雷人の詩 作:バリッか
箱庭最下層のコミュニティ“ノーネーム”
名無しにして、その他大勢。有象無象にして、塵芥同然。
しかし、だからといって
アンダーウッドの迷路の中で、ジャック・オー・ランタンは翻弄されていた。
「シッ!」
紫電が走り、カボチャ頭に傷が走る。お返しに放った火球は、狙いを外れて根の一部を焼くばかりだ。
「ヤホホホ!何とも何とも、想定外ですねぇ。まさか、“ノーネーム”に
大空洞内を縦横無尽に駆け回る少年は、その悪魔としての動体視力があろうとも影も捉えられない。僅かに終えるのは、空気に残った僅かな電流の名残のみ。
もしも仮に、ゲームの盛り上がりを無視して彼が耀を抱えてゴールへと突き進んでいれば、その時点で“ウィル・オ・ウィスプ”は敗北していた事だろう。
この辺りは、彼の、東礼司という少年の内にあった、あくまでも
とはいえ、今は勝負。ジャックの目から見ても、アーシャが単独で耀に勝ることは無い。故に、この足止めをどうにか抜けねばならないのだ。
「少し、本気で参りましょう」
言うなり、手のランタンより火が零れる。
僅かな種火は、木の根という薪をもって一気に燃え上がった。
ジャックの周囲をぐるりと囲む炎の壁。接近戦はこの瞬間封じられる。少なくとも、無策で突っ込めば炎に巻かれる事になるだろう。
だが、生憎と礼司は
「――――落ちろッ!」
空中に現れた彼は、右手の人差し指を立てた状態で上から下へと腕を動かした。
瞬間、ジャックの真上に漂っていた黒雲が大きくスパーク。極太の稲妻が空を切り裂いてジャックの体を襲った。
衝撃と共に、炎の壁も爆ぜる。
そこから少し離れて着地した礼司は、しかし油断しない。
目の前の相手が、
果たして、粉塵が晴れて現れるのは、少し焦げたカボチャ頭。
「ケホッケホッ……ヤホホ、まさか“ノーネーム”にこれほどまでの人材が居るとは」
「この程度じゃ、ダメかな……もう少し威力を上げていこうか」
「コレはコレは、恐ろしい……ですが私にも、世界最古のカボチャお化け魔としての矜持があるのですよ」
「…………やっぱり、貴方は本物のジャック・オー・ランタンって事かな」
「ええ、その通り。私は、アーシャ=イグニファトゥス制作のカボチャお化けではありません。私を創り上げたのは、“ウィル・オ・ウィスプ”のリーダー。生と死の境界に現れた大悪魔、ウィラ=ザ=イグニファトゥス!そう易々と、打倒されると思われぬように」
「元より、そのつもりだよ」
言いながら、礼司は右手を緩い手刀へと構える。
手首より先に異常なほどの電流が溢れ、手刀をその物を包み込むように激しく発光し始めた。
「ほほう、先程よりも威力が上の様ですねぇ……」
「行くよ」
前へと突っ込んでくる礼司を、炎が囲む。
ただ突っ込むだけならば、このまま焼かれるだろう。
だが、
「フッ……!」
「なんと!?」
横一閃。振り抜かれた右手刀によって、業火の壁は切り払われた。
その光景を見ていた飛鳥は目を見開く。
「す、ごいわね……礼司君ってあんなに強かったの?それにあの……手刀?炎を切れるだなんて……」
「ありゃ、疑似的な振動剣って所か。SF染みた代物で実現はしてなかったな」
「振動?」
「要は、今の礼司の手刀は高速で、それこそ目に見えない程度でも震えてる訳だ。医療分野でも超音波振動のメスなんかがあるな。それだけ振動の力は強いって事なんだが……礼司の場合は、加えて電気そのものの力も加えられてる。鋼板だろうが一刀両断だろうよ」
もっとも、狙いは違うみたいだが、と内心で続ける十六夜は冷静にその場の流れを把握していく。
確かに、礼司の行動は派手だ。特に右手の手刀は、ジャックの放つ火球も切り裂いておりその破壊力が伺える。
だが、それだけだ。
例え日本刀を振り回す狂人が居たとしても、テレビの向こう側の話であれば恐怖なく一種の見世物にしかならないように。
「ヤホホ……!驚かされますが、脅威じゃありませんね!」
「…………」
空を切る手刀から一定の距離を取りつつ、ジャックはランタンを振るう。
同時に、吐き出された篝火が、木の根の足場へとつくと同時に炎の津波となって礼司を襲った。
後に残るのは、灰燼ばかり。もっとも、
「――――フッ!」
「ヤホッ!?危ない危ない」
この程度ではやられない。
炎の津波を飛び越えた礼司は、そのまま雷速で踵落としをジャックへと見舞ったのだ。間一髪で回避され、カボチャお化けは宙へと逃れていたが。
「如何に雷速と言えども、向かってくる方向が分かるのなら、対処は可能。次は、合わせて――――」
「いや、捕まえたよ」
え?とジャックが疑問符を浮かべた直後、その全身が包まれていた。
何かを掴む様に指が曲げられた左手を空中のジャックへと向けて、礼司は淡々と語る。
「僕の仕事は、貴方の足止め。本物のジャック・オー・ランタンなら、何の準備も無い僕じゃ完全に破壊する事なんて出来ない、とすれば、後は捕まえるしかないよね?」
礼司が左手を締めれば、合わせるようにジャックを拘束する黒雲もその拘束を厳しくするように密着、締め上げてくる。
