雷人の詩   作:バリッか

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 雷鳴轟く。

 胸の中心から全身を駆け巡った衝撃と共に、東礼司の意識が覚醒する。

 

「ッ!?…………?」

 

 跳ね起きて見渡せば、広がっていた筈のハーメルンの街並みを模したゲーム盤は消えており。その代わりに、舞台区画を照らしていたペンダントランプが輝き、尖塔群もある。

 つまりは、ゲーム盤から元の場所へと戻ってきたらしい。

 呆然としながらも、徐々に記憶がよみがえってきた礼司は、皆が勝ったのだと何となく悟る。同時に、自嘲が零れた。

 

「最後の最後で、か…………締まらないな」

 

 情けないと胡坐をかいて頭を掻いた。通りの真ん中でするような事でもないが、しかし落ち込んだ気持ちというのはどうしようもない。

 元々、彼は精神的に()()()()。慣れた相手なら未だしも、初対面では未だに顔が引き攣ってしまう程度には小心者だ。

 ただ、この場にずっといる訳にもいかない。気持ちを少しでも切り替えようと周りを見渡して、礼司は首を傾げる。

 

「…………何でここ、()()()()()()()()()?」

 

 精神的な余裕の無さのせいか気付くのが遅れたが、今の礼司は浅くもクレーターの様になった窪みの中心に座り込んでいた。

 窪み自体の深さはそれ程ではない。面積自体も直径三メートル程か。

 少し考えて、自分が落ちた時に出来たのか、何て考えてみる。

 

「…………これ、請求されたりしないよね?」

 

 道のほぼ中央に、浅くとも凹みがあればそれはもう不便だろう。それこそ、往来のみならず荷馬車や荷車などが通ればまず間違いなく車輪が引っ掛かりかねない。

 ただでさえ零細コミュニティである“ノーネーム”に果たして、道を修繕できるだけの金が出せるだろうか。

 

(最悪の場合は、僕が直そう…………出来るか分からないけど)

 

 うん、と頷きながらさりげなく周囲の砂地を指で掠めて穴が埋まるか試してみたり。

 僅かにメンタルが復調してきた頃、礼司の耳はとある音を聞き取った。

 数人が駆けてくる足音。座ったまま振り返れば、

 

「礼司さーーーーーーん!!!」

「黒ウサギさ、ぶっ!?」

 

 飛び込んできた豊満な胸が、彼の視界もとい顔面を埋める。

 反射的に両手を挙げて固まった礼司の格好は、胡坐をかいて体を捻っている事からどこかヨガのポーズの様。

 

「大丈夫ですか!?」

「むがもご………!!」

「皆さんのご尽力もあって魔王は見事に討伐出来ました!被害もほぼ出ておりませんし、本当に何と言って良いのか……」

「……ッ…………っ…………!」

「何より、()()()()がありましたから。礼司さん、直ぐにお医者様に――――」

「一回放せ、黒ウサギ」

 

 捲し立てるように言葉を連ねる黒ウサギに、そろそろ抱きしめられる礼司の反応が危なくなった所で興奮する彼女の頭を十六夜が叩く。

 コロリと転がり、同時に解放される礼司。荒く息を吐いて、咽ていた。

 

「ゲホッ!エホッ!?…………ッ、助かったよ逆廻君……」

「男の死に方としちゃ、中々にロマンがあるが…………まあ、貸し一だな」

「利子付けて返すよ…………」

 

 首を振り、礼司は立ち上がる。ついでに、気になった事を問う。

 

「そう言えば、あんな事って何かあった?」

「あん?……ああ、お前が自爆攻撃仕掛けた後に少しな」

「?」

「礼司さんは、魔王に大きく吹き飛ばされたのですよ。それも、黒い風を受けながらの様に見えたのですが…………ご無事なら良かった」

「俺としちゃ、あの雷の方が気になるけどな」

「雷……?」

「空には、雲一つなかった。にも拘らず雷が落ちて、その落ちた先はお前だったみたいでな………何か見て無いか?」

「いや、何も……そもそも、僕が起きたのはついさっきだし…………」

 

 首を傾げる礼司。時計の針は、僅かに戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔王が打倒され、全ての偽りの伝承が砕かれ真実の伝承が掲げられ、魔王とのギフトゲームは参加者側の勝利で幕を閉じた。

 ゲーム盤であったハーメルンの街は崩壊し、元の舞台区画へと彼らは戻ってきた。

 

「終わったの……?」

「YES。我々の勝利です」

 

 呆然と呟く飛鳥に、黒ウサギが頷いた。

 夜となった街並みのあちこちから僅かな歓声が聞こえてくるような気がする。

 

「私は、本部へと戻る。皆に勝利を報せなければ」

「ごめんなさい、私も少し行くところがあるの」

 

 サンドラと飛鳥がそれぞれに分かれ、黒ウサギは十六夜へと振り返った。

 

