雷人の詩   作:バリッか

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 時は来た。夕日に染まる大祭運営本部。その大広間にて集められた五百人程の参加者たち。

 一週間前に、屈服を強制された者や、ジャックなどの“出典物”にはゲームへの参加権が認められないことが判明し、加えて黒死病の蔓延。

 結果として、集まれたのは元の人数の一割ほどといった所か。

 士気の低さも相まって、どうしても彼らの顔には不安の影が見て取れる。

 そんな参加者の前に立ったサンドラは、凛とした姿勢で口を開いた。

 

「今回のゲームにおける、方針が決定しました。それぞれがそれぞれに重要な役割が割り振られます………マンドラ兄様。概要の説明を御願いします」

 

 場を開けられ、マンドラは一つ頷いて前を見る。

 

「一つ、三体の悪魔は我ら“サラマンドラ”並びにジン=ラッセルの率いる“ノーネーム”が相手取る。二つ、その他の者は百三十枚のステンドグラスの捜索。三つ、発見した者は指揮者に指示を仰ぎ、破壊もしくは保護をする事。以上だ」

「ありがとうございます。以上が、今ゲームにおける参加者側の方針となります。皆の一層、奮励努力を期待し、魔王とのラストゲーム気を引き締めて臨んでください」

 

 歓声が上がる。行動方針が定まったから、というのとその裏に透けて見える自分達が魔王と相対する事が無いという点からのものともいえる。

 兎にも角にも、準備はできた。後は、残る二十四時間で勝負を決めるのみ。

 

 一方、時を同じくしてこのゲームの肝要を務める主力の一人、黒ウサギは宮殿の上で舞台区画を見下ろしていた。

 その表情には、憂いが見て取れる。

 

「…………ッ」

「どうした黒ウサギ?」

「ひゃっ!?い、十六夜さ――――ッ!?」

 

 突然の声に、ウサミミと尻尾が跳ねる。ついでに自分の胸元を見て二度驚く。

 気が付けば、十六夜の手が彼女の豊満な胸元に脇の下から伸ばされていたのだから。

 慌ててその場を飛び退き、更に自分の体を掻き抱いて黒ウサギは叫んだ。

 

「な、何をしようとしてるんですか、このお馬鹿様は!?」

「胸を揉もうとしてるんだぜ、黒ウサギさん?」

「何セクハラしてるの、逆廻君」

「あでっ」

 

 指が別の生き物ではと錯覚できそうなほどに動かして手を伸ばす十六夜の背中が叩かれる。

 振り返れば、呆れたようにそっぽを向く礼司が居た。

 

「おいおい、礼司。男なら、目の前のロマンを揉まずしてどうするんだよ」

「ロマンは揉むものじゃないし、そもそもそれは単純なセクハラだよ…………」

「フッ、何を言う!古来より、『前かがみのムッツリスケベより、胸を張ったオープンスケベであれ!』って言うだろ?」

「言いませんッ!」

「あるだろ?」

「ありませんッ!」

「あります」

「断固!ありませんッ!」

 

 ウサミミを逆立てて噛み付いてくる黒ウサギに、十六夜はニヤニヤとした笑みを崩さない。

 そのまま屋根の上に腰掛け、頬杖をついた。

 

「…………で?何思い詰めた様な顔してるんだ?」

 

 びくり、と黒ウサギの肩が揺れた。気恥ずかしくなったのか、ウサミミも少し赤く染まっていく。

 

「べ、別に何でもございません!こ、これは、その……そう!大きなゲームを前にした、ほんの武者震いの様なものです!」

「武者震い、ねぇ。まあ、デカいゲームのみならず、ジャッジマスターはあんまりゲームに参加する機会も無いらしいからな」

 

 “箱庭の貴族”が審判を行ったゲームには、箔が付く。だからこそ、箱庭の人々は“月の兎(彼ら)”が居た場合は審判を依頼する場合が多かった。

 何より、制限が多いのだ。帝釈天の眷属というのは、それだけ強力なものだった。余程の腕に自信がある者か、或いは身の程知らずでない限りゲームへの参加を認める“主催者”は居ない。

 ただ、十六夜の言葉は的を射ていたが、しかしそれが本題という訳でもなかった。そして、そこを黒ウサギとしては話すには少々口が重い。

 幸いな事に、この場にはもう一人居る。そちらに水を向けることで、場の流れを変えることを狙う。

 

「そ、それはそうと、礼司さん。体調の方は問題ございませんか?耀さんの看病を丸投げするような形になってしまいましたが…………」

「大丈夫だよ。一応検査をして、陰性だったからね。自分の感覚としても良好だよ」

「ムムム……患えと思っている訳ではありませんが…………礼司さんのギフトも随分と不思議です。情報もありませんし」

「まあ、不思議でも何でも助けられてる事には変わりないからね」

 

