雷人の詩   作:バリッか

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 長い一日だった。というよりも、濃い一日だろうか。

 

「そう言えば、この店はどういう仕組みになってるんだ?」

 

 通された来賓室にて、茶菓子である海苔煎餅を頬張りながら十六夜は嫌々ながら世話役となっている顔馴染みともいえる女性店員へと言葉を振っていた。

 因みに、女性陣は一足先に入浴中。ドロドロで帰ってきた飛鳥を女性店員が風呂場へと放り込み、そんな彼女を心配した黒ウサギ含めたメンツが向かった形。

 

「このお店ですか?別に移動してきた訳ではありませんよ?“境界門(アストラルゲート)”と同じような原理、という説明で分かりますか?」

「いや、全然」

 

 即答する十六夜に、女性店員はため息を一つ。

 

「要約すると、数多の入り口が一つの内装へと通じるようになっているの。例えばハチの巣、ハニカム構造を思い浮かべると分かりやすいんじゃない?」

「成程……だから、店の外観と内装が合わなかったんですね」

「なら、本店も支店も兼ね備えているって事か?」

「違います。……少し語弊がありましたね。境界門との違いはそこです。門は、全ての外門と繋がっています。ですが、“サウザンドアイズ”の支店は各階層ごとに区切られているんです」

「ふぅん?つまり、七桁のハニカム型支店、六桁のハニカム型支店、って感じか」

「はい。もっとも、各支店には本店へと通じる扉もあります。誰でも通れるわけではありませんが」

「それじゃあ、このお店はどうなんです?その……閉店してますよね?」

「そうですね。ここは見晴らしこそ良いですが、立地条件としては悪く閉店と相成った過去の店。今回は、白夜叉様が共同祭典に赴かれるという事で、特別に繋げてあるの。もっとも、私室部分と店内部分を区切ってあるから、正面玄関から店内へは開かない仕組みになっていますが」

「あいよ」

「まあ、無理に出たりはしませんよね……お世話になってますし」

「――――あら、揃って歓談中かしら」

 

 女性店員からの説明に頷いていた十六夜たちの下に涼やかな声が届く。

 見れば、湯殿から戻ってきた女性陣。

 一様に薄手の浴衣に身を包んだ彼女らは、湯船で火照った様子も相まって実に情欲的な雰囲気があった。

 座っていた椅子でそっくり返って、十六夜は口笛を一つ。

 

「おお、コイツは中々いい眺めだな。そうは思わないか、礼司、御チビ様?」

「え?」

「はい?」

「黒ウサギやお嬢様の豊かな発育もさることながら、その一方でスレンダーながらも健康的な素肌が魅力的な春日部やレティシアの髪から滴る水滴が鎖骨のラインから、スゥーッと流れていく様子はそのまま自然とつつましやかながらも確かに主張する胸へと視線を集中させる事は確定的にあきら――――

 

 衝撃音と、打撃音。ハリセンとスリッパが火を噴いて、不届きモノへと天誅を下す。

 耳まで真っ赤に染めた飛鳥と、それから同じくウサミミまで朱に染めた黒ウサギからの突っ込みだ。

 

「変態しか居ないの、このコミュニティには!?」

「白夜叉様も、十六夜さんもお馬鹿様ですッ!!」

「ま、まあまあ二人とも、落ち着いて」

 

 宥めるレティシア。我関せずの耀。ケラケラと楽し気に笑う白夜叉。

 揃って、頭痛がするとでも言わんばかりに頭を抱える、礼司とジン。そんな二人の肩に女性店員の手が置かれた。

 

「……お二人も大変ですね」

「……はい」

「……まあ、うん…」

 

 どちらも組織に問題児在り。質が悪いのは、彼らがその問題行動を押し通せるだけの実力を持ち合わせている点だろうか。

 

 そして、少しの間をおいてレティシアと女性店員が席を外したところで、一同はこれからの事を話し合う事になる。

 中心になるのは、ホストマスターでもある白夜叉。来賓室の席の中央に陣取ると真剣な表情で話題を切り出してくる。

 

「では、これより第一回黒ウサギの審判衣装をエロ可愛くする会議を――――」

「始めません」

「始めます」

「始めませんッ!」

 

 便乗した十六夜を引っ叩きながら、黒ウサギが叫ぶ。このままでは、ただでさえ露出の多い衣装を魔改造されかねない。

 そんなやり取りに呆れながらも、そう言えば、と飛鳥は思い出す事がある。

 

「黒ウサギの衣装は、白夜叉がコーディネートしてるのよね?それじゃあ、私が着ているあの紅いドレスもそうなのかしら?」

「おお!やはり、あの衣装は私が送ったものだったか。黒ウサギにも結構評判が良かったんだが……如何せん丈があるからな。美脚が隠れてしまうのが惜しくて――――」

「白夜叉様の異常趣向で却下されていたのデス。かといって、あのままクローゼットの肥やしにしてしまうのも忍びなく……その点、飛鳥さんは紅がとてもお似合いですので良かったのですよ」

