雷人の詩   作:バリッか

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 箱庭に幾つも存在する門の一つ、二一〇五三八〇外門。箱庭の外壁と内側を繋ぐ階段が存在しており、そこには少なくない人々が居た。

 その一人、ジン=ラッセルは階段に腰掛けて待ち人の姿を探す。

 彼こそ、黒ウサギと同じコミュニティ所属であり、同時に戦力となりえる一人。

 もっとも、未だ年幼い彼の力量はお察しというものなのだが。

 ジンが考えるのは、黒ウサギに迎えに行かせた新たなる同士(仮)となるである誰かの事。

 後の無い現状、言い方は悪いが使えない者であったのならば、本格的に路頭に迷ってしまう事になりかねない。

 とある事情から、ジンと黒ウサギ以外のコミュニティメンバーは、総じて幼い子供ばかりであるのだ。

 箱庭では、ギフトを失ってしまった場合、箱庭の天蓋の外へと出て周辺の国などで力をつけて再び箱庭へと挑戦していくのが通例。

 だが、幼い子供たちを生まれた地から引き剥がして当ても無く放浪するのは余りにも無謀というもの。

 

(最悪の場合は、箱庭を出るしかないかな……)

 

 自然とため息が漏れる。

 

「ジン坊ちゃーーーん!新しい方々を連れてきましたよーーー!」

 

 思考が脇道に逸れていたところで、外野の声が彼を引き戻す。

 慌てて顔を上げれば、世界の果てへと通じる道の方より黒ウサギと、それから彼女の後ろをついてくる()()の姿があった。

 

 

「お帰り、黒ウサギ。そちらの三人が?」

「はいな、こちらの四人さま方が――――アレ?」

 

 振り返った黒ウサギは首を傾げる。

 一人足りない。それも、一番の問題児となるであろう金髪の彼が居ない。ついでに、一番気の弱い白髪の彼は目を合わせないように必死にそっぽ向いていた。

 

「え、あの……全身から俺様問題児だぜ!みたいなオーラを発してる殿方がいらっしゃいませんでしたか?」

「十六夜君の事?彼なら、ちょっと世界の果てを見に行くと言って――――」

 

 飛鳥は指でとある方向を指し示す。

 

「あっちの方へと駆け出していったわよ」

 

 彼女が示したのは、召喚の折に放り出された空から確認できた世界の果てのある方向だった。

 一瞬呆けて呆然となった黒ウサギだったが、すぐさまその耳を立たせて詰め寄っていく。

 

「な、何で止めてくださらなかったのですか!?」

「止めてくれるなよ、と言われたもの」

「なら、どうして黒ウサギに教えてくださらないんですか!?」

「黒ウサギには言ってくれるなよ、と言われたから」

「嘘です!絶対嘘です!面倒くさくなっただけですよねお二方!?」

「「うん」」

「即答しないでください!だったらせめて、貴方も止めてくださいよ!」

「む、無茶言わないでくれよ……逆廻君止めるのなんて、それこそ天変地異でも起こさなきゃいけなくなるよ……」

「気弱な態度で一番物騒な事を言わないでください!」

 

 叫び、そして黒ウサギはその場に四つ足着いて崩れ落ちていた。

 新たな人材の加入に喜んだのもつかの間、その四人は揃いも揃って問題児。それこそ、下手すれば胃がねじ切れてしまいそうなレベルの。

 この先の波乱を予感して絶望する黒ウサギの一方で、焦った声を上げたのは、ジンだった。

 

「た、大変です!世界の果ての方角にはギフトゲーム用に放された幻獣が居ます!もしも、人間が出くわせば、まず間違いなく太刀打ちできない!」

「幻獣って?」

「ギフトを有した獣たちの事です。彼らの持ち合わせたギフトは、強力な物が多くて……だからこそ、ギフトゲームでも障害として起用される事が多いんです」

「それは……大変ね。彼、このままだとゲームオーバーかしら」

「ゲームに参加する前にゲームオーバーって、斬新」

「い、言ってる場合じゃないんじゃないかな……」

「そうです!冗談を言ってる場合じゃありません!」

 

 どうにかこうにか持ち直した黒ウサギは、立ち上がる。

 

「ジン坊ちゃん!私は、問題児様の回収に向かいます!お三方の案内をお任せします!」

「あ、うん……気を付けてね?」

「では!」

 

 言うなり、その髪を緋色に染めて黒ウサギは跳んだ。それは宛ら、弾丸の如し。

 

「箱庭のウサギは、随分と速く跳べるのね。素直に感心するわ」

「ウサギたちは、箱庭創始者の眷属ですからね。力やギフトもそうですが、特殊な権限なども与えられた貴種でして……彼女なら、余程の幻獣が現れない限り問題は無いかと思います」

 

 さて、とジンは改めて三人へと向き直った。

 

