私…生まれ変わったらモブキャラになりたいな(なれるとは言ってない) 作:とんこつラーメン
都内某所 とある喫茶店の一角
IS学園から出かけたH教授は、その喫茶店にある一番奥の席にて、とある人物と向き合うようにして座っていた。
「…こうして直に会うのは久し振りだな」
「そうですね…先生」
彼の事を『先生』と呼ぶのは、黒いスーツにサングラスをかけ、長い髪を後頭部で纏めている紫髪の女性。
「まさか、そっちから連絡をしてくるとは思わなかったぞ…束」
「色々とお話したい事があったので」
普段の格好ではなく、完全に余所行きのスタイルになっていた束。
千冬でさえも、束のこんな姿は一度として見たことが無い。
束がこのような姿になる時は、本当の本当に自分が尊敬し、その人物と真剣な話をすると決めた時だ。
所謂『お仕事スタイル』なのだ。
「こうして、お前と話すのは何年振りになるのかな」
「7年振りぐらいになると思います。私が表舞台から姿を消してからになるので…」
「そうか。もう、そんなになるのか…」
あの幼かった少女が、今では立派な女性に成長している。
それだけでも時の流れを実感してしまう。
「まさか、先生があの『トールギス』の開発に関わっていたとは思いませんでした」
「軽蔑したか? あのような人道に反する機体を生み出したことを」
「いえ…私に、そんな事を言う資格はありませんから」
「そうか…」
あの唯我独尊で傲岸不遜な束が、彼の前ではまるで借りてきた猫のように大人しくなっているばかりか、敬語を使って会話をしている。
もしこの場に箒や千冬がいたら、驚きの余り顎を外してしまうかもしれない。
「軽蔑どころか、私はあの機体を見て改めて先生達の偉大さと凄さを思い知りました。まだ私が白騎士を作って少ししか経っていない頃にもう既に、あれ程の性能を誇る機体を生み出してしまっていただなんて」
「私一人の功績ではないがな」
「それでもです。7年近く昔に製造されているにも拘らず、未だにトールギスは全てのISの頂点に君臨しています。私も直に見ましたけど、あれの性能は本当に『化け物』としか形容のしようが無い。そして、それを手足のように操ってみせる『あの子』も…」
「仲森佳織か。確かに、彼女の事は我々にとっても完全なるイレギュラーだった。普通の人間では絶対に乗りこなせないと思っていたトールギスを、あろうことかどこにでもいるごく普通の少女が見事に操ってみせるのだからな。それを知った時、我々五人も柄にもなく本気で驚いたもんだ」
搭乗して動かしただけで、簡単に操縦者の命を奪ってしまう禁忌のIS。
作ってみたは良いが、誰も乗れないが故に封印するしかないと思われていた機体が表舞台に姿を現したかと思ったら、それに乗っていたのが特殊な経歴も何も無い、ごく普通の一般人の少女。
「普通の少女…ですか」
「どうした?」
「いえ。先生は佳織ちゃんがIS学園に通う羽目になった切っ掛けの事はご存知ですか?」
「一応な。彼女の存在を知ってから我々もそれなりに調べたからな。確か、政府が実施した適性検査でSランクを出したから…だったな」
「はい。先生もご存じの通り、これまでにSランクを出した者はいずれも『普通』ではありません。先天的に肉体改造をしている者、後天的に改造を施した者など様々です。そんな中、佳織ちゃんは何も改造などされていないにも関わらずSランクを出した。いっくん…一夏くんがこの世で唯一の男性IS操縦者ならば、佳織ちゃんはこの世で唯一の天然のSランク操縦者になるんです」
この事実は、束の他には千冬などの一部の者しか知らない事実。
もし世間に知られてしまったら、それこそ一瞬で佳織の平穏が崩れてしまう。
それは誰も望んではいないし、望ませたくも無い。
だからこそ千冬を初めとする学園関係者は必死に佳織のランクについて隠蔽しているのだ。
「そして、その事を私達よりも先に知っていた者がいる」
「例のストーカーか」
「はい」
佳織の事を付け狙っているストーカーについては、彼らも千冬たちから教えられている。
そのストーカーが佳織をIS学園に向かわせるように仕向けた張本人であることも。
「どうしてソイツが佳織ちゃんを狙ったのか、それは分かりません。でも、奴の正体に近づけるかもしれないヒントは得られました。この間起きた事件によって」
