雷人の詩   作:バリッか

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 特殊な“瞳”に関するギフトを持つ者たちの群体コミュニティ、サウザンドアイズ。箱庭屈指の商業系のコミュニティであり、箱庭の上層下層問わずに東西南北に精通する。

 商業系のコミュニティではあるが、その規模故に戦闘能力などに秀でた者も少なくない強豪だ。

 

 そんなサウザンドアイズ箱庭東部七桁の外門に置かれた支店の一つにてノーネームの面々は、幹部の一人と顔合わせを果たしていた。

 

「それでは改めて。私は四桁の外門、三三四五外門に本拠を構えている“サウザンドアイズ”幹部の白夜叉だ。黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティ崩壊後も、何度か手を貸している」

「えーえー、それはもう、お世話になっておりますよ」

 

 胸を張る白夜叉ではあるが、黒ウサギと言えばどこか不貞腐れた様な様子。

 その一方で耀は首を傾げた。

 

「外門って?」

「箱庭の階層を示す外壁に存在する門の事ですよ。数字が若いほどに中心へと近づいていき、同時に強大な力を持つ者たちの跋扈する魔窟となっていくのです」

 

 説明をしながら、黒ウサギは手近なホワイトボードに箱庭の簡略図を描いていく。

 箱庭は大まかに七層に分かれており、内側に行くほどにその数字は若くなっていく。そして、四桁の外門ともなれば名の知られた修羅神仏が籍を置き、跳梁跋扈の魔窟となっていた。

 とはいえ、白夜叉と黒ウサギは兎も角、残りの四人と一匹は箱庭に関する知識は殆ど無い訳で、

 

「超巨大玉ねぎ?」

「いえ、超巨大バームクーヘンじゃないかしら?」

「だな。どっちかって言えば、バームクーヘンだろ」

「円柱状だからね……」

 

 そんな気の抜ける言葉に、黒ウサギは肩を落とす。いや、情報不足であるのだから気の抜けるような事は分からないでもないのだが、これから先の事を考えれば少々気が重いというもの。

 打って変わって、白夜叉と言えば少し目を丸くしたかと思えば、呵々大笑。大口を開けて、笑う笑う。

 

「はっはっはっ!上手い事例える。その例えに則るのなら、ここはバームクーヘンの一番外の皮に当たるな。ついでに、ここは東西南北の四つに分けられたうちの東側。外門のすぐ外には世界の果てへと通じており、そこには強力なギフトを持つ者たちが住んでいる。その、水樹の苗の持ち主の様な」

 

 白夜叉が言うのは、十六夜が打倒した蛇神の事だった。彼女の表情は楽し気にほころぶ。

 

「それで?いったい誰がどんなゲームで勝ったのだ?知恵比べか?或いは、勇気を試したのか?」

「いえいえ、この水樹の苗は十六夜さんがここに来る前に蛇神様を素手で打倒して獲得したものなのですよ」

「なんと!?クリアではなく、直接打倒したとな!?となると、そこな小僧は神格持ちという事になるのか?」

「いえ、それは無いかと。なにより神格を持つのならば、一目で分かりますから」

「む、それもそうか……しかし、分からんな。神格を持つ者を打倒するならば、余程のパワーバランスに差があるか、或いは同格以上の神格を有していなければ不可能な筈だが……」

 

 腕を組む白夜叉。それだけ、十六夜は異常であったのだ。

 神格とは生来の神様そのものではなく、種の最高ランクへとその身を変容させるギフトの事。

 蛇ならば、蛇神へ。人ならば、神童や現人神へ。鬼ならば、鬼神へ。

 更に加えて、神格を獲得すればそれ以外に持ち合わせているギフトも強化される。それ故に、大抵のコミュニティは、第一目標に神格の獲得を目指すのだ。

 

「それはそうと、白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いなのですか?」

「応とも。何せ、あ奴に神格を与えたのは私なのだからな。もっとも、数百年は昔の事だがの」

 

 胸を張る白夜叉に、ここで目の色が変わるのは問題児の三人。特に、実際に蛇神とやり合った十六夜はキラリとその目を輝かせていた。

 

「へぇ?じゃあ、オマエはあの蛇よりも強い訳だ」

「ふふん、当然だ。私はこの東側における“階層支配者(フロアマスター)”だぞ?この東側にある四桁以下のコミュニティでは並ぶ者のいない最強の主催者(ホスト)なのだからな」

「最強……」

「……つまり、貴女のゲームを攻略できたのなら、私たちが東側で最強のコミュニティって事になるのよね?」

「そうなるのう」

「そりゃ、景気の良い話だ。手間が省けた」

 

 戦意を募らせて来る三人に、ギョッとしたのは乗り遅れた形の礼司だった。その上で止めるのではなく黒ウサギの側へと退避していく辺り、止める気は微塵もないらしい。

 そして、戦意を向けられる側の白夜叉もまた、面白そうにその口角を吊り上げる。

 

