられているとはいえ元・魔王を下し、五桁クラスのコミュニティを相手に勝ちを攫った事から実績も出来た。

 しかし、しかしだ。

 やはり問題児というのは、何処まで行っても問題児。

 同じく、ジンも混乱しているのか唖然とするばかりだ。その一方で、メイドと呼ばれたレティシアの方はというと、意外にもこの現状を受け入れていたりする。

 

「ふ、む……そうだな。私は今回の一件で心の底から感謝している。こうしてコミュニティへと戻れた事然り、黒ウサギたちと再び轡を並べて立てる事然り。だが、親しき仲にも礼儀あり、とも言う。君たちが家政婦をしろというのなら、喜んでやろうじゃないか」

「レティシア様!?」

 

 思ったよりも乗り気なレティシアに、黒ウサギの悲鳴が響く。

 彼女にしてみれば、尊敬している先輩をメイド呼びせねばならないのだ。中々に来るものがある。

 しかし、困惑している暇は彼女には無かった……のだが、正気に戻るのが一歩遅かった。

 飛鳥が嬉々として、レティシアのメイド衣装を用意し始めてしまったのだから。

 

「私、金髪の使用人って憧れてたのよね。家の使用人は、揃いも揃って可愛げもない子ばかりだったもの。こけしよ、こけし。これからよろしく、レティシア」

「ああ、よろしく……使用人なのだから、この態度も改めるべきだろうか?よろしくお願いします……これで良いかな?」

「使い勝手が良いのを使えばいいと思う」

「そ、そうか……いや、そうですか?そうにございますか?」

「黒ウサギの真似は止めとけ」

「あ、僕は使用人じゃないから口調はそのままで良いよ、レティシアさん」

「ムムム……中々難しいな」

 

 黒ウサギの乗り遅れた並みの乗り熟した五人は、存外和やかにやり取りを続けていく。

 突飛な事を言い出したものの、彼らもまたレティシアの帰還を歓迎している事には変わりないのだから。その事実があるだけでも、十分な救いだろう。

 そう、無理矢理自分を納得させて黒ウサギは肩を落とすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怒涛の“ペルセウス”とのギフトゲームから、三日。

 この日、“ノーネーム”一同は水樹を植えた貯水池の近くに集まっていた。

 百を超える構成員数だけ見れば、中堅以上のコミュニティなのだが如何せんゲームに参加して戦力になるのは七人だけ。

 

「……ある意味、壮観だね」

 

 ぼそりと呟かれた礼司の言葉に、三人も頷く。

 子供、子供、子供。この一帯の人口密度でパーセンテージの九割ほどを彼らが占めている。

 とはいえ、今回の主役は彼らだ遠慮するのも気が咎めるというもの。

 進み出るのは、黒ウサギ。そのテンションは、数日前のしょんぼり兎とは雲泥の差があった。

 

「えーそれでは!新たな同士を迎えた“ノーネーム”の歓迎会を行いたいと思います!」

 

 ワッと歓声が上がる。

 見れば、周りには持ち出した長机と、その天板の上には料理が並んでいた。

 子供ばかりの歓迎会ではあるが、それでもここまで盛大にされれば悪い気はしないというもの。ただ、気になるのは――――

 

「どうして、外なのかしらね」

「うん、ソレは私も思った」

「黒ウサギなりに、精一杯のサプライズって所じゃねぇか?」

「ま、まあまあ……」

 

 実の所、“ノーネーム”の財政状況は本当に不味い。具体的には、あと数日程で金蔵がスッカラカンに底をつく。

 例え、新加入の四人が本格的に動き始めても百人越えの子供たち全員を養い続けるのは実に難しい事だった。加えて、魔王とのゲームや、昔の仲間の救出まで行わなければならないのだから前途多難だ。

 それでも、今日ぐらいは少しの贅沢を。

 

「まったく……気にしなくても良いって言ったのに、馬鹿な子ね」

「そうだね」

 

 中々辛辣な事を言いながらも、そんな飛鳥と耀の表情は明るく笑みを浮かべている。

 

「これからが大変だけど……今日ぐらいは、ね」

「ハッ、じいさんみたいだぞ、礼司」

 