「アメリカの軍用ISの暴走事件か」
「そうです。あの戦いを切っ掛けにして、トールギスは更なる進化を遂げた」
「暴走した軍用機に、競技用のリミッターを設けた状態のトールギスで互角以上に戦い、進化後は完全に圧倒した。まさか、あのトールギスが第二形態移行する日が来るとは夢にも思わなかった」
乗るだけで命がけのトールギスを、あろうことか技量だけで性能を越え始める。
これはもう『強い』の一言だけでは済まされない。
「あの時、暴走をした福音…実はあの時、私は操縦者であるナターシャの頼みで機体を調べたんです」
「それで?」
「最初、私は暴走の原因は内部からの干渉…よくある違法改造やコンピューターウィルスの類だと思っていたのですが…」
「違ったのか」
「はい。これを見てください」
「む?」
束が手持ちのバッグから取り出したのは、どこにでもあるタブレット。
そこに表示されている情報を見て、H教授は怪訝な顔をした。
「これは…」
「ここを見てください。暴走をする寸前、コアにノイズのような物が走っています。このノイズは中から発生した物ではなく…」
「外からやって来た物。つまり…」
「福音は、外部からの干渉によって意図的に暴走させられた。そして、その暴走を引き起こした張本人こそが…」
「仲森佳織を狙っている人間か」
「私はそう睨んでいます。あの時、まるでタイミングを計ったかのように委員会の人間が事件に干渉してきました。恐らく、あの男の背後にいる者こそが、福音を暴走させたものと同一人物ではないかと」
本当に少なすぎるヒントから、ここまで探り当ててみせた。
これには流石のH教授も感心するしかなかった。
「これから先、こいつは今まで以上に佳織ちゃんに対して何かをしてくる可能性があります。先生達も気を付けておいてください」
「分かっている。その為に私達はIS学園に腰を落ち着け、同時に彼女の周囲にいる人間達に『力』を与えた」
戦う事は出来なくても、望む者に護る力を与える事は出来る。
彼らには彼らだけの戦場があるのだ。
「まさか、これを教える為に私を呼び出したのか?」
「それもあります」
「他にもあるのか」
「はい。先生にお礼を言いたいと思って」
「礼…妹さんのことか」
「えぇ。箒ちゃんに…妹に専用機を与えてくださって、ありがとうございます」
あの束が非常に綺麗に頭を下げた。
もしも千冬や箒が見たら以下略。
「実は、もしもあの子に専用機をせがまれたら…なんてことを考えて、設計図とかは作っていたんですけど…無駄になってよかったです」
「…そうか」
苦笑を浮かべながら、手元にあるコーヒーを飲む束。
彼女がこんな表情を浮かべるのは本当に珍しい。
「あの子は強く、逞しく成長している。今の彼女ならば、嘗てのお前が懸念していたような事は起こらないだろう」
「えぇ…佳織ちゃんが妹を救ってくれましたから」
本当ならば姉である自分がするべき事を、佳織が全てやってくれた。
それだけでも束は佳織に対して感謝をしまくっている。
「これから、お前はどうする気だ?」
「例の『亡霊』の動きを見つつ、IS委員会の背後にいる者を探って行こうと思います」
「…無茶だけはするなよ。弟子として、親友の娘として、私はお前の事も心配している」
「ありがとうございます」
「何かあったら、すぐにIS学園にいる我々か、お前の親友である織斑千冬にでも連絡するといい。すぐに駆けつけてやる」
「その時は…お願いします」
「任せておけ」
どれだけ年月が経とうとも、やっぱりこの人だけには敵わない。
改めてそう実感した束であった。
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織斑君の家…もとい、私が今日からお世話になる家の掃除が終了してから、私と彼は一緒に買い物をしてから帰ってきた。
こんな風に男の子と二人きりで買い物に行くなんて初めてだな…。
「この気温で、二人で食べるって事を考えたら…」
「自然と『これ』を手に取ってたね…」
私と織斑君の目の前には、二人前の素麺が入っている大きな器が。
そう。居候初日のお昼は、まさかの素麺だった。
だって凄く暑いんだも~ん!