「ほほう、抜け目のない童たちではないか。依頼をしながら、その上でゲームを挑むか」

「え、ちょ、お三方!?というか、礼司さん止めてくださいよ!」

「無理」

「諦めないでください!?し、白夜叉様……」

「よいよい、気にするな黒ウサギ。私も、常に遊びに飢えているのだからな……しかし、そちらの童は良いのか?」

「……今、勝てるとは到底思えませんから」

「ふむ、ただ臆病なだけの童ではない、か」

 

 何が面白いのか、くふくふと笑みを浮かべる白夜叉は改めて、三人へと向き直る。

 

「はてさて、私としてもゲームをする事に否は無い……が、その前に確認しておくことがある」

「確認?」

 

 白夜叉が取り出すのは、サウザンドアイズの旗印の紋が刻まれた一枚のカード。

 

「おんしらが望むのは、“挑戦”か――――“()()”か?」

 

 瞬間、世界は一気に塗り替えられていく。

 視界だけの話ではない。彼らの脳裏には直接情報が送り込まれ、目まぐるしく情景が古い映画フィルムの様に駆け抜けていく。

 黄金色の穂波が揺れる草原。白い地平線を覗く丘。森林の湖畔。

 そこから、彼らは足より()()()

 彼らが投げ出されたのは、白い雪原と、凍った湖畔。そして、水平に回る太陽。

 箱庭の世界に投げ出された時とはまた違う、別の異世界がそこには広がっていた。

 

「ここは、私の所有するゲーム盤の一つでな。そして、今一度改めて名乗るとしよう。私は“白き夜の魔王”――――白夜と太陽の星霊、白夜叉。おんしらが臨むのは、“挑戦”か?それとも対等な“決闘”か」

 

 そこに居たのは、箱庭世界においても屈指の存在。最上級に数えられる種族、星霊の姿だった。

 横たわるのは、純然たる力の差。如何に人類屈指のギフトを持つ彼らであろうとも目の前の存在が本気で向かってくるのならば抗う事はまず不可能だろう。

 ついでに、礼司は己の嫌な予感のようなものの理由がやっと分かった。

 彼のギフトは、十六夜たちと比べても自然系だ。そして、白夜叉は星霊にして与える側。太陽であり、その内包するエネルギー量はその小柄な体格には不相応。

 要は、格の違いのようなものを感じ取っていたのだ。だからこそ、引き下がるのも早かった。

 

「な、る程な……!水平に回る太陽、そしてこの土地。白夜と夜叉。この世界がオマエを表すって訳だ」

「如何にも。この白夜の湖畔と雪原。薄明が永遠に世界を照らすこのゲーム盤は、先も言ったように私の所有するものの一つでな」

「こ、この世界がただのゲーム盤……!?」

「さよう。して、おんしらの答えを聞いておらなんだ。ふふっ、よぉーく考える事だな」

 

 ニヤニヤといたずらっ子の様な、しかし不敵さは微塵も衰える事のない笑みを浮かべた白夜叉に、大胆不敵な十六夜であろうとも即答する事は出来ない。

 白夜の星霊にして、荒ぶる鬼神としての側面も持つ、強大な魔王。それこそが、白夜叉という存在だった。

 正しく、この箱庭を代表するような存在である。

 暫くの間を挟み、十六夜は一つ息を吐き出し、そして今できる限りの不敵な笑みを浮かべて両手を緩く挙げた。

 

「降参だ。やられたよ、白夜叉」

「ふむ。それはつまり、決闘ではなく試練を受ける、という事かの?」

「ああ。これだけの世界をゲーム盤として出せるんだからな。合格さ。()()()黙って()()()()()()()

 

 それはプライドの高い彼にとっての精いっぱいの譲歩であった。

 どこか、拗ねた子供の様なその姿に、白夜叉は笑う。実力は未知数だが、負けん気は及第点。ここまでの力の差を見せられれば、場合によっては折れかねないのだが、少なくとも彼女の御眼鏡には適ったらしい。

 

「そうね……私も試されてあげる」

「右に同じく」

 

 苦虫を嚙み潰したような表情で飛鳥と耀の二人も彼に続く。

 更に大きくなった白夜叉の笑い声だが、その一方で黒ウサギは安堵していた。

 

「もう!もう!どちらも恐ろしすぎますよ!階層支配者に喧嘩を売る新人も、その新人の喧嘩を買う階層支配者も聞いたことがありません!冗談にしても質が悪すぎます!それに、白夜叉様が魔王であったのは、何千年も前の話じゃありませんか!」

「なに?元・魔王様だったのか?」

「はてさて、どうだったかのぉ」

「……元でも何でも、もしもぶつかったらどうなってたんだろうね……」

 ケラケラと笑う白夜叉に、五人の肩もがっくり下がるというもの。

 

 そうして決まった“挑戦”のゲーム。山脈の向こうより、甲高い獣とも鳥ともとれる叫び声が響き始めていた。


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