 礼司と十六夜もまた、表情は柔らかい。

 それぞれが和やかに会話する中、黒ウサギが声を上げた。

 指し示すのは、空。星の瞬く夜空には、満点の星が輝いている。

 

「皆さーん!本日の一大イベントが始まりますよー!箱庭の天幕へとご注目くださいませ!」

 

 言われ、全員が箱庭の天幕を見上げた。

 これだけでも見事なものだが、不意に異変が起きる。

 

「あっ!」

 

 誰かが気付いた。

 天幕に輝く星々。そこから、一つ二つ、と流れ始めたのだ。

 

「流星群か」

「凄いね……」

「綺麗」

「ん……」

 

 息を呑む、とは正にこの事なのだろう。

 しかし、サプライズはこれだけでは終わらない。

 

「ふっふっふっ……この流星群を起こしたのは、他でもない異世界からいらした我々の新たなる同士である四人の方々が切欠となっているのデスよ」

「え?」

 

 珍しい十六夜の驚いた声が子供たちの歓声に混じる。

 四人が黒ウサギを見れば、いたずらっ子の様な笑みが返ってきた。

 

「箱庭の世界は、全てのルールが箱庭(此処)を中心として回っています。先日、同士が倒した“ペルセウス”。彼らは、この敗北をきっかけとして“サウザンドアイズ”を追放されたのデス。そして彼らは、あの星々からも旗印を下す事となりました」

 

 思わぬ言葉に、四人の目が弾かれたように星空へと戻される。

 一際強い光と共に、流星群に飲まれるようにしてペルセウス座は跡形もなくその姿を消滅させてしまうのだった。

 数々の奇跡をわずか数日で見てきたが、それでもこの光景は衝撃と共に彼らを驚きの感情で満たした。言葉を失うのも無理はない。

 日頃振り回されている相手を振り回しているからか、機嫌のいい黒ウサギは更に言葉を続ける。

 

「今夜の流星群は“サウザンドアイズ”から“ノーネーム”の再出発に向けての祝福も兼ねているのです。星に願いをかけるも良し、流星群を心行くまで堪能するもよし、今日は一杯楽しみましょう!」

 

 嬉々としてどんちゃん騒ぎへと変えていく黒ウサギと子供たち。

 

「星座の存在まで思うがままなんて……それじゃあ、あの星々の彼方まで箱庭を盛り上げる為の舞台装置、という事になるのかしら」

「そう言う事……かな」

「スケールが大きすぎて、途方もないね……」

 

 最早比べる気も起きない絶大な力の片鱗を前に、三人はただただ空を見上げるばかりだ。とはいえ、それで折れる程軟弱でもないのだが。

 一方で、箱庭の星空を先に調べていた十六夜は、感嘆の息を零していた。

 

「……アルゴルの星が、食変光星じゃないって所までは分かったんだがな……まさか、星空そのものが箱庭の為だけに作られてるとは思わなかったぜ」

 

 果てしない道の先。そのゴールは、とてもではないが見えない。

 

 少し集団から外れて、近くの廃屋の上へとやって来た礼司は一人星空を見上げて息を吐き出していた。

 慣れてきたとはいえ、人の多い空間が苦手な部分は未だに治らない。拝借した、杯を落とさないようにしながら空を見上げれば星が流れていく。

 

「ふぅー……」

「ここに居たのか、礼司」

「あ、レティシアさん」

 

 礼司の隣に腰掛けるレティシア。

 屋根の上からは、星空も良く見えるが、同時に楽しそうな子供たちの姿も良く見えた。

 

「君は、あそこの混じらないのか?」

「うーん……まあ、そうだね。慣れたとはいえ、まだまだ無意識の放電しかねないから。あの子たちを泣かしたいなんて、思わないからさ」

 

 穏やかに笑う横顔を眺め、レティシアもまた子供たちへと視線を向ける。

 

「あの時にも言ったが、私は感謝しているよ」

 

 ぽつりと呟かれる言葉。

 

「こうして、コミュニティへと戻って来れた。馴染みの顔に影は無く、子供たちも元気な物」

「……僕は、特に何もできてないと思うけどな」

「そこだ」

「うん?そこ?」

「礼司、何故君はそうも自分を卑下する?」

 