「ふふっ、ありがとう黒ウサギ。貴女の審判衣装もとても似合っていると思うわよ?」

 

 礼を述べる飛鳥に、しかし黒ウサギは複雑な表情を浮かべる。褒められて悪い気はしないが、如何せん衣装が衣装だ。納得できるかどうかはまた、別の話。

 そんな彼女の内心を知ってか知らずか、ニヤニヤと笑みを浮かべる白夜叉は本題を切り出してくる。

 

「まあ、衣装の話は一旦脇に置いておこう。実は、明日から始まる決勝戦の審判を黒ウサギに依頼したいと考えている」

「それは、随分と急ですね。何か理由が?」

「うむ。昼間に起きた騒動で、この外門に“月の兎”が来ている事が知られてしまってな。明日からのギフトゲームでその姿を拝めるのではないかと、期待が高まっておるのだ。そこで黒ウサギには、正式に審判並びに司会進行役として依頼をさせてほしい。勿論、別途料金は用意しよう」

 

 白夜叉の言葉に、皆も頷く。というか、原因は暴れた十六夜と黒ウサギにあるのだから、ある意味ではマッチポンプの様にも見えてしまう。

 

「分かりました。明日のゲーム進行・審判はこの黒ウサギにお任せください」

「そう言ってくれるか。感謝するぞ、黒ウサギ。ついては、明日以降の審判衣装として、例のレースで編んだシースルーのビスチェスカートを――――」

「着ません」

「着ます」

「着ませんッ!もう!十六夜さんは、悪乗りしないでください!」

 

 ウサミミを逆立てて威嚇する黒ウサギだが、豆腐に鎹糠に釘、十六夜は懲りる事が無い。

 ガルルル、と犬歯剥きだす黒ウサギだが、その一方で彼らの会話に興味を示さなかった耀が軽く手を挙げる。

 

「白夜叉。明日、私たちが戦う相手ってどんなコミュニティ」

「名前は出てましたけど、もう少し情報があるのなら教えてほしいですね」

「すまんが、教えられるのは名前までだな。主催者として一つのコミュニティに肩入れするのは宜しくないだろう?」

 

 白夜叉の配慮は、当然と言えた。仮に、コミュニティの中身を聞いて、その情報が周りに漏れてしまえば糾弾されるのは“ノーネーム”なのだから。

 ただ、彼女が言うように名前は既に周りに知られている。ここから推論を交わす事は特段禁止されるような事ではない。

 パチリ、と白夜叉の指が鳴らされ、現れるのは一枚の羊皮紙。

 書かれているのは、昼間に出現したものと同じ内容。その中身に目を通した、飛鳥は訝し気にその目を細めた。

 

「“ウィル・オ・ウィスプ”に“ラッテンフェンガー”ですって?」

「うむ。この二つは珍しい事に、六桁の外門からの参戦だ。格上と思って良い。詳しくは話せんが、厳しい戦いとなるだろう」

「……まあ、油断せずに行こうか、春日部さん。露払いは僕がするとはいえ、それでもやっぱり最後に決めるのは君だからね」

「ん、了解」

「そういえば、礼司君も出るのよね?」

「うん。といっても、あくまでもサポーターだよ。予選じゃ、春日部さん一人でも問題なかったから手を出さなかったし」

 

 応える礼司だが、今回のギフトゲーム参加の本題は、耀が黒ウサギと仲直りしたいという彼女の願いに端を発している。

 ギフトゲームの趣旨なども相まって、その言葉通りサポーターに徹するつもりだ。

 一方で、相手のコミュニティを確認した十六夜は感心したように呟いた。

 

「へぇ……“ラッテンフェンガー”ね。成程、“ネズミ捕り道化(ラッテンフェンガー)”のコミュニティか。さしずめ、明日のお前らの相手はハーメルンの笛吹き道化だったりするのかもな」

「それって、グリム童話の?」

「正確には、ドイツ発祥の伝承さ。グリム兄弟だけじゃないぜ?色んな作家が後世に記録として残して現代にまで伝わってるのさ」

「そうだったんだね」

 

 十六夜の説明に頷く礼司。

 だが、彼の呟きはこの場に別の波紋を起こしてもいた。

 

「ハ、“ハーメルンの笛吹き”ですか!?」

「待て、詳しく聞かせよ小僧」

 

 先程までのふざけた雰囲気が消し飛び、代わりに真剣な様子の二人に、寧ろ面食らうのは十六夜の方だ。

 数度の瞬きをして、訝し気な彼に少し興奮を収めた白夜叉が説明する。

 

「すまんな。箱庭に来たばかりのおんしらは知らぬ事だろうが……“ハーメルンの笛吹き”というのは、とある魔王の下部組織だったものの名だ」

「なに?」

「魔王のコミュニティ名は“幻想魔導書群(グリムグリモワール)”全二百篇にも及ぶ魔書から悪魔を呼び出し使役した驚異の召喚士が統べたコミュニティだ」

「しかも、一篇の魔書から呼び出される悪魔は複数。オマケに、魔書そのものが小さいながらも世界を内包しており、魔書の全てがゲーム盤として確立されたルールと強制力を持つという、恐るべき力を有していたのデス」