 腕を組んだ礼司は、軽く肩を竦める。

 兎にも角にも話の流れは変わった。このまま押し切る、と黒ウサギが決め、

 

「――――で、手が震えてたのはどういう訳だ?」

 

 十六夜が話の主導権を横から攫う。

 ギョッと座る彼を思わず見れば、先程の笑みは消えて真剣な表情で見返された。

 助けを求めるように視線を彷徨わせれば、同じく真っすぐ見返される。

 逃げられない。というか、話自体がそもそも完全に方針転換できていなかったのだから、ここに戻るのは半ば当然の帰結だった。

 

「…………実は、コミュニティの事と、捕まっている飛鳥さんの事を考えておりました」

「なに?」

「もしも、このゲームに敗北を喫すれば“ノーネーム”は事実上の壊滅…………残された子供たちもあの場で打ち捨てられるようなものです。そうなれば……」

 

 実力がモノを言う箱庭の世界で、子供たちは十六夜たちの世界と比べても更に無力な存在だ。例外は居れども、庇護してくれる者が居なければ生きてはいられない。

 

「しかし、ソレはある程度諦めの付く話でもございます。魔王という厄災に襲われ、親鳥が絶え雛鳥が全滅、という話はこの箱庭において珍しい話ではございませんので……私が、申し訳ないと思っているのは飛鳥さんと耀さんの事なんです」

 

 淡々と語る黒ウサギだが、その瞳には悔いが揺れている。

 

「お二人は、白夜叉様の言葉を覚えておいでですか?」

「言葉?」

「……最初に、“サウザンドアイズ”に行った時の事かな?」

「YES。飛鳥さんと耀さんに向けられた、忠告でした。『魔王とのゲームの前に力を付けろ。お前たちの力では――――魔王のゲームは生き残れない』と」

 

 言葉尻が震え、黒ウサギは祈る様に自身の体を掻き抱く。

 期間凡そ一ヶ月。長いか短いかを問われれば、ソレは種族(ヒト)次第だろう。

 この間、それこそ“火龍誕生祭”へと訪れるまで、“ノーネーム”はコミュニティとしての生活を整える様なゲームばかりを行ってきた。

 仕方がないと言えば、仕方が無いだろう。“ノーネーム”は零細コミュニティで、その癖人数だけは中堅コミュニティ程は居る。

 子供たちを養っていこうと思えば、どうしても糊口をしのぐ生活を強いられる。

 そして、四人もまた生活を整えるゲームに、否を唱えることは無かった。

 問題児と散々称しても、彼らは善人だった。そして、お腹を空かせた健気な子供たちを見捨てられるほど外道ではない。

 

「黒ウサギは、目の前の事ばかりで今日に至るまで白夜叉様の忠告を蔑ろにしてきたのデス。皆さんの才能に目が眩んで……いえ、コレも言い訳になります。全てが、私の未熟さの結果なのですから…………皆さんが“ノーネーム”に齎してくれた恩恵の数々は、劇的に生活水準を変えてくれました。もう水で悩む事もありません。食事のやりくりで頭を抱える事も少なくなりました。子供たちにひもじい思いをさせ心苦しく思う事も随分と減りました」

「…………」

「“ペルセウス”とのギフトゲームでは元・魔王であるアルゴールを下す事が出来、奪われた仲間を、レティシア様を取り返してくださいました。あの時、黒ウサギは目の前の暗雲が払われたかのよう気すらしていたのです。つい先日まで、明日どころか今日を如何に過ごしていくのかすらも考えられない様な状態であったコミュニティに、浮上の目が出たのだと……そう、錯覚してしまっていたのです」

 

 三年間だ。三年間、彼らは明日すらも見通せない日々を過ごしてきた。

 止まってしまった時計。ともすれば、徐々に徐々に後退すらしているのではないかと思わされる、そんな日々。

 それらが壊され、奪われた仲間が戻ってきた。

 小さな一歩だろう。だが、確かな前進でもある。

 後は進むだけ。そう、考えていた。

 

「“打倒魔王”。この目標を皆様が掲げた時、私は胸が震える思いでした。同時に頼もしさも覚えました…………だからこそ!……だからこそ、箱庭に生まれ、そして育った私は考えるべきだったんです。先を見据え、計画を練り。多くの情報を齎して、魔王に備える……そう、すべきだったんです……!ですが、黒ウサギはそれらを怠りました。今回、魔王と相対するまで安穏と過ごし、その結果…………!」