 親しき中にも礼儀あり、とは言うがしかしそれでも踏み込まなければならない場所というものもある。

 レティシアが見咎めたのは、礼司の妙に自分を低く見る癖のような部分。自信過剰に成れ、とは言わないが、しかし()()()()()()()()()()()()()()()というのは見ていて気分の良いものではない。

 思っても見ない事を突っ込まれたのか、礼司は言葉を詰まらせる。

 少しの間をおいて、杯を傾けて中身で唇を湿らせて、少し逡巡しながらもその口を開いた。

 

「……そう、だね……卑下……うん、そうかもしれない、かな……?」

 

 小さな、呟くような声量で、それこそ風に巻かれればそのまま消えてしまいそうだ。

 それでもレティシアは何も言わずに、彼の言葉に耳を傾ける。

 

「こんな見た目になって、随分と人の汚い部分を見てきたよ。元々は……そうだね、久遠さんが近いかな。あそこまで綺麗な黒髪はしていなかったけどね」

「……」

「…………一番つらかったのは、両親が僕を理由に突き上げられる事だった」

 

 人間社会は、異物を認めない。そして、集団というのは自分達とは違う存在を排斥する事を躊躇しない。

 突然、幽霊の様な見た目となった礼司が社会生活から弾き出されるのは、半ば必然だったのだ。

 

「両親は、僕を腫物の様に扱ったけど、それでも手放さなかったよ。周りの目を気にしたのか、親の矜持なのかは、分からないけど」

「それは……」

「だから、こうして黒ウサギさんに箱庭に誘ってもらったのは、僕にとって渡りに舟だった。こんな僕でも、何かが出来るかもしれないと思ったから、ね……卑下してるつもりじゃないんだよ。ただ……うん、僕は僕自身を一番信じられない、のかな」

 

 自己肯定感というものは、培うには周囲の環境が大きな影響力を有している。

 礼司の場合は、十歳までに積み重ねてきた自己肯定の全てを一年と経たずに破壊されつくして、同時に彼の存在そのものが否定され続ける数年を過ごしてきた。

 反撃する事だって出来ただろう。それこそ、今箱庭において力を振るうように、世界を崩壊させても余りある力を持つ。

 

 だが、その選択肢を選ぶには彼はあまりにも()()()()()()()()

 

 臆病の裏返しは、相手への配慮、或いは思いやり。優しさに起因している。

 周りへ当たる事は出来ない。かといって、ストレスの全てを呑み下せるほど、彼は壊れきる事も出来なかった。

 結果として、自分をあらゆる事象の最底辺に据える事で、自己肯定感や自尊心やら諸々を犠牲に最低限度ギリギリの安寧を得た。もっとも、それでも限界間近で黒ウサギの招待状が来なければ、彼は自殺していた可能性も大いにあったのだが。

 

 一通り聞いたレティシアは、目を閉じる。

 思いの外、根深い問題だと、判断した。そして同時に、この面を正さなければ遅かれ早かれ取り返しのつかない事になりかねない、とも。

 とはいえ、彼女も解決方法が思い浮かんだ訳ではない。ただ、自身の心を言葉にするだけだ。

 

「――――私は、感謝しているよ、礼司」

 

 杯を落ちないように傍らにおいて、レティシアは礼司の手を取って真っすぐに目を見て言葉を紡ぐ。

 

「君が力を振るってくれたからこそ、私はここに居る。それこそ、初対面だったあの時も、君は私を助けてくれたじゃないか」

「アレは……でも、黒ウサギさんも居たし――――」

「居たとしても、だ。君が私を助けた事には一切の瑕疵はない。“ペルセウス”とのギフトゲームも同じくだ」

「アレも――――」

「誰が何と言おうと、君は活躍した。君の力でだ。IFを論じるんじゃない。今この瞬間にある結果は変えようがない。違うだろうか?」

 

 真っすぐに見つめてくる視線には、一切の虚飾が無い。それこそ、見つめ返す事になった礼司の方が気恥ずかしくなってしまうほどに真っすぐだ。

 耳まで赤くなって顔を逸らした礼司は、しかし掴まれた手を振り払うことも出来ず、ただ――――

 

「あ……ありが、とう…………」

 

 蚊の鳴くような声で一言返すのだった。

 

 そうして漸く、ほんの僅かではあるが穏やかな日々が訪れる。

 しかして、箱庭は騒動に事欠かない。待ち受けるのは――――

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