雷人の詩   作:バリッか

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――――彼らは間違いなく、人類最高クラスのギフト所持者よ、黒ウサギ

 

 黒ウサギの脳裏で一発逆転を狙った際に主催者に言われた言葉を思い出していた。

 リップサービスか何かだと彼女は考えていた。いや、信用できる相手ではあったのだが、同時に自分たちの状況も理解されていたために、そういう事を言われたのだと捉えていたのだ。

 だがそれも、目の前の光景によって現実味を帯びてくる。

 

「ま、中々だったぜ、オマエ」

 

 蛇神の全霊の一撃を腕の一振りで振り払い、その巨躯を蹴り一発で空高く吹き飛ばして川の水面に叩き付けるような人智を超越したような力。

 それを振るったのが、今まさに目の前で濡れ鼠となってしまった十六夜その人であった。

 彼の力があるならば、現状の打破が出来るかもしれない。そんな感動と共に、黒ウサギの頭の中では勘定の算盤が弾かれていく。

 そんな意識を半ば飛ばしたような黒ウサギに忍び寄る十六夜。

 彼は問題児であるし、割と結構欲のままに行動する事も珍しくない。彼の行動原理は面白いか、面白くないか。

 状況的に、黒ウサギを弄るのが面白いと判断しての行動であったのだが、不意に彼の耳がとある音を拾い、その行動は一時停止。

 音は風を切る音。それもかなりの速さであり、同時に大きさのあるものであると十六夜は一瞬の内に判断を下していた。 

 直後に、その何かは空を切って川近くの岩壁へと勢い良く叩き付けられ、その岩盤を大きく粉砕してしまう。

 

「ッ!?な、何事ですか?!」

「さあな。何かでっかいのがそこの岩壁に突っ込んできたぞ」

「ええ!?」

 

 吹っ飛んでいた意識が戻ってきた黒ウサギは驚く事しかできない。

 この周辺は、幻獣ばかりで、場合によっては十六夜が打倒した蛇神のような神格も野放しにされている場合がある。

 十六夜が言うように“でっかいの”が飛んできたという事は、それ即ち幻獣クラスの存在を大きく吹き飛ばせるだけの力を持つ者が居るという事。

 

(十六夜さんならば対処可能、でしょうか……ですが、あそこまで岩壁を粉砕するとなると、余程の強い力で――――)

「お出ましだな」

 

 黒ウサギが思考に耽る中で、十六夜がつぶやく。

 慌てて顔を上げて見れば、そこに居たのは、

 

「あ、逆廻君、黒ウサギさん」

「礼司さん!?ど、どうして、貴方がここに居らっしゃるんですか!?」

「ええっと、その……ま、まあ、色々とあって……」

 

 そう言って、礼司はバツが悪そうに頬を掻いて視線を下の方に彷徨わせる。

 逃げ出したから。そう言えたなら苦労はない。彼はコミュ障なのだ。

 しどろもどろになるそんな礼司に助け舟を出すのは、十六夜だった。

 

「おいおい、黒ウサギ。そんな()()()()()()()聞いてんなよ。それより、礼司。オマエ、どんな奴と遊んできたんだ?」

「どうでも良いとは何ですか、どうでも良いとは!……それはそうと、ま、まさか、礼司さんもギフトゲームを?」

「……」

「こっち見てください!?聞いてらっしゃいましたよね!?この世界の果て近辺に住むのは幻獣だと!強力なギフトを持った獣たちだと!ジン坊ちゃんも言ってましたよね!?」

「……あい」

「でしたら!……いえ、その前に。礼司さん、お怪我はありませんか?」

「え?あ、うん……大丈夫」

 

 ひらひらと両手を振る彼の体には、傷は見られず服に血が滲んでくる様子も無い。

 無事な様子を確認し、黒ウサギは安堵の息を吐く。怒ってはいても、彼女は善良だ。その為、やはり心配というものが先に来てしまう。

 流石に礼司も、ここまで目の前でしょんぼりされれば慌てるというもの。

 

「ご、ごめんね、黒ウサギさん……その、僕は人混みがどうにも苦手で……」

「だからといって、ギフトゲームまでしないでください!……それで?そのギフトゲームのお相手さまは何処に?」

「あ、あそこに……」

 

 礼司が示したのは、粉砕された岩壁。粉塵が晴れて、そこに居たのは三本の尾を持った大型の獣の姿。

 

「……ま、まさか、雷獣と名乗っておられませんでした?」

「え?……多分?」

「お馬鹿様!?」

 