 

 血を吐くような独白が夕暮れの空に響く。

 飛鳥は攫われ、耀は病に倒れた。後悔先に立たずとは言うが、それでも自分で自分を殴り飛ばしてしまいたい気持ちに駆られる。

 不意に、鼻の奥がツンとして泣きたくなった。しかし同時に、自分が泣いてもどうにもならない、と黒ウサギは唇を噛む。

 

「……皆さんの才能は、素晴らしいです。この箱庭でも早々にお目にかかることは無い、貴重なものでもあると思います。ですがそれは、あくまでも皆さんの力であって、コミュニティで独占して良いモノではございません……結局のところ、黒ウサギは皆さんの優しさに甘えていたのです」

 

 甘えていた。この言葉に集約されるだろう。

 口ではとやかく言いながらも、四人は最終的には正義を違えたことは無い。頭を抱える事が無かった訳ではないが。

 黒ウサギは顔を上げる。彼女が考える()()の為に。

 

「……十六夜さん、礼司さん。一つ、お願いがございます。聞いていただけますか?」

「聞くだけなら自由だからな……なんだ?」

「魔王の相手を、黒ウサギに任せていただけないでしょうか?」

「…………それは、黒ウサギさん一人で、って事かな?」

「ッ、八つ当たりの様な感情である事は、私も分かっています…………ですが!それでも、黒ウサギは魔王に一矢報いてやらねば、気が済まないのです……!」

 

 頭を下げていた黒ウサギの髪色が緋色に染まる。同時に、その体から闘志のようなオーラが立ち昇った。

 流石は、軍神の眷属と称される種族というもの。

 十六夜は、そんな彼女を一瞥し、問う。

 

「で、勝算は?」

「あります。相性という面では最高と称せるギフトを黒ウサギは持っておりますので。例え、相討つ事になろうとも、必ずや魔王の首を――――」

「「なら却下/ダメだね」」

 

 二人は速攻で、黒ウサギの進言を否決した。

 慌てて言い返そうとする黒ウサギだが、顔を上げた所で返ってきたのは真剣な目。

 

「悲観し過ぎだ黒ウサギ。お前が考えてるほど、状況は悪くない。奴らの目的は、“優秀な人材を多く確保する事”。とするなら、奴らの戦法は自然と時間稼ぎの消極的なものになる…………そして、そこが奴らの隙だ」

「彼らは、分かれて行動するだろうね。纏めて一網打尽は望む所じゃないだろうし、加えてステンドグラスも守らなくちゃならない」

「そこを、各個撃破する、と……」

「そうだな。まずは、礼司、サンドラ、黒ウサギの三人で確実に“黒死斑の魔王”を押さえる。んで、その間に、俺とレティシアでヴェーザーとラッテンを倒す。主力が集結した所で、黒ウサギのギフトを発動、それでトドメ――――まあ、必勝策としてはコレが最良だろ」

「僕が魔王で良いの?」

「ああ。一週間前の時点で、お前は単身で魔王と張り合ってる。まあ、相手がどの程度本気だったかは別にしてな。三人も居れば抑えは出来るだろ」

「で、ですが……十六夜さんは宜しいのですか?」

「別に、構わねぇよ。魔王と戦うタイミングはまだ先にも必ず来る。今回は特別に譲ってやるさ」

 

 ニヒルに笑った十六夜。不満は本当に無いらしい。

 つられる様にして薄く笑う礼司は、会話を引き継ぐように口を開いた。

 

「それに、黒ウサギさん。君が犠牲になって魔王に勝てたとしても、僕らは誰一人喜べないと思うよ?」

「ッ……」

「“月の兎”としての逸話をなぞる様に動いてしまうのは分かるけど…………それでも、ほんの少しだけでも後に残される人たちの事も勘定に入れてほしいな」

 

 静かに、少し寂しそうな表情の礼司に、黒ウサギは言葉を詰まらせる。

 “ペルセウス”の時と同じ事だ。あの時から、何も変わっていないという事だろう。

 項垂れる黒ウサギ。そんな彼女の額が指で小突かれた。

 

「あうっ!……?」

「始まる前から項垂れてんなよ、黒ウサギ。お前は、勝った後の宴会料理でも考えてりゃいいのさ」

 

 笑う十六夜。言わないが、彼もまた黒ウサギが犠牲となって勝つ事など、望んではいない。

 何故なら、()()()()()から。

 十六夜は作戦などの理性面から。礼司は自身含めた周囲の感情面から。それぞれに、黒ウサギを繋ぎ止める。

 

 そして、ゲーム再開の時は訪れる。

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