雷人の詩   作:バリッか

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 いつか体感した感覚。落ちていくような、本能的な緊張を覚えさせる状況で、しかし“ノーネーム”の二人は落ち着いていた。

 

(これは………白夜叉の……?)

(さっき、見覚えのある場所があった。なら、魔王からの攻撃って訳でもないね)

 

 耀と礼司は、一度この状況を味わった事がある。

 ゲームの主目標からしても、メインプレイヤーとサポーターが引き離される事も無いだろう。そんな予想から、ただただ二人は目的地に辿り着くまでの時間を過ごすばかり。

 程なくして、投げ出されるような感触と共に、二人は妙な足場へと降り立った。

 

「木?」

「……ううん、多分違う。ここ………地面の中、かな。この樹も、多分根っこだと思う」

 

 上下左右が絡み合った大きな樹によって形成された大空洞。耀が木の幹を根だと判断できたのは、その鋭敏な嗅覚あってこそのもの。

 ただ、この場に居るのは二人だけではない。

 

「ふーん、ここは木の根の中って訳ね。情報アリガト♪」

「どう思う?」

「オーソドックスで行くなら、この地面の下から脱出、じゃないかな。ただ、単調に上に行くだけじゃないと思うけど」

「ん」

 

 歯牙にもかけない、眼中にない。その態度は、格下を相手にしているという立場であるアーシャを苛立たせるには十分すぎるものだった。

 戦闘態勢を取るアーシャとジャックだが、そこを小声だが耀が制する。

 

「まだ、ゲームは始まってない」

「はあ?何言って――――」

「まだ、ルールも勝利条件も敗北条件も、何も決まってない。これじゃ、ゲームとして成立しない」

 

 淡々とした言い方に、ムッとするアーシャだがその言い分には納得したのか矛を収めた。

 代わりに、周りを見渡して感嘆とも呆れとも取れるため息を吐く。

 

「しっかし、流石は星霊様ってとこ?私らみたいな木っ端悪魔とは比べ物にならねぇわ。こんなヘンテコなゲーム盤まで持ってるんだもん」

「それは、多分違うと思う」

「ああん?」

 

 小さな耀の声にも噛み付いてくるアーシャだが、耀自身は別の事を考えていた。

 ここまでの情報から、どういう意図でここに来たのか。そしてこの場所はいったい何処なのか。

 

(外に出られれば、分かりそうだけど…………)

「来たかな」

 

 礼司が耀の手を引いて下がらせれば、空間に亀裂が走った。

 その亀裂より出てきたのは、輝く羊皮紙を携えた黒ウサギだ

 ホストマスターによって作成された“契約書類(ギアスロール)”。それが持ち込まれるという事は、ゲームが走まるという事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギフトゲーム名 “アンダーウッドの迷路”

 

   ・勝利条件 一、プレイヤーが大樹の根の迷路より野外に出る事

         二、対戦プレイヤーのギフトの破壊

         三、対戦プレイヤーが勝利条件を満たせなくなった場合(降参含む)

 

   ・敗北条件 一、対戦プレイヤーが勝利条件を一つ満たした場合

         二、上記の勝利条件を満たせなくなった場合』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――“審判権限”の名において、以上が両者不可侵で有る事を、御旗の下に契ります。お二人とも、どうか誇りある戦いを。ここに、ゲーム開始を宣言いたします」

 

 淡々と述べられた黒ウサギの宣誓。それは同時に、ゲーム開始の合図となる。

 初手は、両者静観の構え。相手が如何なるギフトを持つのか分からない以上、迂闊に突っ込んでしまえば最悪カウンターで負けてしまう可能性がある。

 勝利条件も複数あるのだから、そう焦る事も無い。ただ、方針が決まらなければ動きにくいというもの。

 しばしの沈黙を挟み、口火を切るのはアーシャだ。

 

「睨み合っても進まねぇし、先手は譲ってやるよ」

「…………?」

「ま、さっきの一件もあるからね。後でいちゃもん付けられても困るし」

 

 余裕の態度を崩さない彼女。それは自身の力に絶対の自信があるのか、或いは別の要因か。

 無表情で考える耀は、一瞬だけ隣の礼司へと視線を送った。

 本当に一瞬、傍目からは分からないが視線を受けた彼は、小さく頷く。

 

「貴女は…………“ウィル・オ・ウィスプ”のリーダー?」

「え?あ、そう……見える?なら、嬉しいなぁ……でも、残念ながらアーシャ様は――――」

「そう、分かった」

 

 身をくねらせて照れるアーシャを尻目に、耀と礼司は示し合わせたように踵を返して駆け出した。

 特別言葉を交わしていないが、得るべき情報は既に得られたのだからこれ以上相手をする必要が無かったのだ。

 

