雷人の詩 作:バリッか
夜の帳が迫るゲーム盤。
「――――フッ……!」
合わせた両手の指先をペストへと向けるようにして右手を引き絞った礼司は、一息と同時に雷の矢を放つ。
雷速のソレは、落雷と似た様なもの。違うとすれば、その一矢は空気の抵抗など無視して直進してくる事か。
「甘いわね」
ペストの右袖が翻る。手の隠れた壁の様に放たれるのは黒い風の壁――――ではなく、“黒死斑の死神”としての権能にも等しい恩恵だった。
相殺、いや僅かに雷の方が風に喰われているだろうか。
通常のゲームならば、勝負が決められそうな雷の矢が打ち消された光景を走りながら見ながら、黒ウサギは呟く。
「やはり、“与える側”の恩恵……!そ、それも、“死”を与える代物!礼司さん、気を付けてください!その風は、触れるだけでも命を落とします!!」
「えぐいね……!」
耳に届いた黒ウサギの声に頷きながら、しかし礼司は焦っていた。
削れていく充電量もさる事ながら、現在進行形で息苦しさを彼は味わっていたからだ。
「随分と、息が荒れてる」
風を放ちながら、ペストは目を細める。
現状、この場の三人で脅威となるのは、黒い風の防御を突破してくる礼司のみ。他の二人は、ギフトは強力ではあるがそれでも神霊を打倒しきるほどの威力は、現状無い。
となれば、一番の脅威を排除するために注力するというものだが、どうにもその彼は様子がおかしかった。
速度、そして放つ雷の破壊力は衰えていない。いないが、しかし加速度的に息が荒れ疲労が溜まっている様子が目に見えて明らか。
それも当然というもの。
言ってしまえば、礼司の無茶は疑似神格をその体に宿している様なものなのだから。
通常の神格とは違い、疑似神格というのは恩恵の出力のみを上げるという効果がある。
強力だ。だが、その強力過ぎる効果ゆえに、器に対する耐久力も一定以上の代物を必要とする。それが、武具であれ、肉体であれ。
具体的には、神格級。そうでなければ、武具は霊核を消耗して自壊してしまう。肉体ならば、強靭な肉体、或いは霊格が無ければ力に殺されるだろう。
一応補足をすると、今の礼司は疑似神格そのものを宿している訳では無い。あくまでも、それに近い力の出力を果たしているだけ。
彼を苛むのは、その経験した事のない出力にある。
運動不足の人間がフルマラソンを走り切る事など出来ないように、東礼司はこれまで手探りで己のギフトの出力を高めてきた。
その指針を無理矢理にぶっ壊したのが、今だ。
(キツイ…………)
雷速で駆け抜け、ペストを攻撃しながら礼司は音が遠のくような感覚を味わっていた。
耳だけではない、目も僅かに掠れてくる。息が荒れて、汗が止まらず、しかし口の中は乾いていく。
加速度的に悪化していく体調不良。調整できればいいのかもしれないが、現在進行形で全開でないと対応できないのだから早晩倒れる事だろう。
その体調の変化に、黒ウサギは気付いている。というか、彼女の高性能なウサミミが礼司の異常な呼吸音を聞き取っていた。
だが、
(せめて、十六夜さんが来ていただければ………!)