「改めて、箱庭へようこそ皆さん。僕はジン=ラッセルです。齢十一の若輩者ですが、コミュニティのリーダーをやらせてもらっています。皆さんのお名前を聞いても?」

「久遠飛鳥よ。それで、そっちの猫を抱えている彼女が、」

「春日部耀」

「あ、東礼司です……」

 

 自己紹介を互いに行い、そして一行は箱庭へ――――

 

「――――あ」

 

 だが、その前に礼司の足が僅かに止まってしまう。

 彼の耳が、人々の雑踏を捉えてしまった。それは、彼にとって忌避すべきものであり、同時にトラウマでもある。

 要するに、

 

「ッ……」

 

 声も無く、音も無く、東礼司はその場より逃げ出した。

 後に残ったのは、僅かに帯電する空気のみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東礼司は、己が嫌いだ。

 自分の力も、自分の見た目も、そしてそれらのせいにしてしまう()()()()()

 五年前以前の事は最早思い出せることも少ないが、少なくともコミュ障ではなかった。

 

「ッ」

 

 空中で下唇を嚙む。礼司の体は今、上空数百メートルほどの高さにあった。

 箱庭の外壁は、既に遥か後方にある。

 逃げ出してしまった。一緒に落ちてきた三人や、黒ウサギ、ジンまでならばまだ我慢できた。

 だが、雑踏の中へと足を踏み入れようとすると、足が竦んだ。

 頭では分かっているのだ。考えすぎだ、と。自分の事など存外他人というものは見ていない、と。特異な見た目ではあるが、それでも黒ウサギのようなものも居るのだからそこまで浮くことは無いはず、と。

 (理性)はそう言う。しかし、心がついてこない。

 それは経験によって育ってしまったもの。疑心暗鬼。そして、自己肯定感の低下。

 器用に空中で膝を抱えた礼司は、その膝頭に顔をうずめて宙を漂っていく。

 このままどことも知れない場所へと流れて行ければそれでいい。なんてことを考えながら、慣性によって流れる空の旅。

 だが、それも長くは続かない。

 

『――――ゴロゴロゴロ……』

「……?」

 

 不意に聞こえた妙な音に、礼司は顔を上げる。

 今彼のいる場所は、前述のとおり空中だ。遮るものなど基本的に存在しない自由な場所。

 だが今、礼司の目の前には遮る者が居る。

 

()ね、童。この空は、我の領域だ』

 

 首を垂れる稲穂の様な黄金の毛並み。ガーネットを粗く削りだしたような色合いの獣の瞳。

 体長は六メートル程か。前足が二本、後ろ脚が四本存在し、狐の様な尾の数は三本。足にはそれぞれ鷹の様な鋭い鉤爪を有しており、犬の様な狼の様な鼬の様な狐の様な顔にある大きな口には鋭い牙が幾つも並んでいた。

 獣。それも、礼司が元の世界では見た事の無いような存在。

 それが今まさに光が走る雷雲に乗って、彼の目の前に現れた。

 

「え、あ、その…………狼?」

『貴様……この雷獣たる我を、畜生と同列に扱うか!!!』

 

 テンパった礼司は見事に地雷を踏み抜いていた。

 雷獣の怒気がそのまま、その体に纏う雷雲の量へと還元されていく。

 広がっていく雷雲は、そのまま雷獣のテリトリーだ。触れるどころか、近付くだけでもはじけた火花が体を焦がしてくる。

 

『特別だ、童。貴様には、我のゲームにおいて、我自ら相手をしてくれよう』

「え?」

『さあ、何をもって挑む?力か、知恵か、勇気か』

 

 礼司は、呆気にとられる前に逃げるべきだった。だが、気付いた時にはもう遅い。既に背後含めた周囲は雷雲に囲まれてしまっており、状況として彼の選択肢はゲームの内容を選ぶことのみ。

 

「……ち、力で」

『ほう、ソレを選ぶか。ならば、始めるとしよう』

 

 雷獣は尊大な態度を崩さない。

 

 少し話は変わるが。能ある鷹は爪を隠す、という言葉がある。

 詳しくは省くが、有能な鷹は獲物の油断を誘うために己の武器である鋭い爪を普段は隠しているというもの。転じて、いざという時だけに真価を発揮する、という意味になる。

 

 礼司自身は、己を能ある存在とは思っていないし、周りに持て囃されようとも信じることは無いだろう。

 だがしかし、自信の無い彼ではあるがその自信の無さに反して、その身に宿した力というものは決してちっぽけなものではなかった。

 

 長くはなったが、要するに今の彼は自然と、能ある鷹は爪を隠す、といった状態だった。当人の意識は無くとも。

 

「……が、頑張ろう」

 

 気弱そうな発言に反して、紫電が力強く駆け抜ける。

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