 叫ぶ黒ウサギ。だが、叫ばれた側は分からないのか首を傾げるばかりだった。

 

「えっと……?」

「雷獣は日本の妖怪だ。東日本を中心に伝説が多く残ってて、平家物語に出てくる鵺も一説じゃあ雷獣だった、なんて言われてる。それにしても、随分とデカいな。伝承じゃ、一メートルも無いって話なんだが?」

「それは恐らく、その雷獣様が神格を得ておられるからだと……」

「神格、ねぇ……なに、神格得るとデカくなる訳?」

「体格のみの話ではございません。十六夜さんが打倒された蛇神然り、その体躯もさることながら、嵐を巻き起こす力と、更に長大な寿命を持ち合わせるのです」

「ふーん……なら、礼司のぶっ飛ばした奴も強い訳だ」

「特に、雷は神格との相性がいいので」

「雷は、()()()だろ?」

「博識にございますね、十六夜さん。その通り、雷とは古来より神鳴り、神様の鳴らす音とされ畏怖されてきたのです。神格は信仰によってその力を増しますが、手っ取り早いのが、畏怖。恐れ敬う事は、より強力な信仰となるのです」

「祟り神信仰なんかと一緒だな。禍を転じて福と為す、というか何というか」

 

 へらりと笑う十六夜。その目は、真っすぐに所在なさげな礼司へと向けられていた。

 面白い奴認定。幸か不幸か、ロックオンである。

 更に話が続く――――前に、第三者が割り込んでくる。

 

『……まさか、我が敗れるとは……』

「あ、えっと……だ、大丈夫?」

『ふんっ、少しは勝者としての態度を示したらどうだ?』

 

 微妙に足を引きずりながら近付いてくる雷獣は、そう言って鼻を鳴らす。

 改めて、その獣としての異常さが際立つ体格だ。その黄金の毛並みには、少なくない焦げが目立ち。その大きな口には僅かに血の流れた様な痕も確認できた。

 雷獣はそのガーネットの瞳で真っすぐに礼司を見ると、口を開いた。

 

『小僧。勝者の貴様には、選ぶ権利がある。もっとも、限度はあるがな』

「け、権利……?」

「あの、失礼ですが、雷獣様。ゲームの内容はいったい?」

『我と小僧の力を測るタイマンだ。もっとも、力の差は明白であったがな』

主催者(ホスト)自らのゲームですか!?そ、それも力だなんて……」

「ハハッ!やるじゃねぇか、礼司。そのまま、俺と一戦やらねぇ?」

「お、お断りするよ……大変そうだから……」

『貴様らの事情など知らん。それよりも、早く示すがいい。それとも、我が貴様にくれてやろうか?』

「ええっと……どんなものが貰えるのかな?」

『そうさな……貴様は随分と器用な飛び方(浮き方)をしていたが、アレでは少々勝手が悪いだろう?故に、こういうものはどうだ?』

 

 雷獣が提示したのは、白い粒のようなもの。大きさは、カプセル薬と同程度か、僅かに大きい程度。

 覗き込んで首を傾げる礼司だが、そこで大声を上げたのは黒ウサギ。

 

「う、雲海の種!たった一粒で大規模な雲海を発生させると言われる代物ですよ!」

「……でも、それって一回きり、だよね?」

『通常は、な。だが、ある力と触れあう事でギフトは変化を起こす。このタネを、飲め』

「え」

『案ずるな。体内で芽吹くことは無い。何より、言ったであろう変化を起こす、と』

 

 雷獣に言われ、礼司は受け取ったタネを眺める。

 直感的に、悪い事は起こらないだろう、と彼は考えていた。無論、その直感に全面的な信頼を乗せるには少々経験不足である事は否めなかったが。

 悩む礼司。そこに待ったをかけようとした黒ウサギであったが、その前に十六夜が割り込んでくる。

 

「あの、礼司さ――――」

「おっと、野暮はなしだぜ黒ウサギ」

『さようだ、ウサギよ。ゲームを受けたのは童、そしてあ奴は()()()。決める権利は童にのみ、ある』

 

 ここまで言われて、黒ウサギはハッとする。

 雲海の種は高レートで取引されるギフトだ。たった一粒で気象条件をひっくり返してしまうのだから当然ではあるのだが、だからこそ()()()()の視野は狭窄に陥っていた。

 この種を取引できたのならば、それだけでコミュニティ全体で暫くの間食うに困らない程度には資金に余裕ができる。それを元手にギフトゲームに参加する事も出来たかもしれない。

