雷人の詩   作:バリッか

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「――――んじゃ、話は終わりだな。風呂にでも入るか」

 

 話し合いも一区切りつき、十六夜がそんな事を言い出した。

 女性陣は入浴を終えたが、人数の問題から野郎三人は後に回されていたのだ。

 

「僕も行こうかな。ジン君は、どうする?」

「あ、それじゃあ僕も行きます」

 

 態々ずらす意味も無い。

 揃って向かう道すがら、話題となるのはやはり明日のギフトゲームについてだ。

 

「で、お前の方から見て勝算はどの程度なんだ?」

 

 脱衣所にてシャツを脱ぎながら、十六夜が問う。

 同じく脱いだシャツを畳みながら、礼司はというと少し顎に手を当てて考え込んでいた。

 

「…………難しい、かもね。いや、挑む以上勝つ気概でやるのは当然なんだろうけど。格上って言われてどの程度なのか分からないから」

「一応、“ペルセウス”は五桁のコミュニティでしたけど……あの時は、十六夜さん達のお陰で不意打ちを打てたお陰で相手の準備も済んでませんでしたからね」

 

 ローブを脱いだジンが言葉を続け、礼司も頷く。

 十六夜のお陰と、それからルイオス自身の油断と慢心、それから今までの積み重ねの無さも相まって結果として勝利を得ることはできた。

 だが仮に、相手が万全であったならば、まだ分からなかっただろう。それこそ、礼司が力技で押し切って面白みのないゲームになっていたかもしれない。

 

「仮に、アルゴールの魔王みたいな存在が出てくれば勝率はもっと下がると思うよ」

 

 厳しい見方ではあるが、これもまた仕方がない。

 アルゴールとの戦いも、十六夜が石化のギフトを無効化できていなければ瞬殺されていた可能性もあるのだから。

 そんな会話を交わしながら、三人は湯殿へと足を踏み入れた。

 中々どうして、豪華で広々とした内装だ。

 体を流して湯船に浸かれば、自然と息も吐きだされるというもの。

 

「ハァ……なあ、御チビ。俺達の拠点の風呂場も改装しようぜ?」

「そんなお金ありませんよ……」

「まあ、僕らの中にもそんなギフトの持ち主は居ないからねぇ……」

 

 ゆったりとした時間。息を吐きだせば、湯船に体が融けるように力が抜ける。

 

「ああ、そうだ。礼司、いつものアレやらねぇか?」

「え?……どう、しようか。白夜叉さん達の許可を取ってないし。変な影響が出たら、寧ろ弁償しなくちゃいけないと思うんだけど」

 

 不穏な会話をする二人。

 十六夜の言ういつもの、というのは風呂。正確には、礼司の電気を使った電気風呂だった。

 色々ととやかく言われるが、しかし慣れると存外気持ちがいい。

 特に礼司のギフトを応用した場合は、刺激も丁度良く風呂上がりには体の濁りの様なものが綺麗さっぱり落ちているほど。

 因みに、女性陣は知らない。感電させずに、尚且つ体の不調を取るという精度の操作が必要な為、最低条件が一緒の入浴であるから。仮に、彼方側が許可しても、礼司自身が顔を真っ赤にして逃げる事だろう。

 流石に賠償請求問題を起こしてまで催促する気は無いのか、顔をすすいで浴槽の縁に背を預けた。

 

 ここでふと、改めてジンは同士である二人を見る。

 片や、問題児で山河を砕くような怪力に第三宇宙速度を発揮する男。引き締まっているが、しかしその見た目からそれ程の力を発揮できるようには見えない。

 片や、比較的穏やかな気質で十六夜には劣るが巨岩を打ち砕くようなフィジカルと雷速での移動、雷での攻撃など多彩な男。その肌は雪の様に白いが、その白い肌にはリヒテンベルク図形が幾筋も走っていた。

 

「ジン君?」

「……ッ、は、はいっ!?」

 

 ぼーっとしていたからか、いつの間に自分を見上げるように覗き込んでくる赤い瞳に体が跳ねた。

 

「のぼせたかな?上がろうか」

「……まあ、長湯する理由もねぇか」

 

 ザバリと湯船から立ち上がった二人に、ジンもまた慌てて立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 湯冷ましの暇。流石に、外に出てしまえば風邪をひいてしまうため支店内ではあるが、礼司は一人椅子に腰かけて一つ息を吐き出した。

 人当たりがよくとも、だからといって常に誰かと居る事に慣れている訳では無い。

 貸し出された浴衣の胸元を緩めて、籠って熱気を少し発散しながら背もたれに体を預けて天井を見上げる。

 考えるのはやはり、明日の事。

 魔王襲来も気にはなるが、白夜叉が格上と称した相手がいったいどれほどのモノなのか。想像力だけでは、どうしたって補いきれない。

 

「……ハァ」

「礼司?」

 

 横合いから届く声。見れば、耀が首を傾げて近付いてくる。

 

