雷人の詩 作:バリッか
白夜叉の座敷へと向かう短い道すがら、礼司はというと置いていかれた話の内容を掻い摘んでジンより教えられていた。
「……つまり、北のお祭りに参加するために、僕が足代わりをすれば良いんだね?」
「言い方が悪いですけど……十六夜さん達はそのつもりみたいです」
「まあ、確かに980000キロなんて歩いてられないだろうね。確か、地球一周40000キロを歩いて回れば14年掛かるんだっけ。その点で言えば、僕の場合は理論上10秒以内に辿り着ける」
光は1秒間に地球を凡そ七周半進む。だいたい三十万キロ程だ。
誤差はあれども、礼司ならばこの距離を殆ど時間をかけずに走破出来る事だろう。
「……でも、何から何まで礼司さん頼りになってしまうのは、如何なものかと」
「?僕は構わないよ?」
「しかし、過度な寄り掛かりは協力ではなく、依存です。ただでさえ、礼司さんはコミュニティの稼ぎ頭で、加えて親切にしてもらっているのに……」
「稼ぎ頭って……どちらかというと逆廻君じゃないかな。まあ、彼はやる気が無いとトコトンやらないけど」
それに今更じゃないかな、という言葉を礼司は飲み込む。彼は相手を思いやれる人間であるので。傷口に態々塩を塗り込むような事はしない。
ただ、実際問題として礼司の移動手段は便利が過ぎるというもの。
ギフトゲームでは勿論、日常生活においても必須ではないがあると便利だ。
だからこそ、依存しすぎるのは宜しくない、というのがジンと黒ウサギの共通認識だった。
厄介なのが礼司自身が、基本的に断らない点。ギフトが強力である分、彼自身も力を使う事にそれほど抵抗が無い事も相まって、気軽にパリッとしてしまっていた。
そして集まる六人。上座に白夜叉が座り、その対面に五人がそれぞれ腰を下ろす。
「さて、積もる話もあるだろうが、まずは私の方からおんし等に確認を取らねばならん」
改まった口調で、白夜叉は“ノーネーム”へと目を向ける。
「“フォレス・ガロ”の一件から、おんし等が魔王とのトラブルを請け負うという噂があるのだが……それは本当か?」
「ああ、その話?ええ、本当よ」
白夜叉の問いに、飛鳥が首肯する。そして自然と、視線はこの場における“ノーネーム”のトップであるジンへと視線が向けられた。
「ジンよ。それは、コミュニティのトップとしての判断か?それとも――――」
「はい。奪われた旗印や仲間を取り戻すにはこの方法が一番効率がよく、何より可能性が高いと判断しました」
真っすぐに見返しながら、ジンはそう語った。
“
だからこそ、“打倒魔王”という異色のコミュニティとしての目的を掲げる事によってそれらのマイナス要素をどうにか払拭しようとしていた。
だが、そこに白夜叉の鋭い視線が向けられる。
「リスクは覚悟の上であるのだな?
