雷人の詩   作:バリッか

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 風を切る音が鼓膜を叩く。

 上空四千メートルと言えども、時間にすれば凡そ三十秒とかからずに彼らは地面へと激突する事になるだろう。

 

「ッ……!」

 

 咄嗟に、礼司は動いていた。

 異変は彼の体。瞳が薄ボンヤリと輝き始め、同時に体に紫電が走る。

 そして、空中で身を捩り、一緒に落ちていく三人の服を両手を駆使して掴んでいた。

 

「何を――――」

「す、少し痺れるかもしれないけど、ごめん……!」

 

 黒髪の少女が何かを言い切る前に、礼司はその体に走る紫電を加速させる。

 バキュンッ、そんな音が適しているだろうか。文字通り一瞬の内に四人と一匹の姿は空中から掻き消えてしまう。

 次に現れたのは、真下の地面。湖の畔。

 

「ふ、ふぅ…………だ、大丈夫?痺れたり、痛かったりしない、かな?」

「え?ええ……私は何ともないわ」

「同じく」

「へぇ?急に掴んで何かと思ったが……オマエ、面白いな?」

「ぶ、無事なら良かったよ……はぁ……」

 

 礼司は肩から力を抜く。

 人付き合いが殆ど断絶していた彼にしてみれば、初対面の相手に触れるどころか、話しかける事すらも相当な難題となる。要するに、この五年でコミュ障極まれり、という奴である。

 どこか挙動不審な礼司。そんな彼を置いておいて、気の強そうな黒髪の少女は鼻を鳴らす。

 

「……それにしても、招待主はいったいどういうつもりなのかしらね。彼がいなかったら、私たち空中に投げ出されて地面に叩き付けられていたんじゃないの?」

「全くだな。こんな事なら、岩の中にでも呼び出された方がまだマシだ」

「……いえ、それじゃあ動けないじゃない」

「俺は問題ない」

「そう、身勝手なのね」

 

 鼻を鳴らした少女は、へらへらと笑う金髪にヘッドホンを付けた少年から視線を外し、改めて礼司へと向き直る。

 

 

「改めて、お礼を言わせてもらうわ。ありがとう。私は、久遠飛鳥よ。貴方は?」

「あ、えっ……あ、東礼司、です……」

「そう、よろしく礼司君。それじゃあ、そっちの猫を抱いた貴女は?」

「……春日部耀。この子は三毛猫」

「よろしく、春日部さん……それで?そっちの凶暴そうな貴方は、一体どこの誰なのかしら?」

「ハッ、高圧的な態度をどうもありがとうってか?ま、見立て通りの凶悪凶暴な、逆廻十六夜です。粗野で粗暴で快楽主義と三拍子そろったダメ人間だから、用法容量守って正しく接してくれよな、お嬢様?」

「説明書でもくれるのなら、考えてあげるわ十六夜君」

「ハハッ、マジかよお嬢様。今度用意しといてやるよ」

 

 心からケラケラと笑う十六夜。

 そっぽ向いてため息を吐く飛鳥。

 我関せず、と三毛猫と戯れる耀。

 所在なさげに手遊びをする礼司。

 

 そんな彼らを湖近くの茂みに隠れて観察する影があった。

 

(うわー……揃いも揃って問題児だぜ!といった感じの方々ですねぇ……あの白髪の方はお話は通じそうですけど)

 

 この影こそ、彼らをこの世界に召喚した側の人物。

 名を、黒ウサギ。とある理由から、一発逆転を求めての召喚の行使であった。

 だがしかし、現れたのは何とも癖の強そうな面々。

 

 そして、そんな癖の強い面々なのだ、当然ながら放置されて黙っていられるような性格ではない。

 

「……チッ、にしても呼び出した奴はどこに居やがるんだ?態々御大層な手紙まで寄こして、よ」

「そうね。普通はここで、案内役でも出てくるところだわ」

「……触る?」

「あ、いや……大丈夫、です」

 

 イライラと機嫌が悪くなっていく十六夜と飛鳥。その一方で、耀は礼司へと三毛猫を抱き上げて問いかける。

 

「でも、さっきから見てたよね?」

「あ、その……ご、ごめん……そういうつもりじゃないんだ。だからその……あんまり近付かない方が……」

 

 しどろもどろ、とは正にこの事なのだろう。コミュニケーション能力が低くなっている礼司は、見上げてくる耀と目を合わせられない。

 首を傾げた耀は、三毛猫を抱き直すと立ち上がり、そして礼司へと一歩近づく。すると、彼は二歩後ろに下がっていた。

 近付く、下がる。前へ、後ろへ。寄る、離れる。この繰り返し。

 礼司は両手を顔の高さに挙げて目を背けながら、耀が近づいてくるたびに一定の距離を取る様にして逃げ続けていた。

 流石に、ここまで露骨に避けられると、結構マイペースな耀でも気に障る。その端正な顔立ちの眉間に薄っすらを皺を寄せる。

 

「……何で逃げるの?」

「いや、その……か、春日部さんが悪い訳じゃ……ただ、危ないから……」

「何が?」

「ぼ、僕が……」

「――――ふーん?いったいどこが危ないんだ?」

「ッ!?」

 

 顔を背けていた礼司は、突然後ろから聞こえた声にその背筋を勢い良く伸ばしながら目を白黒させる。

 同時に、放電。一メートル程の範囲でバチリッと火花が散った。

 放電は一秒とかからずに収まった。同時に、礼司は勢い良くその場を飛び退いて振り返る。

 

