雷人の詩 作:バリッか
“サラマンドラ”火龍誕生祭運営本部謁見の間。
新たなフロアマスターとなったサンドラの傍らで軍服を纏う男が鋭い視線を“ノーネーム”の面々へと向けていた。
「ふんっ!“ノーネーム”の分際で、我々のゲームに騒ぎを持ち込むとはな!相応の厳罰は覚悟しているか!?」
「これ、マンドラ。それを決めるのはおんし等の頭首である、サンドラであろう?」
白夜叉が窘めるが、しかしマンドラと呼ばれた男は鼻を鳴らすだけでその鋭い視線を緩める様子はない。
力量差を分からない訳では無い。ただ、この場において“サラマンドラ”と“サウザンドアイズ”は共同祭典を行う主催者側。力はどうあれ、発言力諸々に関しては同格であるのだから。
この場で動いたのは、サンドラだ。玉座より立ち上がると、今回の騒動の主犯である十六夜と黒ウサギへと目を向ける。
「“箱庭の貴族”とその盟友の方。此度は“火龍生誕祭”に足を運んでいただき感謝申し上げます。今回、あなた方の破壊した建物に関しては、白夜叉様のご厚意によって修繕してくださいました。負傷者なども出ておらず、よって今回の件はこちらとしても不問とさせていただきます」
サンドラの判断に、マンドラより舌打ちが出る。一方で、十六夜は意外そうな声を上げる。
「へぇ、太っ腹な事だな」
「うむ、おんし等は私が直々に協力要請を出して連れてきたのだからな。何より、今回の件には怪我人が出ておらん。その点も幸いした。路銀と修繕は、今回の件における報酬の前払いとでも思ってくれて良いぞ」
軽く言ってのけた白夜叉に、黒ウサギは安堵の息を吐き出した。
今回の一件、乗せられたとはいえ派手に事を起こし過ぎたというもの。仮に請求が来てしまえばまず間違いなく“ノーネーム”の家計は吹っ飛ぶことになっただろう。
そんな事情を知ってか知らずか、何よりこの場には協力要請をした理由に対応できるであろう戦力がある。という訳で、白夜叉は改めて口を開いた。
「良い機会だろう。昼間の話の続きといこうか」
言いながら、彼女は周りの同士たちへと視線を送って人払い。倣うように、サンドラも同じく周りの関係者たちを下がらせる。
残ったのは、サンドラと側近のマンドラ。白夜叉に、“ノーネーム”の飛鳥とレティシアを抜いた主要ゲームプレイヤーの面々。
そして、人払いが済むと同時に先程までの硬い表情から一変、年相応の顔つきとなったサンドラが玉座の位置からジンの下へと駆けてくる。
「ジン、久しぶり!コミュニティが襲われたと聞いて、随分と心配していた!」
「ありがとう。サンドラも元気そうでよかったよ」
少年少女のやり取りは実に穏やかなものだ。
穏やかでないのは、周りの反応か。
「ああ!魔王に襲われたと聞いて、直ぐにでも駆け付けたかったんだ。でも、お父様の急病や継承式の事でずっと会いに行けなくて……」
「それは仕方が無いよ。それにしても、サンドラがフロアマスターになっていたなんて――――」
「その様に気安く呼ぶな!名無しの小僧がッ!!」
親し気に話しかけていたジンへと向けて、マンドラの喝破が飛ぶ。
同時に、帯刀していた剣を抜いて――――
「――――そこまでです」
白刃が外気に晒される前に、その柄頭が掌で抑え込まれていた。
怒気冷めやらないマンドラが剣を抑える相手を睨めば、そこに居たのは名無しの白髪頭。
この場における最速である礼司は、マンドラが動き出した時には既にそこに立っていた。
そして、右手で剣の柄頭を押さえ込み、残りの左手を“ノーネーム”とりわけ十六夜へと掌を見せるように向ける。
「……まあ、“ノーネーム”の扱いは分かってますけどね。だからといって、僕としてもコレは見逃せない」
「おいおい、礼司。そいつは兎も角、俺もかよ?」
「当然。逆廻君なら、これを口実にゲームを仕掛けかねないからね」
「流石にそんな事しねぇよ?」
ニヤニヤと笑う十六夜に、礼司は一つため息を吐いた。