「ま、涼しげでいいか。ツルって食えるしな」
「そうだね。何気に薬味とかも色々と買っちゃったし」
「今の俺達、金銭的余裕だけはめっちゃあるからな…」
「ははは…」
それは言わないお約束だよ…。
お蔭で、刻み葱やらおろし生姜やら、素麺を全力で楽しむための薬味一式を全部購入してしまった。
「流石に電池式の『回る流し素麺』は買わなかったけどな」
「あれはある意味、最後の一線だと思うよ…」
だって、あれ一台で1万円ぐらいしてたし。
私達…あれぐらいのなら余裕で買えるからイヤだ…。
「と…取り敢えず食べようぜ。伸びちまうし」
「そうだね。それじゃあ…」
「「いただきまーす」」
素麺を少し取ってから麺つゆにつけて…あむ。
「うん。美味しい。やっぱり夏と言ったらコレだよな」
「だな。昔は買えなかった、ちょっと高級な素麺を買っただけはあるな」
そうなんです。
いつもは6束で150円ぐらいのを買ってたんだけど、今回は奮発して細くて量が多い『なんとかの糸』ってやつを買いました。
昔、よくCMとかに流れてたアレね。
「心なしか、麺が細いってだけでいつもよりも遥かに美味く感じるんだけど…」
「私も。もしかして、麺がよくつゆに絡んでるのかな?」
「かもしんないな…」
夏休み初日から贅沢なお昼を食べてますな。
でも、夏はこれを食べないと始まらないと私は思ってる。
いつか冷やし中華も食べたいな~。
「お昼食べた後はどうする?」
「宿題…は出来れば夜にやりたいんだよなー」
「分かる」
よく『時間をたっぷりと使って明るい内から』なんて言ってる人がいるけど、それが通用するのは図書館みたいな特殊な空間だけ。
少なくとも、昼間の自宅内では誘惑が多すぎて全く集中なんて出来ない。
何かで読んだ事があるけど、勉強とか仕事とかは夜の方が集中出来るんだって。
だから、私も夜に集中して頑張るつもりでいます。
ちゃんと一日のノルマさえ決めて計画的に進めていけば、焦ることなくちゃんと終わらせる事は出来る筈だ。
「弾の家にでも遊びに行ってみるか。折角の夏休みだし」
「それって…前に私達が行った食堂の?」
「そ。あそこ」
なんて言ってるけど、私は最初から知ってるんだよなー…これが。
でも、夏休みに友達に会いたいって思うのは分かる。
私もマリーさん達に会いたい…けど、向こうには向こうの都合があるし、全員集合は流石に難しいだろうなー。
「仲森さんも一緒に来ると良いよ」
「いいの?」
「勿論。きっと弾の奴も喜ぶと思うし」
「んー…そうだね。暇だし、一緒に行こうかな」
家の掃除も殆ど終わったし、平日のテレビなんてあんまり面白いのないし。
ゲームとかをやるのも考えたけど、それも人数が多い方が盛り上がる。
つまり、織斑君に着いて行かない理由が無いのです。
コミュ症だった昔の私とは大違いだな…。
気付かぬうちに、私もリア充の仲間入りを果たしてたのか。
「んじゃ、とっとと食べちまおうぜ」
「さんせー。おろし生姜入れちゃおうっと」
「俺も。サッパリして美味いんだよなー」
なんかサラっと一緒に行くことになったけど、例の弾くんは私と織斑君が一緒に遊びに来たら、どんな反応をするだろうなー。
私的にはコミカルなイメージがあるから、面白いリアクションをしてくれそう。
ちょっと今から楽しみかも。