「ご、ごめん!……逆廻君、大丈夫?」

「ん?おう、平気だな。静電気が弾けた程度だし……にしても、お前デンキウナギみたいだな。見た目はウサギだけどよ」

「うっ……まあ、ね。と、とにかく、危ないからあんまり近寄らないで……」

 

 しどろもどろになりながら、礼司はそう訴える。

 そう、件の放電こそ彼が人を避ける要因の一つ。五年で培われてしまったコミュ障も相まって、不意に驚いてしまうと電気が漏れてしまうのだ。

 十六夜の言うようにその威力は静電気程度の物であるのだが、だからといって安心はできない。

 もしも、人一人をショック死させるような威力が漏電してしまえば、それだけで彼は殺人犯。そうでなくとも、礼司は誰かを不必要に傷つける事を望むような人間ではなかった。

 ついでに動物を避けるのは、視界に入っていても何をするのか分からないのに加えて、彼の体から発せられている電磁波を嫌がるから。不意に飛び掛かれでもされたら、ショック死させかねない。

 必要以上に怖がっている、ようにも見えるが実害が出てからでは遅すぎるというもの。

 流石の問題児の面々だろうと、相手が嫌がる事を必要以上にしたりはしない。それも、こちらを思いやっての事だ。その意を汲まない訳にはいかなかった。

 僅かに痺れの残った手を振って、十六夜は話題を切り替える。

 

「まあ、礼司の事は別にいい。それよりも、この場をどうするか、だ」

「あの時落ちる途中で見えた場所に行くのはどうかしら?というよりも、実質そこしか行く当てはないんじゃない?」

「まあ、そう結論を急くなよお嬢様。折角の異世界だぜ?色々と見て回りたいとは思わねぇか?」

「それは……そうね。見た事の無い景色が見れるのなら、それも良いかもしれないわ。でも、どうするの?時間が分からない以上、適当に動けば周りの森の中で遭難する事になるんじゃないかしら」

「そこで、コイツの出番って訳だ」

「……ッ、ぼ、僕?」

 

 突然肩を叩かれて肩を震わせる礼司。一応、電気は漏れていないが中々に危ない。

 しかし、十六夜は気にした様子も無い辺り、彼もまた割と規格外という事だろう。

 

「俺達が呼び出された高度は、目算だが数千メートルはあった。キロに直せば数キロって所だが、コイツの瞬間移動はその距離を一瞬で潰せた。それも、俺達三人とその子の猫を抱えて、だ」

「……つまり、礼司君に足代わりになってもらうって事?」

「もちろん、無理強いはしねぇよ。ただ、動き回るってんなら最低限の保険はあった方が良いって話でな」

「……出来る?礼司」

「ええっと……可能か不可能かって話なら、可能、かな。ただ僕の移動は、基本的に直線なんだ……だから、その……ジェットコースターみたいになる、かも……」

 

 尻すぼみに目を逸らした礼司。

 彼の移動は直線的だ。雷の軌道を思い浮かべると分かりやすいだろう。ある程度小刻みに動けば緩い曲線程度なら曲がれるかもしれないがそれだけだ。

 礼司の言葉に、しかしそれだけで引き下がるようなものはこの場に居ない。既に、垂直とはいえ、一度経験しているという事も引き下がらない理由となるだろうか。

 

 

「んじゃ、決まりだな。早速、世界の果てっぽいところまで行ってみるか?」

「礼司君、本当にいいの?無理なら無理って言ってくれていいのよ?」

「だ、大丈夫だよ……うん。僕、充電は切れた事が無いから」

「充電式なの?」

「えっと……イメージ的に?感覚的に、電気の残量が分かるから……」

「それじゃあ、お願いしても良いのね?」

「う、うん……少し、痺れるかもしれないけど…………それよりも、良いのかな」

「どうかしたか?」

「いや、その……そこの茂みの人は、無視しても良かったのかな、って」

(ッ!?)

 

 礼司がそう言って示したのは、黒ウサギが隠れている茂みだった。

 ドキリと大きく心臓が跳ねた黒ウサギ。まさか気づかれているなど思ってもみない。

 しかし、彼女の焦りとは裏腹に、

 

「何だ、気付いてたのか」

「まあ、あそこまでジロジロと見られれば当然よね」

「風上に立たれたら、嫌でも分かる」

 

 三者三様と言えども、皆が気付いていた。気付いた上で無視していたのだが。

 

「あ、やっぱり無視してたんだ……」

「まあな。というか、案内役が隠れてる、なんて不穏だろ?だったら、向こうから来るまでアクションは起こさない方が良いと思ってな」

「……ご、ごめん」

「別に良いって。それに、隠れてるのが悪いだろ?」

 

 十六夜のその発言が呼び水となったのか、冷ややかな三つの視線が茂みへと向けられる。

 そもそも、問答無用で世界へと引きずり込んだ挙句、放り出された先が上空四千メートルなど洒落にもならない。もしも礼司が居なかったならば、最悪地面に、良くて隣の湖へと放り込まれていた事だろう。

 無論、呼び出したのだから、相応の備えはしていたのだろう。だが、ソレはソレ、コレはコレというもの。

 もはや黒ウサギに隠れていられるという選択肢は許されない。

 意を決して、彼女は両手を挙げて、死地へと足を踏み出した。

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