雷人の詩 作:バリッか
迫る決勝戦の時間。
観客席からは見えない舞台袖にて、耀と礼司は出番を待っていた。
セコンドとして着いているのは、ジンとレティシアの二人だ。
「――――“ウィル・オ・ウィスプ”に関して僕が知る情報は以上です。参考になれば良いんですけど…………」
「大丈夫、ケースバイケースで対応するから」
「ありがとう。情報があるだけマシだよ」
三毛猫と戯れる耀と礼を言って頷く礼司。
大舞台を前にしてもいつも通りの二人に、ジンも自然と笑みを浮かべていた。
会場では、今まさに黒ウサギが場を盛り上げつつ司会進行を続けており、もう間もなく開始となる事だろう。
そこで一歩、レティシアが前へと踏み出した。
「二人の勝利を願っている。だが、無理はしないでくれ。大怪我でもしてしまえば、皆が悲しむからな」
「そうですね。黒ウサギなんて泣いてしまうかもしれませんし」
「大丈夫。問題ないよ」
「引き際は、間違えないつもりだから」
三毛猫をジンへと預けて、二人は入場口の近くにまで歩を進めた。
そして、その前で横並びに止まる。そこでふと、耀は隣を少し見上げた。
「…………」
「……春日部さん?」
「なに?」
「いや、その……何で撫でるのかな、って」
「緊張を解そうと思って」
「いや、もう腹を括ったから……」
困った様子の礼司がつぶやくが、耀の手は止まらない。
どうやら、三毛猫とはまた違う手触りに嵌ってしまったらしい。撫でられる側の礼司も強く拒絶したりしない為に余計に止まる気配が無い。
少しの間を挟んで、舞台の上で黒ウサギがくるりとターンを決め、そして舞台袖へと両手を広げた。
「それでは!本日のメインイベントプレイヤーに入場していただきましょう!第一ゲーム、“ノーネーム”春日部耀と“ウィル・オ・ウィスプ”アーシャ=イグニファトゥスです!」
呼ばれ、そこで漸く礼司の頭から耀は手を退けた。そのまま舞台へと通じる通路へと足を踏み入れる。
瞬間、耀の眼前を火の玉が高速で駆け抜けた。
「うわっ……」
「YAAAAFUFUFUFUUUUUUUUUUッ!!!」
「っと、大丈夫?」
思わず仰け反って倒れそうになった耀だが、その後ろからついてきていた礼司が支えた事で尻餅は回避。
彼の腕の中で頭上を見上げれば、そこには火の玉に腰掛けた少女の姿があった。
「あっははははははははは!!ねぇねぇ、見てよジャック!うわっ!だって!無様な“ノーネーム”の女とお付を素敵に不敵に笑ってやろうぜ!」
「YAッFUFUFUFUUUUUUUUUUUU!!!」
彼女、アーシャが囃し立てると同時に観客席の一部からも笑いが起きる。
この大舞台に、“
礼司の目が細まるが、しかし何も言わない。“ノーネーム”という立場が箱庭において蔑称以外の何ものでもないとちゃんと説明されていたから。
納得できるかは、別として。
「その火の玉、もしかして……」
「はあ?何言ってんの、オマエ。アーシャ様の作品を火の玉なんかと一緒にすんなし。こいつは我らが“ウィル・オ・ウィスプ”の名物幽鬼!ジャック・オー・ランタンさ!」
「YAAAFUUUUUUUUUUUUU!!!」
アーシャの合図に合わせるように炎の壁が解れていき、中から現れるのは特徴的な
燃え盛るランプに、実体に纏われていない黒衣。人の頭部の数倍はありそうなカボチャ頭。
その姿は、世界的に知られた幽鬼の姿であると同時に、久遠飛鳥が夢にまで見たカボチャのお化けの姿そのものでもあった。
「ジャック!ほら十六夜君見て!ジャックよ!本物のジャック・オー・ランタン!」
「分かった、分かったから落ち着けよお嬢様」
隣に座る十六夜の肩をゆすって目を輝かせる飛鳥。幸いだったのは、舞台からバルコニーまで離れており、彼らの会話が聞こえなかった点だろう。