仮に、マンドラが抜刀したとしても、十六夜が止めていた事だろう。
一方で怒髪衝天と言わんばかりのマンドラではあるが、しかしその剣が鞘から抜ける様子はない。
まるで、刀身と鞘が張り付いてしまったかのような異様な手応えが右手を伝ってくる。
「貴様……!」
「忠告ですけど、これ以上は暴れない方が良い。貴方は、僕の動きが見えていませんでしたよね?」
「黙れッ!サンドラは既に北のマスターとして立ったのだ!誕生祭も兼ねたこの共同祭典に“名無し”風情を招き入れただけでなく、オマケに恩情をかけ、馴れ馴れしく接せられたとなれば、“サラマンドラ”の威厳に関わる!!この“名無し”のクズが!!」
静かに引かせようとした礼司だったが、しかし今のマンドラに言葉の説得は無駄となる。
唾を飛ばして気炎を上げて、ただただ只管に憎悪すら込めそうな目で睨みつけてきていた。
ただ、彼の言い分も全てが全て激情に駆られた罵声、という訳では無い。
事実として幼いサンドラをフロアマスターとして擁立する事に否定的な言葉は少なくない。そして、箱庭における“
言葉は悪いが、周りからの突き上げの要素を省こうとするのは特別間違った事ではないだろう。
尤もそれは、現状独り善がりでしかないのだが。
「マ、マンドラ兄さま!彼らはかつての盟友!こちらから一方的に盟約を切っておきながら、そのような態度では礼を欠きます!」
「礼節よりも誇りだ!!そのような態度だから、周りからも低く見られて――――」
「その辺にせんか、マンドラ。いい加減に下がれ。礼司もな」
サンドラでも制御しきれない様子を見かねた白夜叉が助け舟を出す。
だが、熱くなっているマンドラは止まらない。
「“サウザンドアイズ”も余計な事をしてくれたものだ。同じフロアマスターとしても、北と東では越権行為が過ぎるというもの。“北の精霊・南の幻獣・東の落ち目”とは、言ったものだな。此度の噂に関しても、そちらの仕込みではないのか?」
「ッ、マンドラ兄さまッ!いい加減にしてください!!」
あまりの物言いに、流石のサンドラも半ば叫ぶように咎める。
しかし事情を知らない者達からすれば、何か詰られているとは分かるものの、それ以外はサッパリというもの。
代表するように十六夜が口を開いた。
「おい、噂って何の話だ?今回の俺達に協力してほしい事は、それか?」
「うむ。今回はちっとばかし厄介でな」
応えながら、白夜叉は一通の封書を取り出した。
「この封書に、おんし等を呼び出した理由が書かれている……己が目で確認してみよ」
差し出された封書を受け取った十六夜は、その内容へと目を通した。
瞬間、常に浮かべている様な笑みが消え、チリッと張りつめた空気が僅かに漏れる。
その珍しい反応に、彼をよく知る面々もまた封書を覗き込めるような位置へと移動した。
「十六夜さん?どうされたのですか?」
「自分で確かめてみな」
そう言って差し出された封書を受け取った黒ウサギ。
そこに書かれていたのは、ただ一文。
【火龍誕生祭にて、“魔王襲来”の兆しあり】
「なっ……」
「これは……」
「魔王……」
黒ウサギ、礼司、耀の三人もまた、その単語に思う所があった。
魔王の襲来は、それだけ箱庭にとっての凶事であり。同時に、彼ら“ノーネーム”にとっては宿業ともいえるかもしれない。
「正直意外だったぜ。俺はてっきりマスターの跡目争いとか、そういう話になると思ってたからな」
「何だとッ!」
十六夜の言葉に牙を剥くマンドラ。慌ててサンドラが窘めるが、白夜叉はそちらに水を向けることは無い。
「謝りはせんぞ。内容を聞かずに受けると宣言したのはおんし等なのだから」
「違いねぇ……で?俺達にいったい何をさせたいんだ?魔王の首を取って来いって話なら、喜んでやらせてもらうぜ?あと、この封書は何処から来たんだ?」
「ふむ、ならば、まずはそちらの封書から話すとしようか」
