灰被りの燕 作:アドバルーンタマモ
「はぁ、はぁ」
薄暗い、息苦しい、暑い。
目を覚まして真っ先に感じた感覚。
ここは何処だ?
うまく開かない瞼をなんとか開いて見てみるが小さな隙間から微かに光が差し込んではいるものの、その光もぼやけていて分かりづらい。
加えて
「うぅ……あぁ……」
出してくれ。
そう口にした筈なのに
おかしい。
今まで当たり前のように出来ていたことが出来なくなっていることにそう思った。
……眠くなってきた。
突然訪れた、強烈な睡魔。
それに伴い、開いていた瞼が閉じていくがなんとか見開いて睡魔に抗う。
このまま目を閉じたら二度と開かない。そう思ったからだ。
「あ、あぁ……うぅ」
大きな声を出そうとするがか細いうめき声にしかならない。
それでも続けた。一刻も早くここからでなければならないと思ったからだ。
「……え?」
そして、何度も何度も繰り返した末に――ようやく反応があった。
女性の声だ。どうやらここには人がいるらしい。
「あ、ああ……ああッ」
チャンスを逃さないよう今まで以上に声を張り上げた。……もっとも、雀の涙程度の差しかなかったが
「嘘……赤ちゃんの、声……?ッ――駅員さん!」
それでも通った。チャンスを見事に掴めたことに心の底から安堵し、嬉しく思い、意識が遠のく。
待て待て、まだだ。寝るな寝るな。
そう自分に言い聞かせて、遠退きそうだった意識をつなぐ。
そんなことをしているといつの間にか、向こう側が騒がしくなっていた。
「ここです、ここ!」
「ここですね!?」
先程の女性の声と男性の声がする。そして、ガチャガチャと金属音がなりガチャリと視界が開いた。
……眩しい。
外の光に目がくらみ目を細める。
「やっぱり赤ちゃんだ……!」
「ひどい汗だ……それに息も荒い!」
「救急車呼べ!」
こちらを覗き込んでくる日本語を喋る巨人たちが騒いでいる。一体、これはどういう状況なのだろうか?
「誰か冷やすものを持っている方はおられませんか!?」
「保冷剤で良ければ使ってください!」
「すみません!ありがとうございます!」
駅員を呼んだ女性が周囲に呼びかけると釣り人と思しき男性がクーラーボックスから保冷剤を出して女性に渡すのが見えた。
そして、女性は保冷剤をタオルで包むと自分に手を伸ばした。
女性の手によって、狭い場所から開放され、女性の腕に抱かれるとようやく自分の状況が分かってきた。
ここはどうやらどこかの駅のようで、周りにいる人の数からして都会の駅というのがわかった。そして、自分が先程までいた場所は駅に設置してあるコインロッカーだった。
あと、もう一つ。どうやら周りにいる人は巨人ではなく、普通の人間のようだ。こちらが赤ん坊になっているから大きく見えただけのようだ。
………ああ、もうダメだ。
今まで我慢してきたがとうとう限界が来た。
瞼がだんだん下がっていく。このまま眠りに落ちてもしも起きれなかったらどうしようと不安になるがここは保護してくれた大人達を信じよう。
そして、目を閉じ、意識を手放した。
目を覚ますと病院特有の清潔感のある匂いと汚れのない白い天井が見えた。
鼻にはチューブが通され、包帯に包まれた手からは点滴パックに繋がるチューブが伸びていた。
近くにいた看護婦たちの話を盗み聞きするとどうやらかなり危ない状態だったらしい。
重度の脱水症状に重度の栄養失調状態。
本当によく生きていたものだと自分で自分を褒めた。
とりあえず一命を取り留めたことに安堵し、色々と忙しなかったために後回しにしていたことを考える。
まず、なぜ自分は赤ん坊になっているのだろうか?
記憶が朧げだが確かに昨日までの自分はどこにでもいる日本の成人だった……筈だ。
それ以外のことは全く思い出せない。
性別も、職業も、家族がいるのかでさえ何も思い出せなかった。
……まあ、いい。思い出せたところでこんな状態ではなんの特にもならないだろう。とりあえず自分のことは僕と呼ぶことにしよう。
数日後、体の具合はだいぶ良くなり、今ではミルクを飲み過ぎと言われるほど飲めるようになった。
その様子に入院当初は僕の事を心配そうに見ていた看護婦はホッと胸をなで下ろしていた。
今日も看護婦達の会話を暇つぶしに聞いているとどうやら僕をあのコインロッカーに入れた母親が逮捕されたらしい。そして、その理由を聞いて驚いた。なんでも”芦毛だから走らない。走らない仔はいらない“という理由だそうだ。
僕はてっきり経済的な理由だったり、望んでない妊娠だったりを想像していただけにそんな理由で捨てられたことには驚いた。
ところで芦毛とはなんだろうか?
「芦毛は走らないからいらない」
後の芦毛の名馬たち「は?」
芦毛好きのJ「は?」