雷人の詩   作:バリッか

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 ゲームの再開は地鳴りと共に始まった。

 夜の帳が降りた空を、一筋の雷光が駆け抜ける。

 

「学習しないわね」

「ッ……その割には、随分と防御が厚いんじゃないかな?」

 

 雷を纏う貫手を黒い風に突き立てながら、礼司は口元を歪める。

 挑発だ。だがしかし、同時に事実でもある。

 一週間前の戦いは、確かに礼司にとっての実りとなっていた。まだまだ限界出力には届いていないが、それでも自分がどの程度まで力を発揮できるのかという目安が出来ていたのだから。

 反撃の黒い風を躱し、上空を取れば落下の勢いを乗せた踵落としを見舞う。

 文字通り、縦横無尽。そもそも、純粋な機動力においては彼は魔王(ペスト)を上回っていた。

 そして、同じく夜の街並み。その屋根の上を駆けまわる二つの影が。

 

「サンドラ様!礼司さんの攻撃を縫って挟み込みます!」

「分かった!」

 

 “疑似神格・金剛杵”を振るい雷鳴を轟かせる黒ウサギと、“龍角”より火焔を放つサンドラだ。

 二人の攻撃が奔流となってペストへと襲い掛かり、それらを礼司は紙一重で回避する。

 だが、近距離攻撃以上に二人の攻撃は黒い風の壁を突破する事は出来ていない。寧ろ、反撃の竜巻から慌てて距離を取らねばならない。

 

「……硬いね」

「やっぱり、前回と同じ。攻撃が一切通っていないなんて……!」

「ですが、タイムオーバー狙いの手緩さもあります……もっとも、妙な力ではございますが。レティシア様の御話では、力を吸い取る類のものと思っていたのですが…………」

「…………とはいえ、こっちの目的も果たせてる。時間はまだあるからね」

 

 焦るサンドラに対して、黒ウサギと礼司は幾分か冷静だった。

 作戦は続行中。戦況は、まだまだ始まったばかり。

 何より、黒ウサギにはペストの霊格に関する心当たりがあったのだから。

 疲弊しているサンドラを尻目に、黒ウサギは問う。

 

「“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”。貴方は、神霊の類、ですね?」

「えっ?」

「そうよ」

「ええっ!?」

 

 二人のやり取りに驚くサンドラ。彼女としては、何かしらの恩恵によってこの防御を成しえていたと考えていたのだから。

 まさか、相手が箱庭最強種の一角であるなど思いもしなかったらしい。

 そこで手を挙げたのは、礼司だ。

 

「それって、彼女が黒死病(ペスト)である事と関係あるのかな」

「YES。彼女の霊格の功績は、“ハーメルンの笛吹き”に記述された、“百三十人の子供の死の功績”ではなく――――十四世紀から十七世紀にかけて吹き荒れた黒死病による死者群八千万の功績から成り立った悪魔ではないか、と」

 

 黒ウサギの推測に、サンドラは息を呑む。

 

「八千万の死の功績…………!?た、確かにそれなら神霊に転生する事も――――」

「無理よ」

「無理です」

 

 即座に否定され、しょんぼりと項垂れるサンドラ。

 

「如何に規格外の死を徴収しようとも、最強種以外が神霊となるために必要なのは“一定以上の信仰”なのですから」

「…………でも、それならペストは持ち合わせてるんじゃないかな?僕らの世界じゃ、畏怖もまた信仰の形だったよ」

「確かに、恐怖などを糧として神仏が祀られる事もございます。密教の悪神などによくみられる傾向です。ですが、ペストは違うのデス。大流行を起こしていた当時ならいざ知らず、後年において医学の発展が進む事によって、神霊へと至れたかもしれない信仰(恐怖)は薄れてしまったのですから」

「…………」

「だから、貴女は自分自身を確固たるものとして形成するための形骸を求めたのではありませんか?…………ソレが、“幻想魔導書群(グリム・グリモワール)”の魔導書に記載された、斑模様の死神。結果として、貴女は神霊と――――」

「残念ながら、所々違うわね」

 

 静かに、ペストは否定する。

 毛先を弄りながら、どこか憂欝気な印象を覚えさせる態度のままに口を開いた。

 

「そうね…………時間稼ぎ程度には教えてあげる。私は、自分の力で箱庭にやって来た訳じゃないわ。私を呼び出したのは、“幻想魔導書群”を率いた男よ」

「なっ……!」

「きっと、私を手駒に加えたかったのね。八千万の死の功績を持つ悪魔…………いえ、違うわね。八千万の悪霊群である私を死神に据えれば、神霊として開花させられると思ったのね」

「……君は、本来は悪魔ですらない、と?」

「そうよ。私は、黒死病が神霊化して至った存在じゃない。黒死病による八千万の悪霊群。その代表として私が出てきているだけ…………しかし、かの魔王は私を召喚する儀式の途中で、何者かとのギフトゲームに敗れてこの世を去った」

 

 昔の話だ。“幻想魔導書群(グリム・グリモワール)”が崩壊して幾星霜。

 ある時、何かの拍子に召喚式は完成し、時の彼方からペストはやって来た。

 

「私たちが“主催者権限”を得るに至った功績。この功績には私が…………いえ、死の時代に生きた全ての人々の怨嗟を叶える特殊ルールを敷ける権利があった。黒死病を世界に蔓延させ、飢餓と貧困を呼んだ諸悪の根源――――怠惰な太陽に、復讐する権限が…………!」