黒ウサギには、この状況を打破する方法が無い。いや、無い事も無いが、ソレは作戦の成否に関わって来る。
そして、失敗すればまず間違いなくこのゲームに敗北しかねない。
しかし、その敗北以前に同士が倒れかねない。
(…………かくなる上は――――)
「黒ウサギさんッ!!」
白黒のギフトカードを取り出した黒ウサギに、礼司の鋭い声が飛ぶ。
雷撃をペストへと叩き込んで後退した彼の、青白い輝きに染められた眼窩が流し目に黒ウサギへと向けられていた。
雷速で動ける彼の動体視力は、その速度下においても相手をハッキリと視認できる程度には優れている。同時に視野も広い。
その視界が黒ウサギを捉え、同時に彼女の次の行動をその表情から予想させた。
「
「で、ですが、このままだと礼司さんが……!」
「今は、ゲームで勝つ事優先ッ!!」
優先度の違い。種族柄か、黒ウサギはどうしても“奉仕・献身”に動いてしまう事が多い。
しかし、今ここで礼司を助けるために手札を早くに切ってしまえば、前述のとおり勝ちを掴めないかもしれない。
ただ、このままでは良くない事も礼司には分かる。遠目に確認すれば、その直後に大きな衝撃が走っていた。
(逆廻君たちは、決めたかな。なら…………)
空を駆けながら、礼司は右手で虚空を掴む。
全身を走っていた電流がその流れを変えて、虚空を掴んだ右手に集約。形成されるのは、長さ四十センチほどの雷による集合体。
完全に夜となったゲーム盤に、けたたましい音と共に眩いばかりの光が走る。
「随分と派手ね」
「…………」
「それに、凄まじい力を込めてるみたいだけど…………それで、私を打倒できるかしら?」
「さあ、ね。多分無理じゃないかな」
あっけらかんと、礼司は答えて肩を竦めた。
今から放つのは、全力の一撃だ。しかし、それがイコールとして星を砕く事が出来るだろうかと問われれば、無理だと首を振るしかない。
しかし、それで良いのだ。
「…………そもそも、僕が君を打倒する必要はないんだよ」
僅かに腰を落とした礼司の声が静かに響く。
「何を――――ッ……!」
問い返そうとしたペストだったが、次の瞬間その体は近くの尖塔の壁面へと叩き付けられており、その薄い胸部の中心に
空いた左手でペストの右肩を掴んで押さえ込み、至近距離で礼司は笑った。
「僕が言えた事じゃないけど、君はゲームの経験が少ない。違うかな?」
「…………」
「だから、勘違いをするんだ」
語りながら、その体に走る電流の数は倍々ゲームで増していく。
「勘違い、ですって?」
「僕が無理矢理君を倒す必要はないんだ。このゲームに参加しているのは、僕だけじゃないんだから」
「それで、誰が勝てるのかしら?“月の兎”も“火龍”も私には届いていない。それよりも、いい加減に――――」
「僕は、布石で良い」
風を起こして払おうとするペスト。だが、直後その体を膨大な電流が駆け抜けて、その動きが無理矢理中断されてしまった。
「カッ……ハッ…………!何を――――」
「僕が倒れるまで、付き合ってもらうよ魔王」
「ッ、こんな攻撃で私を倒せるとでも?」
「でも、
ペストが目を見開き、直後二人の体は雷の濁流にのみ込まれる。
長時間の維持は出来ない自爆技。だが、この状態ではペストは反撃の為の風を礼司に対して放つ事も出来なかった。
生物は、電流に対応できない。構造上、感電し続けて真面に動けるものはまず居ない。
神霊を殺しきるには足りないが、しかしペストはこの状態から動けない。死の風を辺りに振り撒いて、参加者たちも危険に晒されない。
そうこうしている間に、この場に戦力が揃ってくる。
「おい、黒ウサギ。アレはどうなってるんだ?」
「その、礼司さんが…………」
「魔王を押さえてるってとこか…………成程な、あの状態なら魔王は動けないし、他の参加者も狙えないと」
頷く十六夜だが、黒ウサギからすれば気が気ではない。
そこに更に合流する紅い巨人と、その巨人に乗る飛鳥。
「ちょ、ちょっと、アレって礼司君なの!?」
「YES。ですが、恐らく長くは続きません。今の内に、作戦をお伝えします」
「続かないって…………」
「既に、礼司さんは相当に疲労されていました。恐らく、ご自身も皆さんが合流するまで持たないと判断されたのでしょう」
悔やまれる点だ。内心で、黒ウサギは歯噛みする。
飛鳥と耀の事で後悔を口にしたが、強くなるという点では十六夜と礼司もまた自身のギフトに対する理解を深めるべきであった筈だから。
そうであったなら、こんな無茶をさせずとも済んだだろう。
だが、反省はそこまで。尋常ではない放電で、縫い留めた尖塔すらも倒壊、融解させるほどの熱と衝撃を持っていた雷が徐々にだがその威力を落とし、途切れたのだから。
「…………」
「…………ガフッ……ッ、ハッ………!ほ、んとうに……人間…………?」
黒焦げになりながら、詰まっていた息を血と共に吐き出して、ペストは問う。もっとも、問われた側は充電切れで意識が完全に飛んでしまっているのだが。
殺しきれなかった。だが、受けたダメージがゼロという訳では無い。
今のペストは、外側だけでなく内側まで感電、焼かれていたのだから。
神霊を単騎で追い詰めることが出来る人間がいったいどれほど居るだろうか。それこそ、彼がもう少し自分のギフトの事を深く知っていれば、もう少し何かが変わっていたかもしれない。
だが、少なくとも今のこの瞬間の結果は決まった。
ザワリとペストの周囲から溢れた風が揺れ、両者の間に集まり纏まる。
そして――――