「それも承知しています。ですが、現在のコミュニティの規模と実績では上層へは行けません。向かえないのなら、彼方から出向いてもらう他ないんです」
「無関係な魔王と敵対するやもしれんぞ?いや、魔王単体ならばまだマシ。魔王の束ねる群体が相手となる場合も考えられるな」
「ハッ!それこそ、望むところだ。倒した魔王を隷属させて、更に強力な魔王に挑む。“打倒魔王”を掲げたコミュニティとしては当然だろうし――――何より、
前傾となっていた白夜叉へと不敵に笑う十六夜。
軽薄、或いは浅慮にも見えるが彼の瞳を見た者は、軽々しくそう断言する事は出来ないだろう。少なくとも、白夜叉は彼らを評価しているのだから。
二人の言葉を嚙み砕くように瞑目し、やがてその目は開かれる。
「―――そうか。そこまで考えての事ならば、それで良い。これ以上は老婆心の要らぬ世話となるだろうからな」
「ま、そうだな。で、本題は何だ?こっちとしても少しばかり急ぎの用があってな。礼司見つけたら、そのまま北に行こうかと考えてたんだが」
「まあ、そう急くな。実はな、その“打倒魔王”を掲げるコミュニティに、東のフロアマスターとして正式な依頼をしたい事がある。此度の、共同祭典についての事だ。引き受けてくれるか、ジン殿」
「ッ、は、はい!謹んで承ります!」
気に掛ける先人としてではなく、この東の代表としての白夜叉に、どもりながらもジンは嬉しそうな表情を浮かべる。子供っぽいかもしれないが、彼もまた確かに成長しているのだ。
「さて、何処から話したモノか……」
子供の成長を認めながら、白夜叉は近くの灰吹きを煙管で叩き少し考えこむ。
今回依頼しようとしている件は、中々厄介な物。同時に、裏が絡まり過ぎている為、何処から説明しようか悩んでしまう。
少しの逡巡を挟んで、そう言えば、と口を開いた。
「最近の事ではあるが、北のフロアマスターの一角が世代交代をした事は聞き及んでおるか?」
「え?」
「急病による引退だとか……まあ、亜龍として見るならば高齢であったからな。寄る年波には勝てん、致し方なかろう。そして今回の大祭では、この世代交代したフロアマスターのお披露目が行われる。そう、火龍の誕生祭でな」
「「龍?」」
ロマンを愛する男と、動物大好き娘がその瞳をキラリと輝かせる。
そんな二人の様子に苦笑を浮かべながら、白夜叉は言葉を続ける。
「五桁の外門。五四五四五外門に本拠を構える“サラマンドラ”。それが、北のフロアマスターの一角だ。所で、おんしらはフロアマスターに関してはどの程度知っている?」
「全く知らないわ」
「私も、全く」
「あー、ある程度、ですかね」
「要は、下層の秩序と発展を見守る奴らの事だろ?」
「えっと……色々と無秩序にも見える箱庭に敷かれた秩序の守護者で、同時に下層のコミュニティが上層に上がれるかの見極めも兼ねてた、筈……?」
「だな。箱庭の土地管理から、さっき礼司が言ったように見極めのゲームの開催。その他にも色々と面倒な仕事を課される上に、魔王が出れば率先して戦いの場に出なきゃならない。ただ、この義務を果たす代わりに、膨大な権力とそれから“
「ふむ、結構。知識は正しく身に付けよ。無知と阿呆では箱庭を生き抜く事は出来んのでな」
「補足をすると、北には複数のフロアマスターが存在しています。というのも、精霊や鬼種、それに悪魔と呼称される力のある存在が混在する土地なので。治安もそれに合わせるように悪いんです……」
言いながら、ジンは目を伏せる。
彼が考えていたのは、とある知り合いの事。
「あの、白夜叉様。“サラマンドラ”の次期頭首はいったい……長女のサラ様か、次男のマンドラ様が?」
「いや、頭首は末の娘であるサンドラが火龍を襲名する事となった。おんしとは同い年であったな」
「え?」
思わぬ答えに、二度三度と瞬きを繰り返すジン。やがて、白夜叉の言葉を頭で理解すると同時にその目を大きく見開いた。
「さ、サンドラが!?え、ちょ、待ってください!?彼女はまだ、十一歳ですよ!?」
「あら、ジン君。貴方も十一歳で私たちのリーダーじゃない」
「そ、それは……そう、ですけど……いや、でも、」