白夜叉はさりげなく、サンドラへと目くばせを行う。というのも、これから話す事は機密であるから。それこそ、他所に漏れればそれだけで瑕疵になりかねない。
サンドラから頷きが帰ってきた事で、改めて白夜叉は口を開く。
「まず、この封書だが。これは“サウザンドアイズ”の幹部の一人が未来を予知した代物でな」
「未来予知?」
「うむ。おんし等も知っておるだろうが“サウザンドアイズ”は特殊な瞳のギフトを持つ者が多い。その数多いる観測者の内、その者は未来の情報を観測する。封書も、此度の生誕祭においてプレゼントとして贈られたものという訳だ」
「へぇー……予言という名の
「上に投げれば、下に落ちる、程度だな」
「えっ……それって、当然じゃないんですか?」
礼司の問いは、この場に居る面々の内心を表していた。それは最早、未来予知というよりも観測だろうから。
「礼司の言うとおりだぜ。それって、予言って言えるのか?」
「予言だとも。何故ならそ奴は、“誰が投げた”も“どうやって投げた”も“何故投げた”も分かるのだからな。必然、“どこに落ちてくるのか”も推理して導き出せる。これはそういった予言書なのだ」
絶句、と言う他ない。
ここまでの情報が分かっていながら、その結果である“魔王襲来”を防げていないのだから。
案の定というべきか、あんぐりと口を開けていたマンドラの顔が紅潮し、そして怒声が轟いた。
「ふ、ふざけるなッ!?それほどまで分かっていながら、魔王の襲来しか伝えぬだと!?戯言で我々を翻弄しようとする狂言だ!!今すぐ住処へ帰れッ!!」
「マ、マンドラ兄様……!これには事情があるのです……」
猛るマンドラを諫めるサンドラ。
何度目かの光景であったが、ふと礼司は何が気になったのか小さく首を傾げる。
ただ、この場で気付く者はいない。皆の関心はこれから来るであろう魔王の事に向けられているのだから。
「なるほど、事件の発端に一石を投じた相手は分かってる……だが、その名は明かせないって事か?」
「……うむ」
「なら、話は簡単だね。今回の生誕祭に魔王を呼んだ誰かが居る。そして、その誰かはおいそれと口に出せる様な立場の相手じゃないって事かな」
「だな…………ハッ!箱庭と言っても、権力何てもんがあれば中身も腐るか」
吐き捨てる十六夜。そしてここまで言われれば、他の者も話が見えてくるというもの。
ハッとして、ジンはサンドラへと目を向けた。
「ま、まさか……他のフロアマスターが、魔王と結託して“火龍誕生祭”を襲撃すると……!?」
少年の叫びが、謁見の間に木霊する。
そしてその情報は、実に恐ろしいものだ。
箱庭の秩序を守る“階層支配者”が、自ら秩序を乱そうとしているのだから。そしてこんな情報が洩れれば、軒並み階層支配者に対する信頼・信用は地に落ちる。その先に待つのは、混沌ばかりだろう。
頬をひきつらせた礼司。その彼の服の裾が引かれる。
「……春日部さん?」
「明日のゲームに魔王が来るかもしれないって事?」
「どう、だろう……一応、“サラマンドラ”と“サウザンドアイズ”主催のゲームがあってるんだから、そこに横やりを入れるようにゲームを捻じ込めるのか、と聞かれた僕も分からないよ」
少しずつ勉強しているとはいえ、箱庭の世界のルール全てを頭に叩き込んだわけではない現状、魔王がどんな手段を用いるか分からない。
来ると分かっているだけ、腹を括る時間があると考えるべきだろうか。
嘆息する白夜叉からは、悲しさのようなものが滲んでいる。
「私の方からも、その辺りは対策を考えておるよ。何より、あくまでもジンの言葉も可能性の域を出ておらん……まあ、今回の祭典に北のマスターたちが非協力的であったことは認めざるをえんな。その結果として、私にまでお鉢が回ってきたのだからな。彼らが、魔王の襲来に関与しているのなら、コレは大事件となるだろう」