ここまでされれば、ジャックも分かる。つまり、先程までの雷速移動も、異様な破壊力の右手手刀を含めた体術も、一切合切がブラフ。
いや、直撃すれば勝負を決められたかもしれないが、そもそも彼はジャックを
「最初から、コレが目的でしたか」
「最初から言ってたと思うよ?僕の仕事は、
「アーシャが勝つとは思わないのですか?」
「途中で貴方に助力を求めたからね。仮に、彼女が隠し玉を持っていたとしてもあのタイミングで切らない理由が無い。彼女、直情径行みたいだし。そして、単純な身体能力含めた総合力では、春日部さんの方が上だよ。よーいドンで同時に駆け出しても、春日部さんの勝ちだ」
「成程成程……因みに、私がこの程度の拘束を抜けられないとでも?」
「だろうね。だから――――」
瞬間、大きく黒雲が放電しジャックを雷が襲う。
「こうやって止める。逃げられても、速度の問題で僕の方が速い。捕まえた時点で、僕の目的は八割方クリアしてるよ」
「…………やれやれ、アーシャに説教をしたというのに、私がこの体たらくでは立つ瀬がありませんね」
「その割には、最初から本気じゃなかったみたいだけど?」
「貴方もお気づきでしょうが、今回のゲーム参加はアーシャに経験を積ませるというものがあるのですよ」
「良い経験になったのかな?」
「勿論。あのお嬢さんのゲームメイクも中々。“ウィル・オ・ウィスプ”の情報に関しては、どちらから?」
「僕らのリーダーは現在進行形で成長中だからね。それに、伝承に詳しい同士も居るんだよ」
「ヤホホホ!ソレは何とも、素晴らしい!……出来る事なら、次は本気の貴方とゲームに臨みたいものですね。私も、大悪魔としてお相手しますよ?」
「その時が来れば、ね」
既に、先程までの激しさは何処へやら。
ジャックとしても、拘束を解いて耀を追撃する事は出来る。だが、そうなれば間違いなく礼司が付いてきて、尚且つ今度は容赦なくアーシャを狙う事だろう。
別に打倒する必要はない。首根っこでも掴んで迷路後方の位置にまで連れて行けばいいのだから。その往復も、彼の速度があれば瞬きの間に終える。
その後まもなくゲームの決着はついた。
舞台は元の円形へと戻り、観客たちは存外静かな終わりに、しかし余韻に飲まれて息を詰めていた。
そんな中でただ一人、淡々としかし内心では喜色満面で黒ウサギが宣言する。
「勝者、春日部耀!」
ハッと観客たちは現実へと戻ってきて、そして前評判を覆したプレイヤーへと歓声を上げた。
雨の様な拍手と歓声の下、雲の拘束が解かれたジャックが、礼司の前にまで降りてきた。
「いやはや、コレは中々……」
「今回は、僕らの勝ち、という事で」
「ええ、ソレは勿論。ゲームのルールに則った勝利と敗北に文句はありませんよ。それよりも、貴方の名前をお聞きしても?」
「僕の?」
「はい。あちらのお嬢さんはお聞きしましたが、貴方の名前はアナウンスがありませんでしたので。ゲームへの招待などを考えれば、ね?」
言外に名指しで招待すると言われ、礼司は頬をひきつらせる。
今回は、主なプレイヤーが二人では無かった為に、全力ではないぶつかり合いで幕を閉じた。
だが、コレが互いがそれぞれプレイヤーだったならば文字通り全力を尽くさねばならないだろう。
それこそ、
現状“ノーネーム”主戦力で頭一つ抜けているのは、十六夜と礼司の二人だろう。最下層のコミュニティに居る人材としては破格も破格。それこそ、金で移籍できると知れば破産してでも引き抜こうとするコミュニティもあるかもしれない。
ただ、そんな二人をして、生からも死からも弾かれた大悪魔を打倒、抹殺できるかと問われれば、分からない。何より、二人は未だに自身の力の限界を知らないのだから。
とはいえ、大手のコミュニティと繋がりが出来るのは利点だ。“ノーネーム”でなくとも礼司自身にジャックが個人的に手を貸してくれる可能性が出来るのだから。
「えっと、東礼司です。よろしくお願いします、ジャック・オー・ランタンさん?」
「ヤホホ、ジャックで構いませんよ」
両者の間で握手が交わされる。同じく、アーシャと耀の方でも何やらやり取りがあったらしく、肩を怒らせながらドスドスと彼女は舞台を後にしてしまう。
その後を追い、ジャックも一礼して舞台袖へと引っ込んでいく。
「お疲れ様、春日部さん。勝てたみたいだね」
「ん。礼司も派手だった。迷路の出口近くまで音が聞こえたもん」
「ジャックさん、強かったからね……今回は、手加減をしてくれてたみたいだけど」
「…………」
疲れたよ、と肩を回す礼司の横顔を見た耀は首を傾げる。
言葉ではそう言いながらも、纏った雰囲気は寧ろ元気なものだったからだ。もっと言うなら、出会ってから現状最も快調なのではないか。
とはいえ、別段その事を問い詰めようとは、耀は思わない。
興味が無いというのもあるが、そもそも不調ではなく快調なのだ。歓迎こそすれ、咎めるような事ではない。
とりあえずは、ゲームを終えた二人は舞台袖へと足を向けた。
観客たちがゲームへの感想を各々述べつつ、己の興奮を吐き出していた頃。
ソレは、空よりばらまかれた。