「なんだ?御チビの恋人か何かか?」
「あら、甘酸っぱいわね」
「ち、違いますよ!失礼な事を言わないでください!」
揶揄ってくる二人へと怒声を返しながら、ジンは顔を赤くする。
ジンとサンドラではその立場が大きく違う。片や、零細コミュニティのリーダーで、片やフロアマスターの一角である大規模なコミュニティのトップ。
何やら後ろ暗い事が透けて見えそうなものだが、しかしそれでは話が進まない。
「それで?私たちに何をしてほしいの?」
切り込んだのは、耀だ。彼女は、人の惚れた腫れたに興味はないらしい。
「そう急くでない。まだまだ話は終わっておらんのでな。そもそも、今回の生誕祭において、次代のマスターとしてサンドラをお披露目する、という事になっておるのだが。如何せん彼女は幼い。という訳でベテランの私へと協力要請が来た訳だ」
「……それはおかしい話じゃないかしら?ジン君の話では、北にはホストマスターが複数居るのでしょう?協力を要請するのなら、まずは同じ土地の相手に頼まないの?」
「まあ、うむ……そうなのだがな」
飛鳥の指摘に、白夜叉は言いよどむ。どうやら、彼女としてもおいそれと切り出すには口の重い理由らしい。
言い難そうな白夜叉に対して、話を引き継いだのは礼司だった。
「小さな子が権力者になるって言うのは、古今東西良い感情を抱かれるばかりじゃない、って事じゃないかな」
「ケッ……協力に託けて、弱みを握るか、或いは祭りそのものを失敗させようとする奴らが居るんだろ?」
「……まあ、そんな所かの」
三人の言葉に、飛鳥の眉間に皺が寄った。
彼女はその生まれから、この手の話題は聞き飽きていると言って良いほどに聞いてきた。同時に、落胆もするというもの。
「どんな場所にも居るものね、そういう輩は。もっとも、修羅神仏が跋扈する箱庭で、こんな話を聞くとは思ってもみなかったけど」
「手厳しい……が、まあ、全くもってその通り。東のホストマスターである私に態々協力要請をしてきたのも、様々な事情があってこそだろう」
やれやれ、と首を振る白夜叉。権力闘争というものはいつの時代も、どんな場所でもついて回るというのは実に滑稽だ。
中々重い話題。しかし、ゴーイングマイウェイである春日部耀が、ここで気付く。
「ねぇ、その話長くなる?」
「ん?んー、まあそうだの。ほんの一時間程だが」
「それは、不味いかも……このままだと黒ウサギに追いつかれる」
耀の言葉に三人がハッとする。完全に巻き込まれ事故な礼司は、首を傾げていたが。
今、問題児三人と黒ウサギは追いかけっこの最中だ。それで、一時間も足止めを喰らってしまえばまず間違いなく追いつかれる。
三人を止める側であったジンは、慌てて三人がかりでも突破できないであろう白夜叉へと口を開いた。
「白夜叉様!どうかこのまま――――」
「ジン君、
しかし少年の口は、意に反して勢いよく閉じられた。飛鳥の“威光”による効果だ。
この隙を十六夜は見逃さない。
「白夜叉!今すぐ北に向かってくれ!」
「む?別に構わんが……内容も聞かずに、承諾して良いのか?」
「ああ、問題ねえ!だから早く!何より、そっちの方が面白そうだ!」
十六夜の言葉に、白夜叉は目を見開き、続いて大口を開けて笑った。
「カカッ!成程成程、確かに
言うなり、響くのは柏手二つ。
「ふむ、これで良し。御望み通り北に着いたぞ」
「「「――――……は?」」」
流石の三人も呆気にとられたのか、ジンを押さえながら呆気にとられたように口を開けた。
だが、そんな疑問は口から出る前に三人は外へと飛び出していく。
後に残るのは、めそめそと縛られているジンと、そんな彼の絡まったローブを解く礼司。
「まあ、隠し事がバレた時点で、こうなるよね」
「うぅ……黒ウサギに何て言えば……」
「その時は、僕も一緒に行くよ……まあ、でも、今回の件を引き受けた時点で結局遅かれ早かれこうなってただろうし。こうなったら、お祭りを楽しんだ方が良いんじゃないかな」
何より君も引き受けたからね、という言葉を飲み込んで礼司は立ち上がる。
待ち受けるのは、炎と硝子の街。そして、依頼の果てには――――