「へぇ?」

「……それで、そのコミュニティは?」

「既にこの世を去った、といわれております。とあるコミュニティとのゲームの末に敗北した、と。しかし、十六夜さんは“ラッテンフェンガー”を“ハーメルンの笛吹き”と言いました。童話の類は私も詳しくありませんし……できれば、ご教授願いたいのです」

 

 緊張した声色の黒ウサギ。先の予言の事もあり、尚且つ既に魔王の手先が入り込んでいるのではないかという不安というものが表出しているらしい。

 少しの逡巡を挟んで、徐に十六夜は笑みを浮かべる。

 

「成程な、状況は把握した。となれば、ここは我らが御チビ様にご説明願おうじゃないか」

「え?あ、はい」

 

 突然水を向けられ、ジンへと向けて一同の視線が集まった。

 流石に思っても見なかったが、しかし了承した上に、尚且つこの話題はつい最近勉強したばかりの事。

 ついでに、十六夜がジンの頭を手繰り寄せて耳打ちしてくる。

 

「……早速見せ場が来たな。披露してやれ」

「は、はい」

 

 一つ頷いて、ジンは軽く息を吐き出すとローブの裾を少し払って語り始める。

 

「“ラッテンフェンガー”というのは、先程十六夜さんが少し触れましたが、ドイツという国の言葉です。意味はネズミ捕りの男。このネズミ捕りの男というのが、グリム童話の魔書における“ハーメルンの笛吹き”を指す隠語なんです」

「ふむ、それで?」

「大本のグリム童話には、創作の舞台に歴史的な考察が内包されている事があります。“ハーメルンの笛吹き”もハーメルンという街で起きた事件が下地にされているんです」

 

 因みに、ハーメルンには実際にこれら事件を記した碑文とそれから、ステンドグラスが存在する。この碑文がグリム童話などとして今日まで紡がれてきた伝承の原点。

 頷きながら、白夜叉が疑問を口にする。

 

「ふむ。では、その隠語が何故、“ハーメルンの笛吹き”を指すのだ?」

「グリム童話の道化師が、ネズミを操る道化師であったとされているからです」

「童話だとネズミ退治として、笛でネズミを操ってヴェーザー川で溺死させるんだよね、確か」

「はい。ネズミに困らされていたハーメルンの街に現れた男は、報酬を支払ってもらう事を条件に、ネズミ退治を行いました。ですが、ハーメルンの街の人々は報酬を払わなかった。結果、怒った男は笛を吹きながら通りを歩き、凡そ130人の子供たちと共に山腹にある洞窟に消えたとか」

(ネズミを、操るですって……?)

 

 ジンの説明を受けながら、飛鳥の脳裏を過ったのはこの支店へと戻ってくるまでの出来事。

 襲われた彼女のギフトが効かなかったネズミの大群。だがそれも、一点集中型である事を考えればその面で劣ったと分かる。

 問題は、今現在進行形で彼女の膝の上で眠る幼い精霊について。

 しかしこの件を伝えるには、情報不足というのもあり。尚且つ飛鳥としては、この精霊が魔王の手のものであるなど()()()()()()()()

 幸いと言うべきか、周りは魔王襲来が現実味を帯びてきたことによって気付いていない。

 

「ふーむ、“ネズミ捕り道化(ラッテンフェンガー)”と“ハーメルンの笛吹き”か……となると、滅んだ魔王の残党が潜り込んでいると見るべきだろう」

「YES。参加者が“主催者権限(ホストマスター)”を持ち込め無い以上、その可能性が高いでしょう」

「うん?何だソレ、初耳だぞ?」

「そういえば伝えておらんかったな。魔王が現れると聞いて、私の方から“主催者権限”を用いて祭典参加のルールに書き加えておいたのだ」

 

 言って、白夜叉の指が振るわれ一枚の羊皮紙が現れる。

 内容に目を通した十六夜が一つ頷いた。

 

「“参加者以外はゲーム内に入れない”と“参加者は主催者権限を使用できない”か。確かに、このルールなら、魔王が襲撃してきても主催者権限を使えないな」

「うむ、押さえるところは押さえたつもりだからな。とはいえ、既に“ラッテンフェンガー”は予選を勝ち抜いて決勝へと上がって来ておる。私も、サンドラの顔に泥を塗らぬように見張るが……万が一の際には、おんしらに頼むぞ」

 

 白夜叉の言葉に、“ノーネーム”の一同も頷く。

 この一件を如何にして終えられるか。そもそも、魔王に対して対抗する事、ないしは打倒する事が可能なのか。

 様々な思惑が絡み合う決勝は、目前へと迫っていた。

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