 だがしかし、今の礼司は()()()。どのコミュニティにも所属していない状態。彼への決定権は彼のみに有り、外野が口を出す事ではない。

 一人考え込んでいた礼司はといえば、恐る恐るその口を開いてタネを口に含もうとしていた所。

 味は、無味。いや、僅かに水分の様な湿り気が口の中に広がっていく。

 そのまま呑み下そうとする礼司。だが、その前に口に含んだタネは、まるで最初からそこに存在しなかったかのように感覚に引っかからなくなった。

 慌てて口を開いて指を突っ込んで見るが、影も形も無い。

 

『ふむ、成功だな。違和感はあるか?』

「ええっと……」

 

 雷獣に言われて、礼司は拳を握った。そして、開く。

 すると、開かれたその掌の上に黒い綿の塊の様なピンポン玉程の何かが出来上がったではないか。

 ふんわりと触りたくなるようなフォルムだ。だが、そこに指を伸ばそうとしたものは、突然走った紫電に慌てて、その指を引っ込める事になる。

 

「……雷雲?」

『分かるか、童。ギフトは親和性の高いものは、組み合わせる事が出来、そして変質する。貴様の元より持ち合わせたギフト含めて魂と繋がる事によって霊格を補填し、力を増す』

「ギフトの変質……!?そ、そんなものを渡したんですか!?」

『騒ぐな、ウサギよ。そのような代物は早々無い。だが、雲海の種はその本質は圧縮された雲の子だ。雲は決まった形を持たず、風に流れてその姿を変える。そして、我や童のようなものとは取り分け相性が良いのだ』

「礼司さんが?」

『我とて全てが分かったわけではない。だが、その体に宿った()は雷獣である、我よりも上だ。であるにも関わらず、空を飛ぶにも電磁頼み。言うなれば、我の与えたギフトはその空白を埋めたという事だ』

「つまり、礼司さんのギフトは不具合が?」

『不具合、というよりも改善の余地というべきだろう。ギフトそのものは完成している。要は、器だ。中身が入っているが溢れるにはまだまだ嵩に余裕がある、そう考えればいい』

 

 思わぬ情報に、黒ウサギは感心しながらも件の彼へと視線を送る。

 そんな礼司といえば、創り出した雷雲を器用に動かしながら、その形を自在に変えているところだった。

 

「へぇ、器用なもんだな。自分の意思で変えられるのか?」

「そう、みたいだね。頭の中である程度形を思い浮かべれば……うん、行ける」

「触って良いか?」

「そ、それは止めた方が……どの程度の雷が溜まってるのかよく分からないし……」

 

 興味津々の十六夜を、どうにかこうにか捌いている礼司。

 その手物とを見てみれば、小さな雷雲が星や立方体などを象りながら次々にその形を変化させているところだ。どうやら、ある程度の部分は既に習得が終わったらしい。

 彼の様子を確認し、雷獣は一つ頷く。

 

『やはり、親和性の高さは習熟を早めるな。では、我は失礼する』

「もう、宜しいのですか?」

『そもそも、我は縄張りを見回っている途中なのでな。童に絡まなければとっくに終わっていた所だ』

 

 やれやれ、と首を振り、雷獣は創り出した雷雲に乗り込むと、その巨体は宙へと浮き上がっていく。

 そのまま振り返る事無くその姿は空の先へと飛んでいった。

 黄金の獣を見送り、そういえば、と黒ウサギが蛇神からのギフト関連に関しても思い出していた。

 十六夜が勝利したのだから、当然ながら勝者には景品が送られる。それがギフトゲームだ。

 故に、彼女は未だに沈む蛇神の方へと足を向け、その前に十六夜が立ちふさがる様に回り込んできた。

 

「ど、どうされたんです、十六夜さん。怖いお顔をされてますけど」

「ちっとばかしタイミングがずれたが、いい機会だと思ってな。向こうの二人は知らねぇが、礼司は居るんだ。ちょうどいいだろ?」

 

 先ほどまでの軽薄そうな笑みが消えた十六夜の姿は、端的に言って威圧感があった。自然と、黒ウサギの喉もなる。

 

「それは……いったい何を?箱庭の事、ゲームの事。私たちには答える義務が――――」

「いいや、そこじゃねぇ。俺が聞きたいのは、黒ウサギ。何でお前らは、俺達を呼び出す必要があったのか、って事だ」

 

 その問いは、川の側であるにも関わらずよく響いた。

 そして、黒ウサギは決断を迫られる。

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