「ふふん、“ノーネーム”の癖に私たちより先に紹介されるだなんて生意気だって話。私の晴れ舞台を相手させてもらえるだけ有り難いと思えよ、この名無し!」
「YAHHO YAHO YAFUFUFUFUUUUUUUUUUUUUU~~~!」
現在進行形で、アーシャとジャックが耀と礼司を見下ろしながら笑い続けているのだから。もしもこの場に飛鳥が居れば、彼女の夢は木っ端みじんに打ち砕かれていたかもしれない。
審判の役目が無ければ、黒ウサギは激怒していたかもしれない。それほどまでに、彼女らの態度は目に余った。
「せ、正位置に戻りなさいアーシャ=イグニファトゥス!あと、コール前の挑発行為は控えるように!」
「は~い」
反省など微塵も感じられない声色と共に、アーシャは元の位置へと足を向ける。
彼女らが離れた所で、耀もまた礼司に支えられていた姿勢から立ち上がり、次いで辺りを見渡してバルコニーに目を止めた。
「見て、礼司」
「うん?」
「飛鳥が興奮して、十六夜を振り回してる」
「いつもとは、逆だね。ちょっと、珍しいかな」
「うん」
頷き、飛鳥たちへと小さく手を振る耀。気負いは一切ない。
彼女に気付いたのか、飛鳥もまた手を振り返してきた。
ただ、その態度がアーシャにとっては癇に障るというもの。
「チッ!大した自信だねー、オイ。私とジャックの事は無視して、客とホストには尻尾を振るってか?なに?私たちへの挑発のつもりな訳?」
「うん」
「やったらやり返されても文句は言えないと思うよ?」
アーシャの蟀谷に青筋が浮かぶ。
一見して大人しい耀だが、その実彼女は存外負けず嫌いの面がある。礼司の方も、穏やかな方だがだからといって全てを受け入れ赦す聖人君主などではない。
二人の反応に溜飲が下がったのか、黒ウサギは改めてバルコニーへと向き直った。
「それでは、第一ゲーム開始の前に、白夜叉様より今回の舞台におけるご説明が行われます。ギャラリーの皆様、御静聴ください」
黒ウサギの言葉が、まるで湖面に広がる波紋の様に会場に広がり、それに合わせて喧騒がピタリと収まった。
その様子を確認して、白夜叉はバルコニーの手すり近くにまで歩を進める。
「協力に感謝するぞ。何分私は、こんな
白夜叉の言葉に、観客もとい招待客たちは己の招待状へと視線を落とした。無論、全員が全員ではない。宿において来たり、カバンの中で他の荷物に混じっていたりと手元にない者も居るには居る。
一喜一憂する観客たちを眺め、白夜叉は笑みを浮かべた。
「では、そこに書いてある番号。それが、ホストの出身外門、“サウザンドアイズ”の本拠が置かれた三三四五番となっている者は居るかの。居たならば、招待状を掲げコミュニティの名を叫んでくれ」
言われ、再び観客たちの意識が招待状へと向けられる。
少しの間を挟み、声を上げたのはバルコニー真正面の席に座った少年だった。
「こ、ここにあります!“アンダーウッド”のコミュニティが、三三四五番の招待状を持ってます!」
興奮した様子の木霊の少年に、周りもどよめきにも似た歓声を上げる。
少年の様子を確認し、白夜叉の姿はその場より掻き消える。次に現れたのは、少年の目の前の空中だった。
「ふふ、おめでとう“アンダーウッド”の木霊の童よ。後で特別賞の景品でも届けさせるとしよう。さて、手数をかけるがおんしの旗印を拝見させてもらっても良いだろうか?」
「は、はい!」
何度も頷き、少年は木製の腕輪を取り出した。
そこに刻まれるのは、大樹に囲まれた街の絵。“アンダーウッド”の紋章だった。
腕輪を受け取って少し観察した白夜叉は、やがて腕輪を返すと一つ頷いてその姿はいつの間にかバルコニーへと戻っている。
「うむ、今しがた決勝の舞台が決定した。それでは皆の者、御手を拝借」
白夜叉が両手を前に突き出す。倣うように、観客たちも同じくだ。
そして、揃った柏手が鳴り響く。
世界は一変する。