「礼司」

「うん、彼女は“ウィル・オ・ウィスプ”のリーダーじゃない。それに、さっき()()()()って言ってたから…………」

「新人さん。若しくは、ゲームの経験が少ない」

「単独で参加した事が無いんじゃないかな」

 

 根の上を軽快に進みながら、二人は得られた情報をすり合わせていく。

 相手がもっと経験を積んでいたのならば、ここまでの少ない会話で得られる情報はほぼ無かっただろう。寧ろ意図的にブラフを交えて混乱させられていたかもしれない。

 しかし、二人それぞれからの視点で見ても、アーシャ=イグニファトゥスという少女は直情径行で腹芸が出来るタイプには見えなかった。

 “ノーネーム”であった事も手伝っているのかもしれないが、兎にも角にも舐められた。とくれば、ソレを利用して情報を集める。

 強かだ。もっとも、()()()()()()()()()()()が。

 

「待ぁぁぁぁぁあああてぇぇぇぇええええええっっっ!!!」

 

 逃げれば当然追って来る。

 アーシャが左手を翳せば、ジャックのカボチャ頭と右手のランタンから溢れた炎が根を大きく焼いて迫ってくる。

 だが、その業火は二人に到達する前に不自然に逸れた。

 耀の近くには、小さく風が渦巻いている。遠目にそれを確認して、アーシャは舌を打った。

 

(あの風が、あの女かもしくは隣の男のギフト!…………チッ、炎が逸らされる!)

 

 風と炎の相性は悪い。火は向かい風には刃向かえないのだ。

 

「さて、どうしようか。早速、僕が足止めする?」

「…………待って」

 

 走りながら、左手に電光を走らせる礼司を、耀は止めた。

 

「ジンの話、覚えてる?」

「え?うん。さっき聞いたからね」

「さっきの炎、ジャックが出したわけじゃないみたい。あっちの子が、手で可燃性のガスや燐を撒いてるみたい」

「……成程。つまり、ジャックはブラフ」

「ん。このままなら、ガスや燐を私が散らせば追いつかれない。足はこっちが速いから」

 

 耀の言葉を受けて、礼司は電光を収めた。

 ブラフであるのなら、ジャックの破壊を狙っても良いかもしれないが必要以上に手札を晒す意味も無い。このまま勝てる流れならば、勝つだけだった。

 一方で焦るのはアーシャだ。

 完全に、慢心と油断が祟っていた。最弱最下層の“ノーネーム”を相手に、ここまで一方的に押されるとは思ってもみなかったらしい。

 歯噛みし、状況を改めて認識して――――アーシャは一つため息を吐き出した。

 

「…………くそったれ。悔しいけど、後はアンタに任せるよ――――()()()()()()

「分かりました」

「え?」

 

 思わず、耀は振り返っていた。

 直後に、後方に居たはずのジャックの姿は霞の様に消え去り、二人の前へと現れていた。

 

「春日部さん!」

 

 咄嗟に、耀を抱き上げて礼司は後方へと跳躍。白く大きな手が空を切った。

 

「やりますね。完全な不意打ちだったの思うのですが」

「僕の仕事は、春日部さんを勝たせる事だからね…………もっとも、この状況は予想外だけど」

 

 耀を下して、礼司はジャックと向かい合う。

 先程までのテンション振り切ったような笑い方から一変、理知的とすら思える静かな雰囲気は、しかし強者としての貫禄十分。

 

「さ、アーシャ。貴方は早く先へと進みなさい。この二人は、私が止めておきましょう」

「悪いね、ジャックさん。本当は、私一人の力で勝ちたかったんだけど…………」

「それは、貴女の油断と怠慢の結果です。そこのお二人には、既に貴女の手札は割れてしまっています。猛省し、次へと活かしなさい」

「う……了解しました」

 

 言って、先へと駆けるアーシャ。

 その後を追おうとする耀だが、その前に黒衣の幽鬼が立ちはだかる。

 

「ッ、退いて!」

「退きません。貴女はここで――――」

「――――邪魔はさせないよ!!」

 

 ゲームオーバーです、と続けようとしたジャックの頭が蹴り飛ばされ、その体は離れた樹木の壁へと叩き付けられる。

 蹴り飛ばしたのは礼司。体には、電流が走り薄暗い空洞を仄かに照らしていた。

 

「春日部さん、先へ。ジャックの相手は、僕がする」

「…………ん、任せた」

 

 駆け出す耀を見送って、礼司は改めて粉塵を上げる壁の一部へと目を向けた。

 

「ヤホホ……やりますね。アーシャに言った以上、本当に止めるつもりだったのですが」

「僕も言ったはずだよ。春日部さんの邪魔はさせない」

 

 紫電を走らせ、黒雲を手のひらから出現させる礼司を前に、ジャックはそのランタンと、カボチャ頭より吹き出す炎の勢いを増していく。

 幽鬼と雷人は激突する。

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