「私は、礼司さんを探しに行きますが……十六夜さんはどうされますか?」

「そうだな…………白夜叉の顔を拝んでくるか。まあまあ、面白そうだしな」

 

 笑いながら、中々下種な事をしようとする十六夜。

 窘めようと口を開いた黒ウサギだったが、その直後に少し離れた場所に雷が落ちた。

 思わず、二人揃って落ちた方向へと顔を向ける。空は、夜陰に飲まれているが、しかし雲の一つも見受けられない。

 

「おいおい、黒ウサギ。箱庭じゃ、雷が地面に落ちるのか?」

「い、いえ、そのような事は……何より、箱庭には天幕が存在します。定期降雨の時期などでも雷までは…………」

 

 雷、と聞いて二人の脳裏を過ったのは白髪赤目の同士の姿。

 彼は最後の自爆特攻の後、魔王に大きく弾き飛ばされてしまっていた。

 それも、怨霊と衝撃による攻撃ではなく、黒い風による一撃。

 相手は神霊。それも、死神として“死を与える”恩恵が付与された風は、ただ吹き抜けるだけでも命を奪ってしまう。

 それこそ、十六夜の様に権能レベルの一撃だろうと無効化できるような者でなければ、語るに及ばず。

 しかし、この雷は希望を持たせるには十分だった。

 

「十六夜さん!黒ウサギは、あの雷が落ちた場所へと向かいます!」

「おいおい、黒ウサギ。あんな面白そうな事一人で楽しむ気か?」

 

 ほとんど同時に飛び出す二人。目的地の到着まで、数分とかからなかった。

 その先で見つける、白い頭。

 

 そして場面は今へと戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通り話を聞いた礼司は、首を傾げていた。

 

「えっ、僕下手すれば、いや下手しなくても死んでたんじゃ……?」

「可能性はあったと思います。ええ、それも最悪の」

「でも、生きてるよね……」

 

 礼司の保有するギフトは、“(アズマ)”だけだ。もっとも、これに関しては他三人と同じように全く概要が明かされておらず、白夜叉にもよく分からない代物であったが。

 今わかっている事とすれば、雷を自在に操り、更に親和性のあるギフトを取り込んで発展していく位のもの。“雲海の種”がその一例だろう。

 分からない事は増えるばかり。だが、良い事もある。

 

「まあ、分からねぇと頭捻るよりも場所を移そうぜ?というか、心配するなら体調とかだろ?」

「「…………」」

「何だよ」

「「十六夜さん/逆廻君が、真面な事言ってる…………」」

「ハッ倒すぞお前ら」

 

 戦慄、と言った様子の二人に、十六夜の蟀谷に青筋が浮かんだ。常日頃の態度の問題である。

 しかし、言っている事は至極真面。

 

「体調のほどは、どうです?」

「可も不可も無く、かな。雷を全部吐き出したつもりだったんだけど……今は三割ぐらい回復してるみたい。少し怠いけど、それだけだよ」

「そう言えば、回復するんだったな……」

「どうかした?」

「いや、前にも考察したなと思ってな」

 

 手を軽く振って笑いながら、十六夜は考えていた。

 人間に流れる生体電流。筋肉などを動かす上で必要なソレは、しかし流れている本人すらも知覚できない程度に微弱なものだ。

 それこそ、生物が電気を生み出そうとすれば、相応の器官が必要になる。デンキウナギなどが分かりやすいだろう。

 ギフトの関係がある為、この辺りはまだ曖昧で良いだろう。

 

(あの雷は礼司が起こしたモノじゃなかったとして、なら誰が何のために雷を落とす?)

 

 天候操作。それは、この箱庭では可能だろうと十六夜は考えている。

 実際の所、人工降雨などによって雨を降らせたりすることは今の科学技術でも可能だった。

 科学技術よりも、遥かに何でもできるような箱庭の世界。天候はおろか、自然現象そのものを手慰みに操る修羅神仏も居る事だろう。

 或いは、

 

(そもそも、生かそうとする奴がいる訳じゃなく、礼司自身が特別(異常)なのか)

 

 考察を続けながら、面白い、と十六夜は口角を上げる。

 彼は、面白い事は大歓迎。何より今回は、解明すれば免罪符も手に入る。

 即ち同士の実力把握という大義名分。

 

「十六夜さーん、置いていきますよー」

 

 思考に沈んでいれば、黒ウサギと礼司が一足先に本部への道を進んでしまっている。

 何はともあれ、魔王とのゲームは終わりと告げた。そして、難題を退けたのならば次に待つのは催し物。

 幸いと言うべきか、被害という被害は“サラマンドラ”の構成員のみだ。

 暫くは、水を差された生誕祭と、それから祝勝会を兼ねた宴が催される事だろう。

 

 その裏を知る者は、一握り。


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