 

 今まで一度として変わらなかった少女の表情が、憤怒と怨嗟に歪む。

 彼女は、八千万の怨嗟の声に応えるべく、この箱庭において太陽へと挑むのだと。そして、誅を下すのだと。

 決意に呼応するように、黒い風はその勢いを増していく。

 吹き荒れる風に舞い上がった髪を押さえて、黒ウサギはペストを見定める。

 

「流石は、魔王と言った所でしょうか。太陽への復讐とは…………その為に、太陽の主権を持つ白夜叉様を狙ったのですね」

「ど、どうする?」

「どうするも何も、こちらのギフトは通じないと見て良いでしょう。打つ手がございません」

 

 サンドラに応えながら、黒ウサギは内心で主力が揃うのを願う。

 そんな中で、礼司が一歩前に出た。

 

「それじゃあ、こっちも少し試していこうか」

「ッ、礼司さん?」

「黒ウサギさん。僕が合図をしたら、そのギフトの雷を僕に向けて放ってほしい」

 

 とんでもない事を言い出した同士に、黒ウサギは目を剥いた。

 

「ま、待ってください!いきなり何を――――」

「このままだと、早晩押し切られる。レティシアさんにしたように、僕らを無力化して別の戦場に行かれたら、その時点で作戦はアウト。出来ることはやっていかないと、後悔すら出来ないよ」

 

 これは、元々考えていた事でもある。その根底にあるのは、この箱庭を訪れた最初の日。

 それ以上は聞かない、と彼は前へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ペストから見て、向かってくる少年は速さこそあれども、それだけだ。

 不意打ちで蹴り飛ばされはしたが、致命傷には程遠い。痛痒は感じても、命の危機では当然なかった。

 

「無駄よ。私には届かない」

「そうだろうねッ!」

 

 突っ込んでくる礼司に向けて、迎撃の黒い風を放とうとして、

 

「ッ…………?」

 

 瞬間、彼女の眼前が勢いよく光と音によって染め上げられた。

 それは、この戦いが始まって何度も聞いた雷鳴。自身には届かずとも、煩わしい黒ウサギの一撃。

 

 ソレが今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 眉を顰め、雷によって打ち砕かれた屋根から上がる粉塵を見るペスト。

 ゲームのルールによって、同士討ちなどは出来ない。故に、コレは攻撃としては成立していないのだろう。

 であるのなら、何故黒ウサギは味方(礼司)に向けて雷を落としたのか。

 その答えは、直ぐに明かされる。

 

「…………へえ……?」

 

 初めて、ペストの声に僅かな揺らぎが走る。

 粉塵から飛び出してきたのは、礼司だ。影すらおいていきそうな速度のままに接敵。

 振るわれた拳は、ペストの黒い風の防御によって阻まれる――――筈だった。

 

「ォォォアアアアアアッッッ!!」

 

 より激しく雷光が瞬いて、壁は突破される。

 反射的にガードしたペストだったが、その小柄な体は勢いよく後方へと飛ばされ尖塔へと叩き付けられていた。

 屋根の上に降り立った礼司。だが、その様子は先程までとは違う。

 

「ハァ…………ハァ…………」

 

 荒く息を吐きながら、その体表を走る電流の数は明らかに増えている。

 何よりその目。眼球そのものが消失し、代わりに眼窩を埋め尽くすのは青白い光だ。加えて、その両目と同じように、呼吸の度に覗く口内もまた青白い光に覆われ、口角からはこれまた呼吸の度に細い雷が零れて走る。

 あまりの変わり様に、味方である筈の二人すら動揺している始末だ。

 

「く、黒ウサギ!か、彼にいったい何をしたんだ!?」

「私にも何が何だか……」

 

 箱庭に住む二人にも分からない異常事態。

 しかし、少なくとも今この場は考察を許すことは無い。

 

「――――それが、貴方の隠し玉?」

 

 崩れていた尖塔が、更に大きく粉砕される。

 現れたペストは、頬を砂埃で汚しながらも再起不能には程遠い。

 

「どんな手品かは知らないけど。少しは楽しめるかしら?」

「僕としては、このままゲームセットにまで持ち込みたいんだけどね……!」

 

 体から一際強く火花を散らして、礼司は宙に浮かぶペストを見やる。

 彼の手段は、諸刃の剣。それを、彼だけが現状自覚していると言えた。

 

(初めてだな………ここまで一気に自分の内側が目減りしていく感覚は……)

 

 今まで、それこそこの五年間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その体内の電気が、まるで鑢で木材を削る様にゴリゴリと削がれていくかのような感覚を礼司は覚えていた。

 一週間前より、そしてつい先ほどより、今の彼は遥かに強いだろう。しかし、明確な制限時間が出来てしまった。

 

(最善は、僕が魔王(ペスト)を倒す事。最良は、皆が揃うまでの時間稼ぎ。欲を言うなら、少しでも多く疲弊させる事)

 

 小さく息を吐き出す。

 中途半端に加減するつもりはない。それこそ、内心の通りに倒せるならば倒し尽くした方が、後々の苦労も無くて済むのだから。

 そして、戦場は佳境へと差し掛かる。

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