「春日部さん」

「ん、寝ないの?」

「春日部さんこそ……僕は、もう少ししたら眠るよ」

 

 隣に来た耀に緩く笑みを浮かべながら、しかしハッキリとは顔を向けない礼司はそんな曖昧な返事をするばかり。

 

「明日、不安?」

「えっ?……そう、かもしれないね。不安……というよりは、緊張かもしれないけど」

「勝てないと思う?」

「相手とゲーム次第、かな。何より、“ラッテンフェンガー”が魔王関連のコミュニティなら、最初に魔王と戦う事になりかねないのは、僕らだからね」

「……」

 

 座っている礼司の頭を見下ろしながら、ふと耀はその左手を持ち上げた。

 そして、徐にその頭に手を乗せる。

 くせっ毛、という訳では無いのだがその真っ白な髪は、ふんわりとした弾力と、それから手櫛も引っかからない程度の指通りを有していた。

 突然に撫でられ、礼司は眉を上げて耀を見上げる。ついでに、緩んでいた浴衣の隙間から白い肌に走った赤い筋がよく見えた。

 

「か、春日部さん?」

「ソレ」

「え?」

「痛い?」

「……あ、いや、大丈夫だよ」

 

 指摘されて、襟元を正しながら礼司は笑んだ。

 実際、痛みはない。幻肢痛の様なものも無く、痕は痕。それ以上でも以下でもなかった。

 

「それで、春日部さん……楽しい?」

「ん。礼司の髪は兎みたい」

「……まあ、白髪に赤目だとそう見える、かな?」

「うん。何なら、黒ウサギより兎っぽい」

「それは、どうだろう。黒ウサギさんがショック受けるんじゃないかな」

 

 気の抜けるような会話の中で、ふと礼司は自身の肩から力が抜けている事に気付く。

 結局、耀が満足するまで彼は撫でまわされる事になるのだが、それは全くの余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明けて、決勝戦当日。

 “ノーネーム”一同は、運営側の特別席であるバルコニーにやって来ていた。

 これは、既にに埋まってしまっていた一般席に変わって、サンドラが取り計らってくれたから。勿論、マンドラは良い顔をしなかったが。

 舞台を見下ろせる絶好の席に、十六夜は決勝戦が始まる瞬間を嬉々として待っていた。

 

「そう言えば、白夜叉。黒ウサギが審判をするってのには、許可は下りたのか?」

「うむ。黒ウサギには、正式に審判並びに、ゲームの進行を依頼させてもらったぞ」

「そうか……でも、“箱庭の貴族”が審判をしなくても、ゲームの進行には影響ないんだろ?なら、態々審判を用意する必要があるのか?」

 

 箱庭の外から来た者にとっては、至極当然の問いだろう。事実、十六夜が経験した蛇神とのゲームや、“フォレス・ガロ”とのゲームでも黒ウサギの審判は挟まらずに進行した。

 この問いに答えたのは、中央の席に居たサンドラだ。

 

「ジャッジマスターである“箱庭の貴族”が審判をしたゲームは“箔”がつく。ルール不可侵の正当性は箱庭の名誉ある戦いへと昇華され、中枢へと記録される。これは、両コミュニティにとって誇りの下に戦った事に他ならない太鼓判。これは、とても大事」

「へぇ……って事はサンドラ、いやサンドラ様の誕生祭は、見事箔付きのゲームへと昇華したわけだ」

 

 マンドラからの鋭い視線を受けて、呼び捨てから一応の敬称付けに改めた十六夜は肩を竦める。

 分からない話ではなかった、がそれが面白いかと問われれば微妙な所。

 そんな彼の隣では、どこか落ち着きのない飛鳥が大会の進行を見つめつつ、気を揉んでいた。

 

「どうしたよ、お嬢様。随分と落ち着きが無いぞ」

「……寧ろ、昨日のあの話を聞いて落ち着いている方がおかしいわ。相手は、格上なのでしょう?」

 

 飛鳥の懸念は、そこだった。

 白夜叉が頷き手を振れば、空中に光る文字が浮かぶ。

 

「“ウィル・オ・ウィスプ”に“ラッテンフェンガー”。どちらも六桁のコミュニティであり、通常は下層のゲームに参加することは無い。だが、今回はフロアマスター直々のギフトが進呈されるという事で降りてきたのだろう。魔王の一件を抜きにしても、おいそれと勝ちの目はを拾う事は出来まい」

「そう……白夜叉から見て、春日部さんの優勝の可能性はあるのかしら?」

「ない……ッと言いたいところだが、あの娘も今回は一人ではないからな」

「礼司君ね」

「その通り。私も少々厄介となったが、あ奴のギフトは中々に強力で、オマケに底が見えん。サポートに徹するとは言ったが、事と次第によっては……」

 