重く呟く白夜叉に、ジンと黒ウサギも絶句する。
だが、その一方で箱庭の外を知る三人、取り分け十六夜と礼司は首を傾げていた。
「それ、そんなに珍しい事なのか?」
「へっ!?」
「自分が気に入らない相手を貶めようとする事は、割とありふれてると思うけど?」
「ありふれてませんよ!?フロアマスターは、魔王より下層のコミュニティを守る秩序の守護者!魔王に対抗するための障壁なんですよ!?」
「でも、脳ミソのある何某だろ?秩序の守護者だろうが何だろうが、謀をしない、何てのは周りが勝手に抱いてる幻想だ」
「それに、さっき逆廻君も言ったけど、権力は人を腐らせるんだよ。どれだけ高尚な理由でそこに上り詰めても、一度その味を知ってしまえば聖人君主も堕落する」
十六夜と礼司の生きていた世界は時代が近い。そして、彼らの世界では秩序や政治を担う者達が汚職に塗れている事も珍しくない。
だからこそ、権力者が清廉潔白であり続けるなど信じられないし、そもそも思い至る事ではなかった。
そんなバックグラウンドを察したのか、白夜叉は静かに目を伏せた。
「成程、一理ある。だが、だからこそ我々はその不届きモノを確実に裁かねばならん。信用問題云々の話ではなく、フロアマスターとしての矜持故にだ」
「けど、目下の敵は予言の魔王。ジン達には、この魔王のゲーム攻略に協力してほしいんだ」
サンドラの言葉に、漸く合点がいくというもの。
魔王に対抗するコミュニティ。これは、新生“ノーネーム”の掲げた理念に他ならない。
一つ息を呑み、しかしジンは真っすぐに顔を上げて、フロアマスターの二人へと視線を向けた。
「分かりました。魔王襲来に備えて、“ノーネーム”は両コミュニティへの協力を約束します」
「うむ、協力感謝する……すまんな、おんし等にしてみれば敵の戦力、手の内、あらゆる詳細が分からない戦う事になるだろう。だが、今回の件はただ魔王を退ければそれで良い、という訳にはいかんのだ。フロアマスターの関与が疑われる現状、箱庭の秩序を守るためには情報統制は必須というもの。然る後、相応の罰を下す事を、我ら双女神の紋に誓うとしよう」
「“サラマンドラ”も同じく。ジン、頑張って。期待してるから」
「う、うん……」
魔王と戦う事が確定したからか、途端に緊張を滲ませるジン。
そんな彼を安心させるように、白夜叉が扇子を開いて笑みを浮かべる。
「フハハッ!そう緊張せずとも良いぞ。魔王の相手は、この最強のフロアマスター白夜叉様がするからな!おんし等は、サンドラと共に露払いをしてくれればそれで良い」
最強と言うのは伊達でも酔狂でもない。実際、彼女が相手取る事が一番の安牌である事は確かだ。
もっとも、問題児にとってみればそれは随分と不服な事ではあったが。
「……フッ、やはり露払いは気に喰わんか、小僧」
「いいや?魔王ってのがどの程度なのか知れる良い機会だからな。今回は露払いで良い――――が、どこかの誰かが偶然にも魔王を倒しても、別に問題は無いよな?」
好戦的な笑みだ。彼の性格上、こうなってしまう事は仕方がないと言えば仕方が無いが。
「よかろう。隙あらば、魔王の首を取れ。私が許す」
「ハハッ!偶然の誰かが俺とは言ってないんだが……まあ、了解。取れたら、取ってやるよ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる十六夜。周り求めるような事はしない。
不意に、そんな彼の視線が自分は関係ありませんよ、と言った様子の礼司へと向けられた。
「礼司もやるか?」
「遠慮するよ……流石に僕も、魔王に勝てるなんて自惚れて無いからさ」
かくして、交渉は成立。
憤懣やるかたない様子のマンドラが、更に噛み付いたがどうにかこうにかそちらも一応の収まりが付けられた。
ただ、彼らの交渉が行われていた一方で、既に別の場所では因縁が生まれていたのだが、今はまだ知らない事だ。