 我の強い問題児一同の中で、東礼司という少年はそこまで自己主張しない。割と平気で一歩引いて、周りのフォローに回る事も厭わない性格をしている。

 この辺りは“ノーネーム”にとっても幸いだっただろう。少なくとも、黒ウサギとジンの心労は僅かに緩和される。

 とはいえ、飛鳥の心配は尽きない。

 同性の友人である耀の事を心配しているが、同時に礼司の事だって心配しているのだ。

 

「落ち着けよ、お嬢様。決勝に魔王が出たとしても、狙いがあの二人じゃねぇんだ。いきなり襲われる事もねぇだろ。それに、礼司の逃げ足なら、春日部を背負って走り回っても余裕だろ」

「それは……そうかもしれないわね」

 

 心配は消えないが、しかし礼司の素早さというものは飛鳥も目撃した事がある。並大抵の相手ならば目で追う事も出来ないだろう。

 更に安心させるように白夜叉が引き継ぐ。

 

「心配せずとも、“ジャッジマスター”が取り仕切る殺しご法度の今ゲームで命を落とすことは無い。春日部にも無理だと思ったら、直ぐに降参するように伝えておる。大事に至る事はあるまい」

「ああ。それに、例の参加事項に関してもあるしな。現状、このルールを飛び越えて現れるってのは、無さそうだ。気配も無いしな」

 

 二人の言葉を受けて、しかし飛鳥の内心に安堵は無い。

 彼女のもう一つの懸念は、とんがり帽子の幼い精霊。

 悪意を持っているようには見えない。そもそも、その手の謀略を張り巡らせようと思うのなら、この精霊はあまりにも幼かった。

 それでも、昨夜の話を加味すれば、この幼い精霊もまた事件に加担している場合がある。そして、そんな精霊を連れてきてしまった飛鳥にも責任問題が飛び火するかもしれない。

 

「あすかー?」

「…………大丈夫よ、心配しないで頂戴」

 

 言葉では否定しても、緊張や不安というものは伝わってしまうらしい。幼い視線には、心配の色が見て取れた。

 

 しかし、そんな飛鳥の不安を他所に決勝の準備は着々と進んでいく。

 日が昇り切り、陽光に照らされる舞台の中央に立つのは黒ウサギ。

 満面の笑みを浮かべた彼女は、やはりプロ。マイク片手に円形の観客席へと愛嬌を振り撒いていく。

 

「ええー、それでは!長らくお待たせいたしました!ただいまより、火龍誕生祭メインギフトゲーム“造物主達の決闘”、決勝戦を始めたいと思います!司会進行並びに審判は、“サウザンドアイズ”専属ジャッジでお馴染みの、黒ウサギが務めさせていただきます!」

 

 星でも飛びそうなウインクと共に振り撒かれる愛嬌に、会場のボルテージは最高潮。

 何というか、とにかく凄い。主にどす黒いとも言えそうな欲望一色の声とか。

 黒ウサギも笑顔を絶やしてこそいないが、しかしその活発なウサミミはへんにょりと垂れさせて、ともすれば気を抜けば頬が引き攣ってしまいそうだ。

 それと同時に、歓声を聞いていた飛鳥の目からハイライトが消えた。具体的には、生ゴミでも見てしまったかのような冷たい目だ。

 

「………………まあ、コレも文化の違いというものよね」

 

 どうにか呟いたその言葉には、無理にでも納得させるような意味合いがあった。

 ただ、悲しいかなこの場には、彼女の理解を超えた存在(変態)が居る。

 

「そう言えば、白夜叉。黒ウサギのスカートを、絶対に見えそうで見えない、何てふざけたものにしたのはいったいどういう了見だ?チラリズムなんて、趣味が古すぎるだろ。昨日語り合ったお前の芸術に対する探求心ってのはそんな程度のものなのか?」

「そんな事を語っていたの?」

 

 飛鳥が呆れるものの、その程度の事で彼らは止まらない。というかそもそも、届いてすらいない。

 双眼鏡で食い入るように黒ウサギを見ていた白夜叉は、双眼鏡を外して不快ともいえる表情を浮かべて十六夜を見据えた。

 

「……フッ、所詮はその程度の漢という事だな。そんな事では、あそこで歓声を上げる有象無象と何ら変わらん。おんしは、芸術を確りと理解できる漢だと思っておったが…………どうやら見込み違いの様だの」

「へぇ、言ってくれるじゃねぇか。つまり、お前にはスカートの中身を見えなくすることに芸術性があるって言いたいんだな?」

「勿論だとも」

 

 十六夜の挑発のような言葉に、白夜叉は胸を張って首肯する。

 その雰囲気含めて実に真面目で、それこそ強者の圧の様なものが感じられる……のだが、肝心の話す内容は黒ウサギのスカートの中身であるのだから実に残念というもの。

 話の半分もいかないうちに、飛鳥は二人を空気だと思う事にした。それによって自分の心を守ったのだ。ついでに、幼いサンドラの顔を覆ったマンドラからは、クソでも見るかのような冷たい視線が二人へと向けられていた。

 そんな間を挟みながら、時は訪れる。

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